タグ:小説 ( 65 ) タグの人気記事

【軍事怪談】死んでも離さない

死せる勇士の戰車操縱

b0116271_10534303.jpg

昭和十ニ年九月、楊行鎭攻略後、呉家宅附近の戦闘で、 敵陣間近に進撃した岡林准尉の指揮する戦車隊は、阿修羅の如く荒れまはつて、敵の野砲陣地を打つ潰して、三百五十メートル手前の味方の陣地ヘ悠々と引きあげて來た。

其の岡林准尉の乗っていた戦車は、藤野清人上等兵が操縦して、甲斐大作一等兵が砲撃してゐたが、甲斐一等兵が重傷を負ったので、其の後は岡林准尉と岡村一等兵が代って砲撃してゐた。そして、味方陣地ヘ帰りついてみると、藤野上等兵もとうに戦死して、戰車のハンドルを握ったま操縦席を離れずに冷たくなっていた。其のエンヂンを見ると、エンヂンも止まっていて、かけてもかけてもかからなかった。エンヂンが止ってゐる上に、操縱者が戦死してゐて、どうして戦車が其處まで動いて來たのか、藤田部隊長以下一同は、

「これは死んだ藤野の霊が操縱して來たのだ」

と云って、何人もそれを疑ふ者がなかった。(田中貢太郎「天狗の面」)

b0116271_13233543.jpg

〜日本怪談実話(現行版)はかなり載せているようなのでこれも(キナ臭いとはいえ話としては相対的に軍国主義的ではないから)収録されたのではないか。旧版持ってるのに覚えてなかったので載せときます。田中貢太郎が何か権力に左右されて軍国物を書き、厭になって郷里に引き揚げた可能性にも思い馳せる。戦後似たような話が採録され創作物に採り入れられたが、源流にこの人がいたことを覚えておいてもらえるとファンとして嬉しい。それにしても田中貢太郎実録はかなりの割合が高知の人間の話で占められてるよな。苗字を見て苦笑。

写真:
読売新聞社「大東亜戦史前編 支那事変実記 第2輯」s17
遊就館展示

b0116271_12384827.jpg

by r_o_k | 2018-07-24 12:38 | 不思議

怪談 乃木将軍の愛馬

乃木將軍の愛馬
b0116271_19564439.jpg

b0116271_09155886.jpg
b0116271_09162820.jpg
日露の戦争の時、乃木希典将軍と、露将ステッセルが水師營に會見して、旅順開城のことを議した時、ステッセルが水師營の棗の木の下で、乃木将軍に贈った愛馬は、なかなかの逸物で毛並が真白であった。
b0116271_14424809.jpg
其の馬は乃木将軍が亡くなると、島根県選出の某代議士の許に引きとられてゐたが、昭和五年になって其の馬は死んでしまった。ところで昭和七年になって、それをひきとってゐた代議士も亡くなったが、其の代議士の葬送の写真を撮って現像したところで、葬列の中に交って彼の白い馬の姿が鮮に映っていたので、それを見た人びとは奇異の思ひをした。
(田中貢太郎「天狗の面」日本怪談実話に収録されていたと思う)
b0116271_14432772.jpg

有名なステッセルとの「武士道」談に含まれる寿号についての外伝。乃木大将は白馬を兵器とみなし個人的に受け取ることは拒否し、軍馬として受け取り騎乗したといわれる。ただし戦前の雰囲気として白馬は神馬で天皇が騎乗する色で、時代が古いからそこまで気にすることはなかったとはいえ、人により憚られる色ではあったと思われる。のち退役となるとこれを愛玩し那須で余生を過ごさせたとあるが異説がある(乃木大将は明治天皇の死にショックを受け医師を糾弾するなどしたうえで殉死し神格化されたから、もう時間は残されておらず、田中貢太郎説に「近い」譲渡話を書いたものは他にもある)。下の写真は明治天皇に従い騎乗した姿で、もっと広角の写真があり馬の顔も見えていた、これは編集して幅を詰めたか、同時別撮りのものだろう(書籍より)。ただし寿號をメインの愛馬とはしておらず、日露戦争直後の銀座凱旋写真では有色の馬に騎乗している。後方に白馬がいるがこれはのちの寿號かもしれない。ネットに公開されている。ちなみに文中白馬は紛れもなくステッセルが贈ろうとしたアラビア馬とされる。小川一真出版部「日露戦役写真帖第14巻」大本営写真班撮影m37-39より。
b0116271_15010756.jpg
〜乃木大将、ドイツ皇帝、ステッセル将軍の有名な写真(書籍)

田中貢太郎は本来勇ましい話を書く人だ。怪談とも何ともカテゴライズせずに軍国調の小話を混ぜている。乃木大将の馬の怪談はこの本に多い写真怪談の中でも異色。他どれも王道の似た話なのが単調だが、逆に同じような話が違う人から聞かれたという点で真実味を増していて、同時に異色の話こそ、創作なのだろうと思う。日本怪談実話の底本のひとつ。元はやはりバラバラの新聞等掲載のものと思われる。いつもながら並べられた小話間の温度差がすごい。
b0116271_20045624.jpg

日露戦争の神軍の話はこの「天狗の面」にもずっしり載っている。鶴が日本軍を率いて飛ぶ話など、かつて大陸侵略論を唱え自分は王になるなど昔の征韓論者をも凌駕するタイプの夢想主義者田中貢太郎は、昭和になると健康悪化と共に過激の見る影もなくなるが、この本は昭和なのに結構攻撃的で黒い。現行本は恐らく問題になるからであろう何本か抜いていると思われる。
b0116271_14051289.jpg
b0116271_17512808.jpg


:この有名な肉声録音についてはどこかに書いた。断片的にでも最新のレコード録音機材で時代の声を残して回った親子について。長田幹彦の証言もあるが、どちらかというと東郷元帥の思い出が長い。

by r_o_k | 2018-07-23 17:46 | 不思議

<江戸怪談>地下より人現れるの話

九月頃承りしに、夏の頃、信州浅間が嶽の辺にて、郷家の百姓井戸を堀りしに、二丈余に深く堀りけれども水出ず、さん瓦を二三枚堀出しけるゆへ、か丶る深き所に瓦あるべき様なしとて、又又堀りければ、屋根を堀り当てける故、其の屋根を崩し見れば、奥は真くらにて物目も知れず洞穴の如く、内ニ人間躰のものもある様子故、松明にて段段見れば、年の頃五六十の人ニ人あり。

依って此者にいちいち問ひければ、彼の者申す様は、それより幾年か知らざれども、先年浅間噴火の節、土蔵に住居なし、六人一度に山崩れ出る事ならず、四人は種種に横へ穴を明けなぞしけれども中中及ばずして遂に没す。私ニ人は蔵に積置きし米三千俵、酒三千樽を呑みほし、其の上にて天命をまたんと思ひしに、今日各各出会する事、生涯の大慶なりと言ひける故、段段数へ見れバ三十三年なり。

其の節のものを呼出し、引合せれば、是は久しぶり哉、何屋の誰が蘇生しけるといへり。直ちに此の儀を代官所へ訴へ、上へ上げんと言ひけれども、数年、地の内にて暮しける故、直に上へあがらば、風に当り死なんとて、段段に天を見、そろりそろりとあがらんと云ひける故、穴をまづ大きく致し、日の照るごとくに致し、食物をあてがい置きしと、専らの評判なり。

此のニ人、先年は余程の郷家にて之有りとなり。其咄し承りし故、御代官を聞き合せしが知れず、私領か、又は虚説なるや。〜藤岡屋日記(鈴木棠三版)
b0116271_21203607.jpg

昨夏引いておいた小石川の地下屋敷のとき確か触れた話。ほら話かもしれないがいかにもとぼけている。

by r_o_k | 2018-04-24 21:12 | 鬼談怪談

先生の亡くなられた年...

先生の亡くなられた年,則ち大正六年の十月の事であった。私は少しばかりの用事を帯びて戸山ノ原を通りさる人の許に行かうとして、その射的揚の邊を歩いてゐた。すると向ふからやって來たのは漱石氏であった。丁度よいから私の宅まで來ませんかと勧めたが、先生は運動に出たのだから他人の家へ這入って話し込んでは却ってよくないのだと言はれるので、其處で立話を始めた。揚所は射的場の土手の邊りで道は坂になってゐたが,その道と平行してそれよりも少し高く尙一條の細い道があって、それが兵隊相手の休み茶屋の前を通ってゐるのである。私共は低い方の道に立って話をしてゐた。暫く會はなかった爲でもあったか、話はそれからそれへと移り随分長く続いた。送別會のだんまり屋はあれは正しく半面で、他面の夏目氏は實に巧妙なる談話家である。これは誰でも知ってゐることであるが、その話の面白いこと、あの書き物に顯はれるユウモアは寧ろその談話に於て却ってよく見られる。先生と話をしてゐると實に飽きる事を知らない位である。これは座談ではないが、嘗て上田敏君の洋行を送る会の時に於ける漱石氏の送別の辭の如きは私の長く忘れることの出来ないものの一である。扨て今その巧妙なる談話家と原の小道の真中で話を始めたのだからたまらない。話は何時までも何時までも続く。何でもその時に出來上った作の「明暗」の話なども出,その批評らしいことを私が言ひ出したので、話は愈々進み、「明喑」中の人物の話からデカダンの事になり、故人齋藤綠雨氏の話にまで及んで、話は決して盡きさうにも見えなかった。道は狭く細くて且つ足場は甚だ悪い。

立話はもう二三十分も續いてゐる。その間に通行人の妨げをした事どれ程であったか。多くは皆掛茶屋の前を通る小高い方の道を通って私共をよけて行ってくれる。その中にずるりつと道を滑ったものがあるので、私共は驚いてその方を見ると、盛裝をした美人と若い男とが相携へて來たのであったが、道が惡いのでその盛装の美人が足を取られて、傾斜をなしてゐる道を滑り落ちたのであった。見ると足はもとより着物も泥だらけになってゐる。特に戶山ノ原の泥は赤土であるから始末が恐い。私達はひどく氣の毒に思ったがどうすることも出来はしない。一寸その方を見、二人とも気の毒なことをしたといふ心を顔に見せただけで又候話を続けた。實は話の間にもどうせこんなに長く話すのなら、私の家は直ぐ近くだから茶でも飲みながらやらうと勸めたのも二三度に及んだのであるが,先生は前の通り一向に動かうともしなかったのであった。さうしてゐる中に話は盡きないが、足の方が疲れて來たのでそれではまたゆるゆる話さうと言ってー立話でも隨分ゆるゆるではあったがー分れようとした時、前の掛茶屋から先刻滑って顛んだ若い美人と男とが出て來た。二人はその家に這入って泥を落し装を整へて、恐らくは茶でも飲んで出て來たのであるらしい。孰れにしても可成な時間はあったのであるが、それ程私共は長時間立話をしてゐたのであった。

これが私の夏目氏に會った最後で、その年の十二月に先生は亡くなられたのである。初めの夏目氏はその氣むづかし屋であり、最後にはその打解けた方が出たので、初めと終りとに先生の兩側面を見た私は、面白い印象として此の事實を記して置く。
〜戸川秋骨「楽天地獄」

b0116271_01415906.jpg
〜1987荒俣宏「異都発掘」より戸山ノ原あとの戸山公園一部


by r_o_k | 2018-04-23 23:48

先生の亡くなられた年...

先生の亡くなられた年,則ち大正六年の十月の事であった。私は少しばかりの用事を帯びて戸山ノ原を通りさる人の許に行かうとして、その射的揚の邊を歩いてゐた。すると向ふからやって來たのは漱石氏であった。丁度よいから私の宅よで來ませんかと勧めたが、先生は運動に出たのだから他人の家へ這入って話し込んでは却ってよくないのだと言はれるので、其處で立話を始めた。揚所は射的場の土手の邊りで道は坂になってゐたが,その道と平行してそれよりも少し高く尙一條の細い道があって、それが兵隊相手の休み茶屋の前を通ってゐるのである。私共は低い方の道に立って話をしてゐた。暫く會はなかった爲でもあったか、話はそれからそれへと移り随分長く続いた。送別會のだんまり屋はあれは正しく半面で、他面の夏目氏は實に巧妙なる談話家である。これは誰でも知ってゐることであるが、その話の面白いこと、あの書き物に顯はれるユウモアは寧ろその談話に於て却ってよく見られる。先生と話をしてゐると實に飽きる事を知らない位である。これは座談ではないが、嘗て上田敏君の洋行を送る会の時に於ける漱石氏の送別の辭の如きは私の長く忘れることの出来ないものの一である。扨て今その巧妙なる談話家と原の小道の真中で話を始めたのだからたまらない。話は何時までも何時までも続く。何でもその時に出來上った作の「明暗」の話なども出,その批評らしいことを私が言ひ出したので、話は愈々進み、「明喑」中の人物の話からデカダンの事になり、故人齋藤綠雨氏の話にまで及んで、話は決して盡きさうにも見えなかった。道は狭く細くて且つ足場は甚だ悪い。
立話はもう二三十分も續いてゐる。その間に通行人の妨げをした事どれ程であったか。多くは皆掛茶屋の前を通る小高い方の道を通って私共をよけて行ってくれる。その中にずるりつと道を滑ったものがあるので、私共は驚いてその方を見ると、盛裝をした美人と若い男とが相携へて來たのであったが、道が惡いのでその盛装の美人が足を取られて、傾斜をなしてゐる道を滑り落ちたのであった。見ると足はもとより着物も泥だらけになってゐる。特に戶山ノ原の泥は赤土であるから始末が恐い。私達はひどく氣の毒に思ったがどうすることも出来はしない。一寸その方を見、二人とも気の毒なことをしたといふ心を顔に見せただけで又候話を続けた。實は話の間にもどうせこんなに長く話すのなら、私の家は直ぐ近くだから茶でも飲みながらやらうと勸めたのも二三度に及んだのであるが,先生は前の通り一向に動かうともしなかったのであった。さうしてゐる中に話は盡きないが、足の方が疲れて來たのでそれではまたゆるゆる話さうと言ってー立話でも隨分ゆるゆるではあったがー分れようとした時、前の掛茶屋から先刻滑って顛んだ若い美人と男とが出て來た。二人はその家に這入って泥を落し装を整へて、恐らくは茶でも飲んで出て來たのであるらしい。孰れにしても可成な時間はあったのであるが、それ程私共は長時間立話をしてゐたのであった。

これが私の夏目氏に會った最後で、その年の十二月に先生は亡くなられたのである。初めの夏目氏はその氣むづかし屋であり、最後にはその打解けた方が出たので、初めと終りとに先生の兩側面を見た私は、面白い印象として此の事實を記して置く。
〜戸川秋骨「楽天地獄」
b0116271_23462372.jpg


by r_o_k | 2018-04-23 23:45

江戸怪談 おめでた話の天狗僧

b0116271_11000287.jpg

弘化四年(1847)の夏ごろのこと。相州小田原近辺のとある村に酒を売る男がいた。そこにたびたび酒を飲みに来る僧がいて、特に怪しいところもなく、自然と仲良くなり、他愛も無い話をしては帰って行く日々が続いた。

ある夜、またも姿を現した僧、ばつが悪そうに言う。

「今日は酒代が無いのだが、飲ませてくださいませんか」

「ああ、いいですよ」男は愛想良く答えた。「気にしない気にしない」縁台に酒と肴を出した。

腰を下ろした僧は会釈して一献傾け、虫の音に耳を傾けながらしばし悦に入った様子であったが、ふと振り返ると男に話しかけた。

「あなたは未だ妻を娶らず独り身と見ました」
「私よりあなたに妻を差し上げましょう」

「私は未だ独り身です」男はいつもの軽口だろう、と思った。
「いただけるものならいただきたいですな」

僧は了解した、と胸をたたくと、「それなら明日、夕方に連れて来ましょう」と言って立ち上がり、宵闇に消えた。

翌日の夕方、約束どおり、僧は店に現れた。僧の横にもう一人人影があった。

男は驚いた。裸の美女だった。

「昨日約束したあなたが妻とすべき女は、これです」
「夫婦になりなさい」
それだけ言い残すと、僧は酒も飲まず、立ち去っていった。

男は呆気にとられ立ちすくんだが、やがて女をしげしげと眺めた。腰巻を締めただけの丸裸であった。しっとりとした肌からは湯気がたっている。

「ええと、あんた」

女は呆けたような顔をしている。

「一体そんな格好で、どこからいらっしゃった」

女は呆けたような顔をしている。

「このへんの顔じゃないな。あの坊さんとどういう関係で」

女は呆けたような顔をしている。

まるで正気が無い。傍らに包みがあることに気がつく。開くと金子が入っていた。

「嫁入りするような格好じゃないが・・・」

そうしていると近所の人々が集まってきた。男やもめに裸身の美女を任せるわけにもいかず、とりあえず隣の家が引き取ることになった。翌日、その翌日もさまざまに介抱し、三日ほどするとやっと正気を取り戻した。

「どこの国の人じゃ」

「・・・我が身は江戸吉原町の某家に仕える遊女である」
「湯に入り出てそのまま二階の縁先で涼んでいたところに」
「何か恐ろしいものが飛び来て、我が体に当たり」
「そのものに身を掴まれたと思ったとたん、そのまま正気を失って」
「・・・すこしも覚えていない。ここはどこの国ぞ」

問い返す女に人々怪しみつつ答える。

「ここは相州小田原近くの某村という所だが、近頃見慣れぬ僧が一人、数度酒を飲みに来ることがあり・・・」いきさつを説明すると、
「その身をここに連れ来て、そのまま去っていった。」

と語って聞かせた。

そうして、その旨を領主に訴え出ると、領主から公に訴え、詳しく糺されたが、女は間違いなく吉原町の遊女であった。

「天狗のたぐいでもあったのだろう。これも何かの縁、好きにするがよい」とのお達しが下った。

女も抗わず、男は仮親として女を身請けそのまま、妻に賜り、夫婦になった。

僧は二度と現れなかった。

~宮負定雄「奇談雑史」安政年間 より編

by r_o_k | 2017-08-01 10:58 | 不思議

江戸怪談 生きながら鬼女になった話

b0116271_10365777.jpg



享保のはじめ、三河の保飯郡舞木村に新七という若者がいた。女房は京からわざわざ連れてきた、いわというもので、齢二十五を数えた。


都育ちの者が田舎にくだるというのはとても大変なこといわ次第に心が刺々しく、きついことばかり言っては部屋に閉じこもるようになった。家事など一切やらなかった。新七が慰めようと肩に手を置くと、まるで汚いものでも触たかのように振り払い、大声で


都へ帰る!


と叫んだ。といっても、出奔もせず家に居ついたまま、いっこうに帰る気配はない。それゆえの衆は、気にも留めていなかったのだが、新七はそうではなかった


ある朝、通りがかりの近所の女房が声をかけても返事が無いので家を覗くと、男の荷物がさっぱり無くなっていた。土間にはいわがただ茫然と、乱れ髪、寝着のまま立ち尽くし、西へ向け腕を挙げ指を指していた。


出て行ってしまったねえ。西のほうか。あんたのせいだよ、と話しかけると、ああ、と言って、奥へ引っ込んでしまった。


話を聞いた村の衆が集まって相談して、皆で新七を呼び戻そうと算段を整え家に行ったところ、いわはいなくなっていた。


新七さあん。


新七さあん。わたしが悪かった。


新七さあん。わたしが悪かったから、戻ってきておくれ。


あとを慕い追っているうちに新井まで来たが、ぼろぼろの寝着で幽霊のように汚れた髪を垂らし血だらけの裸足でいるさまは凄まじい。


ここにこれこれこういうお方が来たでしょう。通しておくれ。


関所の役人は慌てて門を閉めた。通すわけにはいかぬ、とだけ言って番所に引っ込んでしまった。


関所を通ることができなかったいわは、仕方なく帰ったものの、日増しに荒んだ心持ち増して、乱心のようになった。村の衆が声をかけても、


きい。
きいきい。


と奇怪な声をあげるばかり。


折しも隣家に死んだ者があった。田舎の習いで近所の林で荼毘に付した。
煙がつーと昇り天に散るのが村からも見える。


きいきい。
きいきいきい。


煙が上がらなくなった。おかしい、まだ時間がかかるはずだが。火の燃え具合を確かめに来た施主は、呆気にとられた。


きい。


そこにいたのはいわであった。どうやってか生焼けの屍を素手で引き降ろし、素手で腹を裂いて臓腑を掴み出し、まるで飯のように器に盛ってはうどんを啜るように食っていた。


きい。


嬉しげな顔を上げると施主のほうを見た。その眼は墨を垂らしたように真っ黒だった。


大いに驚き村へ飛び帰る。村の衆は皆棒など持ち寄って再び焼き場にやって来た。いわ屍のあらかた食い終わったところだったが、最後に残った赤黒い袋のようなものを差し出して言った。


これほど美味しいものは京にもありません。あなたたちもここへ来て一口味わいなさいな。


おのれ、狂いやがった!


大男が振り下ろした角をひらりとかわしたいわ俄かに怒り狂った。


何をする、分け前を遣ろうというのに


この鬼女め、殺してしまえ!


一同殴りかかるが、いわはひらりひらりと舞い踊るようにして、いっこうに当たらない。


きい


ついには一声挙げると蝶や鳥のごとくまるで身軽に走り去った。皆追いかけたが森の深い山の中、すぐに見失った


その夜のこと、近隣の山寺に入って、器から残る臓物を出して喰らっているところを僧侶に見つかった。驚き騒ぎ早鐘で里へ知らせ、村人たちは飛んで集まった。いわは、


ここも騒がしいのう


と言い残すと、背後の山の道なきところを平地を行くかのように駆け登って消えた。


行方知れずとなった。


村人は生きながら鬼となったことの顛末をお上に申し出て、近在の村々には注意するようお触れが出たという。


                   ~菊岡米山「諸国里人談」

「怪物図録」参照


by r_o_k | 2017-08-01 10:35 | 不思議

写真と文藝「ブンガクはキライだ」

b0116271_15060061.jpg

by r_o_k | 2017-06-05 15:29

パン屋と女

こんな夢を見た。

やる気の無いパン屋が遂に窯を売り払った。「小麦粉のまんま売ることにした、そのほうが楽だろう」

湿気をふくんだ小麦粉は少し青みを帯びていて、いちおう型にこねてあるがまるで気味が悪い。いったい普通の家庭に焼き器などなかろうにこんなものをどうやって売るものか、と思っていたら客が来て一言言った。

「うちの旦那がいよいよあぶないそうだから、餡パンをひとついただこうとおもったのだけれど」

「旦那さん餡パンがお好きだったのですか」

「いえあたしが好きなのよ」

パン屋は小麦粉の塊のひとつを取り上げると真ん中に乱暴に穴をあけ、うぐいす餡を詰めはじめた。多めで、というご婦人の指示に首を振り、しかしずいぶんと詰め込んでは桜の塩漬けで封をした。

「この生地は奥さんの首すじの色に似ているね」なんでそんなことを言ったのかわからないが私はそう話かけて笑った。

「貴方のかいなの裏の色に似ているわ」はっと腕まくりをして右腕の裏を見てみると、蒼くなまっちろい肌に毒々しい紫の静脈が浮き上がっていた。

「さ、うちへ帰りましょう。もう立っているのも辛いのでしょう?」

そういえば足がもつれてまるで猫にじゃれつかれているようだった。

「パンはどうやって焼くのかね」私はつまに語りかけた。

「焼き場の窯よ」

そこで目が覚めた。



↓飾りかと思っていたら押してもらわないと機能しないことがわかったので、ぽちっとお願いします<(。。)>
ブログランキング・にほんブログ村へ
↓こちらも。
人気ブログランキングへ

(再掲)
by r_o_k | 2008-07-24 16:36

設定>後継者たち;ドラゴニア篇

「先生」により人間の体を取り戻したヒカリが、「先生」を含む仲間たちの眠る地獄の本州にとどまり死を得たあと、ダミーによって未だ平和な北海道に連れていかれた、ヒカリと「先生」の子供たち。双子の姉妹はそこでぐんぐんと育っていた。

静かに、時には未だ残虐な行為を繰り返すかつて「テキサス」と呼ばれた動物型チュパカブラを倒しつつ、果てしない草原の一軒屋で生活を営み続けるダミー。昔の本州での生活を思わせるものであった。人工的にヒカリのDNAを受け継いだ者として、ヒカリの名を引き継ぎひっそり生きているが、ある時点からチュパカブラ人と人間の混血に残虐なミュータントが殖えていく。

テキサスより狡猾で暴力的なドラゴンの姿を持つ怪物、なおかつ人間と区別のつかない姿に変身できる能力を駆使して人間だけを襲い始める通称「ドラゴニア」。せっかく殖えつつあった絶滅危惧種の人類をただ「かわいそう」ということだけで守ろうとするダミー。しかし北海道には戦闘能力を持つ「人類の末裔」は彼女くらいしかいなかった。ダミーは二人の姉妹にヒカリから受け継いだ「どんな相手も素手で倒す力」を伝えようと決心する。奇怪な変身をなし時に変身中の記憶を失い自覚すらないことも多々ある「ドラゴニア」と、三人だけのUMAハンターの死闘が始まる。なぜドラゴニアは人間だけを襲うのか?ドラゴニアにも親人類派がいるのは何故か?
b0116271_2581918.jpg

にほんブログ村 漫画ブログ SF・ファンタジー漫画へ
書くかどうかはびみょうですよ。

b0116271_3325627.jpg

にほんブログ村 イラストブログへにほんブログ村 イラストブログ らくがきへ
by r_o_k | 2008-07-12 03:33 | 「CALMANDO」+