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竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷

祭りの季節。まだ早い時間、打ち水の照り返す道に法被軍団が神輿を並べてがやがやと。道は静かで人も少なく、でもどこにも人の気配がある。入谷近辺、新吉原まで行って戻った2時間。
正覚寺(新しいが江戸石仏がいくつかあり、無縁塔を大きな立派な幕末石仏が囲んでいていわれがありそう。武家墓に見られる屋根付墓も見えるが新しいか)。
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大音寺(大通りに面し、おそらく10年位前まではしっかり運営されていたと思われる大寺だが、表札が剥がれ朱く面白い形の改築本堂も、窓に紙が貼られ閉鎖されており、瓦礫が散乱して正直荒れている。
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脇に管理されている老人の住居があるが寺としては無住?巨大な子育地蔵が圧倒する地蔵堂内は一様に埃をかぶっているが線香は新しい。
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入口は閉じているが無施錠で開放されている(管理人さんには特に何も言われなかったし開けて出て行かれた)。堂は新しいのにウナギ型の敷地に参道が長大で、墓石が参道をはさみ境なく並び、木々が多いため古刹感が強い。しかし新緑の時期は剪定樹木が廃墓の残骸とともにうずたかく覗き見え(ただ現役墓が密集してちゃんと供養されてあり廃墓はむしろ他の下町の寺にくらべ割合的に少ない)、荒れた雰囲気がゲート外まで出てしまって人は入りづらい。
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私は好きな、整然としない古いタイプの境内で、本堂向かって左の大きな石柱は安政の大地震の供養の名号塔。
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その奥にかつては庭石などであったろう大石と墓の残骸がちょっと積まれていて、その上にのっている小さな地蔵尊は無縁供養とある。
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このお寺は始めたのが遅く数は数千の規模だが新吉原投込寺三寺(ほか浄閑寺、土手の道哲(西方寺、巣鴨移転))の一つに数えられていた。その時期がちょうど安政大地震あたりであることを思うとこのセットで投げ込み当時の供養になっているのだと推定する(他にあるのは観音銅像くらい)。ここから新吉原、それも弁天池は割と近いのである(火事や災害で遊女が死んだと伝えられる)。近所に樋口一葉が住んでいて、ここも「たけくらべ」に出てくる。)
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脇に西徳寺、すこぶる現代的に改築され立体迷路的な墓地の入口脇に十七代・十八代中村勘三郎の眠る墓がある、初代中村吉右衛門奉納の水盤など歌舞伎に関係ある模様)
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裏に正燈寺(綺麗に整備されているが古様の本堂がすてき。無縁塔のくぼんだ柱石には延享年間の銘)すこし新吉原のほうへ行くと空の安全祈願で有名な飛不動
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さらにすぐ新吉原でへりを進むと吉原神社(災害を掻い潜ったいくつかの古い石像など目を引く。お穴様は下に何かが埋まった穴があるという神秘的な、たぶん稲荷だが、吉原ならではのイメージもあるかもしれない)

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角度の違う元新吉原区画
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道なりに行くとほどなく吉原弁財天(吉原大火および関東大震災の供養塔として観音像をいただいた巨大な溶岩塔が有名。このあたりが広く池だった。近代石仏の中に遊女の墓の残欠もある。最近派手な絵が描かれた弁財天(その前に小さな人工池が再現されている)自体は吉原神社の管理。新吉原には多くの祠があったがそれを維新後まとめたのが今のこる神社や稲荷らしい。信仰空間として狭いが独自の江戸風情を漂わせている。ここだけを管理している人もいるもよう)。
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入谷に戻りがてら太郎稲荷(前に書きました、浅草田圃の太郎稲荷、立花家下屋敷内からはじまり幕末の流行神として祠がたてられていたが開発や災害により栄華を失ったのは小林清親の寂しい絵のごとく、写真もあるが、今のような小さな境内をもった立派な堂になったのはここを信仰する講のおかげだろう、覆い堂内に集合写真がたくさんかざられています)。
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by r_o_k | 2019-05-17 19:20 | 旅行

兵庫加西姫路加古川神戸&竹田城城崎温泉・北条石仏石の宝殿ゆっくりするつもりが詰め込んでたいへん旅:2019/5/5-7

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兵庫加西姫路加古川神戸&竹田城城崎温泉・北条石仏石の宝殿ゆっくりするつもりが詰め込んでたいへん旅:2019/5/5-7

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文化財中心の少しオカルトスピリチュアルをまぜた旅で、長年行きたかったポイントをかき集めたようなかんじでした。とにかく拓けている地域なのでのんびり感は期待していなかったし、実際拓けてます。病み上がりの一人旅はそうとう後にきて心身にきましたが、こういう翌日疲労困憊しているような旅はほんとうに久しぶり。最近夏の沖縄もあんまり回らないで寝てるし、遠距離旅は現地の方にお任せしたりで、原点にかえった気分です。ただ、行ったとこは超有名だし、必ずしも行きたくて行ったんじゃなくて、ガイドブックに載ってるとこはおさえようという意識だけで行ったとこが二日目に集中しています。まあ行ってよかったけど。

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最近の旅まとめはtwitterまとめを基本としています。そのため順番や内容の濃淡にばらつきが出てきます。後から補完する前提(写真やツイッターはスマホからのものだけです)、あと、以下に一応の行程表をのせときます。たった三日、しかも一日目はほぼ半日なので書ける。

5/5sun>

9:29新横浜 のぞみ
11:51新神戸
<神戸市営西神・山手線 西神中央行き> 210円
三宮

<歩446m>
神姫バス三ノ宮バスターミナル
13:00発
<高速バス三宮→山崎 山崎(宍栗市)行き始発> 1440円
6駅
14:09北条 下車
<歩835m>

15:00
★五百羅漢石仏(北条町北条1293羅漢寺 1700まで)200円
室町末期~江戸時代の石仏として棒状の特異な形態を示しており、民間信仰の五百羅漢の極致を示したものとして非常に有名。優しい顔に注目されるが、数でいえば険しい顔のものが多いのは飢饉供養等の何か理由があると思われる。鼻と目だけを直線で切り出したモアイのような顔がおそらく最初のもので、追刻や修復、墨入れで印象の変化したと思われるものも多々あるが(後年追加されたとおぼしきものもある)、それもまた味となっている。門前の蓮華座に胡坐をかく仁王二尊石仏は剥落が目立つが非常に個性的で、素人手による造像であることを想像させるが、それにしては大きくて構造的にしっかりしている。これと境内の宝形印塔残欠には慶長年間など江戸初期前後の刻銘があるという。

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★住吉神社・酒見寺
※羅漢寺と関係あり。重文建築2(江戸初期)広大な境内に元は同じ寺社が弁天池を境にそれぞれ壮大な伽藍を配しており圧倒される。とくに酒見寺は修行堂や三重塔、仁王門といったものがきれいに揃っていて美しい。災害により古い建物を失っているのが残念だが、現在のものも江戸時代であり、迫力はある。

<歩820m>

17:06笠屋バス停
<神姫バス61 姫路駅北口行き> 790円
18:01姫路駅北口

★姫路城(1700まで)三の丸までは入れるので夕方から夜のライトアップをたのしめる。

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★お菊神社(十二所神社内)二の丸の「お菊井戸」に関連して作られた信仰施設。城からは少し離れている。

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5/6mon

7:33姫路<JR播但線 寺前行 1番ホーム始発>
8:22寺前27発
<JR播但線 和田山行 同ホーム始発>
9:09竹田着

9:25(10:05)竹田駅バス停発 天空バス(シーズン運行、遠回りなので荷物がなければ駅裏から普通に直登しても大して時間はかからない、バス停で合流)始発
9:45竹田城跡バス停
<大手門までさらに狭い舗装道路を800mくらい上る、途中で「落ちずの岩」あり、伝承はなさそうだが路側から落ちないということで受験生の信仰がある>

★竹田城跡
かなり復元が行き届いているがさらに継続していく模様。木々が払われ石垣がすべて積みなおされて、大手門跡側ないし小さな天守台手前二の丸三の丸から砦先を見下ろすと「日本のマチュピチュ」といわれる山上風景が楽しめる。整備の賜物であり、400mの長径がある山城だが、中世の山城がベースと考えれば規模は想像できよう。一方通行なので戻って休んだりはしづらく、上った後は時間はかからない。ライトアップもしている。

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11:30発
竹田駅
<タクシー>

★立雲峡(片道2.7k、タクシー往復)山の斜面につくられた自然公園で、対面の竹田城を見るための場所(カメラは望遠必須、けっこう小さい)。ここは自家用車でなければタクシーしかない。舗装道路も結構上るし、駐車場から入場して(200円)自然風景を利用した庭園的な山腹を一番上の展望台まで登るのもしんどい。秋冬で霧が出ていたら竹田城が雲海の上に浮かぶさまが見えるそうで、とびぬけて距離がある一番上の展望台まで登る必要があるが、霧がないなら楽な下の二つの展望台で十分。駐車場からも山の上に竹田城は見える。シーズンはとんでもなく混むそうで、展望台は狭い。

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12:30竹田駅発
いろいろ乗り換え
城崎温泉駅

★城崎温泉
中心部から温泉街がちょっとはなれている。竹田(特急によっては止まる)から1時間前後で車窓に★玄武洞(天然記念物)も望める旅情あるアプローチだが、温泉は京阪からの直行便が多く外国人と学生が多い。雨だったので行っただけで予定にはなかったです。雨じゃなければロープウェーで温泉寺(国重文)行きたかった。ほとんど昭和以降のものですね。

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5:17城崎温泉駅(姫路経由上り特急最終便)
7:00姫路駅


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5/7tue

8:31姫路発
<東海道山陽本線快速 野洲行>5番ホーム発 320円

8:48加古川 南口下車
 歩47m
8:53加古川駅バス停
<加古川市かこバス別府ルート 別府行き>200円

9:02
鶴林寺バス停下車
 歩152m
★鶴林寺(本堂・太子堂国宝・宝物殿) 総800円 9時~16時半

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恵便法師が物部ら廃仏派から逃れ隠遁していたところ12歳の聖徳太子が教えを請いに来た「木の丸殿」が鶴林寺の原点となる。聖徳太子ゆかりの堂からはじまり(もともと四天王寺の配下)天台宗の修行場として平安時代の古い建物を二つ有しています。室町時代の本堂なども独特で凄い。兵庫の国宝建築としては姫路城を除き第一に見るべきところ。太子堂はシーズン内覧。宝物庫も必見。江戸前期、重病の奥さんが秘仏を見たいと願っても60年おきの開帳に間に合わず亡くなったという津田三硯居士が奉納した「秘仏のかわりの仏像群」にはウインクしているように見える像も。このかたは完成を見ず自らも亡くなっていますが、有名な寺の出の古像も入手しおさめていて宝物庫にあります(津田氏による新薬師堂の仏像群は最近鎌倉室町まで遡るという人もいる。月光菩薩の首の後に奥さんの歯と思われるものの埋納が見つかっている)。植髪の太子像は春の開帳時以外は模刻を見られます(室町時代、髪に聖徳太子の遺髪を植えているという伝承)。泥棒にたたかれあいたたと声をあげた伝承のある国重文白鳳仏は大振りで美しい金銅仏立像(もう少し大きければ国宝指定も視野に入ったのかもしれない)。叩かれたところが腰の優美な曲線となったとか。

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〜「刀田山鶴林寺」写真解説より


ほかここのすばらしさはツイッターかフリッカーか誰かのホームページで。

11:30鶴林寺バス停発
<加古川市かこバス別府ルート 別府行き>200円
荒井駅
<山陽本線>
高砂駅
<コミュニティバス(高砂市じょうとんバス1系)>

ふれあいの郷 生石(終点)下車(本数が少ないのと時間がかかりがちなので健脚ならJR宝殿から歩いてきたほうが安心)

★生石神社(日本三奇「石の宝殿」石切り場の多い地域で岩に埋もれるように切り出されたサイコロ状の巨大な岩、後ろにでっぱりがあるがここが本来上にきて宝殿となるはずが、重くて上古の技術では起こせなかったといわれる。歴史ミステリー本には必ず出てきた案件であり、今も新しいスピリチュアルな信仰を集めているみたい。ここは他にない景色で、歴史的にも万葉の時代から江戸時代までミステリーとして記録されている珍しいところ。左回りで回ること。日本三奇のほかは塩釜と天の逆鉾)

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★バス停のある高齢者施設には山腹に埋まり「天浮舟」と信仰された巨大な家形石棺の蓋をはじめ石造物がいくつか集められており注目。織部灯篭、いわゆる切支丹灯篭も完形である(刻銘なく近世の模造だろう)。ほかツイッター参照。

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14:23発
<コミュニティバス>
15:13発
高砂駅
<山陽本線>
★車窓に明石城の大きな城壁と二つの国重文やぐら
東垂水(各停)

★平磯灯標をのぞむ(駅からも海釣り公園(有料)手前からも見える)
田中河内介の項参照。明治時代まで航行の難所で知られ田中河内介殺害現場だからと噂をたてられた。サマセット・モームはこの灯標を回ってボートを漕いで来いと若者に言う話を書いた。見た目より遠くて流れが速いのだ。明石海峡大橋も見える。

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<歩>

★海神社(でかい)

垂水駅
<タクシー往復>
★五色塚古墳(マンション群の中に巨大な前方後円墳。葺石は草に隠れているが前方部を海に向けた独特の風景は一見の価値あり。明石海峡大橋とのツーショット)

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<山陽本線>
<地下鉄>

18:52新神戸 のぞみ50号
21:14新横浜

以下、ツイッターから

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加西市は石仏の里で、古法華自然公園には日本最古の国重文白鳳仏があるが一週間前予約か春秋例祭2日のみ開帳とのことで断念。というか北条石仏からやや遠い。山に南北朝時代の石棺仏から近年物までゴロゴロあるそうなのでいつか行こうかな。加西市の白鳳石仏は二つ、共に奈良博委託から一つ戻った形。

posted at 11:12:38

顔ハメ https://pic.twitter.com/Z4oVFr6nbj

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神戸発高速バスは遅滞がなさげ。システマチック。 https://pic.twitter.com/qqYvWAHP5x

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体調的に一時間休んでは動きというやり方は得策だったか。 https://pic.twitter.com/QBdhOYQt8f

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最後に神戸に来たのは震災前なので、随分のご無沙汰なのにすぐ出る。最終日来る。

posted at 12:45:18

ハイキング日和。六甲行きてー https://pic.twitter.com/DT7XAKwqyr

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アウトレットへ https://pic.twitter.com/DmX0WdR8CC

イオン https://pic.twitter.com/1QTURgWikj

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何と加西市の羅漢寺に時期不明の石棺があり鉢状穴がみられる!按ずるに水鉢として用いられた模様。蓋は竈の蓋に用いられている模様。 https://pic.twitter.com/a6WAQpevuL

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修那羅と並んで近代民間石仏群で知られる北条五百羅漢を見てきた。昔より整備され草木は刈られ雰囲気は垢抜けている。ひときわよく見えるのは繰り返されたであろう修復痕。彫りが深く立体的なのは折れた石柱に再刻されたものではないか。目に墨を入れるなど面白い。単純な手なのに個性的。 https://pic.twitter.com/zwxghBmCnm

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蓮華座に乗る仁王も不思議。表情がにこやかなのは五百羅漢の一部(多くは険しい)と共通。この仁王に江戸初期の刻があるというが荒いノミ跡に確認不能。宝篋印塔残欠に慶長年間刻があることの誤解か。近在酒見寺の施設だったといい、そちらは寺社揃って大伽藍。だが何度も被災し国重文2塔江戸初期のみ https://pic.twitter.com/gCc9nOCsst

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三宮から高速バスで来る人も珍しいらしく、逆に姫路からはよくいるらしい。距離は姫路がずっと近い。さて、今日はたっぷり石仏だった。 https://pic.twitter.com/zxBsbkr3FR

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石仏は雨の日に撮るのが定石。最近は愛用の水中カメラで撮るのだが、今日もピーカンでむいみでした。奈良と京都の境目の当尾ではざんざ降りのなか3台カメラ持って楽しかった。全部フィルムカメラなので現存しない(デジタルデータとしては)

posted at 23:19:34

姫路駅前が様変わりしてたが干支一回り以上来てなかったからあたりまえか。日曜てのもあり8時にはほぼみんな閉店。あまり腹減ってなかったので寿司少しでおわり。暑かった。

posted at 20:57:44

お菊井戸は二の丸だった。二の丸は閉店。 https://pic.twitter.com/oS6vKskZMY

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改装後の屋根の色を見に来たけど、白くなかった。ほんとに落ち着いてしまった。 https://pic.twitter.com/UZEF5eB2y2

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お菊神社のチープな皿型絵馬がほしかったが、ここは女性の神社であるとのことで社務所(十二所神社)の扉を叩くのはやめた。 https://pic.twitter.com/UV9mY5PND8

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社殿現存してないす(たぶん空襲) https://pic.twitter.com/rv20FThdcy

女、水、皿ね。あやかり系すなあ。 https://pic.twitter.com/r75qUW3hxB

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建物は古ければいいわけじゃない、配置がカッコよければ自分的国宝だ。酒見寺 https://pic.twitter.com/zqdbLdoGhX

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さむいねむい
山へ
(日差しは時々さす) https://pic.twitter.com/EMSnpXlAsa

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アプローチ遠いわ!(笑)
竹田城跡、一見の価値はあるけど、小山登る覚悟はいる。 https://pic.twitter.com/juVjrVVrw7

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カメラは望遠が必要 https://pic.twitter.com/45Twyuy9TT

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山下り中、通り雨でずぶ濡れを乾かす https://pic.twitter.com/iaOASHWGhG

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気温変化が激しすぎてはげそう https://pic.twitter.com/DM0obqTmzJ

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traveling without you https://pic.twitter.com/AOeM9D1UDX

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基本的に拓けてるのでこのあたりは旅情というものはなさげ。

posted at 13:23:18

城崎温泉は温泉街としては大きいけど立ち寄り湯は小さめかも。休湯もあり4つだけ入ったが、よかったのは柳の湯(小さいので3時とか行くと綺麗でゆっくりできる、この湯が一番あったまった)御殿の湯(豪壮な滝壺を模した露天風呂がすばらしす)かな。外国人と大学生多め。 https://pic.twitter.com/mKzbOwuG8F

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雨模様はさすがにまいった。ここは海が見えるわけでもこじんまりとまとまってるわけでもないので、歩くのが基本とすると雨は辛い。大阪や京都から直行特急があるのがすごいけど、姫路まわりは5時台が終わり(尼崎回りになる)。 https://pic.twitter.com/b3n215KUCy

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無色透明の単純泉、まあ、個人的には観光スレしてるのもふくめあんま…でしたが、晴れてれば別かもね。国重文の温泉寺までロープウェイがあるけど雨なので。車窓に玄武洞が見えたのびっくりした。中入れないのでこれでいいかも。 https://pic.twitter.com/FfHhjwWGyH

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時間がなく朝から絶食だったので食って寝ます。乗り越したら神戸だ。 https://pic.twitter.com/9HMbsrSh7r

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晴れてきた https://pic.twitter.com/zH2tqyAkHn

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遠いなあ、もう。 https://pic.twitter.com/oBBbDXOwqt

姫路タコピア。どう食べたらいいのか。たこの入った玉子焼きでやわこい、ふつうに出汁でいただくと思いきや、みんなソースを付けた上でだしでいただいている。うーん、出汁が美味しいから普通に出汁がいいかなあ。なんならソースだけで食べたらいいし。噂に違わぬ困惑ぶりでした。 https://pic.twitter.com/B6UhUUiWZb

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足りないと思って城崎から牛めしカニ飯半々の弁当を持って帰ってたんだけど、けっこうでかいので超腹。夕方まで何も食べてなかったのにきょくたんすぎた。

posted at 20:35:36

あしたは寺見て石見て灯台見て帰るよ。

posted at 21:34:33

ぜいたくな旅行だよ。でもこれで筋トレの必要性に気付かされた。目眩は残るが筋トレしないと内部から壊れていく。有酸素運動はもういい。

posted at 21:36:52

帰って振り向いたら姫路城がとんでもなくスケールでかかった。ぜんぜん違ってた(姫路城も一応山の上を崩して作ってる城、竹田より低いけど)

posted at 21:57:04

竹田は長径400メートルだそうなので長さだけならそう小さくもないが、天守もあまり大きなものは作らなかったし、岡城のスケールというより、ちょっとジオラマ的なミニチュア的な面白さかなあ。

posted at 21:58:59

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鶴林寺本堂(国宝)室町期成立、和様と唐様とナントカ様の折衷様式の古い形のもよう。屋根が二重構造でおもしろい。脇の破風の中に二つ鬼瓦がこっち向いてるのなんて何でこんな構造にしたのかという。内部も天井が高くて曲線が面白くこの時期の禅宗建築やのちの萬福寺様式に通じる軒の反りなどあれど、違った完成度がある。奥の内陣もすばらしいが国重文の本尊五体は65年周期の開帳で、稀な特別開帳を待つしかない。 https://pic.twitter.com/AwYz91dI94

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角大師さまざま。(残ってるぶん 鶴林寺) https://pic.twitter.com/xf7GbGe4f6
三徳山三佛寺の苦労が伺えるぼろぼろさ。(比叡山の鬼大師も鬼門を守りすぎてこんな) https://pic.twitter.com/JjUqb93TGJ

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鶴林寺の「石風呂」にも鉢状穴は認められる。底に水抜き穴がありかつ小さいが、ここでは「湯船」とされ、花や線香を立てる穴としている。生石の高齢者施設内に近所から集まった石造物が置かれており巨大な家型石棺の蓋が目を引くが、ここにも寺経由で移された鉢状穴を穿たれた石棺?がある。 https://pic.twitter.com/5mWm1e0cP1

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石の宝殿。水に浮いてるように見える(下が窪んでいて水溜りができる仕組み)。生石神社(おうしこじんじゃ)は横山が石切場で、上は非常に硬い石の山になっていて、硬すぎてつるつる滑る。宝殿に落ちたら大事だ。ちなみに近くにある大きな家形石棺蓋は同じ山にあり天浮舟のように扱われていたとか。 https://pic.twitter.com/oZgtD9nsL2

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本日のまとめ。ウインク。国宝。梁が真ん中という不思議な天井。日本三奇。 https://pic.twitter.com/WD4A8IYIw1

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解説:

弓が失われ、避けて閉じた目がもろ出てしまった

ここは鎌倉時代に増築された拝堂部分で奥が真四角の国宝(平安)。十輪院がこんな形ですよね(僧以外禁足の修行堂に一般が拝む部分を付けた)
太子堂の内陣は復原やコピーであるものの宝物庫で見られる。ただし壁面の絵は(内陣のみならず建物の内側もびっしり仏影などが描き尽くされているもよう)黒くなってあまりに摩滅していて目ではあまりわからない。内陣の復原図は色が白く明るく他所の平安堂の例と比べちょっと違和感があった。
・・・十輪院あんまりにも昔の記憶でちと違うかも。目線の高さに本尊の石仏龕がくるよう屋根を低く落としてたり結構特殊だな。他に良い例があると思うけど、わすれた。
富貴寺はどうだったっけと思ったら平面長方形だった。気づかんかった。裏に爆弾が落ちて屋根瓦が飛んだという話で記憶に残る国宝。大友宗麟のキリシタンの焔から逃れ、とんでもなく絢爛たる藤原文化的な彩色が残ってます。

室町時代の堂だが天井の説明が無くよくわからない

出っ張った部分が屋根になる筈が起こせなかったそうで神聖な部分になると

posted at 19:42:48

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pic.twitter.com/DNc4LKk1wM

忘れてた。五色塚古墳。
だいぶ葺石が荒れてきたか。。海を見渡すすげえとこにある(明石海峡大橋)
まわりはでかいマンションだらけ。

posted at 19:45:48

ゆっくり旅行でも何でもない最後まで詰め込んだかんじ。全予定 1おわり。早々に新幹線駅まで移動し、今度こそゆっくりする。 https://pic.twitter.com/XPDwG59bSb

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さらば神戸!(垂水しか行ってないけど) https://pic.twitter.com/bvF2ZI8X6U

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なんで11年前のゴールデンウィークの写真ばっか見られてるん?!

新神戸駅の裏の写真貼る https://pic.twitter.com/3b92dEmxQG

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新幹線満員。サラリーマンの海。

posted at 19:06:39

新神戸駅の洋食屋のステーキ&フライが無茶旨くてびびった。ふんぱつしたぶんは返ってくるのが神戸なのか。そんなに高くないよ(ちょっと炭強すぎだけど)

posted at 19:09:00

京都タワーがピンクだ

posted at 19:22:54

じゃあ、日常でまた。(若き聖徳太子の学坊に通じる門の跡) https://pic.twitter.com/bKpMU9obqR

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また右手だった。。左手挙げてる招き猫よ! (出石焼)https://pic.twitter.com/ClFSsRJ7D1

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<関連エントリ>怪談田中河内介・調査報告その3-2(平磯灯標について補記、写真・新聞リンク追加) を投稿しました。 #エキサイトブログ
https://okab.exblog.jp/8933620/ https://pic.twitter.com/ENcRrwhuyJ


<写真集>20190505-07兵庫姫路 #flickr https://flic.kr/s/aHsmDfXL7S


posted at 07:20:23


by r_o_k | 2019-05-10 16:00 | 旅行

2018/9/2-6:波が荒い!沖縄本島北部・丸い!古宇利島・珊瑚塀が黒い!伊是名島・海が青い!慶良間:twitterまとめ(追記)

2018/9/2-6:沖縄本島北部・伊是名島・慶良間
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自動荷物預け機、センサー感度悪い。待たされる。あと、ひっくり返して後ろに落とす機構も乱暴。人でやったほうがホントはいいなあ。 https://pic.twitter.com/hvpOuvXN7v
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自分用メモ:2時間前はいくらなんでも早すぎる。20分前搭乗だから2時間弱前に家を出ればいい。あと、別に特段混んでない
posted at 08:38:23 
雨の羽田から飛びます。 https://pic.twitter.com/8JS3T8WSc3
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那覇着。思ったより体調悪くて疲れる。時間的にはゆっくりなのになあ。識名園だけ行ってさっさと名護で休もう。 https://pic.twitter.com/lzPRVIRE5n
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識名園なかなか良かったです。出た途端雨が上がり気持ちよく、縁側で寛ぐ人たち。いいんだ、カメラ写りはコントラストの薄い、曇ってたほうがよいのだ。うーん。一時間で十分ですね。 https://pic.twitter.com/oydwYEd7Kk
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:園内から見つかった砲弾類

雨の頻度からして明日崩れるのはほんとかな。明日海入れないなら今日入っとく。人工でもいい。
posted at 15:00:29 
あー、今日夏休み最後の日か!(琉大入口にて)
posted at 15:04:19 
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真玉橋北を通過した。ほんとすまんかった。おばけが出るにはでかすぎる。 https://pic.twitter.com/PXZYbL7M01

初泳ぎ。
シュノーケル禁止で何も見えない(メガネもない) https://pic.twitter.com/wsn6YUtVwW
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人が入らないようにしても入ってしまう。こういうとこは仕方ない。人工砂浜が途切れたとこの海底が痛い。名護。 https://pic.twitter.com/NdqEqqVAVE
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激しく既視感があるんだけどなんだろう?ここは新しく作られたはずなので来たこと無いとおもうんだけどな。 https://pic.twitter.com/bsq46O5XDl
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琉球コーラ! #名護 #迷子
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日曜だった!どこもあいてない
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バスも来なくて疲労。。
夕陽見たかったがまあ町中散策した https://pic.twitter.com/pD2LZfWqbr

店が見つからず。今日の食事、ひたすらパン。コンビニ。
posted at 20:36:49
部屋、最高かよ。おどろいた。滞在するのには良い。
posted at 20:37:19 

ひんぷんがじゅまる 町の変化を見続けてきた
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ガジュマルの根っこが地面におりるとドン太くなる
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歩く木たるゆえんである
ひんぷんガジュマル、初目だった けっこう支柱が多いけど、根本を舗装したので根詰まり起こしてそうです https://pic.twitter.com/ikm9EWCB2e

どう見てもこっちのがひんぷん https://pic.twitter.com/9VbSXHdC6B
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選挙カーがものすごいのであった
手ぶれるわ

キリマンジャロあるかなあ
名護のあたり拓けてはいるけど昔の雰囲気残ってるよね コンビニも過度に密度上げないし 店も偏ってて少ない https://pic.twitter.com/59VShbixAm
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とりま今日はこのくらいの海でした https://pic.twitter.com/LRNFnnNDTo
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衰弱眠したが40分で目をさますのが不眠症。明日も晴れ。午後から曇りということは明後日は天気が弱るから、明日も海だ。
posted at 22:12:53 
台風はそれて行くが明日一番近づくらしい。船だいじょうぶかな。渡れればとりま良い。さて寝る。
posted at 23:59:03
縦に寝ても横に寝ても足が突き出ないベッドに寝ています(むしろ寝方がわからない)
posted at 00:37:08 


伊是名島フェリー全便欠航!
posted at 08:42:22
前倒しして北部周遊。古宇利島早回りから最北端の辺士名岬、おすすめスポットの大石林山(新しい自然周遊スポットで辺戸岬を見下ろす鋸歯状の山)
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高い部屋になった。
しかし海が見えない。。
あと明日も運休可能性高ゆえどうしよう。 https://pic.twitter.com/GlmtlwXyKd
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こんなんうちの旅ではありえない。。
もう動かないでテレビ見る https://pic.twitter.com/LrMkWN7h6r
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出港
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昨日とは打って変わっていつもの曇い海 伊是名島
明日の昼までにどれだけ歩けるか! https://pic.twitter.com/8TiJfCbn9m

伊是名島、結局自転車で周回。ほとんど降らず、南部は素晴らしい。北部はいかなくてもいいかな、ここがとにかく長くて、また長い上り坂がつらかった。名護で聞くに名高い伊是名集落のテーブルサンゴ片による高い積塀は墓まで徹底しており見る価値あり。国重文の戦前赤瓦建築も。天気がほどよければ自転車半日で十分(山登りしなければ)。民俗資料館も歩くと遠い山の上なのにあんまり力が入ってない。建物は立派だけど資料が置いてないし、説明も古い・・・



今日のざんねん。神アシャギの柱がテーブル珊瑚片でなっており4本と聞いて、さんざん迷って見つけたら妙な宗教になってて足も8本、珊瑚ではなかった。 https://pic.twitter.com/5giUIQrxJa
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阿鼻叫喚がタイムラインに並んでいるが、台風去ったけど天候不安定で、なおかつ涼しい。夕方になってやっと波がおだやかになる。草原の雷鳴などぞっとしない。
posted at 18:13:01
しかしなあ。もともと無い石積みで囲ってしまって、危ないから立入禁止にしましたって言われても。。この島は国指定重要文化財の建造物が2つあるという珍しい、王家由来らしいところで、無茶拓けてますが足がないから健脚の方は遊びに来るとよいです。どこ行くのも基本的に山の上を通ります。 https://pic.twitter.com/N3DAT5QUcM
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伊平屋島に比べ伊是名島は民俗調査とか考古調査がさほど進んでないのかなあ。考古学的には貝輪をした縄文人が無人島で見つかり、貝輪の用途が判明したとか、あとは土器は本島の影響が強いとか、でも、資料ないんだよね。。村史は運べん。。
聞いたとおり塀を黒い板珊瑚片で作っている。豪華。王家かあ… https://pic.twitter.com/orrusEoUO3
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左右どちらの石塀が格上でしょ? #左はテーブル珊瑚 #右は切石積 #正解は右 #王族の家 #戦前から残る貴重な建造物 #左はこの島では一般的なもの #渡名喜島では1軒だけあった(縦積み) #珊瑚岩よりは格上(今は採れなさそう) #渡名喜島でも切石積は名士 #伊是名島 #明日那覇に戻ります https://ift.tt/2oB9iFg https://pic.twitter.com/fqrgRa1aiG
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空が晴れてきた。水平線では閃光が瞬くけれど、割れた薄雲の中から銀河系が出てきてオッとなった。星々に星座が埋もれる。明日の天気は安定するだろう。
posted at 21:33:59 
浮いてる…
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船は困るんじゃ!台風の影響皆無と誰しも思ってるのになぜか早々と運休!隣の島には普通に行ってる!小舟じゃなくフェリーなんだ。。昨日の人は渡舟チャーターして隣の島から帰ったらしい。水上タクシーの値段…rt なので沖縄はコレコレ決まってるってのは場所と手段で違う 本島ルール!
posted at 22:42:41 

タクシーの人から外国人が多いと困惑の声、たしかに聞くなあ。これも年々刻々変化していて、ブームのように特定の国の人が増えるし、その人も目的がころころ変わってゆく。タクシーの場合困るのは、タクシーほど支払いルールが国により違うものはないということ。乗る側としてはロシア式の定額有難いが
posted at 22:53:23 
今朝のタクシー、前回より1000円高かったし。タクシーは最後の手段だから値切るとか頭にないけど。日本のタクシーだって昔はメーター倒して幾らいくらで行きます、とか良くあったよ。個人だからできること。ルールにないと会社組織はだめなんだなあ。
posted at 22:55:53 

風の岩(二枚岩に挟まれて箱庭のような景色を楽しむ、足元注意)など昨日行ったところの振り返りに。
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豪雨で運良く車に拾ってもらうも時間を持て余し玉陵へ。伊是名島よさらば。 https://pic.twitter.com/H6Sw4NgCRF
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24時間ちょっとしかおれなんだ。。結局海の道具は使わずじまいでした。しかも借りられたみたいだし。今日は那覇まで行くだけ。あした慶良間でやっとスノーケリング。去年の八重干瀬でひとまずもう珊瑚はいいか、と思うもやっぱり見たい。晴れるといいが。伊是名島では自然もありますが養殖珊瑚工事も。 https://pic.twitter.com/tkdv8Zwqik
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涼しいし日に焼けない。強いて言えば湿気のみ。うーん。だから海に入りたいという願望も薄くなる。
posted at 14:03:02 
雲霞の如くトンボ(写らない) https://pic.twitter.com/5eaIhHhyxA
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本部がすごく開発されてる。。女子率高すぎる。外国人が少ない。ふしぎ。
posted at 15:57:13 
岩山で靴底剥がれたので草履しかない。底に穴あいてるのに。これであと3キロ歩くのか。波がパチパチ光に爆ぜるのを見ながらバスは本部半島を尻目に高速へ。
posted at 16:06:04
やんばる物産センターだった
posted at 16:07:09 
むかしここで「フライトまで一時間半」となり真っ青になって以来、人と来沖したことがない
posted at 16:08:33
休憩。 https://pic.twitter.com/S049OI891u
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仲西ヘーイを呼ばわりょうと別の候補者の名前呼ぶと勘違いされそうで止めといた。。潮渡橋は選挙真っ只中です。(ルートイン手前が元の潮渡川の流路とおもわれる) https://pic.twitter.com/LqwBNkNdFW
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おやすみなさい
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伊是名島を思う。土砂降りの山中で雨具もなく途方に暮れていると車道を来た工事車両が戻ってきて載せてくれた。その道を海岸に抜けるところで左折してハッと思い出した。夢で見たやつだ、かなり前。途方に暮れて「もう起きよう」と中断させた夢。こういう続きだったのか。錯覚ぽくない予知夢系は久々だった。語彙無い。
posted at 23:30:57 

神秘的な島(の南部)だった。そんなこともあるのでしょう。過去にまで影響を及ぼす「イタズラ」を仕掛けられたのかな。龍の上るような岩。この下が龍穴。ほんとにおやすみ。テレビ見てて思い出したので。 https://pic.twitter.com/CkNKnWJUpZ
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外国人ばかりの慶良間ツアー、びっくり(笑)
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posted at 07:41:37
すべて終了。慶良間も珊瑚はイマイチです、やられたんでしょう。。騒がしいツアーだった。ゆっくり帰途へ。 https://pic.twitter.com/eqeFE8th3B
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ダイビング兼用シュノーケルツアーなのでユルユル。期待するほうが間違い(シュノーケル客はダイビング客のつけたしで小銭稼ぎにすぎなくなる)でも激混み。
帰るよ。 https://pic.twitter.com/GsXjHgKCDh
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上は戦闘機、真ん中が航空機、下が気球、一番下が船。独特の海だった。
posted at 16:40:00 
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空港が大混み。関空から振替で伊丹の人々。JAL,ANAは荷物預けるだけでたいへん。スカイマークにしといてよかった(端っこだけど) https://pic.twitter.com/Ve5ExJUNYF

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新千歳空港も復旧してないのか。
posted at 18:04:52
もう熱低の影響が出てくるはずだったが概ね晴れ。しかしまた明日からの天気はわからない。ある意味運良くある意味最悪の旅程だったが、まあ、ルートビアで回復するだろう。那覇からシュノーケルツアーなんて期待するもんじゃなかった。
posted at 18:10:11 
賑わってる=雑、ってことなんだな。安い=雑なので今回みたいな例外はやっぱやめとこう。外国語対応で賑わってるのは都市部だとどこも外国人を雇ってやってることで、珍しくはないが違和感はある。
posted at 18:11:56 
船酔いしたことのない自分が今日は初めての船酔いで食欲ゼロ。ハンバーガーしか食いたくない。 https://pic.twitter.com/zPehGMBfam
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この日差しで皆どうやって焼いたんだろ。昔みたいにコパトーンとか使うでもなし。そのむかし波照間島がマイナーだったころ一日3人くらいしか人が来ないニシ浜で、コパトーン塗って焼いたら全身火膨れになりお婆が畑からアロエとってきて三人がかりで塗ったが熱出した。今でも腕に残る染の数々。
posted at 18:18:54 
さらば #那覇 #帰宅 #ANAじゃない #伊丹と新千歳空港利用の方堪えて #夏休みの終わり https://ift.tt/2wM3cpw https://pic.twitter.com/YDIXiYU3zl
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玄関ドアの内側に爺さん座っててビビった…何だ
posted at 23:40:39 

やっぱり来年は先島だな。。那覇疲れた。久しぶりだと変化の凄さにくらくらする。中心部はもう東京。人も外地の人ばかり(外国人含む←悪いことじゃないけど観光客層の変動と店員の多さは戸惑う)。北部は馴染むが本土の郊外感。自然公園の部分以外人手が入りまくり、伊是名島とすらギャップが…。。。

posted at 11:21:35


伊平屋のときも言ったけど、、伊是名はまた行きたいと思わせる懐深い島です。あと一日いれば徒歩で王の逆田など伝承あるところや、コンパクトだが晴れてれば凄い景色の南東部の岩峰群登頂や海も楽しめたろう。人は素朴なのかすれてるのか冷たいとこも、昔の八重山を思わせて良い。労働者以外少ない。

posted at 11:25:44


離島の視点からすると台風下のヤマトはおかしく見えるらしく「なぜ出歩く?!」「車なんて乗ってー」「傘?!なんで傘なんてさすかねハハハ」直撃されることを経験してない(この島は集落の中心機能をみな山の上に置いたので凄い不便なくらい)土地を想像するのは隣の島も知らん人には無理だが空港はね

posted at 11:33:08


空港の設計の問題は素人議論が交わされていた。海の真ん中に作るなんてさーという話に、予測をきちっと上回るような高さで設計されていたのが、それを上回ったんだ、という説で食堂は落ち着いた。結果、橋に関しては人災の可能性が出てきているけれど。

posted at 11:36:23


この数十年で初めてほとんど焼けない夏だった。沖縄はもう日焼けできない。離島でピーカンならやっと鼻先が焼ける。東京は普通に満遍なく焼ける。

posted at 00:56:03


ダツのつがい(でかかった)結構よくいるし小魚の群れを追っかけてるのをボーッと浮いて見てたり、小さいものは餌付けしたりもした。つがいのことが多いのかな。岸壁沿いの海面近くにいた。50センチはあり、小鮫かと思った(次にオニカマスかと思った) pic.twitter.com/Fe0IhjEiIY
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餌付けしたのはこの子。3度目にはつがいで待っていた。遠い昔の話ですが場所は同じ慶良間だなあ。いま気づいた(現在餌付けは汚れる等で自粛されてます) pic.twitter.com/eyLOMfoJ4X
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アルバム:20180902-6沖縄本島・伊是名島・慶良間
by r_o_k | 2018-09-07 14:30 | 旅行

東京下谷の根岸御行の松

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(色付)

古典や落語ではおなじみ、東京下谷の御行の松、お不動さんの松。時雨の松ともいう。その下に石像が埋められているともいい本尊は今も不動石仏。しんとした風景の中にあったというが今は戦争を経て町家の中の広場のものとなっている。江戸時代すでに古松で知られた大木で大正時代前後についに力尽き、戦後二代目を植えると、程なくその残りの2メートルほどの切り株がズシーンと倒れたという。その木を使って前立の不動尊が彫られ、一部が記念の祠に祀られて今もある。二代目はあまり長生きせず三代目、四代目が今まだ若木として、祠の左右にある。この松を使った圓朝の落語に洒落付けて狸塚という石碑がある。
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江戸名所図会
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江戸名勝図会(広重)
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絵本江戸土産(広重)
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「明治の東京写真」掲載、明治中期
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東京名所図会(明治40年代)
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東京名所図会、東京名所を含む明治中後期〜大正時代の写真から。並びの時代は前後するが、後期は既に枝先がかれかかっていたという記述がある。関東大震災は生き延びた。
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説明〜
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by r_o_k | 2018-08-03 14:59 | 旅行

長命寺・奥ノ院井戸と東高野と石神井池・三宝寺池・姫塚殿塚;2018/7/10-16

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長命寺・奥ノ院井戸と東高野と石神井池・三宝寺池・姫塚殿塚;2018/7/10-16



花嫁市ということばが出てきて、自費出版に近い古書なので情報精度は低いとはいえ、十王&十三仏石仏に星の井に両国回向院の石仏と東高野で名高い長命寺、本尊開張かつては花嫁市も開かれ見合いの賑々しく華やか、とある。これは公式には昨年の新嫁のお披露目会だった筈。欧州ロマの習慣と混同?うーん

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          〜戦前の長命寺

posted at 10:33:06 メモ 160ページ

石神井池と井の頭池まちがえた(宇賀神像が移されたと聞いて写真をと)今はもう開かないこのトービーラー(窟マニア号泣) https://pic.twitter.com/O2tKtTDCYD

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久しぶりに変なとこ歩きこんだら墓地でポケ内のスマホがカシャカシャ勝手にシャッター切れたり(真っ黒でよろしければ証拠の写真多数)あとから撮禁と知った人気のない神社でどうやってもシャッター切れなかったり、なかなかのもんでした。暗闇でも熱射中でもスマホじゃないので切れる機種だよ。。

posted at 16:49:26

こういうのは説明に困る。 https://pic.twitter.com/7UdUqxg4YY
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あと三宝寺池でとつぜんスマホカメラがかつてないくらい綺麗に写るようになった。これはなんか機械的な理由か?

posted at 17:02:21

石神井池何十年ぶりだとやたら整備されててビビる。手前殿塚(近世供養塚で移築、右グラウンド内が古い位置、現場地図も混乱)遠くに姫塚。中世豊島氏滅亡の悲伝説が主に明治の創作小説よりきているらしい。姫塚は名の似た僧の塚か、十三塚残欠。対岸の石神井城蹟は確実な中世小城跡なので0じゃないか https://pic.twitter.com/dPHmT4b1jz
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姫塚


posted at 18:10:38

池の水全部抜く的な掃除などで様変わりした自然ぶりをみせている三宝寺池。むかし自転車とか沈んでて雑水草も酷くて、ここに金の鞍に座ったまま殿が沈んでるとは信じられなかった。石神井池とはほぼつながった谷戸底の長池だが城跡から古い池であることは明らか。故よかった。釣堀が凄い商売気の小屋に https://pic.twitter.com/WMv6t3tGsP
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posted at 18:14:03

長命寺姿見の井。東高野山としてミニ高野山を整える際、高野山に似せて作ったようで、覗いて水面に姿が見えないと死ぬと言われたがこのとおり写った。昔は鬱蒼とした森林中で脇に小屋があったような。気軽に覗ける様では無かった。名水という伝説もあった。星の井と混同。三途川向う十王十三仏域手前。 https://pic.twitter.com/6rTFxWTt6Q
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posted at 18:18:00

東高野長命寺の異様なバリエーションを誇る石仏群の一例。一番左の無縁法界塔は明治三十八年新吉原との刻銘、昔も今同様遠くからわざ供養を願いに来ていたのか、どこかにあったものを移築したのか。右が何と阿波国八坂八浜の鯖大師。サバは峠や坂や辻神への生飯供物の転嫁とも。欠けてるが明治だろう。 https://pic.twitter.com/Xr6g6yhsL6
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本堂前。
両国回向院から戦後移管された大地蔵。戦災跡が痛々しい。

ここの目玉である十王・十三仏石仏については十三塚の記事に書いた。



帰ろう。 https://pic.twitter.com/8KYeXFrOyW
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by r_o_k | 2018-07-18 12:57 | 旅行

江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16


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江戸時代つぶやき(五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、はりまや橋、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16

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松雲元慶禅師墓まいりの話、目黒に立派な塔があって、あそこだけなのかなあ。別のところにあると聞いたんだけど。。あと、耶馬渓羅漢寺で発願したのね。
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posted at 15:03:42

深川深川と書いてきたけど本所ですね。五百羅漢寺、明治初期 安政大地震で被災し、正面の三匝堂が百観音さざえ堂(舞台付)ですが屋根などボロボロ、左は山門すかすか、右奥本堂は左右羅漢堂倒壊で羅漢さん鮨詰め。横浜開港資料館蔵アルバム、ファーイースト、東京名所図会(江戸名所図会含)より https://pic.twitter.com/987NvHMbNn

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参考:葛飾北斎(舞台からの眺めが富嶽三十六景のもの)歌川広重やその系統、歌川派もさかんに描いている。
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富嶽百景より
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本所五ツ目(亀戸(大島))から荒廃をへて同緑町に移転したとき「羅漢寺」と称している(写真)。三匝堂は本堂右続きで羅漢像びっしり安置。但仮建築のまま目黒移転したらしい。堂内護法神宮として祀られた左の白澤像が獏と俗称され最近まで別の建物に別けて安置されていた(今は出口の脇)。最後現在 https://pic.twitter.com/RrwpYsaDd2
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本堂、黄檗宗様式ですね。墨東の毘沙門堂や目黒で戦火を掻い潜った同様式の堂を見ることができます(後者国重文)今は黄檗宗ではないと思いますが、三代でこの広大なお寺が確立され江戸の名所となりました。隅田川景色をさざえ堂2階舞台(ベランダ)から眺める北斎画が有名(当時3階建は許されなかったか、三層構造だからサンソウ堂とはいわれる)。


江戸とは関係がないが紆余曲折あって徳川夢声の小説で有名な新橋のお鯉さんという方が大変な才覚を持ち、出家して目黒のお堂を再興し、その妹さんからの古い堂は現在の本堂の位置にあった。古式の寺院ではあるが中の諸像配置は今に似ていたと遠く記憶している。それはそれでとても仏式で興をそそられるものだったが、76年頃に現在の新建築となり驚いた(幼少のみぎりよく覚えていると我ながら)。中に入ってお参りしたのはそれから10年以上たってのことだった。じつはこの回廊式が本来の姿と知った。現在はすっかり勢いを盛り返し整備もされ、展示も充実している。本堂右手にある原爆碑は元お鯉さんと徳川夢声によるものだ。平山蘆江の追悼碑もある。


https://twitter.com/ryookabayashi/status/1017281869979611136…

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〜明治前期まで
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〜目黒移転から戦後、70年代までの本堂
posted at 15:54:33

メモ。この写真、東京景色写真版(M26)にあるものだが、公式サイトのトップ画を見る限り蛸薬師こと成就院(目黒)。現在本堂向かって左にある入り口は正面にあった。本堂の型式的には同じような形をしている(広さは違う模様)。境内に今も秋葉大権現社を併置しており、小社であるものの徳川家光による勧請で江戸南部の秋葉講の元であるらしい。神仏分離で一斉に秋葉神社と改名、時勢がら寺の名より上に置いたと思われる。 https://pic.twitter.com/4chK0j1dDX
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posted at 18:23:05

3年以上前のTwitterネタだが続報は?子供っぽく煽りが現代的で不審に思っていた。新選組をリアタイで男と認識できる世代は曾祖母じゃ済まないのでは。嘉永生まれ?ただの伝聞?>新選組屯所の隣の家から土方歳三と沖田総司の官能小説が発見され話題に #ldnews http://news.livedoor.com/article/detail/9894334/…

posted at 15:19:49

伝聞とすると明治に入る(まずそうだろう)。明治でもこのてのものを書くことは凄いかもしれないが、一般的な層とすればしっかり創作して文字で書けることが大前提だから明治でも少し下るのでは。すると読める字体で書かれている可能性高く何故専門家にあたったのか。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1016930040150257664…

posted at 15:25:04

マジレスしてしもた https://pic.twitter.com/nhYBodGxJM
(これは海援隊士、麻布に眠ってます)
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posted at 15:27:37

HGの嫁広告まちがって踏ませるふざけんなよ。昨日から大量の自動ツイートしたせいで焼け野原のようなアナリティクス結果となっていることに気づいたが、ついでにブログも荒野のようなアクセス数になっていて連動感。篠崎はでかい松のある善養寺がオススメ。十年前にブログ書いたな、リンクツイートしよ https://pic.twitter.com/CbMliSOqxO
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世界ふしぎ発見の弥助回を思い出しワクワクしてきたところでファーイーストの三浦按針遺跡探しの回を思い出した。「按針町に住む庶民はそこが誰かの名前であったか一切知らない」と蔑む様に嘆く文章、Wikipediaだと見つかった墓に埋葬はなく、平戸の供養墓に分骨された三浦家の骨と、、何故左が無縁仏 https://pic.twitter.com/p9fo6qAoET
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〜ファーイースト(明治初期)より、按針町風景(もっと画質の良いものが復刻されている)、三浦按針夫妻墓、位牌の写真


弥助の映画はぜひ、敗走・釈放後に帰国して、異国人に狩られるのではなく、異国人とわかりあい、時に闘う戦国の心を伝える侍としてほしいもんだ(モザンビーク島でなければならなくなるけど)


中国は言わずもがな日本も近世鎖国前は比較的異人種が入ってきておりアフリカ系も少なからずいたと言われている。鎖国後も出島経由で例えば駱駝を連れてくる動物使いもおり、異人種自体が見世物的に庶民の目を集めたが、もっと前では弥助以外にも砲兵として武将に仕えた者もいたという記述があり、弥助が生き残って仕官したという想像もあるが別人で、弥助よりは下の兵として扱われた可能性が高いようだ。

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向島の白髭神社に黒人塚という石碑が残っている。塚は墓の意味で使われることもある言葉で銘文が薄く判別しづらいことからかつてアフリカ系人種の墓ではないかと憶測されたが全く異なり、黒人と号した日本人のものであった。

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浜辺黒人は本芝の書籍問屋の商人で本名を斯波孟雅、シバの姓。芝浜の頭目であり、当時流行っていた万句合同様、狂歌募集して選を出版する興行を始めたという。応募者は入花料を収める。この塚は歌碑とのこと※。享保から寛政までを生きた。色黒でお歯黒までしていた。昔の本には名前がしばしば出てくる。辞世がこれゆえ誤解を招くこともあるかもしれない:


黒人が黄色の人にならんとて浜辺をすてて川岸へゆく

(顔の黒い自分(黒人)が顔が黄色い人(黄疸の出てる人)になろうとして芝浜(浜辺)を捨てて隅田川岸へ行く、隅田川はシジミが名物で肝臓に良いと知れ渡っていた。飲み過ぎで思いもよらず亡くなった可能性)



※右面にはこう銘がある。歌碑とするには内容が追悼の気配に満ちている。


天やこの人を生み 天やこの人亡る この人千人の玄 崑崙一人に選る倚る、


玄ニ号黒人、

左面はこちら。

うつせみの うつつにしばし すみた川

渡りそはつる ゆめのうきはし、


やはり追悼風。狂歌師にあてるには真面目すぎる。だが、現に「しば」と入っているのは注目点。

河辺宮人と高市黒人が絡んでいる雰囲気w(萬葉集)

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ちなみにこの白髭神社現存最古、西暦だと1800年設置だそうです。浜辺黒人と時期は一致しそうです(調べてない)。石柱には玄ニという名前が刻まれており、北島玄ニという医師のものであると現地では説明されている。玄は黒と読む。同一人物と考えられるが、こちらは他に名前を見ない。果たして。
posted at 22:55:23

弥助の映画、ぜひ短編アニメーション「アーム・ジョー」も製作して同時上映してほしいな。アーム・ジョー。

posted at 23:08:54

近代日本は対外比較してはゆるやかな階級社会だった、運と時代次第だけど下剋上的な身分の飛び越えもあった(逆に侍でも人にあらずの身分に落とされた)とはいえ心の中身は非常に差別的で「ハシタメ」の漢字は田中貢太郎も使うがギョッとする。下男下女奉公人は奴隷扱いな書き方を、昨日弥助の件でも見

posted at 22:07:06

どうもみなさんの反応が薄い「はりまや橋」についてだが、お馬さんの墓でも行ってこようかと考えたり寝ようと思ったり。お馬さんの墓っていっても回向院じゃねーよ、西福寺。過去帖で発覚したらしい。かなりのスキャンダルの上、何せ20も年下だったから別れさせられたのち結局遠く嫁入りし生涯を全うしたらしい。その家のお墓から近年しっかり個別に分けた。ぼんさん、純信のほうは瀬戸内のどっかの堂守になったんだったか、定かではない。五台山中腹の実家(井戸のあるところ。鍛治屋町の鋳掛屋の娘説が強いらしいけど)から遠く東京で余生(17歳以降)と聞いていたが。ちょっと下世話なイメージもある生々しい話なので、口を濁す人が多いのは元が俗謡だからみたいです(作者不明で歌詞も節もいくつかあるそう)。コソコソ遭ってたコソコソ岩。
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こそこそ岩はまったくのデタラメ、ホラ吹きの吹聴した話と書く人もいる。

posted at 23:00:16
(後補)西福寺へ行ってきた。東京都北区豊島二丁目(豊島区ではない)、王子駅から徒歩圏内の隅田川も近いあたりで酷い戦災を受けてますが豪華に復活し、いっぽう古塔も残しています。昭和までの石橋供養塔はどこのものだろう。入口左すぐ塀裏沿いに塚があります。近年過去帖から発覚したお馬さんの塔です。嫁入りしたところは寺近くの家で、まったく語らず、そのままおばあちゃんになって寺崎家の祖先(碑文には合祀とある)になったようです。明治36年ですから(スキャンダル時まだ16歳)20世紀になってますよ奥さん。高知を出たのは明治十八年とありますから事件よりかなり経っています。色々あったのでしょうか。このあたりは高知で研究本を読み歩きましたがいくつか異説があると思われます。けれど、東京へ出たのは事実で、嫁入りしたのか居候したのかわかりませんがとにかく番地までわかっていたように碑文に書いてあります。ちなみにこの家のお墓は新しく普通の角柱墓となっていますが墓銘碑の初めの方にお馬さんと言われている戒名があり、幼女名と男名が並んで、最初、となってますので、この墓銘碑の元がいつなのかにもよりますが、普通は明治になって嫁入りし当時としては珍しく遅い子をもうけたとみるでしょうね。明治以降のみ刻んでいるのはそれ以前は墓を個別に作らなかったか別の場所ないし理由があって無かったという、無くはないことです。

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供養墓の方に骨壷を移したかどうかはっきりしませんが移したのではないかなと思います。紅いはりまや橋の模型が置いてあるようなことがネットに書いてましたけれどいくらなんでもそれは寺崎側にも失礼ですし、取り除かれたのでしょう。※


※できたばかりの頃の写真がありました。位置が違うようです。直したとき取り除いたのでしょう。

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現場からは以上です。


by r_o_k | 2018-07-18 11:39 | 旅行

2018/5/23-28赤坂喰違の変現場検証・妖怪画追加(メイン記事リンク、古写真追加)、高輪大木戸古今、新橋古今、北斎追求、神戸古写真判明、ああ何もなき日を望むのに動き回る。。


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5/23wed

クレイジージャーニーがチラ見させる冒険家の世界は様々なんだろう。一般人にわからない奇人だから生還するし逆も。共感は難しい。「しかしアンコントロールは違う。暴走をだれかが止めなければいけない」登山に限らずわかる“賛否両論の登山家”栗城史多さんとは何者だったのか http://bunshun.jp/articles/-/7474

posted at 16:00:19

時を追うにつれグッタリしてきた。楽な仕事のはずなのに。後遺症が抜けての疲労がでたのか。

posted at 16:02:24

池の水全部抜くやってたらカッパ出てきて大慌て、とかないか

posted at 16:28:34

「カッパは水虎といって中国からの外来種ですから駆除しましょう」加藤先生

posted at 16:29:18

頭痛堪えて夕飯作り片付けゴミ出しま

posted at 20:08:33

完全に忘れる物忘れは糖分のせい。
ということで糖分はとってよい。

posted at 20:10:26

酒色に溺れ大井町に封じられた伊達綱宗屋敷跡の片隅に大酒飲みの嫌われ者山内容堂が眠ってるのは、藩邸の変遷による間断があったとはいえ何やら最初と最後を〆たかんじがして面白い。伊達綱宗は多分そんな人じゃないけど。

posted at 20:36:08

尾張の山内一豊が乗っかって始まった土佐藩だけど、土地に染まり容堂にいたって江戸でも土佐でもさかんに酒を飲んだというのは、江戸時代って長い。

posted at 20:43:49

直接加害者の成人学生に対して子供なのに立派だ、うちの会社に来い、そんな声ばっかりのTwitterになんじゃそりゃとしか。

posted at 21:00:18

指示を真に受けて自分で考えず反社会的行為を行う猪突猛進型鉄砲玉を欲しがる企業がいるのはわかる。わかるよ。反抗してやらなかったら解雇なんだよね。

posted at 21:02:33

マグダラのマリアの洞窟、初めて知った。ニースのそば?この時代のフランスが何人の土地だったのか、そのへんよくわからないけど、なんかセンスがあった。地下に立つ骸骨含め。あとネイティブアメリカンの巨大な遺跡群は面白いが途中になってしまったので水ダウ追い見へ。

posted at 22:09:13

やっぱり竜頭蛇尾構成の水ダウwここまでやったら何でもありになって番組終わっちゃう、ての数々のお笑い番組、とくに深夜ラジオのコーナーでは言われてきたことで、でもその何でもありが一番笑えたりするんだけど

posted at 23:05:05

自力で集める気力が失せて、たぶん日本一の古写真コレクター&研究家のかたの本を三冊買って読んで老父に渡したら、あの写真うちにもあるよ、という話。明治は今でこそ遠いが、水ダウでも見ての通り世の中90代はざらにいらっしゃるから、その世代からすると先代くらいのものなんだなあ。

posted at 23:11:52

マンガでは昔から文中目鼻口の位置等により記号的にカワイイ喚起させてきてるし、多分種を問わない。異種間で子育て等愛玩行動が見られるのもこの理由では?>「かわいい」と感じるのはなぜか? (ディスカバリー NEWS) - LINEアカウントメディア http://news.line.me/issue/oa-dnews/42288658444b?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=RbJ27086312096… #linenews @news_line_meから

posted at 23:40:34

5/24thu

@CryptoLoren(引用)

Loren Coleman@CryptoLoren

What are the top recommendations for your summer 2018 destinations? See Study Breaks’ “6 Unique Museums to Visit in America” 5.18.18. The International Cryptozoology Museum at @ThompsonsPoint @VisitPortland @visitmaine is on the list. ~ @CryptoLoren
https://studybreaks.com/culture/unique-museums/…

Retweeted by 岡林リョウ

retweeted at 00:04:03

rt スパム博物館て。未知動物博物館は言わずもがな。フィラデルフィアは「石鹸女」のいる博物館ですよ!→ミュッター博物館 http://muttermuseum.org

posted at 00:08:20

山口さんの博物館を思い出す。バーナムのワニ男ジェイクの博物館がはいってない! https://en.m.wikipedia.org/wiki/Jake_the_Alligator_Man…

posted at 00:13:13

おさまりがつかないのでワニ男を雑書きした。これでいいだろう。共感は求めん。おしまい。寝れたら寝る。 https://pic.twitter.com/qtWyAz23Km

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無謀旅みたいなのかと思ったらガッツリ王道の大ヨットレースだった→クレイジージャーニー

posted at 00:14:35

ヨットは寝ない、って二人でやってる人ですら言ってたから、一人ではね。。

posted at 00:15:06

たまたま昨日帆船調べてたので帆の話きょうみ深い

posted at 00:21:19

タンカーの山積みコンテナ、やっぱ落ちるんだ

posted at 00:26:20

人によって見方は違うなー。まったくクレイジーじゃない、選ばれた人が長年の経験で確実に挑む、超メジャー級マリンスポーツ(スポーツだよね)に見える。ただ、おそらく影の部分はあるので、登山じゃないけどそれは番組では触れないんだろう。誰もしなない方がおかしい。最近はGPSで無いかもだが。

posted at 00:48:58

捨てられるころされる以外なら親を毒親とか言っちゃいけないね

posted at 00:58:16

また不眠対策らくがき(指先が震えて髪の毛が書けない、、)旅猿、ツッツンという人いなくなったの?テイストがまるで漫遊記になってしまいさすがに面白くない。そろそろ海外じゃないだろーか、、 https://pic.twitter.com/Uo2bOThE6s
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posted at 02:43:57

おかしなもので、海外からのイイネがぽつぽつあるのに国内は最近まったくつかなくなった(但し前者インスタ後者Twitter)。海外は広い。むかしからぽつぽつつくので、比率の問題で、変わってないということなんだろう。国内は様変わりしている。Twitterだからか、なんかすごくやりづらい。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/999345201612124165…

posted at 02:57:29

おもしろい。日本人はこちら悪趣味らくがきを好む。外国人は無難な女性らくがきを好む。サンプル少ないけど、むかしは真逆だった。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/999356020332806145…

posted at 03:39:46

切実 https://pic.twitter.com/FteDmghcyd
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posted at 04:26:20

コメントくれるのはいいがイイネしてからにしてくれ。。具体性がない内容はスパムと区別がつかない。

posted at 04:48:38

ロシアの方がイイネくれたから寝る

posted at 04:54:56

「諸説あり」のテロップ有無で違うので(このてのことにうるさくなり豆知識という娯楽ジャンルが死滅した経緯)番組を確認していない限り、偽番組断定はできないrt

posted at 09:19:42

心の中に笑顔が貼り付いているのでどんなに辛くても笑ってしまうのは何ともダム満水感

posted at 09:47:11

二十代の「疲れた」と八十代の「疲れた」をいっしょにすんじゃねー

posted at 09:51:07

下っ端は人間ではない、とは言わなくても、行動がそれを示している例のあまりの多さに、転ぶ可能性を十分考えて言いたいこと言って行動するとき行動すればいい もう今の上っ端はバブル世代なので君らの相手にならない、前世代の悪癖を受け継いだだけの運のいい連中と蔑んでいけ

posted at 09:56:38

アメフト押し問答飽きたよ、もう相撲で決着つけりゃいいじゃん

posted at 09:58:11

何も武器持ってなくて「あとは勇気だけだ!」って言ってる納得感のなさ、何も誇れるものなくて「あとは日本人ってだけだ!」って言ってるようなかんじ

posted at 10:10:02

こういうものに疎いんだが(洗い髪おつま以外に東京百美人にかする人がいるか確認したかったのと赤紙仁王みたいな遊女がきになった)引札にしては受け取った者の筆以外何ら宣伝文句がないし店頭に置くにしては小さく厚手すぎる。ブロマイドか。時期は明治二十年代で間違いない。24-29。

posted at 11:38:08

洗い髪お妻は東京百美人でランキングしなかったが浅草地元民すら一位だ二位だと書いており話題性抜群。若いせいか撮影に型式や品格への意識が薄く結髪の間に合わぬママ恥晒ともされたが傾きざま大いに大衆に受け、一枚目はトリミング写真や似顔絵が広告に使われ、二枚目みたいなのすら撮影された模様。 https://pic.twitter.com/u4q03p5lyD
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posted at 11:42:36

【愚報】太陽が黄色くない【徹夜明け】 https://pic.twitter.com/j7QQBaNrru
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posted at 11:50:23

チョークを握ったままコックリコックリ

…これがチョークスリーパー…

posted at 13:24:52

やっと眠くなってきた。仕事だけど。
睡眠不足はまず眠気→頭が回らない→突如眠気が消し飛ぶ→ハイになる→連夜の徹夜が可能になる→身体がとつぜん動かなくなる→病院 https://pic.twitter.com/3xkbFoCWYR
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posted at 13:35:54

籠(かごめかごめ) 池(大池) https://pic.twitter.com/9rvEvbsmYd
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posted at 13:38:37

パセチーラーメンて、パセリとチーズのラーメンかよ!パクチー入ってねえ!

posted at 16:51:05

親がいくつくらいか知らないが、戦前戦中教育を受けた人にとってネトウヨ言説は悲惨な体験を飛び越して心地いい響きがするのだから始末に負えない。よほど深刻だrt

posted at 19:43:55

高橋葉介「マリッジ・ミーティング」読了。ここ十年停滞気味のままの表紙、題名、全体設定に惹かれず今。人物、人間関係、背景描写が新しくてビックリ。かなり過去作のモチーフを使いまわしているが不可思議な設定、意外な話で最近作ではかなりいい。かつての過剰な絵の描き込みの無さも漫画的でよい(気合入った一枚絵で落とすようなのはいいかげん飽きてしまった)。だがラスト三話は卓袱台…

posted at 22:14:59

女性の顔の微妙な変化や目の動きを描かせたら天下一品だなあ葉介先生。それを後半も維持できたらよかったのに、、、

posted at 22:49:40

フラフラ意識が一時間飛んでて、目覚ましに漫画一冊読んで風呂入った。風呂で聴いた音楽をブログに書いてからTwitter。x51さんが憂慮してた、チベットの「雪男遺物」が部族で言えば「観光部族」の作り上げた西欧人向けでっち上げ、ての「幻解」でやってたのね。忘れていた。。

posted at 22:30:47

高プロが制度導入されたとたん早期退職し自営に転ずるプロフェッショナル人材が爆増して、ますます使えない人の群れになる廃墟企業に残るのが私です。

posted at 22:33:10

オカチメンコ:御徒面子。江戸時代、城下を警護する下級武士(徒士)は大した禄がもらえず良い器量の妻を娶ることが難しいということから、不細工な顔型を泥面子に押し「御徒メンコ」として叩きつけて遊んだのに由来する。えてしてのっぺりした顔となっているが、一斉取締りで破壊され残っていない。嘘

posted at 22:47:46

台東区の地図を見てて、そこは東京市外だ埋め立てで随分変わってるよねと言うと木場や清澄のあたりを指差しこのあたりをずいぶん歩き回った、教授を探して歩き回った、そこら中、死体だらけだった、最後にこのあたり、小さな公園に行き着いた。土饅頭が並んでた。少しでも空地があれば土饅頭を作ったものだと

posted at 23:07:11

昭和初期の設定を得意とする(しかしファンタジーと言い切ってる)葉介先生の作品に、考証的な背景(画)が出てくるのは、直接描いたのはアシさんかもしれないけど大変珍しく、でも自分の中の昭和初期は「戦前」であり、会社倒産が出てくるからおそらくまだ1930年代だろうとは思うが気配くらいはあるもので、安直なハッピーエンドはらしくない。あとがき通りだ。その憂いをまったく消してしまった今作は何か腑に落ちないというか、、、もったいない。当時の一般風俗として主人公の娼館出入りを明記したのは新鮮だったけど。

posted at 23:08:52

人に頭を下げたことのない人のいない世の中になるといいね。そういう人は引退してもらって。

posted at 23:15:48

腹の鈍痛おさまらんのでモンスターエナジーのんだがだめ

posted at 23:52:44

5/25fri

不倫は主婦の憧れねえ。そういう人は沈黙するよね。必然的にトレンドは「んなわけねぇだろ」一色。朝ドラ見るご身分じゃないが、80年代「金妻」だの不倫は文化だの、00年代ネット出会い系での不倫花盛りだの、「んなわけねぇだろ」だったらありえなかったんじゃないの。いつの話?

posted at 09:28:48

体調最悪のときー!シルバーシートが全員、パソコン開いたビジネスマンだらけー!

posted at 09:30:58

ある意味よろめきモノだわ。まっすぐ歩けん

posted at 09:35:10

体育会系に年功序列はかなりあるが、不景気時代ゆえそういう会社に入ると上には絶対服従、だが下には誰も入ってこない。その弊害をいまだに引きずっているのだよ。。

posted at 15:51:03

一番興味を持った写真にもかかわらず現時点まったくわからない。「東京千垂」という裏書きも果たして名前なのか妓楼名なのかもわからず明治ならありうるだろうと前者と考えるも何も出てこない。風習というより個人のアピールのように思うが、、、何この紙だらけ。 https://pic.twitter.com/Nu4pg1j6yN
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posted at 16:05:28

何か書いてあるからテスト撮影のための反射板がわりともおもえないし、絵のようにも見える。?

posted at 16:06:40

ものすごくビュー数が上がっても、だれもリンク踏まない
頬を涙がつと伝う

posted at 18:34:31


新橋

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水ダウで7を「シチ」と呼ぶのをいじってたが(これマジ歌のカミナリネタだよね)江戸っ子的にはシは発音できないので「ヒチ」となる。古い人はナナじゃなくヒチだったような。実際そんな流れだったなー。戦中の渋谷でもどうぞ。氷川神社は同級生(だったと思う…)。 https://pic.twitter.com/JvMNjmCG0S

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posted at 20:38:50

なんでもアニメに結びつけるなあ。Twitterはいつもこうだ。

posted at 20:45:07

疲労のピークに働かねばならぬ https://pic.twitter.com/HDsNoicdgU

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posted at 21:04:46

カメラのせいでどぎつい色になるが優しい発色で、今まで赤や青が抜けてたやつは保存が悪く色落ちしただけかとふとおもった。。あと雲母摺りみたいにキラキラしてるのなんなの後摺り??

posted at 21:06:27

屋敷荒神ってやしきたかじんのことじゃないのか

posted at 21:10:09

高輪大木戸跡 https://pic.twitter.com/VIBEbcia3C
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大木戸と名のつく街道筋の関には江戸後期すでに門が失われここのように土台となる石積が残されただけのところがあった。おうおうにして高札場となり高輪は伊能忠敬の測量基点として知られる。芝に近いゆえ特に重要、かつ江戸前を望み最新の技術(黒船や鉄道)を見ることができる標識として画題によく使われた。維新早々東海道拡張のために陸側の土台は撤去され、従ってこれ一つのみが長く残ってきたことになる。四谷御門などは跡形もない。
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陸側撤去前の「高名輪」泥絵。きわめて保存が悪いため色はともかく、こういう地名を入れるところから芝神明前の泥絵屋あたりの土産物で間違いないか(五十三次以上あるという東海道シリーズでも地名を入れるものがあるが実見はしていないと思う)。日の出はお約束。沖合二箇所、気になる。船が集まっているように見える。ここは瀬であるようだ。横の船を宝船に見立てた目出度絵で、何か漁というより朝日の見物船の集まりかもしれない。手前の岸に船着場があり降りていく人も多い。でもこんなのは見たことがない。ふと、これは築造中台場ではないか。右は少し遠い、左は近い。非常に下手な遠近法を使っていて人波から東海道の流れすら判然としない(多くは捏造的に並んで配置された礎石の間を通って海に降りているように見える(摩耗した右部に東海道を進むらしき人影もあるにはある)が台場の作業のための船着のようなものが見える、人物が全員刀を差さないのっぺらぼうのネズミ色なのはまず単なる手抜きだろうが、町人職人が作業に集められているという示唆かもしれない)が、礎石の僅かな大小から江戸の方を向いているとして、角度的に右が一番台場、左が五番台場。二番は五番の裏だ。よって嘉永六年後半〜七年にわたり二度集中して行われた大工事の、前半二箇所工事のまだ初期の状態ではないか。だとするとこういう特定も、そもそも泥絵に時事的なものが反映されるのも珍しいと思う。無茶手抜きで下手な絵で欠損しているが細かく見ていくと描かれているものは描法と船以外正確。着岸しているのはわかりにくいが煙突のようなものがあり色やマストの高さから洋船に見える。売り主は黒船としていた。それよりすでに黒船往来の激しかったことも伺わせるが、まだペリー前後の時期で品川から海域としての予定台場内側に日本船籍でも洋船が入るのは少し後だろう。それだと時期が合わない、黒船とするなら無茶苦茶な描写(煙突が三本生えてるのまであるし小さすぎるし数も多すぎる)、黒船に見立てた一本マストの和船と見ると同時期の浮世絵と共通する形をしており色以外は大型和船として見ることができる。当時の藤岡屋日記に洋船を真似て二三本マストを立てスピードを上げた和船が増え、紛らわしいと禁令の出た記述がある。もっとも築造中浮世絵にこのようなものは無かったし、浦賀からのうろ覚え知識で人気取りに描いたのかもしれない。品川まで迫ったアメリカ軍艦を見て幕府軍に阿った捏造なのかもしれない。資料的価値は礎石の脇の高札のにも現れている。他の大木戸跡でも高札は割とこう雑に立てられた。礎石ごとに立っているとか意味不明だが。。江戸名所図会のころは店屋がならび陸側に屋根付きの高札場があったが広重の時代になるとこのあたりはいったん店が減る。とくに海側は船着の関係かいったん取り払われたようだ。この絵だけでも正面含め三箇所も港があるのは三ツ山という高輪裏山を崩して台場を作った話にリンクする。左は由緒正しそうな店だが右方向は雑な露店しかない(この描写も広重の絵にあるものと似ている)。泥絵のわりに遠近感がないが右の石積みが現存の海側の台だろう。文字より左右反転はしていない。
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「東都名所泥絵」(国会図書館デジタル)より高輪。台場が完成しており、これだと左奥の台場も見える(高輪台からの眺望だろう)。逆に極端な遠近法でまるで桟橋のように品川へ向かう道が右から伸びており、陸側の礎石もない。
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:方向は逆だが江戸名所図会の高輪海岸カーブの垂直な曲がり方に似ている

海側礎石の左右の家などは同じであるが海へ降りる道はない。泥絵特有のスケール感が東海道を広く見せているが、先の泥絵では殆ど遠近感のない礎石間ではなく手前を通っているかのような描き方で、較べ酷く狭い印象を受けるのが面白い。ヘタなりに写実感がある。どっちもどっちだろう。

ひとつ、台場の築造には数千の船が投入され全国の人足だけでも七万と半、さらに石材が運び込まれ、高輪あたりの大名は屋敷内の土砂を軒並み召し上げられ、挙げ句、高輪の東海道通行を武士であろうが禁止して、丘上の二本榎の道を行くよう命令が出ている(「品川台場」東京市、s2)。となるともし築造に関わる絵であれば調査段階、妥当なのは単なる正月の賑わいだろうか。

※この話は別項(幽霊地蔵)でさらに続けました

posted at 22:51:09

5/26sat

人間観察趣味の人きらい。やむをえず観察するときは一瞬で覚えるよう覚悟してチラ見する。

posted at 00:30:36

めんどくさくて引用元かかなくなってきてるが基本的に国会図書館デジタルライブラリです。といっても2/3はすくなくとも個人蔵ですからすべてあるとはおもわないでたもれ。人気浮世絵とか買えるわきゃない。

posted at 01:17:02

戦後書籍はなるべく一冊に付き、引用画像三枚程度に抑えてます。なんとなくの配慮。宮内庁所蔵写真など、ほんらいの権利者(撮影者)がすでに著作権切れの可能性が高く、書籍自体公的機関のものであるというとき、ちょっと多めに画像引用してるとおもいます。現役新聞は明治でも権利が健在ので控えてる

posted at 01:20:22

気分が乗らないので紀文でおしまい。
ねる。 https://pic.twitter.com/t49XEqMVGd

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posted at 01:24:20

俺は何を書いてるんだ。。(もう妖怪コレクションに入れてしまう)
各地に現れる定期デマですからな。「臓器売買」とかとうとつにガキっぽい単語出てきたら「またか」と思いませう。大村在住の外国人は大迷惑。エチルエーテルとかないわ。嗅いで気を失う薬はほとんど毒薬なので犯行リスク高杉。 https://pic.twitter.com/iyvAQ9I0Sh
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posted at 01:55:53

小池さんの、アメフト事件や官僚不始末に対する「昭和に比べひどくなってる」談話にはなるほどと思った。「昭和がひどかった説」って昭和を知らない世代が聞きかじりで言ってる面もある。自称元暴走族次官のセクハラにしたって「陽のセクハラ」じゃなく、気味悪い「隠のセクハラ」めいている。

posted at 09:18:39

彼らは日本人であること以外に誇れるものがないのだ。

posted at 11:16:02

竹久夢二好きじゃないわ、、なんかデカダンのだらしなさが昔の風俗の悪い面をあからさまに示してるみたい

posted at 11:46:33

渋谷の∞ホール行っても清水寺の三年坂行っても竹久夢二旧宅跡って書いてあるのが気に食わない 本文と関係ない藝妓の絵を差し込むのも紛らわしい(後者は高尾太夫と道哲の話になぜか入水の絵をつけるという) https://pic.twitter.com/sSAXVU04Jr

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posted at 12:01:14

なんとか理不尽な虫害の元凶となる敵を作ろうとサネモリサマなんか設定して送るわけで、なんやねんこの無関係の下半身造形 https://pic.twitter.com/EQg6lsu4hJ
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posted at 12:09:34

Twitterでマウンティングに必死なアカウント見ると負け犬が他人を負け犬認定したくて必死にキャンキャン吠えてるようでいたたまれない。誇れるものが少ないから他人を祀り上げてそれに仮託したり、究極ただの生まれつきの属性を優位性として他者攻撃するのだ。酒やめてコンプレックス昇華した方がいい

posted at 17:37:50

月の岬。品川といえば品川かー(広く見晴らし茶屋があった)。公園で二十六夜待ちする酔狂。rt https://pic.twitter.com/EVlbCMcA9q
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posted at 20:15:44

「鐚一文」びた一文まけねーって語源ですね

posted at 21:17:19

明治七年赤坂喰違の変。土佐の縁で連座の岩田さんの墓をうちが預かっている。名は変えられてある。しかし岩倉具視襲撃の現地に未だ行ったことがない。グーグルと宮内庁明治六年…こりゃ闇夜じゃ転ぶわ下駄なくすわ堀に転げ落ちるわ。急進的征韓論は全く嫌いだが。七士之墓の西郷隆盛の文字。許された後 https://pic.twitter.com/7A7O4rmINk
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詳しくはここに→

概略はこれ→
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posted at 23:10:18

うちの墓も白百合が繁茂して困っているんですが、墓場に白百合つーのは夏目漱石以来の夢じゃなくて現実なんですなあ。たいていは花束から落ちた種なんでしょうがうちのは野生種のようで。さっきの岩田さんの墓にも写ってるやつです。最初不吉とおもった。誰か呪ってる(心当たりある)w

posted at 23:23:42


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山本松谷(昇雲)という絵師(石版画家)を識ってしまって困っている。とにかく小技がきいてる。「じいじ、げえげえ」「がまだねえ」「げえげえ!」「がまの水で手を洗うのかな」「おッきなげえげえ!」五條天神社。綺麗な版画じゃないと良さが伝わらないので合本でも昭和復刻国書刊行会版でも。 https://pic.twitter.com/5BTVh1mFzh



posted at 23:29:25

もう過去ブログ追記に疲れたのでとりまTwitterにメモしといてあとでまとめる。ええと。謡曲で有名な隅田川の後付け伝承、梅若の塚ある木母寺。松谷の絵、幾分復刻が良い(安いので改めて合本版買った)境内配置がよくわかる。維新後鳥居を建てられ寺域を減らされ神社にすらされた。時系列逆の画像です https://pic.twitter.com/FLPwUAeiSk

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posted at 23:47:05

井上安治は小林清親の構図の模写(技法は異なる)だが傘の閉じた感じが二十年近くあとの松谷に伝わっている。鳥居の先に覆堂を突き出した社殿がある。さらに写真は明治初期のものとされており、もろ同じ角度で興味深い。人力車も全く同じだ。清親安治十年前である。安治まだ子供のころ。

posted at 23:51:46

戦争で蜂の巣になった覆堂は有志により復興の際、今みたいに厳重に保管されたが、なぜか塚は露座で、後から作り直したのかなあとも思う。しゃしんは検索でもうちの過去記事でもどぞ。荒涼とした浅茅が原、梅若が死んでて嘆き妙亀の飛び込んだ鏡が池は無論もうない。わざわざ対岸に塚がしつらえられてる https://pic.twitter.com/zOExkfATRj
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posted at 23:56:46

5/27sun

鉄砲洲近くの田宮神社。13年前に書きました。東京名所図会には不可思議なことが書いてある。荒俣さんか誰かがお岩稲荷田宮神社の変遷を書いてたのでどぞ。ちょっと写真が悪いが撮影も悪い。行けばわかるが「このくらいでじゅうぶんだわ」という感じ。都指定文化財あるけど。芝居小屋近かったんだよね。 https://pic.twitter.com/o4VKGYH6xY

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posted at 00:02:22

麻布七不思議筆頭、がま池。松谷の絵は壮大だ。大蝦蟇に恩を売ったら火事のときピューピュー水吹いて消した、と御札を売って儲けたのも今や昔。高級マンションの谷間に残る摺鉢湧水池の一つ。このへんこんな起伏多い。故交通が微妙。故案外古い雰囲気も残る。知り合いがいないので外から昔撮った写真も https://pic.twitter.com/8lbxeH3BUR
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posted at 00:08:27

ついでに永井荷風など読む人のために有馬屋敷の猫塚。江戸三大化け猫芝居の後付史蹟(そも江戸の話じゃないし)。小学校の中にある。しかし荷風も書いてたとおり、ホントの猫石は他の庭石と共に放置された。地形も違うが、とにかく2つ防衛省図書館前に残っている。スカイフィッシュの写ったこちら猫石 https://pic.twitter.com/nzr382GhnT

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posted at 00:12:04

禿小路(四谷)の化物伝承のソース。これを地図に乗っけた紙媒体時代の昭文社すばらしいな。 https://pic.twitter.com/bYiVQonf0v

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posted at 10:13:07

かむろ、というと藝妓の世話をするかむろとか、かむろという髪型をした子とか、四谷のあのへんだから花街と縁もあるし、昭和初期の段階で慶長年間云々と書かれるのも不思議な感じがする。

posted at 10:39:33

もう震災後で今とさほど変わらない市ヶ谷の帯坂。皿屋敷のお菊ではなくお岩としている。そのていどの伝承なのだろう。井戸はまだあったとも聞くが。 https://pic.twitter.com/jg8sC6WUKP
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posted at 10:14:11

高プロ制度導入って、管理職増やせば済む話じゃん。管理職は組合作ってなければ事実上の裁量労働制下にあるんだから。多すぎる?管理職定年で解決。

posted at 10:17:48

「恋は雨上がりのように」主演:宮迫博之ちがう、ノイタミナがアニメにもしたのに知られてないって、それ自体が漫画の凋落そのものではないか。。ノイタミナの凋落。。それはあるのか。いぬやしき映画の悲痛な声といい、漫画原作というもののパワーがやっと落ちてきたのかも。なんでこんなに叩かれてるの、いまさら。おっさんと女子高生という設定で一方的におっさん叩くの何。普段常識面しといてさ。フィクションなのに。

posted at 10:21:11

スピリッツって若者が読む雑誌じゃないのか。女子高生でもおっさんでもなく。そして作者女性じゃないか。

posted at 10:55:01

これは大いに疑問だったので(電書で話題になって何回かアニメ見たがパトレイバー好きな子が好きそうな造形の男だなと思った)何度でもツイートしてしまう。何がおっさんは性犯罪者多いよねだよ。若者は犯罪者爆増と同じ理屈だ。

posted at 11:00:28

通常の漫画はありえないものを描く(あらゆる意味でのファンタジー)、意外性という訴求点も重要なファクター、巨人が突然人類食べたりするわけで、現実逃避から発展したようなラノベ起点みたいなのは別として、ありえないということはない。。そもそもらしくない。。上の世代の「同業者」へこの感想をいだくことが最近多い。

posted at 10:24:58

若い女子特有の惚れっぽさはもはや相手おじさんどころか同年代のアイドル的男子とかいくらでも一般化できるわ(経験上)それは別物なのだが、別物じゃなくなることもある。にんげんだからなおたがい。

posted at 08:48:24

なんでみんな原作の設定を「キモいおっさんと女子高生」にすり替える?テレビ脳やネット脳はおっさんの九割がキモいおっさんと考えがちだけど、そうだとしたら社会は崩壊してるぞ。皆家庭があって女子高生の娘がいるんだよ。ファンタジーはファンタジーなんだから。区別つかないのはどっちだか。

posted at 08:50:48

教養を前提とする漫画も最近は「その要求してる教養は偏ってない?」「最新の結果を反映してないのでは?」つー余計なものが邪魔して素直に読めず、もうこの人の読むのはやめようか、という男性作家が二人いるが、卒業時なのかもなあ。

posted at 10:27:10

だから漫画なんか読むに値しないと思うようになってきてる。良い漫画家は小説を書けばいい。挿絵だけ描いて。諸星先生一時期小説やったよね。中身はともかく。

posted at 11:03:44

朝から晩まで国会図書館デジタルライブラリに没頭して頭おかしくなってる戯言。

posted at 10:28:00

逃げ恥とか星野源と新垣結衣のキャラ作りが受けただけで原作のテイストとは違うとこで知られたわけで、、、漫画とアニメと実写はきほん別個。いぬやしき好きなんだけど、、、それはアニメまでだ。。

posted at 10:30:26

「文章読めない文字しか読めない」て理屈も単純だが「漫画読めない今北産業しか読まない」て理屈も通じるだろう。Twitterでなくネット古来の病なんだよ。

posted at 11:05:32

予算上仕方なかったというけど、こういう綴じ方は回避できたと思う。 https://pic.twitter.com/ssDuK8Ijss

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posted at 14:09:13

吉原神社旧新。新吉原内稲荷を一箇所に合祀後、裏にパノラマ館が建った。関東大震災で壊滅したあと悲劇の吉原弁財天の池のところに遷座して今もあります。(ブログめんどくさい病(2005年1月に書くはずだった)) https://pic.twitter.com/0njjmggv7L
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posted at 14:20:13

赤坂喰違の変、いまさら現場に行ってみた。ホテルニューオータニのとなり。戦災瓦礫で真田堀は埋められた。しかしかなりの深さ。岩倉具視が転げ落ちるには結構リスキー。赤坂御門の至近のあけすけな土橋、しっかり残る喰違のクランクに隠れてたんだろうなあ。 https://pic.twitter.com/zfderCPn4W

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posted at 16:19:19

さきほどは岩倉具視関連で真田堀と対照しましたが、おそらく写っているのは紀伊国坂と思われるのでこちらの逆側のが堀の形状からも正しい角度と思ったりもします。赤坂喰違坂のどちらか。 https://pic.twitter.com/MwfUES3iU4

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posted at 16:25:28

根拠を補足するなら逆側となると防塁が高く積み上げられております。今は上智の学生も憩う非常によい散歩道が上を通っている松並木。外側に道の通る余地は無いのです。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000639108035756033…

※後註、泥絵に「赤坂喰違」という題のものがある。「泥絵で見る大名屋敷」平井聖、浅野伸子(もと渡辺紳一郎コレクション)学研、本文には正面は紀伊国坂とあるが土橋の番所および掘割の描き方を見るに題どおり喰違坂を坂上に向かってのぞむ(喰違すなわち枡形構造を向こう側に見る)絵で、泥絵特有の歪みないし誤りが混乱させているが、時期は幕末維新とみられるためほぼ写真や事件と同時期に、より現場に即した角度で(岩倉具視が午後八時に向こうへ向かって登っていく角度で)面白く見える。泥絵はスケールが大きく描かれるが、喰違橋は起点が判別しづらいが番所からするとこのくらいで、堀は小さいのに対し、大名屋敷の壁がやけにながく、喰違左右の土手も低く横長になっているので(右土手などわかりづらく先の道とくに左土手手前をいく道の存在は変なので紀伊国坂と混交しているようにも思う、ここは調べれば番所、火の見の位置から検証可能だろう)そこは違う印象。
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泥絵の色彩感がスキャナの補正を強くしてしまっています。もっと薄いです。

(後補)直接見えませんが。
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ザ・ファー・イースト掲載の明治初期の写真。日枝神社(山王神社)前からの風景。左手堀向こうにまだ仮御所として天皇の入っていない(従って明治6年より前)荒廃した紀伊松平家屋敷跡のばらけた森がある。右手大きく張り出すはは井伊家屋敷か。この向こうに赤坂喰違坂があるはず。蓮に覆われた、思ったより緩い勾配の堀畔が伺える。

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名所絵・役者絵・物語を組み合わせ各名人に描かせた(河鍋暁斎も描いているがホント一枚一枚一部一部ばらばらの絵師が受け持ち一部敢えて役名を違えたりなど無許可での販売だった可能性もある)張交絵(はりまぜえ)「江戸の花名勝会」より五番組ま「喰違」には二代広重の土橋が右下に見えるが、真ん中に流れる火の玉のようなものは「縊鬼」といい、この辺りに現れた水死人?のお化けだという。
「反古のうらがき」最後の話が喰違御門内の縊鬼となっている。他にも書かれたものを記憶している。土橋は御門内にはあたらないが恐らくこのあたりに噂があったのだろう。

ファーイースト写真は原版に近い精度の高い写真も残っているがこのくらいの画質だと、薄気味悪さ、陰気がよく伝わる。今はあけっぴろげに見えるが、明かりが少なく、なお夜となると物騒で格好の襲撃場所になったのだろう。

posted at 19:50:57

「水木しげるの妖怪えほん」凄まじいクオリティだなあ。海坊主はもう芸術映画のようだ。たんころりんはこれでいいんだっけ??まあいいのか。

posted at 17:55:21

東京名所図会隅田川区よんでたら明らかにシギの絵に「これぞ真の都鳥」的なこと書いてあって、「隅田川岸にもう泥干潟は無いんだよ…でも都鳥はたくさんいることになってるんだよ」と百合鴎を眺めたのであった

posted at 19:45:40

25年くらい前、テレビの企画で整備直前の隅田川岸を調査したらヤマトシジミが出てきたつーのがあって(司会江川さん)、ああいう少し干潟的な部分を残しておくと良かったのにと思う。もっとも場所によって葦的なものが繁茂してるとこもあるから探せばいるのかな

posted at 19:47:36

びみょうな月夜 https://pic.twitter.com/f1OKZnrmG6

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posted at 20:14:56

耳がでかいのはお客さまの声をよく聞けるようにだよ(「今戸ずきん」より)嘘 https://pic.twitter.com/hXgjM3YHLT

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posted at 20:36:31

おいてき堀であっておいてけ堀ではない(じっさい言葉の置き換え説がある) https://pic.twitter.com/iLrgKrAZPm

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posted at 20:38:13

結論。国会図書館デジタルでは将門の首塚が庄内藩酒井雅楽頭上屋敷にあった頃の庭園図は出てこない。なぜなら江戸時代のものがなんか出てこなくなったから!(切絵図や俯瞰図や大蔵省時代の地図ノーサンキューですいずれも内秘のため内側は書いてない)なぜか文章から図を起こしてる人がいる、、

posted at 22:32:10

参謀本部陸軍部測量局発行の有名で高い地図には大蔵省中庭(将門塚ほか)が軽く書いてあり、神田明神の資料にもあるというが、このへん権利が生きてて国会図書館デジタルにはありません。ぼやっとしたのを見る限り、他の麹町区地図と大して変わらないレベルなのでいらんと思う。

posted at 22:34:25

酒井雅楽頭は伊達騒動の顛末にかかわっており、なんでか知らんがむかし調べることになった伊達綱宗に繋がってくる因果。

posted at 22:36:40

伊達綱宗のことなんか書くから塩原の二代高尾塚が出てきてしまった。もうおわりおわり。 https://pic.twitter.com/IwcbY3w8Xe

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posted at 22:48:54

しもた、風呂入ってるあいだにビゴー特集やってたのか。明治で面白いのはビゴーが去るまでである(個人的感想)。世界情勢の中の日本ということになってくるとスッカリ夢が覚めた現代史だ。。

posted at 22:56:31

なんか書こうと思ったのに忘れた。ビゴーのせいだ。はい国会図書館デジタルの地図。大蔵省庭の池をちゅうしんに大木と井戸と灯籠石碑と、将門塚があったはず。 https://pic.twitter.com/rwrMJKXwBv

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posted at 23:00:17

5/28mon

震災後の本だが恐らく被災前の写真。誓教寺(おそらく縮小墓地移転・改葬前)葛飾北斎墓(後年建立)。写真自体は他にもあるが驚いたのが左の小さな墓石。正面の3刻から、虚心「北斎伝」に依る父「川村市良衛門」建立(右刻)、今は失われた墓。左右は北斎の兄、春巌童女は妹。あくまで虚心によれば。 https://pic.twitter.com/sYtOCU1Z1B

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posted at 01:02:04

「東京府史蹟調査報告第七冊名家墓所」昭和五年三月。従って昭和七年の改葬前ですね。お寺の方の話からも現在は確実に残っていない(無縁塔にも集められてません)。川村の名が確認できないのが惜しまれる。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000769113512267776…

posted at 01:11:25

国会図書館の麻薬のような依存性にもうやめて寝る宣言。まだまだ調べたいことあったがとりまカルピス飲んでわすれた。

posted at 01:12:50

楢崎龍子、時代的に川端龍子とかぶらないので龍子ないし竜子で検索したが、予想通り講談伝記物語のたぐいしか出てこず。新聞記事とその拡大書しかないのね。西村とは契らず離縁されたという話は今は多分否定されてる。妹と愛人巻き込んですごく特殊なドロドロ文春的関係のすえ楢崎に追善された墓は空…

posted at 01:29:25

書かなきゃわからんか。お龍。坂本龍馬妻、と横須賀の墓に書いてある(西村や母妹は最近まで墓石すら処分され、お龍さんだけ門前に葬られていたが、墓地再区画のさい移動。不在で住職さんに聞けなかったが中は空っぽだったとか。竜馬との睦まじい絵石は竜馬の顔が消されていた。隊士に嫌われていた)。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000775996759408641…

posted at 01:46:41

寺田屋のおとせさん。Wikipediaは二次資料からとったみたい。博文館の大正初期の伝記から。めんどうなので原書でなく検索表示画面をキャプ。 https://pic.twitter.com/I3oBdm4NGE

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posted at 01:32:17

クイズやるのに答えを読んでから解くのが面白いやつなんているかい?研究家やおたくがそんなの承前だと言ってるようなことをイチから検証してできる範囲で調べるのが「趣味」の醍醐味なのだよ。わたしにも本業があり、本気でやっていた遺産がある。敢えて違うことをやるのがクイズを解く楽しみなのだ。

posted at 01:35:57

伊藤痴遊がでてきて懐かしかった。デジタル化なんてしてなかったころ日がな国会図書館で読み耽ったが、面白さのうらはらでウソ誇張が激しく、現代講談の祖的位置づけということで、山口さんは田中河内介怪談を喧伝した大元とした。近年に拡めたのは徳川夢声にせよ。

posted at 01:38:41

そういえばスーパー源氏が無くなってて時代の流れを感じたよ。神保町ネットも「日本の古本屋」に負けてるし。Amazonは無茶なふっかけをしてる。日本の古本屋も最近高いというひともいるが、あくまで出品者しだい。初版にこだわらなければいい。

posted at 01:40:36

年取ると知らん人の空想より知らない現実のが余程魅力的に感じる。つまりファンタジーは莫迦らしい。

posted at 01:48:16

言いたくないがヤフオクが吊り上げでもなさそうなのに異様に高額入札される場合があるのは、所得の多い高齢者やプロが参加して良いものを高額落札するようになったのは大きいが、今はID隠ぺいされるので誰かわからないがしばしば「外国人は遠慮ください」というのを見かける。投機か転売なのだ。庶民の参加する場じゃない

posted at 09:56:57

これぞ日本流ミステリーサークル。麦じゃなくて稲。 https://twitter.com/mainichi/status/1000913333795545088…

posted at 10:37:27

日本人すごいって言ってる人ほど日本語ひどい、ってのを思い出した

posted at 10:50:35

革靴じゃん餌的!好奇心てそもそも捕食行動の動機づけなる心理なんじゃないの。だめだこれ。>近すぎて怖い 野生のヒョウが目の前に (ナショナル ジオグラフィック日本版) - LINEアカウントメディア http://news.line.me/issue/oa-natgeomagjp/5d429e5cd211?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=bhc27473650753… #linenews @news_line_meから

posted at 11:15:38

だいたい十年前が懐かしい。中田ヤスタカにハマってたのも十年前までか。

posted at 11:33:56

GET9を聴いている レトロサイバー

posted at 12:17:22

うーん。明和9年大絵図。このくらい調べられてるとはおもうのだが。本所割下水は「ワリ下水」とある真ん中右の縦の通り。本所御蔵地が今の江戸東京博物館。もちろん地形も変わってるが右下に両国橋がある。で、ピンクのとこに「川村」があるのね。町として割下水と言えなくもないが微妙。北斎生誕地? https://pic.twitter.com/7iqLmgaZ1M
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明和元年に中島伊勢養子か。すこし遅いな。


posted at 13:09:54

「小役人」とある長屋を疑ってたのだが、いちおう北斎の本姓川村の名があったのでメモ。養子に行くか行かないかの頃だと思うので妥当な時期の地図だと思う。この頃の一番くわしい地図。またWikipediaの記述が変わってるね。百姓根拠は何rt https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000952277429989376…

宝暦13年の北斎三歳のときの本所拡大図。参考に先程の図(北斎十二歳、既に養子へ行っている)もつけるけど、仔細省略はあるもののかなり家が変わっている。もちろん同じ家もあるが、とにかく江戸は変化多い割に地図の作られる時期も決められてるし思った様なのが出ないよ。 https://pic.twitter.com/YWa3mNZiAN
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posted at 13:32:57

寛政4年(北斎32歳)勝川春章時代の故郷の図になる。赤印の川村家は健在。参考までに現在、公園(北斎美術館が建った)前の菓子屋が北斎誕生地の札を提げていたが、中ジマという少し大きい名字が見られる。これは古い絵図にも出てくるので、鏡師中島伊勢とは無縁である。「仏清」はのち享和元年死去。 https://pic.twitter.com/HCSz9g6JEn

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posted at 14:00:47
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寛政4年図は前掲のものの写しですね

posted at 15:28:32

中島伊勢(既に戦前に菩提寺ごと消え去った。この名は御用達鏡職人の代々名である)、吉良上野介屋敷跡の一部を拝受し今は屋敷記念地前の稲荷になってるところに居住した。庶民である。北斎は母方の血筋を誇り赤穂浪士云々はさきほどの写真参照。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000965081134284800…

posted at 14:03:47

文化三年の大絵図にも川村氏はいますねえ。享和元年に仏清は亡くなっているので、どういうことなんだろう。まあ、たぶん別人なんだろうけど。北斎のなぞ。 https://pic.twitter.com/MNZtL976FF



posted at 14:19:44

天保四、八年の大絵図にはまったく同じ位置に川村、中島がある。北斎最晩年の弘化三年、北斎死後の嘉永文久年間の本所切絵図には共に存在しない。そのころには上の蔵の位置や大きさも大きく異なっている。大絵図は古いものの写しの場合もあるか。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000969850972389376…

posted at 14:36:11

天保よりあとの地図では確認できない。弘化年間に作り直された地図で確認できるものはなかった。この間に川村屋敷は無くなったと思われる。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000973989974491138…

posted at 14:41:00

なら生まれる前はとなると江戸中期以前となり地図の精度がかくだんに落ちる。川原というそれなりの大屋敷がみとめられるが、北斎生誕時には小屋敷に分割処分されていなくなったようだ。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1000975203252322305…

posted at 14:50:22

北斎人物オタクのバケモノみたいになってきたのでこのへんで冷やしておく。昨晩、北斎の兄妹墓写真見て興奮が止まらなかった。すまん。

posted at 16:03:22

うう
寝不足できもちわるい https://pic.twitter.com/NZnSP0SFtA

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posted at 16:15:51

判明。神戸湊川神社前。彩色鶏卵紙写真。完全に一致。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/institution/institution/library/arc/pages/107/107_11.html… https://pic.twitter.com/0XlFTsumRC

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posted at 17:03:09

こちらも同じ明治初期写真帳よりトリミング彩色鶏卵紙写真。諏訪山から神戸市街、保存が悪く海はよく見えない
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http://www.city.kobe.lg.jp/information/institution/institution/library/arc/pages/107/107_12.html… https://pic.twitter.com/70cHcPPluP
元写真はトリミングしてません、色彩処理上トリミングしました

posted at 17:12:57



posted at 17:06:32
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これは角度しか一致せず明らかに異なる写真だが参考。摩耶山天上寺。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/institution/institution/library/arc/pages/107/107_15.html… https://pic.twitter.com/RXW68C2OjH



posted at 17:10:30

「かっこいいおばあちゃん」の裏側。

posted at 17:56:07

最近またラフドライバーが増えている。年齢ではなく性格の問題のほうが大きい気もする。

posted at 17:57:01

わーもうだめだー海外のデジタルアーカイブまで手を出し始めたー

芳町小照 https://pic.twitter.com/uMPheEEqXZ


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posted at 23:29:26

5/29tue

浅草寺の瓜生岩子像写真(20世紀初頭撮影)がスミソニアン博物館コレクションに入ってる!Currently exploring http://collections.si.edu/search/direct/L3NlYXJjaC9yZXN1bHRzLmh0bT9xPXJlY29yZF9JRDpzaXJpc19hcmNfNTk3NzA=…

posted at 00:31:16

上野公園のおのぼりさん。まだ赤ゲットなんて無かった(明治初期)Country visitors to Tokyo, in Ueno Park :: Japanese Lantern Slides (Dominican University) http://collections.carli.illinois.edu/cdm/ref/collection/dom_lantern/id/3#.WwwjFx4--EI.twitter…

posted at 00:41:43

まー、パブドメだけどホームページにはのせらんないわ。有名な写真は同じものが日本にもあるし、東京の観光写真も今と一緒でほとんど浅草上野なのね。おんなじ風景。あと王子や芝の風情。レアな写真なんてないわ。上野大仏の背後だけ(しかも当たり前ながら日本紹介済)

posted at 01:23:50

この写真帳おもしろかったなあ(Twitterだから転載許してクレジット入ってるし)ほとんど中国で19枚だけ日本がある、てのに20枚以上日本。長崎から東京へ。時代は20世紀近い頃だから珍しいものではないけど彩色綺麗。御高祖頭巾、なぜか鞍馬天狗を想起。 https://pic.twitter.com/9tVNJnquBv
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posted at 01:28:55

五百羅漢が中国にあるって当たり前のことに気付かされたり。黄檗宗から広まったのが羅漢信仰だったよねたしか。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/1001138259018174464…

posted at 01:30:02

国会図書館からのリンクで容易にみられますが、一部リンク切れがあります。ヨーロッパは何かと動きがあるよう。

posted at 01:30:53

それにしても写真検索で邪魔だったのが浮世絵。安治清親巴水の邪魔さ!深川で検索してもほとんどこの三者の絵。そりゃこれだけアメリカにあればジョブズもコレクションするわ巴水。

posted at 01:54:28

コンビニ行って眠れない。眠らせろー https://pic.twitter.com/qNbyx31Kgn
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posted at 02:57:29

たぶんあとでインスタから再投稿くる サイズがあわないのでこちらにも https://pic.twitter.com/lIAjJ9DGkt

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posted at 03:47:19

なれないミリヲタぽいやつうろ覚え書きしても、コンビニ霊のほうが男ウケ良いという

posted at 08:14:57

寝ぐせがテクノポップ

posted at 08:17:34































by r_o_k | 2018-06-05 16:06 | 旅行

川村~その北斎的側面(資料)補筆、文化文政武鑑参照

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川村

および左内の語源について ※調査用引用メモ、Wikipediaも参照

(詳しくは葛飾北斎の記事を参照)

現神奈川県である相模国足柄郡が起源(ルーツ)である、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。藤原秀郷流がある。ほか清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)など様々な流派が全国分布している。

カワムラ 【川村】6 日本姓氏語源辞典より

北海道、青森県、高知県。

①河村の異形。滋賀県守山市新庄町では明治新姓時に改姓したと伝える。宮城県名

取市高舘熊野堂岩口下で伝承あり。善隣。三重県四日市市寺方町では京都府京都市から1468年(応仁2年)に来住して同地の天白神社(旧:白山神社)の神主となった藤原氏の後裔と伝える。藤原(フジワラ)参照。

②大阪府東部(旧:河内(カワチ)国)発祥。飛鳥時代から記録のある地名。高知県土佐郡土佐町古味では平安時代に河内の村を管理したことで称して室町時代に来住したと伝える。同地は早明浦ダムの水域となった土地。

③コリア系。岡山県岡山市で1954年1月22日に帰化の記録あり。本姓は金。金(コン)参照。他姓もあり。

④アイヌ系。地形。北海道旭川市の川のそばから。

⑤アイヌ系。北海道余市郡余市町大川町(旧:川村)発祥。1893年まで存在した地名。

※宮城県白石市本町では奈良県の河村(カワムラ)からと伝える。時代、位置不詳。

///

サナイ 【左内】2 日本姓氏語源辞典

石川県金沢市・京都府・大阪府。男性の名前に左内あり。

サナイ 【佐内】4 日本姓氏語源辞典

山口県。徳島県名西郡神山町下分左右内(ソウチ)発祥。南北朝時代に「佐内」の表記で記録のある地名。島根県西部(旧:石見国)での伝承。同地では鎌倉時代に佐々木氏が称したと伝える。佐々木(ササキ)参照。

ただ、左内という名前は橋本左内の例を挙げるまでもなく一般化し、庄屋の名前にまで使われるようになった。

///

姓氏家系大辞典第1巻(昭和9-11版)911ページ

河村の項(川村と書くもののみ、近世)

<地名>
備中:川村郷
相模国足柄郡川村(藤原秀郷・波多野氏):河村表記 平安~相模国

<川村>
武蔵国
江原郡上北沢村 川村左近太郎

室町(天文3)1534 上北沢住の吉良家家臣川村等、多くの家疫病に倒れる

上北沢資料(H24)
「鈴木左内」1839-1909 明治時代の名主(町民)武家屋敷ではなく長屋門等がしつらえられた。本所割下水絵図にみられる川村左内とは別人。

//

葛飾郡伊豫田村 川村氏

もし推定北斎生家の川村と関わりがあるとしたらもっとも可能性が高い。同様に絵図の、関係していても親戚程度と思われる川村左内にも言える。


北斎は一般には僅か三、四歳で幕府御用鏡師一族中島伊勢(既に戦前に菩提寺と墓ともに失われている)に養子に出されたとされるため、川村が実父(菩提寺にはこの代で入ったという)の家という感覚はほとんど無かった可能性が高いと思う。後年中島の跡取りができ、もしくは自分の息子を中島の跡取りにすることになり、中島外に出ざるを得ないとき、葛飾の百姓親父と卑下しつつも母親に流れるという(実母が中島の妾という説すらある)吉良家臣の血を誇っていたほど武家の家柄に拘りのあった北斎が、実際の職は町絵師とはいえ武家の姓を保ち戻る先を考えたとき、誰も継ぐ者のいず潰れそうな下級武士川村の維持(店もしくは宗教の屋号らしき元祖佛清など名乗り子はどこかへやってしまったか失ってしまった父市良右衛門自身にはそもそも維持する気すらなかっただろう)が思い浮かんだのではないか。尤も晩年信心深くなった頃、当時興隆をきわめ信仰した日蓮宗法性寺妙見堂の前に宗派の違う浄土宗誓教寺の父の墓に参じているところを目撃した話が今も近い話として残る。最後は応為が父の墓石とされる佛清という名の自然石下に葬ったというところまで、いつからなのか、川村なのか佛清なのかわからないが最後に思いはあったようで、複雑な家庭事情も伺えはする。菩提寺の制度があったことから、不可解なのは父の代から急にという点ではあるものの、誓教寺に写し写しで残る過去帖を全面的に信じるなら後妻の死にさいし戒名下に「川村北斎」と書いてあるのは紛れもない川村の自覚となる。自ら誇った吉良家に関わる母方と吉良屋敷一部を拝領した苗字帯刀「中島」を、出たあとも重んじて改名繰り返す中に、中島を本気の肉筆の画号に取り入れたものが残るのは有名な話。ただし年がいってからだったりするので、その数の少なさや特異な書きぶりを含め別の理由があるのかもしれない。忠臣蔵を嫌い一枚も書かなかったのは嘘で少なくとも四枚の錦絵があるからそこまで思い入れはあったのか知れないが、ほかにも使ったそれらしい苗字は浦賀時代などいくつかあって(葛飾はあくまで通称)過剰に中島を重く見るのも物証が少なすぎる。今となっては震災区画整理戦災そして戦後の再度都市計画と、この地域にはもう二度と求められない失われたものが多すぎて、藪の中だ。

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川村は父親が、北斎墓(今の卍墓、孫娘らが建てた)脇の墓石(失われたが一部の写る写真は見つけた↑)にあらわれる簡易な戒名3つを虚心本や過去帖に照らしおそらく北斎兄妹と推定される、その墓石の、脇に刻んであったという「川村市良右衛門」が文献以外の唯一の物証だった。父親本人は多分弟子などによって「元祖佛清」とのみ刻まれ建てられた非常に立派な墓石が残存しているが、それには裏面に年号等が簡単に刻まれるのみで、川村ないし市良右衛門とはどこにもない。北斎は父の没年は既に中島なので佛清墓建立とかかわりはないと思われるが、二十歳台の天明期に北斎は「魚佛」、佛の文字を戯作著者名として使用しているので、強引に結びつける向きもいる。

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 新編風土記(文化文政編)に「当御代喜八郎の養父川村一學、駒木野小佛御関所番を勤めしが、寛永十年正月、当所番士となれり」1634年江戸前期

川村一学は比較的有名な江戸前期の名士。

※小仏関所番;寛政期には、関所間での番人の異動が行われ、小岩市川関所、房川渡中田関所、駒木野小仏関所、金町松戸関所での番替があり、駒木野小仏関所では川村一学が小岩市川関所へ番替、駒木野小仏関所で川村一学の跡に房川渡中田関所から落合源兵衛が番替となった。関所間の番替はこの時期だけだった。

石岡康子「房川渡中田関所改方制度の変遷」『文書館紀要』埼玉県立文書館、2002年、 118-88頁。

小岩市川関所は国府台駅前で現在の江戸川を渡った先になる(つまり市川)。本所からは三里12Kほどもある。房川渡中田関所、金町松戸関所、小仏関所、新郷川俣関所に並ぶ重要な関所(諸国御関所書付)佐倉道と元佐倉道が合流し、岩槻街道にも接する交通の要衝で、江戸時代には御番所町(ごばんしょまち)と呼ばれた。

現在の京成電鉄江戸川駅から南へ蔵前橋通りに至る道路部分が、史跡として江戸川区登録文化財となっている。

 伊予田村は明示22年5月1日合併し小岩村→町、昭和7年10月1日南葛飾郡全体が東京市江戸川区として編入

//

関係はないと思われるが、川村壽庵は医者にして奇人で知られている。南都より江戸に出るも真面目に医術をなすより余暇に音曲を楽しむを良しとし、腕の良さを買われ清水公治療に推挙されるもテリトリー外に出ることをこばみ、やっと引き出すと一人垢衣に薬籠を肩にした貧相な老人に屋敷皆おどろいたという。趣味で数千巻の書物を所蔵していたが天明の大飢饉を耳にすると即日売り払い東北に金を送った。ハイキングを好み、富士山頂で酒を飲み笛を吹いて案内者は狂っていると思ったという。晩年は画工に依頼し旅した各地を描かせ臥遊に供した。(日本人名大辞典2,平凡社、原典:皇国名医伝)

///

文化武鑑、文政武鑑(役職編、柏書房復刻)によれば御用町人を含めお上にお勤めする川村姓は多くはない。ただ、それらしく見える名前をいくつか見出すことができる。いずれも住んでいる場所や役目の大きさから別人と思われるが(それに佛清没後だ)、名前がいかにも似たように見えるものがある。もちろんありふれた名前であり、果たしてこの方法で突き止められるものかは疑わしい。役の低い者より以下、挙げておく。

※ちなみに中島伊勢は御鏡師として文化元年から文政八年まで少なくとも、本所松坂町一丁目より動いていないことがわかる。


御小人目付(御目付衆御支配):

川村市兵衛(小石川百間長屋)文政5-7年

※文政四年時点で同役に他に二名川村がいる。8年にはいなくなり、川村は吉三郎一人となる(本郷御弓町)


仕事的には以下も検討の余地はあるが、いささか役が上過ぎる。細工所頭、のち兼、賄頭として、

川村清兵衛(五十俵、桜田御用屋敷)少なくとも文化5-8年

///


羽後山本郡鹿渡邑の名族
藤原姓幕臣
美濃河村中に川村あり
伯耆河村中に太平記時代「伯州河村伊豆守」、一説に後醍醐天皇時代に河村秀法=川村清五郎、下野国某城主、弟秀行=川村清二

※北斎実父と推定される佛清(墓石刻名)の清が入っているが、ありふれた名前でもある

備後奴可郡(寛政文化まではいた)
紀伊 川村新三郎(天正年間)
阿波 細川附実記に河村別名として川村
豊後 相模の川村新五郎清秀

ほか上杉家臣など江戸とは遠い

※鹿児島藩士川村純義は明治時代伯爵となり子供を鐵太郎という。

・・・
小説に現れた北斎父とされる川村清七について(この名前はありふれているようだ)

群馬県立文書館
宝暦11年8月(1762), 後家入証文之事(持参金3両にて後家入に付) *家/戸口

 三波川村清七甥清左衛門他, 淨法寺村庄兵衛
慶應 午7月10日 覚(入須川村清七へ売渡し酒継戻しに付受取)*615と同

封入

渋沢栄一伝記資料
川村清七曰、御苦労ながら議長は其儘浜岡氏に托せん。

すはせの里(北須田の郷土史)
明治前期に名あり

・・・
川村清右衛門

紀州藩士、地元 ほか地方ばかり


by r_o_k | 2018-06-01 00:24 | 旅行

鹿児島空港から最短15分の山奥湯治場!

鹿児島空港から最短15分の山奥の隠し湯!霧島からは降ります。
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by r_o_k | 2018-05-12 01:33 | 旅行

2018/4/30-5/4 鹿児島石仏犬墓ほか先端を巡る旅(佐多岬、仙巌園古写真追加)

【キャンペーン】ゴールデンウィークの思い出&おでかけスポット教えて!

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〜犬飼の滝(100メートルの高さがある。坂本龍馬新婚旅行の10日滞在地)

2018年のゴールデンウィークは鹿児島へ行ったのです。お世話になりました。

2018/4/30mon

1時間前に空港に着いてしまうの巻 #旅慣れない #ゴールデンウィーク #もっと寝れた #行ってきます https://ift.tt/2I06flj https://pic.twitter.com/D8Jb0PJuqf

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ちょい天気悪そうです。。#鹿児島 #足湯 #バス待ち https://ift.tt/2HFcKa3 https://pic.twitter.com/neLNTB0Jr9

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鹿児島市へ

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島津家墓所(福昌寺跡、もと恵燈院跡より移設)、狗墓群がこちらです
おそらく他のここの墓石同様、明治初期に作り直されている(年代がばらつくのに様式は一様)向い右端に狗ではなく尼とする墓石があり、関係があるか? https://pic.twitter.com/5gDSa4bvvb
ボケボケだ。。カメラにはいくぶんましな写真があると思うのでいつかブログの犬猫墓エントリに統合してアップします。ここを探すのにえらく苦労した。検索しても検索しても自分のブログが上がってくる。。しかも猫塔。犬墓だっつーの

戒名が(明治のものを除き)霊位のままとなっており、俗名を書いているので、人間と同じ扱いというわけではない。あるいは神道を意識したのか。

唯一人間ぽい芳○妙光尼も霊位だ。霊異のママ、てことは戒名こそあれど神道式のやり方を真似ただけなのか。一般に珍豆などという俊狗がいるわけないとおもうので、ほとんど狆のたぐい、大奥か子供らの飼い犬だろう(この墓所自体が所謂婦女子専門の場所、その一番奥に荒れるがままある)形式でわかるか

あ、洋犬もいますが維新後のようで墓石も自由です この中に通信犬がいる可能性はあると思いますが一緒くたに作り変えられてるかも。

おっと見逃してた。頭が尖った墓石は神道式。戒名が微妙だが、神道式の墓石とみなせるかもしれない。これは東京の伊皿子遺跡跡出土の島津家大奥、犬猫墓が示す江戸中後期より新しく様式も異なる幕末明治ものだ。宮崎などにある島津の通信犬墓などの手厚さとも違う。編年しても連続性の発見は難しいか。

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犬の墓に十字が描かれてるのは偶然の産物なのか切支丹関係なのか島津の家紋なのか。 https://pic.twitter.com/k7FrZZKGG5


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島津斉彬ご夫妻。ひょっとしたら維新後に新しく細かに作り直されたかも(他の島津何代もみなほぼこの様式)密集地区にあるため、廃仏毀釈でやられたときひとまとまめに移された可能性あり。 https://pic.twitter.com/WR3ZO94DNw
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鳥居を持つ島津久光墓。国葬されただけに中央で板碑を立て、宝篋印塔を基本とした先祖代々の墓とは異彩をはなっている。 https://pic.twitter.com/WwBckgG7wH
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長崎の明治新政府後、続いた浦上キリシタンの迫害により犠牲となった切支丹墓地。手前の墓石は新しい。奥の苔むした散乱が薩摩に処遇を任されたキリシタンの最後。この下に福昌寺住職代々墓があり、フランシスコ・ザビエルと問答した忍室和尚の墓もあり、ここは島津墓所と共に切支丹史跡となっている。 https://pic.twitter.com/v75e4J5v7x
悪名高い明治新政府による切支丹拷問、浦上四番崩れ(崩れとは一斉切支丹摘発弾圧のこと)は結果外国からの非人道行為として駆け引きの道具に使われかねなかった。薩摩は寛大な方だが一割30人以上亡くしている。ラゲ神父により集められた粗末な墓石と、新しい棺式記念碑が残る。
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西郷隆盛終焉の地、この洞窟は話によるとトンネル工事の際すこし崩れたという。よって今見ると、鎌倉のやぐらほどの広さもなく、想像が難しい。 https://pic.twitter.com/FWLKPgxwcC
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はい、西郷星と桐野星。南洲墓地。 https://pic.twitter.com/VX6keDXlmV

結局豚肉なのです、すべては #しゃぶしゃぶ #世界遺産 #城 #火山 場所: Kagoshima, Kagoshima https://www.instagram.com/p/BiMgKzkHsd7/
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:島津斉彬公撮影と伝えられる鶴丸城城郭の貴重な写真、安政年間(大手門など外壁部はしっかりした写真が残っている)
〜書籍より引用
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〜ワーグマンコレクション(オランダ→長崎大学蔵)版、明治初期の有名な写真(西南戦争で全て焼け穴だらけになった)
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2018/5/1

皆が屋久島行く中で指宿下船 #天気悪い #船は運行している模様 #港で大迷い #高速船は大桟橋に入らない https://ift.tt/2Kn4exY https://pic.twitter.com/gYZmCPULRV
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高速船というかホバーする水中翼船だから揺れないのか
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(明治初期、ザ・ファー・イースト掲載の写真二枚、現在は無い灯台守の住居より電線を渡し、いろいろ苦労して築造した 近く灯台見晴らしも整備される予定)
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本土最南端佐多岬、今日は珍しく一つも島が見えない。。自動化された灯台も遺構は残り、まだ土産物屋など店関係追っついてきてない再開発はいつになるやら https://pic.twitter.com/mnDkEGt2g1
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ダム次第でこんかいは滝がしょぼい。今日いくら雨が降ってもせめて岩に浸透する明日以降にならないと水量はわからない。残念なことに観光整備の上で滝壺からの観覧は不可。西郷どん。雄川の滝 https://pic.twitter.com/MAIXV0PG4z
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根占港。左が海水、右が淡水という、めずらしい湾口と河川口を桟橋で分ける構造になってる。 https://pic.twitter.com/2T2JJN97rt

posted at 07:57:51
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【電波】陸地ではつながんないのに海上ではガンガンつながる鹿児島湾(大隅半島から薩摩半島へ帰還) https://pic.twitter.com/i9TBDAbyqo

蒸してきた。 #指宿 #砂風呂?? https://ift.tt/2JHOPr8 https://pic.twitter.com/RC91MQbO5q

遅く出よう…と思ったら大雨の雫の音。うーん、、、早く出て早く戻ろう。七時半出決定。明日。

posted at 22:52:36

滝みたいなベタな画像よりアジアっぽい猥雑な船内風景のほうが受けるのか。インスタは成熟してきたなあ。

posted at 22:53:29

屋久島はさぞ阿鼻叫喚のコトだろう。ただでさえ降る島にこの雨。縄文杉とかドローンで行けるようになるまで待つ。めんどう。西表島の縦断道で底なし沼にハマった頃とは体力が違う。

posted at 22:55:14
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うーん、変則顔ハメ看板はやってるのかなあ。こちらでもあちこちに変則顔ハメが。

posted at 22:56:41

鹿児島の人の細やかな親切ぶりにビビり続ける二日目。

posted at 22:58:00

二度洗ったのにまだ髪がザリザリする

posted at 23:00:32

5/2

暴風雨の前に斃れたスマホ、わたしも同じ。

posted at 21:16:45
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バットマン #仙巌園 #こうもり #釘隠しの装飾 https://ift.tt/2jpxtUT https://pic.twitter.com/y83qpADagO
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ザ・ファー・イースト(明治初期)掲載の島津別邸は今の仙巌園のことを指していると思われる。邸内の社としてのっているものは大正時代にまとめられたという庭園上の御庭神社と様式がよく似ている。こちらも合祀されたと思われる。
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ほか鹿児島の目ざましい工業的進歩やイギリスとの蜜月についてファー・イーストにも書き記されている(当時は海伝いの移動となるため鹿児島もさほど遠方のように描かれてはおらず、日本中の灯台を立てて回っていたお雇い外国人が出てくる)。
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一部は仙巌園に残っている。雰囲気はある。

誰かが硝子戸を照らして外から叩いてたが、テレビの明かりに任せて寝落ち感を出していた。鹿児島ではMBSは1チャンネルで、クレイジージャーニーは日遅れの明日深夜だった。無駄起きした。メッセンジャーの番組見るの久しぶりだなあ。 https://pic.twitter.com/sOoj7aXeb4
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まあ、埋まった鳥居を見てよしとする。桜島はシーズンオフの晴れる日にゆっくり来よう。噴火しないとき。 https://pic.twitter.com/3Ngz6nLw3t

どこいっても林芙美子の痕跡があるが母方の出身である桜島の温泉場は古くも大きなホテルが並んで雰囲気はない。そりゃそうだ、夭折に近い年齢で亡くなった、その年がもう私の生まれる前なんだから。尾道のしゃがんだ芙美子がよくわからない。故郷沢山ありそう。 https://pic.twitter.com/VfAQxCDLeQ

ありゃ林芙美子記念碑をたてた古里温泉のきなみ閉業してるの??しかも最近。ほんとかな。 https://twitter.com/ryookabayashi/status/991703860891738112…

posted at 00:45:26
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骨みたい…この海岸線で木造であれば今日みたいな暴風でもミシミシいいそうだがよくできてるんだな。世界遺産の構成案件ふたつ。江戸時代の西欧建築ってだけでもういまどき国宝指定してもいいと思う。赤坂離宮とか国宝になった時点で変わった。江戸時代にこの西洋建築、租界的な長崎教会とは違う。 https://pic.twitter.com/lXAaCIxPEl
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以上、今日の振り返りでした。疲れた割に得るものなし。おわり。(江戸時代島津別邸の背景に刻ませた巨大な三文字の漢字、えらく動員数が多い事業のわりに誰も気づかない) https://pic.twitter.com/el4hOemCul

リアルガチ寝 https://pic.twitter.com/cT5KAcWPkN
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お殿様の丸十字(鎌倉武士としての原型は頼朝拝領の十字紋のみだったそう)ランプシェードにあしらわれておりますよ 英国特注シャンデリアは公爵の身に落ち着いたあとも公館の役割を果たすべく贅を尽くしてたことが伺える この面会室だけ杉戸、畳にテーブルだった

posted at 00:59:58

本気で寝るでごわす https://pic.twitter.com/UqIjD1xMrp

5/3

やっと晴れた。

posted at 06:53:46
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カツオが新鮮でした!刺身でも締まってグズグズにならず、生臭さゼロ。こういうのは上がった所でしか食べられないか。カツオだけでもいいな。 #山川 #カツオ #海鮮丼 #超待った #ゴールデンウィーク #指宿 https://ift.tt/2w4wSB3 https://pic.twitter.com/M3UbMBFt7i

5/4

晴れた

posted at 06:11:51
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西郷隆盛蘇生の家
お坊さん亡くなった海
礎石しか残ってないのでは、、、材木など新しすぎる。月照さんは清水寺等に墓。碑文は西郷さん縁の東郷平八郎晩年の揮毫。 https://pic.twitter.com/C7d4vieL2J
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昔から繰り返し古い石材に補強して再建を繰り返した結果、よくわからない石人の破片や礎石、別の塔の破片も出たので整理しできる限り原型に沿って揃えたという隼人塚(隼人からは時代がかなり下る平安末期、おおらかなのは古風だがよく見るとシャープで彫りも細かく鎌倉ぽい)。版築で底上げしている。 https://pic.twitter.com/t44a7iR9mo
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空順上人入定石室
江戸前期に島津のお殿様の健康を願って島津家より賜った石室に入り即身成仏した真言宗の上人。火伏せの力で知られたことから火の神様として拝まれている。馬頭観音などの残欠も集まっている。落書きなど、、近所にもう一つ、さらにお寺に跡もあるそうで、即身成仏が流行していたのか。 https://pic.twitter.com/2kr2u7mDwE

たぶん中世熊野あたりの即身成仏的行為から江戸時代一辺に流行として何度も「入定」という行為が拡がり、生き神様ならぬ仏様として庶民やここのように藩主と藩のために「成る」ことは特定宗派の影響もあるが幕末は一種流行神と見られてた模様。幕末本に金集めの「入定詐欺」を本当に成仏させる話がある https://pic.twitter.com/oAZ8wpCqZq
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大隅国分寺跡、きれいな花畑だが元はもっと大きな敷地でお寺があった模様(石塔の横に石仁王残欠が2つと六地蔵石鐘がある)この塔の笠は隼人塚石塔の笠と比べ新しいとされる(四隅の垂木がより明確に造り出される)。こちら康治元年銘があるため、隼人塚塔は平安末期より後期とするのが妥当かも。 https://pic.twitter.com/kVFmI7zkEp
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最終コーナー #ゴールデンウィークの終わり #霧島神宮 #つかれた #飛行機は夜 https://ift.tt/2FGnfIm https://pic.twitter.com/WX6d2N9Tbj
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明らかに何らかの原本があると思われる坂本龍馬お龍新婚旅行の絵(霧島神宮)

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十日逗留した温泉とか滝とか(和氣神社など) https://pic.twitter.com/W4K3WHDzQi
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ぶうぶう(和氣神社) https://pic.twitter.com/cSpttVOGbc

posted at 01:56:16
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アルバム(Flickr、2018年中にSmugmugに併合されるかもしれませんのでそのときは貼り直しになるかも):
20180430-0504鹿児島


by r_o_k | 2018-05-08 20:11 | 旅行