揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

灰皿

そこに立っているのは誰だ。

「・・・妹でございます」

おれに妹など居ない。

「・・・いるのでございます」

目障りだ。出て行け。

「・・・兄上にご用があって参りました」

煩い。俺は灰皿を引き掴むと投げつけた。

黒檀の鈍い音がして、ぎゃっ、と声がして、あとには暗い闇が残った。

「・・・酷い」

まだ居るのか。出て行け。でていってしまえ。

「・・・あの晩も同じでしたわね」

おまえは誰だ。その声は誰だ。

「・・・あなたはいつもそうでした」

「・・・あなたにひとこと」

「・・・ひとことだけ申し上げておきたいことが有るのです」

お常か。・・・お常。

勢い振り向くと目を剥いた般若のような面があった。

かっと見開いた目から冷淡な、蒼い月の光のような視線が向けられていた。

「・・・あなたは死んでいるのです」

何を言っている。

「・・・其の証拠に、ほら」

指を差した先には灰皿が転がっている。灰皿には蜘蛛の糸が絡み付き、埃にまみれた吸い殻が幾つも転がっていて、良く見るとカーテンは千切れソファはぼろぼろに腐っている。部屋の中は荒れ放題で、壊れた硝子窓から差し込む光が俺の横顔を照らす。

振り向いた俺は「俺」を見た。

俺は白蝋のような顔を真っ直ぐに向け、乾燥した地膚がところどころに穴を覗かせている。開いた口の中に子蜘蛛がいる。巣を張っている。

「・・・兄上、参りましょう」

「・・・貴方、参りましょう」

般若の面が翻ると、足元にぽっかりと穴が開き、俺は奈落の底へ落ちていった。

2000/11/7(tue)
灰皿_b0116271_202151.jpg

by r_o_k | 2007-07-17 20:21 | Comments(0)

by ryookabayashi