揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

ビーターパン

「だん、だん、だん、だん!」

何だ、こんな時間に。
カーテンを開けると、すりガラス越しに黒い影がぼうっ。
喉がごくり。バットへ手が伸びる。 
泥棒だ。

泥棒だったらわざわざ窓叩いて起こすようなこと、しないだろう。
強盗だ。
おれは身の回りを見回す。布団。本。ラジオ。宝くじ…これが目当てか?
千円しか当たってないのに?
えい、開けてしまえ。

立っていたのは、おっさんだった。
何か、くちゃくちゃ噛んでる。月明かりに映える髭の剃り残し。髪の毛の形がおかしい。もっとおかしいのは服だ。暗い中でもはっきり見える蛍光色。全身緑、変な飾りのついた妖精のようないでたち。でも実態は小太りのおっさん。

「やあ、ぼくビーターパン」

野太い声が寝起きに悪い。くそ、ちょっとコレなのか?抵抗するとやられるかもしれない、ここは従っておこう。

「いっしょにネビャーランドにいこうよ」

右腕を捉まれ、むりやり引っ張り出される。足が窓枠に当たる。ゲキツウ。ビーターパンはそんなことお構いなしだ。はだしのまま土の上で跳ね回る私を、裸の大将のような笑顔で見ている。痛さが段落してうずくまったところを、背後から羽交い締めにされた。ふっと身が軽くなった。闇の中から響くのは女房の高らかな鼾。

少し猟奇な夜、おれは拉致された。

何故か空を飛んでいる。くそ、ちょっとコレなのはおれの方か?足下に広がる星ぼしは昔船上で見た巨大な夜光虫の群れのようだ。夜の雲を下に見るなんて経験も初めてだ。すがすがしいというより、支えるものの無い不安感。風に揺られる感じが船のようで、目眩がするほど気持ちが悪い。横を見ると、奴がいた。こいつのせいか。

「ほうら、気持ちいいだろ」
「ちょっと吐き気がするっス」

ビーターパンはにたあと笑った。三日月に照らされて輝く前歯が一本足りない。こわい。色ムラのある群青色の宇宙をついっと燕のように透き飛んでいく。ヒトデ型をしたきいろい星の間を擦り抜けていくと、足下に広い海が見えてきた。水平線が弧を描き、無数の銀色の鱗がゆったりと動く。何がおかしいやら三日月が大笑いしている。波は三日月にあわせて踊っているみたいだ。水平線にいかにも火山島という島が浮かび上がってくる。暗いのにそこだけ金粉を散らしたようにちらちら輝いている。

「さあ着いた。ネビャーランドだよ」

何がネビャーランドだ。逃げようと思った矢先に羽交い締めされて、案外頭の回るやつだと思う間に、小学校の校庭のようなところに降り立った。

お菓子の家っぽい丸っこい建物の窓から、無数の目がこちらを見下ろしている。なにやらぎらぎらした、目に悪そうな明かりを背にしているので、いずれも顔が良く見えない。が、どう見てもみな子供ではない。じゃらじゃらという重い金属音が気になる。

「チンカーベル、チンカーベル、ああ、いたいた」
「ちりん、ちりん」

緑おやじが闇に向かって独り言を言っている。袖口に付けた鈴を鳴らしながら、見えないものと会話を交わしている。イタイ光景だ。

「紹介するね、チンカーベルだよ」

虚空に対して有無を言わさず挨拶させられた。くそ、おれまでオナカマにするつもりか。

「…ははは、チンカーベルったら。」

このおやじには何か聞こえるらしいが、おれには草虫のうだる声しか聞こえない。

「何か言ってやってよ。ふざけちゃって」

やなこった。おれは電波じゃない。
適当にごまかしていると、不意に真顔になった。課長に似ていることに気が付く。

「実は君にやってもらいたいことがあるんだ。」

そらきた、どうせそういうことさ。

「わるいやつがいてね、ぼくらを山に連れてって、毎日毎日金を掘らせるの。それでせっかく堀った金を、ぜんぶ持ってっちゃうんだ。」

そうだー、と誰かが叫んだ。
組合の総会を思い出した。

「おれにそいつをどうにかしてくれっていうのか?」
「うん」

ウオオ、と声があがった。頭上から拍手の豪雨が降り注ぐ。
これじゃ断れないじゃないか。

「具体的にはどうすればいいんだよ。」
「今すぐ山に行って。」
「こんな夜更けに?」
「寝込みを襲うのさ」ビーターパンは邪悪な髭面を歪ませた。ミフネかおのれは。
「…あんたも来てくれるんだよな。」おれは念のために聞いた。
「ひとりで行けないのかい?」
こくんと肯く。
「しょうがないなあ、後で一杯おごってくれよ。」

再び、うおお、という地響きが夜空を切り裂く。全ての窓からひしめき合って突き出された腕は、どれもわさわさと濃い毛に覆われた逞しい筋肉の塊だ。拳はどれもごっつい堅くて強そうだが、鈍く輝く鋼の手錠に繋がれている。じゃらじゃらというのはこの鎖の音なのだ。こんな荒くれ者たちを押さえ付けてるってのは、一体どんな奴なんだ。

大体おれに倒せるのか?

疑問が膨らんできた矢先、両手の自由がなくなった。また羽交い締めだ。再び空を飛ぶ。

空を飛ぶというのは慣れてしまうとそんなに面白いものでもない。風が冷たくて風邪をひきそうだ。横を見るとビーターパンも鼻水を垂らしている。長々ぶら下がる粘液は銀の剣のように鋭く光り、なんか格好いい。て言うかハマっている。

夜の火山は幻想的だ。ほの赤く揺れる火口をくるりと一回りすると、少し麓に降りたところに王宮があった。丸いドームが金色に輝き、夜の大噴水が虹を奏でる。

「そこから飛び込むよ。」

四角い窓穴が見えた。ふっと上昇気流に乗るそぶりを見せながら、緑おやじはさりげなく吸い込まれていく。おれは後につづく。穴の向こうはすぐ大きな扉になっていた。

「このむこうに悪代官がいるのさ。さあ君の出番。」

今まで先頭に立ってきたビーターパンが不意に背中に隠れた。おかしいなと思って見ると二メートルはありそうな大男がふたり、三日月の刀を振りかざして立っている。ターバンを巻き浅黒く、ふたり同じ顔。ランプの精のようなナマズ髭の外国人。これは強そうだ。
おれは戦いを好まない。

てゆうか弱い。
どうしてこんな目にあうんだ。
おれにも何か取り柄がないか。くそ、考えるんだ。二人の用心棒は刀を掲げたまま、こちらの出方を待っている。ああ、トランプ(大貧民)が強かったっけ。あと、唾でシャボン玉を作ることにかけてはダントツだった。よく飛ぶ紙飛行機だって作れるぞ。

よし、勝った。
…何に?

もう大声でごまかすことにした。
「うやあああ、きえー。チェストー!」
両肘を広げ、手の平を敵に向け、掴みかかるようなポーズをとった。足を開き重心を低くとる。猫足立ちだ。

今思い付く一番強そうに見えるポーズだ。

双生児の顔が同時に強ばった。
真夜中突然無粋なおっさんが現われて、奇矯な声を上げ戦闘ポーズをとっている。背後には年甲斐もないコスプレおやじが隠れている。完璧だ。恐怖そのものだ。

「今だ、ビーターパン!」

おれは命令した。

「ええっ」
「いけビーターパン」
「そんなこと言われても」

役に立たんやつだ。おれは再び大声を上げた。

「いくぞ、「水魚」のポーズ!」

おれは思い切り両腕を上げた。顔を突き出し浮いた目をして舌を出した。両足を小刻みに震わせ、首を縦に振りまくる。耳の奥にガムランが響き渡る。極彩色のオーラが出そうな勢いだ。

「あばばばばばばば」
「ひい」

二人の恐怖は限界に達したらしい。おれのハッタリにすっかり騙されて、同時に刀を投げ出すと、どこへともなく一目散。へたり込むビーターパンの拒否の表情を足蹴に、扉に向かう。

豪奢な金飾りのついた、赤ビロードの観音開きを勢い良く蹴飛ばす。高そうな刺繍の大絨毯。虎の毛皮。鹿頭。黄金テーブル。トロピカルフルーツに囲まれた金ぴかソファの上に、なんだかちびっちゃいやつがいた。

赤ん坊だ。

びっくりしたような顔でこちらを見つめている。黒いくりくりした瞳が愛らしい。思わずパパでちゅよと言ってしまいそうになるが、その右手に握られていたのはガラガラではなくワイングラス…
こいつが悪の総帥?

「かくご!」
え、と思う間もなくビーターパンが飛び出した。いつのまにか片手にバット…あれ、俺のじゃないか?。
「相手は赤ん坊だぞ!」
頭骨も噛み合ってない赤ん坊を殴ろうとは、さすがに気が引けた。しかし総帥は泣く様子も無くにこにこ笑っている。おくるみが揺れた。

がくん、と床に穴が開く。ビーターパンの姿が消える。
総帥は立っちして、指を鳴らした。うしろのカーテンがさっと開くと、こちらに向かって弓矢をつがえた赤ん坊軍団が現われた。

「バブ、バブ、バブ、バブ」

しまった、万事休すだ(でもかわいい)。
両手を上げる。あかんぼ近衛兵たちは威勢を上げた。
「うきゃきゃきゃきゃー」
総帥は赤ワインを飲み干すと、満足げな笑みを浮かべて座った。あかんぼがアルコール飲んで大丈夫なのか?ポリフェノールは体にいいのか?エンジェルに背中を突つかれて、おれは扉の外へ向かわざるをえない。

だがふと、うなだれた頭に勝算が浮かぶ。
こいつら、頭はいいかもしれないが、所詮はガキだ。
だから、
「ピカチュウ」
動じない。もはや古いのか?
「だんご、だんご、」
動じない。皆不思議そうな顔で見上げている。やはり古いのか、赤ん坊だからまだわからないのか。
やはり万事休すだった…

「おぎゃああ」部屋の隅で大きな声。見ると一人の兵士(赤ん坊)が、弓矢を投げ出し転がった。手足をばたつかせる。生臭い匂いが漂う。おむつだ!
「うぎゃああ」目の前の赤ん坊が同じように転げる。親指を無心にしゃぶりながら、ときどき漏れ声を上げる。おっぱいだ!
「あぎゃああ」左端の赤ん坊が転げる。弓矢を抱いて泣きまくる。やがてくうくう寝息を立て出す。おねむだ!
しめた。自滅するぞ、こいつら。

…数分後、部屋中の赤ん坊が思い思いの格好で転がっていた。
総帥一人を残して。
おれは総帥の離れた目の間を睨んだ。
産毛が小刻みに揺れる。
「う、う、うあああ」
ついに泣き出した。 

勝った。

 おれはテーブルからワイン瓶をひったくると、勝利の美酒に酔いしれた。これはテーブルワインじゃないな。赤ん坊のくせに。…
 「かくご!」
総帥がぶっ倒れた。びっくりした。床の穴から飛び出したビーターパンが、バットを振り下ろしたのだった。良く考えたらビーターパンは飛べるのだから、穴に落ちたってどうってことないのだ。おれがピンチを切り抜けるのを待ってから、おいしいところだけを狙って飛び出してくるとは、ずるすぎる。ずるくて、おっさん臭い。
城からの帰り道、おれはひとことも口をきかなかった。腹立たしかった。悪びれる様子も無いビーターパンは、巨大な鍵の束をぶん回しながら、架空のチンカーベルとずっと喋っていた。

「…というわけでぼくがとどめをさして、かれを救いだしたというわけさ」

髭のスパルタクスに囲まれたビーターパンは、得意満面で自分のウソ英雄譚をでっちあげていた。

アホくさい。
おれは酒臭い群集から一人離れ、今宵の浮世離れした経験を改めて(するめと一緒に)噛み絞めていた。

「ちりん」

暗い椰子の木陰から、鈴の鳴るような音が聞こえた。

「…ぼくは知ってるよ」

ちいさなささやき声が聞こえた。

「ありがとう」

チンカーベルはそれだけ言い残すと、去っていった。

「さあ、帰るぞ」
焼酎片手のビーターパンはいちだんと腹が張ったように見えた。群集をぞろぞろ引き連れて、おれをまた羽交い締めにした。
「そら、帰りたくなくても帰らなきゃいけないんだ」
群集が沸いた。地面がすっと遠ざかった。
おれは飛びながら、よっぽどビーターパンを巻いてやろうと思ったが、帰れなくなるのも嫌なのでやめた。だいたいこんな時間までほっつき歩いて、明日の会社が心配だ。早く帰りたい。ダイヤの砂浜が遠く、きらめいた。


…懐がむずがゆい。左手で払いのけると、油っぽい柔らかいものに当たる。目を開くと、チェックのハンチングを被った出っ歯の男が、驚いたような顔をして一瞬で消えた。背中が冷たい。湿ったアスファルトの感触だ。暗い。ここはガード下か?アンモニアが鼻を突く。頭が痛い。ううイタイ。息が臭いのが自分でもわかる。髪の毛が何かで汚れていて、思い思いの方向に固まっている。黒い線路の裏側を漠然と見つめていた。いつまでたっても静かなところをみると、終電は終わっているらしい。

よれよれと立ち上がり、公衆電話を探す。その前に公衆便所が必要なことに気が付く。わけもわからないまま便所を出ると、横が電話ボックスだった。おれはうちに電話をかける。三十回目の呼び鈴のあとに、ドスのきいた声が響く。うろたえ声が上ずった。

「…あ、おれ…何だか、飲んじゃってさあ…、また」
「あんた!何時だと思ってんの!まったくしょうこりもなく…」
「…なんだか電車、無いみたいでさあ…しょうがないよねえ、まったく…あした会社だろ、…いつもいつもすまん!…すまないんだけど、迎えに来てくれるとねえ…うれしいん」がしゃ。

切られた。
夜道は物騒だが、おれのほうが物騒に見えるかもしれぬ。最低だ。酒は飲んでも飲まれるな、と新人に垂れこんたその翌日、これじゃあ示しがつかんわい。ともかくタクシーも捉まらないし、歩いてもこの距離なら二時間もあれば…帰れるだろう。

残り少ない脳みそでそんなことを考えていた。三日月が清冽な明かりを注ぐ小道を行くとき、ふと視界の隅に、緑色の服を着た男が映ったような気がした。

おれがおやじのこころを持ち続けていれば、また会えるのだろうか。

ちりん、と鈴が鳴る。
少し嬉しくなった。

(1999/3)  

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by r_o_k | 2007-07-16 20:56 | Comments(0)
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