夜半ごーんとお寺の鐘が鳴るってえと、ヒュードロドロのお囃子付きの幽霊様が、井戸の中からせり出し御登場、何でも南蛮渡来十枚一組みの御皿を一枚欠いたってんでその場でお手打ちにされたってえから可哀相だ。庭先の井戸に投げ込まれたソウだからキット水脹れてんだろうと言ったら八の野郎水も滴るイイ女ってんで馬鹿にしてるさ。サアテ正体見破ってヤろうとツっかけてくってえとお月さんも真ん上を通りすぎって刻なのに、提灯だらけ人だらけ、蕎麦屋も寄るわ、饅頭出るわで押すな押すなの大盛況。
えー、それではそろそろ・・・
なんでも木戸賃取るってえから仕方なく無け無しの三文を渡しざま、
ひゅー、どろどろ・・・
あれ、もう出やがった。おつむとおつむの間から覗き込むと、井戸の縁からそろーりそろーり黒髪の女が顔を出す。
いちまーい、にまーい
何だかやけにハッキリした大きな声で、ヨッってな声も掛かるくらいだから余程の美人なんだろう。じじい連中おしのけて首を突き出すと、それが他でもねえ、
「お菊じゃねえか!」
頓狂な顔でこっちを向いた野郎、紛れも無い、無け無しの1両持って逃げやがった、
前の女房だ。
あの野郎コンなお屋敷で住み込み女中なんぞになってやがった。
「おまいさん!」
ウヌ許さねえってんで人波掻き分け井戸の前。うぬれ引きずり出してやろうと掴み掛かるとお菊一旦へっこんで、覗き込んでも水の泡。暫くぐるぐる廻っていると井戸の底から飛び出してきたのが例の皿。寸で避けたら後ろの灯篭に
「ばりん」
「いちまーい!」
ソコからはもう犬も食わぬはナントやら、お菊のやつ井戸の底からやたらと皿を投げやがる。回りの連中がはやし立てるもんだから屋敷の主人も出てきやがって、その月代にもばりんと一枚。
「ウヌお菊!」
手打ちしようにも相手は井戸の底、しかも死んでいるときた。やたらめったらひゅんひゅん飛び交う御皿に、逃げ惑う野次馬連中盆栽はひっくり返すわお稲荷さんの首はもぐわ、庭先屋敷の瓦屋根から濡れ縁あたり一面が白いかけらでいっぱいだ。皿を被ったご主人がほうほうのていで逃げ出したってんだから穏かじゃない。
「お菊よさねえか!」
「いちまーい!にまーい!」
ばりん、ばりんでハタと気が付く。確か十枚の一枚を割ったから手打ちにされたんじゃあなかったろうか。
「おめえモウ百枚は投げてるじゃねえか!」
・・・
ぴたり、と止まった。
それきりお菊は二度と井戸から現れなかった。
ご主人からは褒美に南蛮皿を貰ったが、悪所のおんなにあげちまった。ダッテ気味が悪りいじゃねえか。
皿屋敷ってえのはこんな話しさ。
2000/11/20(mon)