2026/3/17-22:春のお彼岸は波乱:古書市不発で手元の資料アップ、墓参、桜前線寸前、紙屑から明治大正昭和、男子寮の花嫁幽霊、多摩川園お化け屋敷
2026年 03月 23日

旧橋のミニチュアが晴明神社に復元されてるそうだが、特に気にもしないで通過した一条戻橋。橋の下に安倍晴明が式神となる人形を埋めたとか、「戻る」逸話から「出戻る」という縁切りみたい話もできたとか。このときは渇水でただの陸橋状態。渡った向こうが昔風に言えば異界だったのかな。 pic.x.com/yhuicttEs6
一条戻橋に現れた茨木童子は綱が腕を切り落とし、取り返しに老女に化けて現れたシーンが錦絵などに描かれた。腕を切ったという刀の髭切は東博の大覚寺展で東にも来たが、特別枠で撮影もできたとか。見てもよくわかんなかった。ひどい状態の北斎版本より。 pic.x.com/cLMo5qJ4XJ
なんと枝垂れ桜開花 pic.x.com/nRTbRaTkue
たべすぎ pic.x.com/mbK1YP1CFx
言語は流動的であるべきと思うから「これって方言ですよね」は言わないでガンガン使えば意味がついてくるし、楽しい言語空間が展開されるのではナハトムジークyoutu.be/czBSj6_6rkE?si…
三戸と五戸の間に戸来村…と思ったら江戸時代には三戸の一部だった(四戸はもっと海側)
古代はともかく旧奥州街道沿いに一戸〜がナンバリングされていたという説を信じていた。しかし八戸が海沿いなので、十和田湖に向かって数が減っていくものなのかもしれないと勝手に思っていた。南部は歩いたのでちょっと記憶にのこってる。秋田とかぜんぜんしらん。
いまだよくわかんない七戸警察署でも貼るか(色付) pic.x.com/1TbFpEJmml
ペリカン目だった pic.x.com/UPjmUbPxH0
ちょっとしたキセキ。霊はいる。 pic.x.com/3n4Sc3lTwk
三田平凡寺氏だけ顔が出てない「秘蔵珍蔵我楽他拝観」髑髏大きすぎ pic.x.com/0tae9oBC1Z
小学卒業後スグに「小学教員」になれる! pic.x.com/LGe5JjELjv
幼年童話集下巻(菊池寛編)は希少な本ではないけど、複数名の挿絵画家のなか筆頭で竹久夢二のメルヘンな絵が使われている。屑の山の中からなぜかその夢二絵だけ切り抜かれた3枚がでてきた。このひとのメルヘンは優しいからいい。竹下夢二って誰 pic.x.com/ELq0GMl61b
断片だが「明治神宮画報」なんて初目。 pic.x.com/j7K1STvdlx
週刊東京(昭和30年代)より、多摩川園の「納涼スリラー・ショー」二子玉川園と並び東急沿線にあった庶民派遊園地(実は結構古い)多摩川園は駅から奥のほうが屋根付きになっていて、こんな飾りをつけたり。このような室内催しがあった。なんてことないデパート催事場お化け屋敷みたいな比叡山みたい pic.x.com/ajkDSBvStF
1931年最新ファッションとヘアスタイルだそうです pic.x.com/2lLSLjzexi
朔太郎の煙突の比喩をまんま描いてしまう、なんだこれと思った。古沢岩美、シュールレアリスム画家だそうです。ググったら美麗にして耽美でなっとくした。 pic.x.com/t8EkJNWwSs
戦後雑誌は現代と地続きで、印刷もきれいで個人的にレア感がないのが魅力的でない。昭和30年代までくらいはその後の昭和と違う大変さがうかがい知れるものの、これらも既存の詩に新しい挿絵という感じでドキュメント感がない。おまけ、扇千景。今も国会に姿を探してしまう。 pic.x.com/I9QB32AIUy
花柳章太郎空襲を挟んだ古鏡の話。古いものを解するあなたにとファンの老婆にいただいたが、その老婆に祟ったらしく家の者に取り返された、後十年のうちに寿命も来たろう、空襲もあって土台何もこちらには残らない運命だったが、それでも惜しかったという。読みやすい文だ。絵は鏑木清方。 pic.x.com/h9OUWEl2p9
その概念自体がわけわからなくなってる愛国百人一首。戦中であるはずで、これだけ何の雑誌なのかわからない。抄とあるとおり矢野橋村の挿絵の限りだけ。 pic.x.com/Vh7ao4FksB
矢野橋村は大阪の大物。ほか詳細は省略 pic.x.com/47Q6m64zR9

屑の中から日露戦争の敵陣地図を例に、鳥瞰スケッチ法を教えるテキストの付図だけあった。地図を迷彩紙に描く意味がわからないが、正確に早く写す軍隊式の描画法がちょっとわかる。これが軍隊のものだとしたら、個人的にはとても嫌いな分野の教科書である。 pic.x.com/5L50g20pHj
内田百閒の沙書帳(連載三)昭和23年初出なのかな?百閒節というのか想像か現実かわからない調子で共産党に入ろうと思うがやめようと思う、家宅捜索されたら係官は散らかしたまま帰るだろうから、みたく随筆する。これはちゃんと全編は「百閒随筆」に復刻されている。 pic.x.com/MvNMgIve4b
週刊東京「東京チャキチャキ娘」杉浦幸雄 連載147当たり前だけど戦前漫画家よりはるかに現代的で見やすい絵だなー中村メイコさんの映画の原作(それよりも現代的に見える) pic.x.com/bErsJJELeU
新春向け和服の流行雪輪の地紋に古代紫かっこいい pic.x.com/ehOHeYO5yC
原本も安い(大量にあるから)風俗画報が破けて入ってたこうしてみると他の屑絵より格段うつくしい。井戸端会議もいきいきとしているよ。明治中後期(絵から写真になっていく前) pic.x.com/f4JrsiaF0F
武者小路実篤「絵をかく事」どこにでもあった、仲良きことは美しきかな pic.x.com/H2OPKCpGV8
愛媛県男子学生寮、肱水舎の怪談(東荻、今はつつじヶ丘で運営)週刊東京todaishimbun.org/kenjinryo20190…新館18号室の花嫁…花嫁幽霊って多いなあ男やもめ寮の怪談に花嫁、、、 pic.x.com/ZuCvrl52HU
カミュじゃねーよ戦後の藤沢芸者災難(週刊東京)怪談特集号の割にあまり怪談がないが、こういうのは物騒な戦後の名残りとして書かれているものか。「アカセン」
物撮りの古写真、ときどき怖い(色付けしてある)
色付がうまくいかない写真は平板な昭和初期の紙焼き。雰囲気はあるけど。 pic.x.com/4qL3SS0LrW
戦中戦後?子供(学生)。後半2枚は戦後感がある、なんとなく。色付け。 pic.x.com/56nfLh3H7j
戦後だとしたらかなり落ち着いた時期の写真だろう。最後のは色付けするとほぼ初期の民生カラー写真だ。黒がしっかりしている。 pic.x.com/yVVCThzYMI
大正の年号がはいるものも含め、古めのもの。集合写真は面白みがない。色付けすると変になりやすい。 pic.x.com/eNpEkJJX7n
唐突すぎるカラー写真。羽田空港の屋上から発着を見学する小学生たちか。こんなんあったなあ。 pic.x.com/F54WirBb5V
バラバラすぎていつのどこの写真か調べる気もしない。前半は戦後、後半は戦前戦中だろう(てきとう)色付
→戻ってきた
3/20春分の日
春はよく寝る。寝つきは悪い
JR桜井線の桜井ホームから渡り廊下をのぞむアングル。文字は右からだが小綺麗でおそらく戦後だろう。色付けがむちゃくちゃだ。 pic.x.com/UgOP6LPB3D
服装からやはり戦後でしょうか、プリントの関係で色付けが不自然になり、真ん中に白黒の人が写る心霊写真的様相をていしている。 pic.x.com/gCUlGb6qB7
結婚ラッシュ(色付け) pic.x.com/62C6yTdkH4
古本市、初日にもかかわらず得物少なく混んでて疲れた。1年ぶりだけどもういいか。春の彼岸は雨。 pic.x.com/I108evvm44
三枚目までが古く見えるよね。色付。四枚目は確実に戦後の髪形。 pic.x.com/UQA5KWb25Q
謎すぎる混入在郷軍人ニ賜ハリタル勅語本郷房太郎書の印刷 pic.x.com/OYm4HUjpGu
大峯山の役行者お札竹林院(鷹がいる)桜本坊? pic.x.com/aBOEAZ78Mg
金毘羅さんの御札 pic.x.com/TbRTPF4Kjc
こういうのは古民家に貼りっぱなしだったものを剥がしたんだと思うが、きれい奈良本子守町川崎寺蛸薬師(現存せず、薬師堂は大正期まで書籍に出てくるが、蛸薬師の謂れなど京都の永福寺のもので、他噂レベルしか無い)まんなおし地蔵(徳融寺預かり時代)多賀大社大般若経息災延命所矢田寺 pic.x.com/beg4HTcfdO
奈良(南都、和州)が多い。興福寺一言観世音長谷寺開山坊本願院帯解寺地蔵菩薩生駒山宝山寺十一面観音 pic.x.com/ArINYKMgSD
多聞山麓佐保川天満宮竹生島宝厳寺秘仏本尊千手千眼観世音菩薩像ほかよくわからない。。 pic.x.com/SzmU4Ld4Bt
立ち姿色付け。髪形には時代が出やすい。見る人が見れば着物でも。 pic.x.com/xNFrzRWdPY
おこさま色付け。昭和初期だろう。 pic.x.com/ndmXChKSzN
ばらんばらんの古写真(みな昭和初期だろう)春日大社とか宮島あるいは伊勢神宮五十鈴川がある予感。 pic.x.com/Rs8giP2hEE
大正くらいさかのぼるか?色付け pic.x.com/NpJz5tsy72
土曜夕方に胸をなで下ろす pic.x.com/KzJNqoNqVc
あいもかわらず時期がバラバラな古写真色付け。2枚目は何の行事だろう。後半は戦中ぽいね。 pic.x.com/sEejnQynBi
蓄積分込みで山程古写真があり、AI色付けのテストとしてやってるだけで、特に資料的にどうこうではない。時期もすっかり大正以降になった。3枚目は上手すぎるので土産写真? pic.x.com/6xVRunaXIq
おおかたは戦前戦中だと思われる。色付けが過剰なのはおいておいて、豊かな家は豊かだったことがわかります。写真によっては子守りも写ってたり。 pic.x.com/ZHA8squaFM
結髪でやや時期が古いのがわかる。四枚目は色付け失敗、かつどこだかよくわからない。定番は箱根か。 pic.x.com/VczaNNwumx
色付け。1枚目は表情から空気感が伝わる。テニス部、墓参、どこかの都市。昭和初期かな。 pic.x.com/KJFXrTlt8h
1枚目みたいなのは色付けが難しい。彦根城だろう。ポートレートはAIがウソ色付けをするが、四枚目は雰囲気がある。 pic.x.com/0c44RvdhGs
1枚目の孫を抱く爺、何枚かあるが笑顔で殴られてるの笑ってしまった。2枚目は一瞬、靖国神社だと思ったが前後から伊勢神宮近辺かもしれない。四枚目はほんとによくある集合写真だが、まさかの白糸の滝としてあるものがあり特定しないでおく。 pic.x.com/I2fs3XbLSl
なんというか古い新しい関係なく時代を感じさせる写真というのはある。在郷軍人会の色付けおかしすぎ。3枚目は伊勢神宮かなあ。 pic.x.com/l6IXJ0jbJ6
しんどい。あえて全部載せようとしているが、まだ昨年の分も終わらない自動色付け。男子の写真の凛々しくあれみたいな空気は好きではない。風景は色付け失敗しがちだが1枚目はまったくどこかもわからない。 pic.x.com/VlXcYw6gdq
半世紀前にはほぼみな白黒写真だったのだ(プロ撮影除く)。テレビだって白黒だ。人はモノクロ媒体を陰翳アートと認識するのとは別に、脳による補完前提の不完全なもの、記憶を引き出すメモと感じていたのに、フルカラーが変え、デジタルが変えた。鈍らになった時代の脳に多少誤ってても色付けは有用 pic.x.com/OmH29rURWD
この大きさの橋が一番わからない。2枚目と3枚目の帽子の違いが物悲しい。四枚目はきれいな戦前風のご夫婦だこと。色付け。 pic.x.com/8RWb6UgyxR
この中で「おかみさん」と呼ばれていたっぽいのは誰だろう(色付け) pic.x.com/rUQ89rUruK
父の子供時代の写真はガラス乾板(ネガ)。時代的にさほど離れていなくても、紙焼きでは新しいと思ってしまう。紙焼きもいろいろあり、鶏卵紙は別としてプリントの質も戦前戦中と戦後安定した時期では全然異なる。色付けしてみて質の違いはよくわかる。 pic.x.com/jdJX6ulJsY
写真館写真はしっかりしていて良い。色付けもうまくいく。戦争がひどくなる直前まで一般もよく撮られていたが、昭和初期のフィルムカメラの普及が前提にある(父は庶民はとても手を出せない高級品と言っていた)。手元に一冊、女性のアルバムがある。こんな感じで始まり、カラーの老婆で終わっている。 pic.x.com/L8zAXnMeFw
さて、このあたりで一旦終わりにする。先日また増えたので、いつかまた色を付けてみる。まだ戦争の影が薄い時期かな。御大典記念の石碑はあるのだろうか。 pic.x.com/WFH1g0WjFI
混んでますねー pic.x.com/LzWHqaTQxP
春のお彼岸は結構混んでる鳥だらけワカケホンセイインコは花ごと落とすので桜の敵桜はまだまだ今回は伐採しまくり pic.x.com/IhBsujCwjJ



































































































































































































