揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

2026/2/24-3/1:三寒四温:戦争体験談が夢物語化、gooメール終了、古写真判明、機銃掃射跡、二子玉川ひな人形、崇福寺三門の龍、海蔵寺の謎

2026/2/24-3/1:三寒四温:戦争体験談が夢物語化、gooメール終了、古写真判明、機銃掃射跡、二子玉川ひな人形、崇福寺三門の龍、海蔵寺の謎_b0116271_11225174.jpg

2/24
B29が直接機銃掃射みたいな言葉の綾に必死で揚げ足取りしてくる蛆は無視するとして、B29のギラギラする腹が地上から見えるくらい降りていたという話は聞いた。たけしの出てる映画で誇張されて表現されてたか。少なくとも今聞ける相手は全否定している。高度が高すぎる。
米軍機はみんなB29と呼んでた地域もあるっぽい。「この世界の」みたいに知識を持たされる例もあるので(うちとか)少なくとも味方の航空機は識別できたもよう。西表島ではグラマンと言っていたし、戦時雑誌では敵機一覧を載せて説明していた。とにかく殆どみんな二次情報なんだから喧嘩腰やめ。

ここでは艦載機と呼んでいる。教科書に載っていた記憶はないな。戦後だいふたってからの文学作品だから無視というのもどうかと。機銃掃射のイメージとして。山川方夫「夏の葬列」aozora.gr.jp/cards/001801/f…

エンジンを停めて滑空はよく聞くけど、民間人相手にはしなさそうだからスピードはな
直撃ガンカメラ映像は「日本人皆みなし戦闘員」としても何かに触れそうなもので、絶対出さなかったし、出ることもないだろう。フィルムだからさっさと劣化してるかもしれないし、てきとうに燃されたかもしれん。

ちゃんと申請して調べればえげつない記録も出てこようが、今はこのガンカメラ映像と似たものしか出てこないねポンコツネット。それでも人と至近距離を飛び抜けるとこはある。American P-51 Fighters Attack Tokyo, Incredible Remastered HD Footage youtube.com/watch?v=SAPqr3…

先に貼った動画にもあるが汽車とともに学校と思われる建物を機銃掃射で襲うものがある。まだ終戦まで間のある時期にそのような記録もある。子供をかすめたとのこと。横浜とか東京駅周辺とか、地上近辺低く今も弾痕が残る箇所は意外と多い。かつて何の価値もないと思っていたが、「証拠」になる時代か。

漁師を撃つフィルムも、そう記録されているガンカメラ映像ではあるけど、海辺にいる兵士かどうか区別はついたのか?脅しが目的だとして漁船を爆破するか?証拠映像とされるものも本来は画像解析なりして例示すべきよね。


直接体験者でもないのにわかったふうに言わないこと。これだけを守れば燃えない。

「考証」が苦手なのは目的(作品)のために心を鬼にして枝葉となる曖昧な「証言」を排し客観的な「事実」を突き詰めようとするとこね。学問となるとそんな雑で恣意的な方法にはおさまらない。枝葉も内容次第で調べる。事実は仮定だ。好んで読んでる明治から戦前の日記類も殆ど信用できないとか言われる。

空襲対策がさかんに命じられていた大戦初期の本がたまたま2冊手元にあって、「爆弾」「焼夷弾」「毒ガス弾」だけが対象となっている。民間人(も当時は戦闘員扱い)への直接攻撃としてありうるとは書いてあっても、まさか余った弾薬を使い切るとかそういう理由で機銃掃射をやられるのは想定外でしょね


ちなB29の腹が見えたと言ってたと思ったのに、だいぶあとに聞いたら見えるわけがない、あの高さから正確に当てられもしなかったはずと(NHKのけっこう精度があった説に対して)言ってた。これ、記憶の問題に足して本やテレビの記憶修整も絶対ある。ちな空襲で何故か焼け残る家は偶然と言い切ってた

戦争体験を直接聞けるのは恵まれてる。自分なんて直接聞いて忘れてしまい、朧げな記憶で又喋りする。そういう曖昧な「子」「孫」「教え子」も多いと思うよ。


木村寿禎解剖事蹟之碑寛政年間に蘭学医が仙台藩刑場で腑分けをした卵型供養碑の写し。現地出土したものは蘭文が刻まれていて、切支丹と憶測されたりした。洪水で行方不明になったので昭和のはじめに佛眼寺に記念碑を建立した#石碑の写真を一斉にあげよう pic.x.com/DnoHDAoBsi

いい加減な他人より信頼できる自分とのコミュニケーションを大事にしたい。 pic.x.com/Z2siyT9Hd3


夕食作らない宣言したのに。家事人間の性(さが)である。料理本を見に行った。今って国ごとの料理本ほぼないのね。30年前くらいにインド料理本持ってて、無論カレーだけじゃなく、スプーンに油とスパイスと塩のせて炙り、ゆで卵にかけて食べるとか優秀な手抜きレシピが載っていた。 pic.x.com/NV4oLX92LI

怪奇ファイル2026冬、非常に面白く(この冬のオカルトテレビではピカイチ)見させていただいているが、事故物件の流行から特殊清掃の話も取り沙汰されるようになり、忘れていた、親戚もお世話になるようなことになったんだった。このての話はNG気分だったが、見れるようになったようだ。
正味な話、創作と謳われたものが嘘くさくて、嘘でもホントと言って欲しい。

仏教の没後供養システムは合理的なように感じる。特殊清掃のとき見えてしまった話は、そのひとはまだ中有に漂っていて、未世の旅路にあったとしても、同時に現場でも見ることが可能なくらいの距離なんだな。とても悲しい距離が開いていくのだ。

リアルでは心を抉られる2日間、こういうときうっかり赤の他人にSNSで迂闊リプしてしまう。SNSは今は逃げ場所である。だが赤の他人の懐に逃げ込めるわけじゃない。

祖父は亡くなる前に雨戸を開けて「帰ってきた」。父はギリギリまでパリ五輪を観ていた(らしい)。なのでその後があるとは思わなかったが、搬送車と別れ帰宅ししばらくしたら、時計のアラームを鳴らせて「帰宅を知らせた」。後者は火葬場に着いたという知らせとも取れたが、帰宅が叶ったなら良かった。

2/25
デニケン(宇宙考古学)、キール(UMA)、ライアル・ワトソン(シンクロニシティ)、シャーリー・マクレーン(スピ)我々を惑わせてきた幻想本の背景には思っきり創作小説や宗教があるねえ
ストリーバーはコミュニオンでアブダクションを書いたけど、影響はスピルバーグとかそれこそオカルト事件のヒル夫妻なんかのほうがつよいだろうのでここにははいらない。

内田百間の幻想も蝋管の不規則なしらべと周期的な悲鳴の産物であつたのだろうね鈴木清順ははらもちならない帝国デカダンのステンドグラスだつたのだろうか?Sarasate Plays Sarasate Zigeunerweisen youtube.com/watch?v=ABm7nM…

サラサーテが喋るのとチャイコフスキーが喋るのはどちらが魔の気配を漂わせるものか ノイズは廃屋の網戸を望遠レンズで覗くようであり、脳にカイガラムシの回転盤を置いたとしても、刻まれた溝からは決して取り外せないのだ、蝋管の夢を見ながら空回りを続ける



そもそもほんとの戦争体験なんて聞けないだろ。学校で聞いてこいと言われても書けなかったし、あとで文章にしたの読んだら地獄でドン引きだった。機銃掃射とかピンポイントで聞けないわ。ほんと、大学の先生と理系研究者にはドン引きさせる名人が多い。ツイッターでも内海桂子師匠が3月10日の地獄絵図を連投してたよね(子供を抱えて隅田川へ逃げようとしたがダンビラさげた男にここはだめだと言われた…話は母が疑問をもって。まだ正式な子供はいなかったはず、という記憶の綾あり)。ドクター中松氏は立場が違うので別。


記憶が全部正しくなければならない、なんて言ってたら馬鹿にされるぞ。検証し事実を突き止めるのは聞き手の役割、聞き手を通した研究者の役割。そういう分野をバカにする連中はやっぱり最初から聞く資格がない。発言する能力に欠けています。

2/26

東京湾に侵入する米軍の戦闘機を迎え撃つ木更津航空隊の空中戦なんて、地上から応援したみたいな話を聞くにつけこちらこそいたたまれなくなったし、撃ち落とされた機体が網にかかった話は(どっちの兵士だったか毎回話が違うけれど)火山噴火のキノコ雲のようなものが下町から天に貼り付いてた日と後略

東京湾防衛は江戸時代から徹底的になされて黒船さえお台場築造まで足止めされたのに、そこに踏み込まれる経験は前代未聞だったろう。

戦後、全部の思い出ひっくるめて工場用地として埋め立てられ、海辺の生活、たまに汽車の走るのどかな景色、全て消えてしまったことを今も悲しんでいる。防空壕で空襲を知らない学友が悲鳴を上げるのが可笑しかった、というが、その防空壕につき地獄の経験もしたと聞いた。

いつのまにかB29と言うと訂正されるようになったり、正確性はその時だけでなくその後の人生の中で担保されたりする。とにかくミリタリーに詳しくても人間に詳しくなさ過ぎる。

零戦じゃなくて隼とかなんとか言ってたが、出撃する戦闘機に声援を送ると羽根を振って答えてくれたという話もあった。(忘れてしまったが何か特別な機会だったと思う)戦争末期の兵隊は生活に近い。

戦争体験は戦後口をつぐんで一切喋らない(忙しくてそれどこじゃないことも)のは普通だけれど、忌避していたのが高齢になると逆になったりして、高齢じゃなくても水木先生のように恐らくジャンルとして好むこともあったり、女性なのにミリタリーや残酷物に興味が強くなり、それもPTSDの一種なのか。


兵隊至上主義にすぎなくて、ミリオタと大して違わない認識なのよね

いざ戦争と言うときは兵隊もすぐ身近なとこまで招集されて、そこまでいくと軍隊という組織は身分差別的な酷い格差構造を崩せないから、戦後も末端の兵隊はたとえ前線で死地をくぐり抜けた英雄としても、帰国後社会に受け容れられない。本土決戦を準備した兵隊たちは出兵しなかったと差別される。

よくある話では特攻くずれの白マフラーは悪所の用心棒に雇われたり、ついこないだまでいたと思うが戦闘機に乗ってたなら免許もらえたのでそれで車を手に入れて運送したり、ほとんど誰の手助けもなく社会に挑む。アメリカだってランボーが出てくるのが帰還兵よ。

まあ、戦争体験(をきちんとまとめたもの)を読む気もないし、ミリオタ向け娯楽作品しか知らないし、聞く機会すらない世代の言うことはそうなるかなという、教育は何を残し何を削ぎ落とすかで失敗してるんだな。ついでに団塊以下は戦争世代を敵視ないし無視、即ち親世代も無知の可能性は高い。


gooメール消えました。純国産をうたう()gooは20世紀末からここまで持ちこたえたのね。


懐かしく、おみまいの道すがら寄っていたおにぎり屋に久しぶり。賑わってるねえ。ゆっくりする。 pic.x.com/5sk6dsdbCi

おいしい


判明湊川神社(明治前期)でしたGoogleがピンポイントで当ててきた(内田球一撮影) pic.x.com/UGcgX8Dsm2

まだわかってない(船山車に笛吹き子供と艦長水兵、うしろに騎馬武者ふたつ)日露戦争後だとおもうが pic.x.com/qAKkpipnlM


あ、2・26事件か。祖父が早朝呼び出されそのまま家に帰って来なかった以外の話はうちにはない。


BSの読書番組を食い入るように見てるので鎮痛剤渡しがてらチラ見したら戦時下の小説だそうだ。設定からして他人事ではないだろう、なんとも感傷的な記憶に昇華されている部分含め、脇からは何も言わんでおいた。


2/27

運よく生きてるだけで若いお前も実は死に損ないかもしれないんだぜ(月日)


ふぅ。 pic.x.com/GgiMO0Mdst

夢のような銀ブラの話と、終戦後ジャムを口にして「ジャムってこんな味だった…」と思い出したという話のコントラストを忘れないうちに記録。 pic.x.com/NoNYvylDFs

日本強襲のガンカメラ映像の中にロランの側を飛び抜けるのがあったよね。ロラン細すぎて倒せなかったのか。


テレフォノビアだから職業選べばよかった。しかし詐欺だらけの社会だとみんなテレフォノビアになるんちゃうか。


迷惑かけられかつ罵倒され、それでもやるんだよ


父の友達が226事件がどうたら(ちゃんと聞いてなかった)


ご機嫌取りの効果は馬鹿にしたもんじゃない。ケーキとかワインとか。


「脳梗塞」なるワードはトラウマを引き起こすのでタイムラインにそこまで長さんでくれ頼む

2/28土

そういや機銃掃射でボロボロな姿を近年まで見せていた梅若塚の建物とか、近所にいた人は見てたんじゃないの。ほぼ地面近くだよ。これら物証も必ず誰か調べ上げているはず。そもそも今の人は(史料批判は別として)早乙女勝元とか読まされて育ってないわけ?横網町祈りに行かないわけ? pic.x.com/pSeF2U9yn6

梅若塚の屋、補修ができてこのくらいの穴しかのこってない。機銃掃射跡なの?と言われそう pic.x.com/XEajrzh0as

旧正金銀行本館(横浜歴博)は弾痕が上の方なので、機銃掃射跡といっても建物を狙ってきた例。建物と鉄道(駅)は弾痕残りがち。 pic.x.com/iVZfv6d8ZO

2年ぶりに見た pic.x.com/Y83gCEJ8iI

散歩をした。なぜか投稿できてなかった。 pic.x.com/0ZZaEuM5Ex

崇福寺竜宮門の天井画、戦前にもう退色していたようだし、お寺にももっと古い写真はのこってないようで、かなりの難問だと、、、大学と地域図書館の出番(国会図書館で探すのは難しい) pic.x.com/M0tHHsXVwC

構図は正面向きの龍で、いわゆる皇帝の五爪の龍(この絵は五爪じゃないかも)嘉永年間の改築となれば絵もその頃とみていいんだろうか。違う可能性があるような(遠い記憶)tnm.jp/modules/rblog/…

これは雇った唐人による装飾の一部としての絵なのかな…嘉永2年の三門は2階梁に棟札にあたる書付があり、棟梁に大串五郎平とあるものの、この名は天明期三国折衷の唐舟を作ったとして有名。名跡かもしれん。発願主の一人が鄭幹雄で、通事として活躍し顕彰碑が上の門に建てられたというが見覚えがない pic.x.com/HJRAKb1UnH

3/1日

築造に携わった人がモデルとした中国の福建省にこれの似た絵や門がある寺を求める。

福州五大禅寺の三門(ある場合)は明代以降というのは承前として赤塗りであっても竜宮門のようなカーブを有しないか遥かに複雑で似ない。日本で類例はあまたあるものの、赤塗りは新しいものしかないと思われる。しかも小門なのに五爪龍描きの鏡板まで貼って周囲を鯱の浮き彫りで装う、、わかんない。

大正以前の退色してない古写真があるか。真上を撮影した人って知らないので、あるとしたら絵を下ろしたとき、即ち解体修理とかだと思うと、土産写真になりにくい大きさかな。。記録写真は早くて明治晩期からだろう。什宝記録には特記なさげ(古い本)すぐそばにいた上野彦馬か、その系譜か。長崎でなければ横浜写真の開港資料館とか。外国…

媽祖廟の何らかの形を写したのかもと思ったが文革でかなり破壊されたせいかそれもない。棟札に中国の何処か(今は知らないけど昔は柱が刺さってて見えないのでわからないとされていた)の寺を観て写した建物と記載されており、江戸時代の制約から形式上媽祖を打ち出したものにはしてない可能性大か。京都と宮古島 (後者は竜宮展望台)pic.x.com/8sHkCnynkj

むしろ琉球に残ってるのではないかと思ったが、石垣島の唐人墓が墓誌の刻まれた石が散在して野ざらしだった(博物館に実物あり、現地には福州人が立派な廟を設置)ことを思うと本島しかありえず、どのくらいのこってるか…うーん… pic.x.com/R6DTjRfclA

のど自慢チャンピオン大会が意外と面白くて、つい評論口調を楽しんでしまう(これをつぶやくのはいけない)母は歌のある家庭に育った(父は音楽のない家庭に育った)のでこういうのが好きで、父の歌声は全く聴いたことないと言いながら「野ばら」を歌い出したが、初めて聴いたぞドイツ語版…いつも違う


純粋であることが蔑まされる世の中では二度とあってはならない。素朴であることは必要をもって適切に接する必要はあろう。


北鎌倉に海蔵寺というお寺があるが、同名の寺が都区内に3軒、現宗派が全部違う。黄檗宗は青山海蔵寺、竜宮門があるが、こちらに首塚と富士入定塚があったらしい。前者は1799年の無縁六百頭供養塚、これは品川の時宗海蔵寺の有名な首塚と時期がずれている。後者身禄行者供養塔は文京区海蔵寺のものか? pic.x.com/LZSLEoNrzi

顔のそばにでかいメジロが来てまったく気にすることなく花をむさぼっていった。ヒヨドリかと思ってたがメジロ、おまえもか。春。

摂氏18度は平和のライン。私生活は久しぶりに穏やかである。


狭い墓地の萬霊塔にひっそりと折れた立て札「命を常に大事に」このようなレトロ pic.x.com/aNo1WACDIC

快楽主義者は悔い改めるべきよね(自戒も含む)何でもかんでも自分が楽しければ良しとすべきだという考え方は80年代バブルで終わってるべきだったよ。もしくはそのあとのサブカル時代で。


戒めや訓示のようなことばかり書いてるアカウントは何もできていない自分への不満爆発中なんだな


日本は特に、ある人が力を持っちゃうと何かあったら手下が迅速に守ろうとする。何もかにも構図は同じでやったことの性質が違うだけ。力のない人はその逆で一切守られない。それが日本だ。


軽はずみで行ってはいけない神社仏閣(膝篇)鞍馬寺・貴船神社 階段きつい神護寺 階段きつい大神神社奥津磐座(奈良) 山きつい愛宕神社(京都) めっちゃきつい雄山神社峰本社 マッターホルン pic.x.com/RV6yyCnEAT


by r_o_k | 2026-03-02 11:29 | 純粋日記 | Comments(0)
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