◆2026/1/15-16京都・高槻行ってないとこ埋めと藤原鎌足の旅
2026年 01月 23日

新幹線沿線の見ものをJRは掲示してほしい。川は位置が頭のなかで明確になって面白い。ずいぶん看板が増えて、佐和山城って書いてあってびっくりして、安土城って書いてあってびっくりした。どちらも手遅れ写真である。安土山ちっこいな。復元された石積みの迫力なんだな。 pic.x.com/GMRZUOjaSt

国際会館地下鉄でも遠い pic.x.com/NMVzXWhNZv

門跡寺院の証、菊の御紋がある三千院。左義長のあとのふるまいで餅ぜんざいをいただき護符の竹をいただく。こう言っちゃ何だがお庭の景色は雪の日の比ではなかった。中は全部撮影禁止なのは昔と同じ。杉苔の美しさはこの季節向きではないかも。。京都は苔の庭の寺多い。 pic.x.com/RYiGh3icSR

地蔵のうしろが、ふくらんでたり、ねこをかわいがってたり、都七福神でこの弁財天見たことないし(京乃七福神という6時間かかる京都市内めぐりらしい)、季節が中途半端で色合いがイマイチな三千院。三千院不動香と三千院香は別で売っており現在とてもややこしいので、素直に出口近くの売店で六箱買った。 pic.x.com/Yi8PgaGyqw

30年(20年とうそついてた)近くの時間は大原をわりと変えていた。もっと漬物をプッシュしていた。景色の古木が痛々しい補修を受けていた。でも前は雪で入れなかった勝林院は入ったし、まだ補修してるけどNHKが言ってた頃に比べては少しずつ。春日局の名前発見。 pic.x.com/QLf97BdZYZ

法然上人関連は前来た時も一応撮影したが、腰掛け石など。お寺は中は撮影禁止だが、思ったよりも大きくはなく四角形の禅宗建築みたいな、建長寺とか泉涌寺の小型版のようにおもえたが、関西山間の古寺で感じるそのままの雰囲気がある。今の京都では珍しい。庭の寺ひとつ再訪したらこの状態。雪もない… pic.x.com/So7NG3xLLP
京都市街へ戻ります pic.x.com/90FwXfcbK9

かまわない pic.x.com/EShpvCyCG8

金閣寺は広々しくて良いですね。3回目のはずなのに一枚も撮影してないので(焼けてるから…)インバウンドさんに紛れてやたら撮った。金閣自体は景色の中のぽつねんとした違和感。焼ける前のぼろけた姿や改造された明治の姿を思うと、まあ、これでよいか。 pic.x.com/LmemjDEnrw

金閣寺の拝観券が御札になったのはゴミ問題だと思われるが、ゴミにしたくないのにどこかにいってしまった。。旅慣れず走ってばかりいるから。カバンもよれてるし。 pic.x.com/BOVv0jlNCk

広い。だらだらしている。 pic.x.com/TotuaU37Me

親指で書いてるんだぞわら pic.x.com/R0ZAC3NuxF


二日目、NAVITIMEがさっそく誤っていたのを宿の人が訂正して初めて梅小路駅へ。高槻から高槻市立博物館に行くも、開館時間が遅く今城塚古墳に行ったら異様に大きくてびっくりする。作り出しなどあるがもっと整備されてもいいかも。ここから京大気象観測圓地へ、生駒の見晴らしを横目に阿武山古墳登頂。 pic.x.com/3HY6LlwA8m
藤原鎌足民は山道登ってでも京大施設内の阿武山古墳に行ってみたらよいよ。出た棺を仮安置した観測施設も戦前建築。高槻市立今城塚古代歴史館「阿武山古墳調査写真集〜昭和9年の記憶」が当時の写真を版違いまで集成して非常に見応えあり。書籍は「蘇った古代の木乃伊」。あくまで資料として。 pic.x.com/vW1a2GAONr

津之江までほぼ歩く。平坦でチャリなら簡単だろう。ここはせっかくならと追加した「アジャリの森」心霊スポットとされたこともあるが、途絶した歴史を持つ古い信仰地らしい。結果としてお稲荷さんの森になっている。社殿の裏のみをそう呼ぶようで、そこに石塔群があり、中央の大石の裏が凹んでいる。 pic.x.com/KYRqEYQ579

サンスター前までレンガのトンネル潜ってバス、電車を乗り継いで(このバス時間もNAVITIMEでたらめ)京都へ戻り、タクシー空いてるので泉涌寺まで乗る。写真は既掲。泉涌寺はこの泉から命名されたと。2階なくむき出しの本堂天井の構造は必見。小さく見える狩野探幽の龍は六畳あると!探幽は巨大。 pic.x.com/e1W8Ig7BCO

泉涌寺は燃えてるものの、本堂の土台は前のものが残ったそうで、こういう欠けや傷は応仁の乱の戦火に巻き込まれたときのものではないかという推測があるそうでした。この参道が坂を下るきわめて珍しい堂宇配置、幕末明治から写真に撮られていて、持ってるものにもあるので、今回目で確かめたかった。 pic.x.com/awjChYgxTf

建長寺の仏殿・法塔の並びが泉涌寺の仏殿・舎利殿の並びに似てるな建造時期によるのかなと思ったが移築やリフォームの影響でこう比べてみると単に並んでるだけな気がしてきた。 pic.x.com/fiDy1CtY5S

先祖は敬うものです。三島古墳群まわりを概観してきましたが今城塚古墳の平坦で巨大で九州の大王クラスを彷彿とさせるピンク石棺となると継体天皇説が濃厚になっても宮内庁管理になるには遅かった?泉涌寺のそばに宮内庁の機関あるのね。 pic.x.com/77Y6BSJAzH

泉涌寺山内にご近所さんみたいに来迎院などお寺が散在する。あまりにひっそりしていてしまってるところすらある。大石内蔵助ゆかりの茶室は新しく見える。今熊野は舞台のほうが目立つが本堂も綺麗(今熊野と新熊野がまぎらわしすぎる…)。このあと京博へ行って終わりました。 pic.x.com/WRxWbnbCTL

解体された石鳥居の冠木が残置されてる例って意外とないと思った。最初のは半分だけだが、有名な長崎の山王神社被爆鳥居、かたわれを上に置いてある。これは解体ではないが桜島の明治大正噴火で埋まった鳥居の冠木部分。そして不思議な転用だなと思ったのが東山の荒神さん脇にある、宝船を模したもの pic.x.com/xJfsdM1397

京都国立博物館のマスコットが立体化したものを仲間に入れた。 手を延ばせばどこにも猫がいる部屋になってしまった。最近はやめてたのに。pic.x.com/URbQ0SWGV0

京都国立博物館では正月に午年にちなんだ馬の特別展をやっている(料金は通常)。唐三彩の大物が目を引くが、この名品120選「京へのいざない」に載っているものだと思うが、ピンクの馬に白斑とあった。カタログに連銭葦毛とあり、興奮がたかまっている白馬の栄養斑と解釈したけどあってるのかな。 pic.x.com/BN6jCENdcO

もうな、混みすぎです予定も混みすぎですバスを間違えて3キロ歩きました(分厚い資料何冊も背負ったらカバンが壊れた)すごい盃状穴、この八面仏石幢(室町)は道標に使われてたんかあと藤原鎌足は山の頂上にいた。しんどい。 pic.x.com/nuLd9hJvHm

もう遠出はたくさんだ。サヨナラ観光京都。今度は若狭だ。(高槻は観光地じゃないけどものすごく歩いたのでとうぶんいい。アジャリの森の石塔群は昭和十年代に個人のまつる個人的な神を60刻んだ模様。遺跡は小学校の敷地で場所がちがう) pic.x.com/DIjyLjmeGj

この二日間で「予定外だったけど強く残った場所」は、どこでしたか?













