揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

2025/12/18-30写真に本で一言8、師走墓参、年末の初詣、東京石版画、言うな地蔵は福井、大倉集古館「神仏展」蜘蛛の糸の謎

2025/12/18-30写真に本で一言8、師走墓参、年末の初詣、東京石版画、言うな地蔵は福井、大倉集古館「神仏展」蜘蛛の糸の謎_b0116271_15160286.jpg
12/18

記者は岡林君を訪問したる機会に偶然にも明治七年一月武市熊吉等と共に紛々たる雪を蹴って岩倉右府を喰違に要撃し、不幸事破れて断頭機上の露と消えたる当年の志士岩村正彦の遺書を見る事を得たのである。これは君の母堂が岩村の従妹で、而して君の令嬢は岩村家の後(「東京に於ける土佐人」尾崎卓爾他 pic.x.com/NoROFzUoLr

大正六年の本なのにまだ。岩倉を襲った烈士は薩長閥下冷遇された土佐者、新政府では叩き上げでのし上がるしかない。その身で公家を襲うと末代まで「祟られる」。官吏としてはトップを外される。岩田正彦は正しく名前を言えない。合葬墓は同書岡林猛らにより建てられたが、この古墓は「正寅」…石屋が安く上げるためいいかげんにほったのを浅草に持ってきたんだろう、と言われてますがややこしいのは江戸から明治前期はほんとにいいかげんなこともありうる(記者の精度含め)。しかし手稿以外全部違うのって。

断頭台なんて使われていない(古来の様式にのっとり土壇場の露)

私にとってはUMA、EMA、EMも動物学の一部である。民話や伝承や奇聞の研究と変わりはない。それぞれに関心の方向が違うだけである。UMA動物学はひどく後ろ(過去)向きで、同時に前(現在、未来)にも向いている研究であった。過去から資料を探し、発見は現在、正体追究はさて(「UMAEMA読本」實吉達郎 pic.x.com/xQbhJU2sjo

唐の壁画古墳(略)奥の奥に墓室がありますが(略)男は入口の近くにしかいなくて、絶対に奥にはいない。奥は女官と宦官だけです。たから、宮廷と一緒なんです(略)高松塚の壁画には、男も女も並んで描いてある。こういう見方を誰もしないのは、宦官に関心がない(「騎馬民族の謎」佐原眞他) pic.x.com/3tvIuXikRO

騎馬民族征服王朝説華やかなりし頃の残滓のみえる1990年代初期の本ですよ。シンポジウムの記録なので江上波夫氏の独特な位置がわかるとともに、港川人の発掘から形質人類学というか顔相学的な話とか、現在とは比べ物にならないモンゴルへの素朴な理解、果てはインディジョーンズなど懐かしい空気。

宦官という概念は新鮮というか、女性も関心は高かったよね。


まず、名前からしてモノスゴイ!地上にあいた穴から小石を投げ落とすと、トンカラリンと音がひびいた。それで、誰いうとなくこの奇怪な名ができあがったのたそうだが、地元にはこの地下トンネルに関する伝説や記録のたぐいが一切ない。ということは、超古代からそこに(「怪奇の国ニッポン」荒俣宏) pic.x.com/IrPkJbPHyZ

最初と最後の四角い石組みが通行を前提としてないかのように狭くて堅牢できつい。真ん中だけ壮大な地下回廊式になっていたり(燭台跡のようなものがあった)階段があるなど用途は一貫しないかもしれないが、家畜小屋の真下で鶏の死骸にまみれながら、これは水道施設で江戸以降だろう、と思った。ちなみに「トンカラリンは小石の落下音」といってその投げ落とす穴の写真も掲載されているが、これは沖縄本島南部港川人発見洞窟近くに整備された、ガンカラーの谷を彷彿とさせる命名で、天井の落ちた鍾乳洞に上道から石を落とすとガンガラーと音が響いた。このころの荒俣本は談話をチームメンバーがまとめたような調子で、軽い。

皆様は、よく限りがないことを、ほうづがない、ほうづがないと仰言いますが、実際そのほうづと云うものを御覧になった方は御座いますまい。これが即ちほうづです。頭も尾もない動物、何処で始って何処で終って居るか分らない(略)私の見る處では、牛の小腸に空気を吹き込んだ(「少年85」丘浅次郎) pic.x.com/v5RfFpej6m

見世物の実際の臭気を思うと文字で味わいたいもの。牛モツに部位ごとに名前を与え、浅間山磐梯山爆発後の発掘で発見された何々と別々に言い付けていた。白くて綿のようなものがゆらゆらしている妖怪が幕末巻物にあるが、そのような知識の下地が想像を容易にしていると思う。ゴロを合わせるところは「いくじ」を引いたんだろう。

「毛唐がやられた!」と叫ぶ、向うを見れば一台の馬車が横様に倒れて居る、何となく大久保公の馬車である様な感じ(略)果して公である。馭者は斬殺され馬は前足を斬られ、車は傾いて居る、飛び降りて車中を覗へば、公は咽喉を刺されて鮮血淋満、気息は絶えて居られた(「鳴鶴先生叢話」日下部鳴鶴) pic.x.com/7sdGFMJdqk

近代書道の父も若い頃は彦根藩士。江戸屋敷で藩主を送り出し煙草を吸っていたところ、急報で押っ取り刀。場所は桜田門外、斃れた井伊直弼は既に運ばれた後。彦根藩衰徴のち維新後、大久保利通に大いに世話になったところでの二度目の別離。文化は政治の傍の古い時代に、辞して書道に専念した…と。 pic.x.com/mpZ59wF0fF

古今の本、信頼できる人の置き土産、手を握り合うことは最上の親愛の表現シンプルなことしかできなくなっても、これだけは覚えておく

国鉄最後の日、払い下げの鉄道備品を群衆心理のノリでいくつも買ってしまった。こないだ捨てた。なんだあれは。

目見て握手しろよ、それがソーシャルネットワークだ

12/19

ネコ苦手マヌルネコねよう pic.x.com/mBwhKK4dEk

一号館が黒人専用になり、二号館は白人用(略)「怖かったわね。お化け屋敷」と今でも芸者衆は言います。「くる人、くる人、身体の大きい外人さんでしょう。周りはすすきの原だし、すすきの中に黒人の人がかたまって立ってると、なんだか景色がくろぐろ(「吉原はこんな所でございました」福田利子) pic.x.com/KhuVyHgacE

空襲で丸焼け、士気高揚のためむりやり仮宅再開したら終戦、GHQ用娼館として(戦後的な建前も有しつつ)整えたら人気すぎて問題とくに性病が蔓延し1年で閉鎖、以後赤線となったものの、それも廃止の夜は閑散と、ただ灯火を消して暖簾を下ろしただけとか。

霊界通信…こんなかんじなのか…時差がわかりづらい(偶然の地震)

12/20土



デンジとレゼの聖地巡礼とか。そなえられた花の意味がわからん。心スポみたいじゃないか!チェンソーマンだからそんくらい穢か


地獄のような気分昔あったような宝箱系古本屋で狂った


大日本名勝(石版画)砂目だがちよっと色を付けて木版新版画ぽさもかんじられる、ものの明治中期以降ゆえ景色はわりと新しい。芝丸山古墳から、お台場が見える品川湾の遠景、芝橋(東海道)と鉄橋をのぞむ。金杉橋あたりではまだ海岸線路。高輪海岸、有名な構図だが海中線路ではもはやないのか。 pic.x.com/V8pfD6ISzF

復刻版だけど安治/清親が揃った pic.x.com/ZWyNt3UtpX

凌雲閣(十二階)がなぜかひょうたん池の瓢箪を強調するような構図。浅草田甫(吉原田圃)と酉の市(鷲神社)時期的にだいぶ田圃はなくなり十二階からの写真では1枚だけ、田圃越しの吉原が俯瞰されるものがある吉原はどの絵もおんなじ。大日本名勝之内東京 より pic.x.com/l3tVxrKnIl

興味深いシリーズで九段下も実見したかった。上野公園の上野大仏と精養軒はかなりありがちな構図だが、東博がむりやり嵌め込まれているのが珍しい。洲崎パラダイスの元のとこは実際近くに行ってみるとこんな奇矯な風景なのね。隅田川花火は眼福。 pic.x.com/xmX4yF56JT

圓朝が怪談会にちなんで百枚幽霊画を集めようとした話、存命中は五十枚程度にとどまったのだそうだが(幸運にも多くは谷中に預けられ震災無事)、しらべればそもそもの怪談会の演目くらいはわかりそうだな。

12/21日

室町末期?小倉百人一首64権中納言定頼(藤原公任)朝ほらけうち(宇治)乃川きり堂(た)えたえにあらはれわたるせせのあしろ木65相模うらみわひほさぬ袖たにある物越(ものを)こひにくちなんなこそをしけれ66大僧正行尊も路(ろ)ともにあはれとおもへ山さくら花よりほかにし類(る)人もなし pic.x.com/zcpgTM6Fko

大正三年「少女」博覧会号巻頭「少女漫画」より吉田秋光 pic.x.com/YZnLktrB47

粟国島がクジラの形をしてると聞いてクジラは粟国島の形をしてるんだなと思った

一コマ漫画の流れなんだろうけど、そこはかとなくサザエさん系に見えてしまう時系列の逆(大正三年) pic.x.com/08EL1bF1YT

暁斎も絵本も恐らく東京の化地蔵としてかいているが、どう調べても福井に起源がある。江戸時代のものが現存する。民話・言うな地蔵minamiechizen.com/spot/19021/地蔵に強盗が口止めしたが、お前こそ言うなと言い返される。長の後に自分が喋る系怪談。仇討ち因果話。絵本は明治の浅草の話に焼き直している pic.x.com/C2HhrELxtO

12/22

萬代つねしは夢二の弟子 pic.x.com/MYJTA5I5j1

広告が本文挿絵画家によるものという大正ロマンリボンラズベリー良すぎる三ツ矢サイダーの子は流行りの大リボン絵的にはクラブ白粉 pic.x.com/Te5oCtFicM

夜景が良い(復刻版安治)火事は好かないが試しに。神田神社は全く同じ構図を縦で描いたりしてる。初詣(に相当する大晦日〜日の出の参詣)の名所でした。 pic.x.com/v4kRnVCKws

正解? pic.x.com/TzRjWfrfnL


天燈鬼(大正三年) pic.x.com/ZHqVMsXvIH

石版口絵を本から切り取って鑑賞するの、他にも古本から絵を切り取って販売するの同様に大嫌いだが、当時からそういう趣味者がいたために口絵しかのこってないものもある。 pic.x.com/lx7nhsysK3

辛い人の苦労話もさることながら楽な人の苦労話ほど鼓膜が潰れるものはない

復刻版だと長版でもカビ少し生えただけで1枚よりやすい。上野競馬場などこのマイクロサイズで見れるのよくないですか。安治の真間の手児奈(弘法寺)は意外だった。東京ではない。 pic.x.com/q0D0YGSELy

雑誌「少女」夢二の次世代無名作家がわんさか挿絵 pic.x.com/r2RF7KSz1O

誰が言うたか忠臣蔵はもうすぐ pic.x.com/8I5WFFN7pd

夢二装丁らしくないなー pic.x.com/lJOt4z9edV

砂目 pic.x.com/IpYYQebeOG

眠り猫が目覚めた時 pic.x.com/BqMzBuOCC2

昨晩、夢遊状態で人を恐怖させてしまったのですが、今日はだいぶ重圧が減り、勢いで1泊旅行を決めた。旅行、思ったより安い。インバウンドいるの? pic.x.com/aHdnHRrtV2

12/23

江戸末期の家庭に、今の雑誌屋から新刊書の届くのを待ち兼ねる気持と全く同じく、結綿に結った娘が黄八丈の膝の上に、版の匂いの高い新版を繰り拡げる。幼い私に絵ときをしてくれた大伯母にも、昔はそうした悦びを持っていたことであろう。(「明治の東京」鏑木清方) pic.x.com/rI8hutuyUL

地面を這っていた。蛇のように見えたが、近づいてよく見ると、墨を繋げたようなものであった。ゆっくりと動いて渋谷川にすべり下り、しばらく水面に浮かんでいた。近くの橋の上にオカッパ頭の少女がいて、じっとこちらを見つめていた。「あれは何かのサインでしょう(「日本の幽霊事件」小池壮彦) pic.x.com/4JvtrKaE8E

自由が丘でフツーの沖縄そば食べるの初めてだ。コーレグースもちゃんと辛い。 pic.x.com/FH2bUAzm0B

一週間後、老人はようやく山中の崖のそばで見つかった(略)友人に連れられてここまで来て、今までのあいだ、友人がサツマイモをつぶしたものを食べさせてくれた(略)村人たちは、それが人間の知り合いに化けるという妖怪「カチニス」の仕業だと気がついた(「台湾の妖怪図鑑」何敬堯) pic.x.com/2a94MUhOz8

ぎょぷのき pic.x.com/gzM4B9oGwk

12/24

利口そうで馬鹿なのは確かだ。だが、何とかしてしあわせになりたかった青春の姿が、いささかの腐臭とともに匂い立ってくる。戦後の自由とは、大日本帝国の瓦解によって生じた巨大な虚無のただなかに出現した、輝かしい白昼夢だった。(「幻影の明治」渡辺京二) pic.x.com/D1E1AM1OAp

山田風太郎とは縁がない、そういう人も同時代にも多かったろうね

彰義隊哀話は杉浦ヒナコ氏から刷り込まれたものがある。足で、年で稼いだ知見も多少はある。しかしきちんと碩学には敵わないです。鳥居耀蔵が慶喜に謝絶される場面、土方家を訪れる元御庭番の話。上野戦争の町民坊主迷惑話はよく読むが、隊士目線結構多いのね。絹のスカーフの特攻くずれ、黒澤、安吾。

クリスマス2025 pic.x.com/CSGp7PkoYD

12/25

子供は終業式なのか。こむのやだな。

丸紅ギャラリー行くなら大手町か神保町に行くので、どっちも用事が終わったから西へ向かう

生命の危機を感じて六本木に。泉屋博古館東京は展覧会の狭間、大工事の間隙を縫って大倉集古館。神仏系の展示に弱い。名品より企画性に惹かれる。教養になる。使い先は無い。「神と仏」展、ネットミームになりそうな出品と言えば語弊があるが、最近の潮流を大部分、館蔵品から賄えているのが凄いよね。 pic.x.com/dC9Gu8yXZL

不幸しか頭にない人が往古横溢していたために、幸福という新概念を説こうとしたのかもなあ。うちではまだそういう人がいて、こちらも不幸です。 pic.x.com/ftNTqzDEgC

前田利長を遠くから見ると銀色の福禄寿に見えることから射ることを躊躇わせる効果があった(うそ) pic.x.com/xfG3Qb3nJ3

大倉集古館所蔵のこちらの絵について引っかかっていた(釣りだけに)今回の展覧会図録から漏れており近藤勝信という耳慣れない江戸前期の画家による肉筆画、主題は海外で生まれ芥川龍之介が定着させた「蜘蛛の糸」で、質の良さから説話めいた根拠を伺わせるか、鍾馗と鬼といえば大津絵、若衆もなのよ… pic.x.com/ennoCuNZAg

国会図書館デジタルを安直に検索すると、名古屋市史に西川流の舞踏演目として「蜘蛛乃糸」がある。これは頼光など蜘蛛の出てくる芝居名称を略したもののようだ。山東京山の蜘蛛乃糸巻は時代が蔦重頃なのでそもあたらない。んー。大津絵的な三すくみの戯画みたいなものとするにはちと精緻すぎる。ねぐらから小鬼を若衆が釣り上げて、鍾馗がぶっとばす、あと少しなんよ。残念ながら近所の図書館が潰れたので調べられません。大津絵にとらわれすぎか。この絵師は大津絵の成立期にいたので、江戸後期の多彩な風刺画を念頭には置いてなかったろう。一致するほどの共通の要素があるにちがいない。根本的にこの絵の来歴とかわかれば何のために描かれたかがわかる。まるで芥川龍之介の小説に材を取ったタイムトラベル画のごとく見えてしまう。雷鬼が雲上から落とした太鼓を釣ろうとする大津絵は似て非なる。蜘蛛の糸という名前がなければちょっと合点がいく。異類婚姻譚の、若衆の袖に糸をつけ、のやつである。逆の絵になっている。とか。


ダイアモンドにこんな編曲があったのか。いわゆるフォンテーヌブローのアメリカ音楽院サマースクール初期ブーランジェ門下につらなる方。手元のラヴェル祭プログラムで最晩年にラヴェルがわざわざ?と調べたらその主宰カサドシュとダムロッシュの大戦下での友情から始まっていた。 x.com/ryookabayashi/…

12/26

雨の次は風野分 pic.x.com/vwok70I3dQ

手を痛めているのに車椅子。じっと手を見る

12/27土

静岡に耶蘇教の宣教師が参った。頑固な士族連中は、これは怪しからんことである、恐れ多くも、東照宮様の禁制せられた邪教が、我がこの静岡に拡がっては、この上もない不面目である、これは、宜しく斬るべきであると、評議一決して、今井はその斬り委員に撰ばれた。(津田仙吉語「新訂海舟座談」) pic.x.com/YSJQA61Ben

断片の集積で非常に読みにくい本だった。。勝海舟は徳川家康を敬い(後は下がっていくとして)ここにも東照宮が徳川家康とともに秀吉、信長三柱を像として祀っていたのを後二体破却、という話があるが、津田仙吉が関連した話に出した、のち耶蘇教者になる人斬りは今井信郎、一般に竜馬を斬ったとされる

志士だの元勲だのの振る舞いや言動にちょっと引いてきた。勝海舟筆頭に変人過ぎる。時代が違うとわかっていても、これはほんとに自分が理解してるかどうか怪しいほどに、吐気を催す。戦争の時代に突っ走るわけだ。言葉と姿と臭いは直接触れないとわからない。

若ヒヨドリの群れが強風に対し波乗りの要領でハネを閉じてとんでた。ふざけんな。飛べ。ごきげんなのは声のトーンでわかる。

長谷川伸蔵書印、多くないすか pic.x.com/4SfIGK0xHe

「はんなりした町」というものいいをしたところ、友人たちのあいだで、ちょっとした論争がおこった。「はんなり」という形容詞は、もちろん人柄についていうことばで、物や町にいうべきことばではない。それはそうなのだが、そもそも「はんなり」ということばがあるのか(多田道太郎他「江戸と上方」) pic.x.com/SU1HD3cApt

初詣を年末に、ということでいつも元旦にしていた新丸子神社めぐりへ。前に売り切れがあったので土鈴を手に入れておこうとしたのだが、京浜稲荷では無事確保したものの、山王神社はそもそも社務所が暗かった。武蔵小杉はネオ地元民による年末のにぎわいで良い。しかし目的の日本酒がみつからず。 pic.x.com/EryXdiJ7t7

沖縄の神社は、その発祥から今日までの約四百年(略)一貫して信仰され、神社という存在が人々の心の拠り所として存続しつづけている最大の要因は、まさに「その発祥当時の拝所的性格が完全に失われていない」(略)「自分たちを守ってくれる存在」であり続けている(「沖縄の神社」加治順人) pic.x.com/s6Yy5NNx9P

従来あった信仰と親和性が高い熊野信仰が最も早く強く根づき、補陀落渡海者の漂着伝道により仏教も含め信仰の強化があり、支配階級が武神の八幡神やいわゆる神道のアマテラスなどを祀り、定着したというようなことを、買って飛行機で読んだことを思い出したが、無茶昔だった。ふつうに日帝が神道体制になっていく過程で神社未満のとこも神社化して鳥居を建ててった、と怒る人と、鳥居はただの鳥居で神社も呼び名だけ、と言う人がいる気がする。明治の嫌な気風は自ら過剰に馴化しようという人を生んだはある。

12/28日

武蔵小山はまだ混むのな寒風快晴

12/29

朝妻舟の讃隆達がやぶれ菅笠。しめ緖のかつらながく傳はりぬ。是から見ればあふみのやあだしあだ波。よせてはかへる浪。朝づま舟の浅ましや。嗚呼またの日は。誰に契りを替はして。色を。まくらはづかし偽りがちなるわがとこの山。よしそれとても世の中(「風流歌曲通人世界」吾妻屋都編) pic.x.com/q1kpvmQeCl

かくわびしれたるものどもの、歩くかとみれば、すなはち倒れ伏しぬ。築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬるもののたぐひ、数も知らず。とり捨つるわざもさ知らねば、くさき香、世界に満ち満ちて、変はりゆくかたち、ありさま、目もあてられぬこと多かり。(「方丈記」鴨長明/浅見和彦校訂訳) pic.x.com/tRKB2scW6m

東京都中央区日本橋室町二ノ一の三井別館工事現場から人骨が発見された(略)身長は四尺前後で三〇才位、額は狭く頭骨はひどく後ろでっかちで、歯はソッ歯(略)日本橋原人とうわさされたが、その後その人骨の行方や結果については詳らかでない(「掘り出された江戸時代増補改訂」河越逸行) pic.x.com/qc44YFTAuQ

日本橋原人の名称は開高健の著作に流用されてもいて当時話題だったのか。同書旧版では頭骨のみ。別の雑誌に二十代前半女性の上半身との記述がある。大頭の小人、猿と身も蓋もない。現在COREDO室町近辺の高層ビル街に取り込まれ8メートル深としても残っていまい。同書には失われた遺物への哀惜も感じる

東京の酒屋から土佐旧来の地酒が消えた。酔鯨以外、知らない名前ばかり。昨年は東急に司牡丹があった。知らない生酒を買った。

12/30


墓参 pic.x.com/MPe0MPEgUi

大國魂神社。柄杓奉納の前におっさんたむろす奇異疲れています。 pic.x.com/fHXjPN7a63

帰りかけのレディオびっしりドングリが敷き詰められた謎の空間の先でオナガとヒヨドリがやたら糞をするもとになる実を枝ごと削除して一日終わる松枯れやばいだろ大部分赤い pic.x.com/0ytl4CZgJo

大國魂神社の大銀杏、年々心配する。門前の並木も結構傷んでるな pic.x.com/pWuliHWI4O


母は戦前戦後の映画全部見てると釘付けで、何時間かしたら世田谷一家事件で怒っていた。まんまとNHK 戦後生徒でなく先生だった世代(代用教員か)

就職した生徒からの手紙だけだいじに取ってあってびっくりした(昔はそう珍しいものではない感覚)


by r_o_k | 2025-12-31 15:41 | 純粋日記 | Comments(0)
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