文学的写真で一言2
2025年 10月 22日
『はぎちゃん』『そう、好い名だねえ。おつ母さんは?』『おきぬさん』『おきぬさんか。…おきぬさんは何をしてるの?』『あのなァ』『うん』『あのなァ』『何してるんだ』『お針してなはるえ』『そう、誰のキモノ縫ってるの、はぎちやんの?』『他家のキモノ』(竹久夢二「夢二画集旅の巻」) pic.x.com/63D1dhfGB1

posted at 01:42:50
神々にも季節がある。夏のあいだは汎神論者になって、自分を自然の一部分だと考えるのもよかろう。しかし秋になると、だれだって自分をただの人間としか考えられなくなる。たとえひたいに十字を切らないでも、わたしたちはみんな徐々に、人間の素地にかえるのだ。(チャペック「園芸家12カ月」) pic.x.com/AI1Xs93TXp
posted at 21:54:47
東の空から放射されているらしい強烈な稲妻のような輝かしい光の爆発が、そいつらをわけようとしていた。光の形をとるものはすさまじいエネルギーを発揮しているらしく、悍しい一瞬、あらゆるものがあらわになった(「ハスターの帰還」ダーレス) pic.x.com/dX8mukGJrP
posted at 22:51:51
いざ寝床へと近づいた時、既に床へ入ってゐた客はごそりと起き、はばかりへゆく、君は寝てゐたまへ。それだけで客はいつまでも戻って来ない。「新橋で一流といはれるほどの芸者のくせにつぎはぎだらけの長襦袢を着てゐるなんて、あれぢや三年の恋もさめて了つた」(平山蘆江「東京おぼえ帳」) pic.x.com/OoO0jYLKN4
posted at 00:09:02
女は彼を見ると間の悪い顔をした。折から子供が泣きだしたのでオムツをかへてやりながら「よく生きてゐたわね」と言つた。彼はこんな変な気持で赤ン坊を眺めたことはない。お前が生きて帰らなくとも人間はかうして生れてくるぜと言つてゐるやうに見える。(坂口安吾「復員」) pic.x.com/0HpK5Ky5FL
posted at 01:33:37
浅草見附は、モー官軍が固めていて、青竹の交叉に、臓腑の百ひろを垂れた、今申す生首がズラリ、通ろうとすると、警護の官軍が、生首を持って、面白半分に「これだぞこれだぞ」と、娘と見て、提灯扱いに示せるんですから、怖くって怖くって、眼も向けられません。(篠田鉱造「女百話」) pic.x.com/IfQRChzuER
posted at 19:02:44
デリアスが「幻想序曲」という副題を与えたこの交響詩をビーチャムの演奏したレコードで聴くつど、ヒースの紫紅色に染められた丘陵の重なり合ったヨークシャーの丘を越えて晩夏特有の白雲がただよう、はるか彼方へ吸い込まれてゆくのを覚えるようになった。(三浦淳史「レコードのある部屋」) pic.x.com/Fq0epFHk6g
posted at 21:00:15
医学生は肌脱ぎで、うつむけに寝て、踏返した夜具の上へ、両足を投懸けて眠って居る。 ト枕を並べ、仰向になり、胸の上に片手を力なく、片手を投出し、足をのばして、口を結んだ顔は、灯の片影になって、一人すやすやと寝て居るのを、……一目見ると、それは自分であった(泉鏡花「星あかり」) pic.x.com/zCXng2P3w6
posted at 22:01:24
「私はこのずっと向うに日本があるといつも思うてきました。ベルナデッタが同じことを考えたろうと、私はそんな気がするんです。」「もう一生、帰国する気はありませんか」「駄目でしょうなア」彼はこちらをむいて寂しく笑った。(遠藤周作「ナザレの海」) pic.x.com/3n5BnqjI0M
posted at 23:43:48
その時だ。櫂を把っている僕の手を美智子さんはしっかり掴んで『あれ、あれ……人魚が……人魚が。』と言う。なんだろうと思って見かえると、なんにも見えない。月は皎々と明るく、海の上は一面に光っている。それでも僕の眼にはなんにも見えないのだ。(岡本綺堂「海亀」) pic.x.com/QlDF6c6GU6
posted at 01:21:00
彼の描いてゐるものは我々の日本ではなく、八雲の創造した中空にある国土である。またそれであつて一向差支ない。さうしてその国土に住んでゐた人は我々日本人ではなく、八雲その人だけである。(佐藤春夫「小泉八雲に就てのノート」) pic.x.com/0DogWjvQYT
posted at 15:06:02
大空の秋風高し何処にか失せにし夢のゆくへたづねむ 障子をいつぱい開けて、寝床の中から空を見てゐると、山の肩の上を白い雲が風のやうにスイスイ流れて、貴女の好きだつたこの歌をつツと思ひ出しました。 お元気ですか。(林芙美子「谷間からの手紙」) pic.x.com/0VWqXV295k
posted at 17:10:23
「こんなことをして、果して自分の身が安全かしら」 それが物狂わしいまで気に懸かかった。でも、その際ゆっくり考えて見る余裕などあろう筈もなく、ある場合には、物を思うことすら、どんなに不可能だかということを痛感しながら、立ったり坐ったりするばかりであった。(江戸川乱歩「お勢登場」) pic.x.com/uVCWpST4lU
posted at 18:29:37
「これは狐の御馳走でさあ」「へえ、狐の?…ぢや、何處かで狐でも飼つてゐると見えますね」「ああ…この先きに養狐所があるがね…」「養狐所?…へえ、其處には何匹ぐらゐ居ます?」「さあ、かれこれ百匹ぐらゐは居るかね…」「そんなに?…でも大丈夫なんですか?」(堀辰雄「馬車を待つ間」) pic.x.com/Q7QspND3FF
posted at 18:54:27
男は明るみを背にしてだんだん闇のなかへはいって行ってしまった。私はそれを一種異様な感動を持って眺めていた。それは、あらわに言ってみれば、「自分もしばらくすればあの男のように闇のなかへ消えてゆくのだ。誰かがここに立って見ていればやはり(梶井基次郎「闇の絵巻」) pic.x.com/I5CDkXTv0u
posted at 19:32:34
ザッと豪雨が降り出した。戸がガタガタ鳴って、時々壁や柱がミシリミシリと震へた。電燈が消えてしまったので、蝋燭を点してあったが、仄暗いその火影に女の顔は蒼褪めて見えた。女は戸が強くガタンガタンと鳴り出すと、怯えたやうに、「如何あん、無えんが、やあたい。」(池宮城積宝「奥間巡査」) pic.x.com/kRh0ravNv5
posted at 21:58:40
友人は、手相を専門に研究していたが、ある日自分の掌に肉親に不幸があるという兇相が現われたのである。駭いて帰郷の支度をしているとき、彼自身が喀血して死んだと云うのである。掌中の兇相は自分自身の身上であったことに気がつかなかった(菊池寛「易と手相」) pic.x.com/sBdoTAd7nI
posted at 22:33:48
「しかし、そんな極端ないじめ方をしちゃ、可哀想だ。」「いいえ、でも、それほどまでに強く書かなくちゃ駄目なんです。彼女は、彼女は、僕の帰還を何年でも待つ、と言って寄こしているのですから。」「悪かった、悪かった。」ほかに言いようの無い気持だった。(太宰治「未帰還の友に」) pic.x.com/YfskYlxQL6
posted at 23:08:34
すると大きい方の兵が、私を見て「ばアアア」とバスの声を出した。一秒の半分ほどして、これは「今晩は」のことだと分った。そこで私も「ばアアア」と応えたのである。とにかく先方から、日本語で挨拶をしたのである。大国民たるもの、好感をもたざるを得なかった。(徳川夢声「こんにゃく随想録」) pic.x.com/oI7KswZKUH
posted at 01:46:19
令嬢の美にうっとりとしていたかれの手が真鍮の棒から離れたと同時に、その大きな体はみごとにとんぼがえりを打って、なんのことはない大きな毬のように、ころころと線路の上に転がり落ちた。危ないと車掌が絶叫したのも遅し早し、上りの電車が運悪く地を撼かしてやってきた(田山花袋「少女病」) pic.x.com/bITGRoJRNM
posted at 12:00:50
午後二時過岡山の駅に安着す。焼跡の町の水道に顔を洗ひ汗を拭ひ、休み休み三門の寓舎にかへる。S君夫婦、今日正午ラヂオの放送、日米戦争突然停止せし由を公表したりと言ふ。あたかも好し、日暮染物屋の婆、雞肉葡萄酒を持来る、休戦の祝宴を張り皆~酔って寝に就きぬ。(永井荷風「断腸亭日乗」) pic.x.com/CYzF5BttKl
posted at 12:22:43
1930年代の末に、屍体が柩から逃げ出すのを信ぜずにはいられないような出来事があった。なにか必要があって、ゴーゴリの墓が掘り返されたのだが、柩のなかにゴーゴリはいなかった。柩の蓋は脇に飛び柩はからっぽだった。偉大な故人は逃げ出していたのである(ヴォルコフ「ショスタコーヴィチの証言」) pic.x.com/uRAf4d8ldd
posted at 13:30:19
万吉、我は京の化け物なりと言う「さらばその方の化け手際を見ん」万吉、葛籠より能の装束を出し鬼になって見せる「さてさて上手かな、女に化けられよ」又、女になる「驚き入りたる上手かな。今よりのちは師匠と頼み申したい。我は榎の下に住むくさびら也」(「諸国百物語」) pic.x.com/btmhmmYUz1
posted at 16:43:41
夢の中で歌を詠んで自分ながら面白いと思つたものが、目が覺めてから考へるとお話にならない駄作であつたりすることは私に屡々あります。けれども、その夢ですらすらと歌の詠めたと云ふ氣持が覺めて後の私を非常に興奮させて、其日はまことに樂に筆が執れたりもします(与謝野晶子「夢の影響」) pic.x.com/XTdVOzXd5B
posted at 17:53:00
ジャンはよく丘の上に長い散歩を試みる。地球に別れを告げてから数箇月間に起きた出来事を、ひととおり考えてみるのだ。地球上では八十年の昔、サリヴァン先生に別れのあいさつをしたあの時に、人類最後の世代がもうみごもられていたとは、露知らぬ自分だった。(クラーク「地球幼年期の終わり」) pic.x.com/WxPxofw3My
posted at 21:33:51
昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんびに油揚をさらわれない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときにいかなる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。(寺田寅彦「からすうりの花と蛾」) pic.x.com/JEgPpAmiMT
posted at 23:31:56
闇は定めしその女達を十重二十重に取り巻いて、襟や、袖口や、裾の合わせ目や、至るところの空隙を填めていたであろう。いや、事に依ると、逆に彼女達の体から、その歯を染めた口の中や黒髪の先から、土蜘蛛の吐く蜘蛛の糸の如く吐き出されていたのかも知れない。(谷崎潤一郎「陰翳礼讃」) pic.x.com/MDqFC5upDR
posted at 01:59:15
今も松虫の声きけばやがてその折おもひ出られて物がなしきに、籠に飼ふ事は更にも思ひ寄らず、おのづからの野辺に鳴弱りゆくなど、唯その人の別れのやうに思はるゝぞかし。(樋口一葉「あきあはせ〜虫の声」) pic.x.com/puPepkqWmG
posted at 11:57:17
道は曲ッてついている、真直にすれば近いものを態と迂曲って人のあるく所が妙じゃないか。そこで僕はなぜねじれているのだろうとおもッたが、不思議なもので皆ねじれてるよ天地のことは。イイカネ、ソコデ今日僕が発明したのは「ねじねじは宇宙の大法なり」という真理サ(幸田露伴「ねじくり博士」) pic.x.com/xUufsqWxev
posted at 16:27:06
自分が内職の金で嫁入衣裳を調のへた娘が間もなく実家へ還つて来たのを何故かと聞くと先方の姑が内職をさせないからとの事ださうだ(斎藤緑雨「ももはがき」) pic.x.com/lN2qJhPtKy
posted at 17:43:40
太虚ひかりてはてしなく身は水素より軽ければまた耕さんすべもなしせめてはかしこ黒と白立ち並びたる積雲を雨と崩して堕ちなんを(宮沢賢治「病中幻想」) pic.x.com/cDXJRZ5eEv
posted at 19:19:41
死ねるものは幸福だと思っていたまっただなかを、グンと押して他の人が通りぬけていってしまったように、自分のすぐそばに死の門が扉をあけてたおりなので、私はなんの躊躇もなく「よく死にましたね」と答えてしまった。(長谷川時雨「松井須磨子」) pic.x.com/72pBY3MAGW
posted at 21:51:07
わが身の春は土にうもれて空しく草木の根をひたせる涙。ああかくてもこの故郷に育ちて父母のめぐみ戀しやと歌ふなり。(萩原朔太郎「秋日行語」) pic.x.com/ULfPTMO5E2
posted at 23:48:34
病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。(正岡子規「病床六尺」) pic.x.com/DpoV2C86YL
posted at 00:23:34
少女の頃に見たあの御所の中のお局にゆくお廊下の長かったこと、いくつもいくつも曲がったり折れたり五~六段の段を下ったり上ったり向こうから来る人が自分が下だとなると廊下に片よって座って平伏してしまって私どもが通ってしまうまで頭も上げません。(柳原白蓮「私の思い出」) pic.x.com/I0Fn2jhXri
posted at 01:05:11
ああ人類の道程は遠いそして其の大道はない自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ歩け、歩けどんなものが出て來ても乘り越して歩けこの光り輝やく風景の中に踏み込んでゆけ僕の前に道はない僕の後ろに道は出來る(高村光太郎「道程」) pic.x.com/ve1EJNCRN1
posted at 15:33:06
よとめるは藍のこと躍れるは雪をちらす大谷の流巖にくたけ石に轟きつゝ溪谷を奔下するさま筆には及ひかたしもみち葉の八重かさなれる谷そこにさやかにみゆるたきつ白浪溪流にかけわたしたる橋のあなたに茶をあきのふ庵ありけるほとりより横道にわけいりて木の根岩かと(伊藤左千夫「紅葉」) pic.x.com/ww43V8z1Ks
posted at 21:59:38
私の可愛いゝケエツブロウよ、お前が去らぬで私もゆかぬお前の心は私の心私も矢張り泣いてゐる、お前と一しよに此処にゐる。ねえケエツブロウやいつその事に死んでおしまひ!その岩の上でお前が死ねば私も死ぬよどうせ死ぬならケエツブロウよかなしお前とあの渦巻へ(伊藤野枝「東の渚」) pic.x.com/QbQxmVb5Fh
posted at 23:55:28
巡査が威張る春風が吹く「絵のやうな」といふ形容語がそのまゝこのあたりの風景を形容する、日本は世界の公園だといふ、平戸は日本の公園である、公園の中を発動船が走る、県道が通る、あらゆるものが風景を成り立たせてゐる。(種田山頭火「行乞記」) pic.x.com/JixM0ecvi0
posted at 13:43:48
荒唐無稽なものでも考へてをれば、だんだんその無稽が事實となつてゆくといふ説があるが、狂氣に近い夢も現實の一部として誰かの頭のなかで生き續けてゐたのであつてみれば、八戸でキリストが死んだといふ説も、重苦しい梅雨の曇天の下では美しいひとつの現實の姿とならぬとも(横光利一「梅雨」) pic.x.com/Pa19Cpsh3Y
posted at 16:29:19
目は遠きに精しく耳は密に聞き、胸中は明鏡のごとく顔色ことに麗わしとあって、ついに生き残ってしまったのである。七世の孫もまた老いたり、かの妻ひとり海仙となりて山水に遊行し諸国を巡歴して若狭にいたり、後に雲に乗りて隠岐の方に去れりとも記し、すなわちこの島焼火山(柳田國男「雪国の春」) pic.x.com/JtvXFDPsYn
posted at 17:11:55
今度の壊滅で、三味線を弾く紳士たちは、あら方戦死したらしい。組踊りを演出することの出来る先輩役者も死に絶えた。辛うじて其部分々々を習ひ覚えた中年の俳優たちも、流離し尽したらしい。国頭の山の緋桜のやうに、寂しいけれど、ぽつかりとのどかに匂うて居た沖縄の音楽(折口信夫「沖縄を憶ふ」) pic.x.com/6YNEd87xnn
posted at 17:52:11
私は其の後度々墓参をした。 凡てのものゝ亡び行く姿、中にも自分の亡び行く姿が鏡に映るやうに此の墓表に映つて見えた。「これから自分を中心として自分の世界が徐々として亡びて行く其の有様を見て行かう。」私はぢつと墓表の前に立つていつもそんな事を考へた。(高浜虚子「落葉降る下にて」) pic.x.com/pCcu7T1RG9
posted at 21:19:08
庭へ出て見ると、寺の内外は非常な雑沓である。堺の市中は勿論、大阪、住吉、河内在等から見物人が入り込んで、いかに制しても立ち去らない。鐘撞堂には寺の僧侶が数人登って、この群集を見ている。八番隊の垣内がそれに目を着けて、つと堂の上に(森鴎外「堺事件」) pic.x.com/AlZcbvKrlU
posted at 23:13:22
「実は、先生がこの前お書きなった電波病というのに罹かりまして、電波が聴えて仕様がない。現に先生の前に坐って居りますが、私の所へ電波が掛って居るのが能く聴えます。さかんに只今やって居ります。そのために私は失業しました。そうして身体は痩せ衰える(海野十三「あの世から便りをする話」) pic.x.com/tVtK58nURI
posted at 16:29:01
純なる童子が節調に、快き眠りぞ襲ひ来りて、魂の蕩け入るけはひなる。あゝ気は澄みたり固なつぼみを秘めし我が胸裡ふるゝ心は温かし。あはれやがて消えなんとする、思ひ出の果、燻銀の微光澱める、遠き岬に夕陽が赤し。(上里春生「サガニー耕地より」) pic.x.com/QPsIJb4ih0
posted at 17:00:11
さうしてこの人気のない野原の中で、わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。(萩原朔太郎「愛憐」) pic.x.com/CD07Ewr04C

posted at 21:09:27
俺はおもちやで遊ぶぞ一生懸命おもちやで遊ぶぞ贅沢なぞとは云ひめさるなよおれ程おまへもおもちやが見えたらおまへもおもちやで遊ぶに決つてゐるのだから文句なぞを云ふなよ(中原中也「玩具の賦」) pic.x.com/QYZKjZLLz4
posted at 22:59:32
「うん…俺が仏像見てる理由のひとつはさ、宗教じゃなくて、たぶんじいさん孝行なんだよね。ほんとはじいさんに見せてやりたいんだよ。でも、死んじゃったからさ。死んじゃったらなんにも見られないんだからさ」みうらじゅん/いとうせいこう「見仏記3」 pic.x.com/pMY4RqMnNS
posted at 00:37:33
秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し。鐘のおとに胸ふたぎ色かへて涙ぐむ過ぎし日のおもひでや。げにわれはうらぶれてこゝかしこさだめなくとび散らふ落葉かな。(ヴェルレーヌ/上田敏「落葉」) pic.x.com/OLOU0fYxsw
posted at 02:05:39
四方のけしきをながむれば松やときわの色そいて咲くや桜に梅の花香るにおいの床しさに袖と袖とに散りうつるかえる心もうしわしてしばし休らい後見りば色も変らぬ山ぶきのエイ袖をひかえておしみある春の景色や面白や(多良間村「多良間島の八月踊り」) pic.x.com/HiqS1cQIKW
posted at 17:10:10
かつて、みそらの榮を忘じたる科によりて、永く負されたる白妙の苦悶より白鳥の頸は脱がれつべし、地、その翼を放たじ。徒にその清き光をこゝに託したる影ばかりの身よ、已むなくて、白眼に世を見下げたる冷き夢の中に住して、益も無き流竄の日に白鳥はたゞ侮蔑の衣を纏ふ。(マラルメ「白鳥」) pic.x.com/9sYrQbOwBg
posted at 17:38:42
やわらかい緑の海のなかを、彼は、手を振りまわしながら夢中で駈けつづけた。 正面の丘のかげから、大きな石が飛び出したような気がしたのはその途中でだった。石はこちらを向き、急速な爆音といっしょに、不意に、なにかを引きはがすような烈しい連続音がきこえた。(山川方夫「夏の葬列」) pic.x.com/nXIu0t2bkG
posted at 18:19:20
しばしば彼は床の上に転がって、私を失うのではないか、あるいはすでに失っているのではないかという恐れから、泣き伏していることがあった。床に伏しているほうが大地に近いのだそうだ(「グスタフ・マーラー」アルマ・マーラー) pic.x.com/5OrHAav5FT
posted at 22:15:04
「なるほど、血の池地獄、針の山などはまだございますか。」「いゝえ、ございませんよ、岩崎弥太郎さんと云ふ方が入らツしやいまして、あの旦那様が針の山を払ひ下さげて、其の山を崩した土で血の池を埋めてしまひ、今では真ツ平で、彼処が公園に(「明治の地獄」三遊亭圓朝) pic.x.com/wXLJnH57p7
posted at 00:29:45
天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした。この夜、京の天は雨気が満ち、星がない。しかし、時代は旋回している。若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押しあけた。(「竜馬がゆく」司馬遼太郎) pic.x.com/fJGrYnovZp
posted at 17:32:47
神のみもとでは、小さいものも大きいものもない。また人生にも小さいものも大きいものもない、ただまっすぐなものと曲がったものとがあるばかりだ。人生のまっすぐな道へはいりなさい。そうすればお前は神と共にあるだろう。(「光あるうちに光の中を歩め」トルストイ) pic.x.com/lsb5L7HYHU
posted at 21:42:21
机の前にどす黒くむじなのやうに坐つて書いてゐると座敷の隅の方にもも一人坐つて書いてゐる私のやうにむじなのやうなやつが机にかがみこんで唇を閉ぢて息をつめるやうにこつこつ彫るやうにかいてゐる(「むじな」室生犀星) pic.x.com/2XPJ4LaxYp
posted at 22:57:08
室へ帰ってから興奮のあとのわびしさが来た。何かの話のついでに、生涯の仕事についてT君と話したが、自分の仕事をいよいよ大っぴらに始めるまで、根を深くおろして行くことにのみ気をくばっているT君の落ちついた心持ちがうらやましかった。(「古寺巡礼」和辻哲郎) pic.x.com/awGjp4CPWC
posted at 23:58:24
黄色い小菊の花が一つ路上に棄てゝある―。否、小雨にぬれた山まゆの繭。 震災の年の秋には雨が多かつたやうに覺えてゐる。衣類を失つた人々が秋が更けても白地の單衣の重ね着の袖を雨にしめらせながら街を歩いてゐた。わびしいあはれな光景であつた。(「秋雨の追憶」岡本かの子) pic.x.com/KcM4ZZgTs7
posted at 22:35:22
茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。「いやな人!何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」亭主は働きのない、蒼い輓い顔をした小男であった。「―俺そんなもの、買って来やしねえ」「うそ!壁まで蓮の花だらけだよ。この人ったら」(「秋の反射」宮本百合子) pic.x.com/HecBaaMGAl
posted at 00:34:04




























































