揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

やっとと思ったら奈落へ逆戻り:閻魔王印、奪衣婆像、将門の首塚(石室)、高田富士の呪い、新城島と離島、お松さま補記2022/6/28-7/3

やっとと思ったら奈落へ逆戻り:閻魔王印、奪衣婆像、将門の首塚(石室)、高田富士の呪い、新城島と離島、お松さま補記2022/6/28-7/3_b0116271_14361571.jpg
6/28

爪長島のケチ族(北斎) pic.twitter.com/JhAzheCUN8

posted at 00:22:20

こういうの暁斎のイメージあるけど思っきし北斎がやってた(夢想兵衛胡蝶之夢くちえ) pic.twitter.com/eKLtpQ5YtF

posted at 00:23:45

というか全編パロディ絵本という草双紙はある

posted at 00:25:34

この顔が河鍋暁斎とは解せない。伊藤晴雨の北斎くらい解せない。 pic.twitter.com/oAyIlDOwDh

posted at 00:51:50

DMなんかやってる状況じゃなかったわ。時系列が繋がってくのは無理。緩んでた。

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posted at 01:02:23

少彦名神社、

本殿までしっかり踏査され、ページも読み応えのある方→blog.goo.ne.jp/walkinghenro/e
絵葉書が原位置とすれば頂上で畳まれているのは休憩小屋、石段にある狛猪は一体しか見えないが祠前、その他にも石段脇に移したものありそう。少彦名命は祠前の円墳に壺に入って埋葬されたそう。

posted at 01:36:01

少彦名神社の本殿(奥宮?)祠の狛犬がなぜイノシシなのか、スクナヒコナにイノシシは不自然で普通は京都の護王神社にみられる和気清麻呂の伝承に基づく造形(そうでないものも近世はあるらしいが)。古事記の少名日子建猪心命という名前に猪が入っているというところだろう。

posted at 13:47:18

黒いほど青空

posted at 07:10:27

やってみたら怖かった huggingface.co/spaces/dalle-m pic.twitter.com/IHwmeuDZ9G

posted at 11:59:44

ついこないだまであった高松城天守あとの神社(天守台を土台から組み直し社は老朽化のため移築解体したらしい) pic.twitter.com/TzFCklEYOI

posted at 12:33:49

高松城天守台(橋右)
神社が写っている
写真費は逆から(左は天守台再建時) pic.twitter.com/KP00OIiyOi

posted at 11:44:12

昨夕、ぬるま湯を掻くように歩いて帰宅するとき、すごくひさしぶりにアル・ジャロウのアルバム聴いたら空気にあってて良かった。

retweeted at 12:51:11

今日はランダムにフランス近代のカルテット。ドビュッシーはペルルミュテールの幻想曲からパガニーニQのリバティ録音(飽きていた)スペンサーダイクSQ(記憶よりきっちりしてた)。ドビュッシー、ラヴェル、ミヨーをカルヴェQのシュツットガルトライヴで。技術以上のとこで頭ひとつ抜けでてる。

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かんぺきに夏 pic.twitter.com/R0OngZLOaL

posted at 12:55:39

天赦園(宇和島)

ここは変化ないはず pic.twitter.com/TNda8d5FIX

posted at 13:29:02

今日も35度越え

posted at 14:20:17

大阪の小野妹子墓と思われる。大正時代に整備されたときだろう樹木もない。道祖墳墓、とあるのは華道の池坊の道祖として祀られているからで、階段と玉垣は現存、鉄門は違う。滋賀にも小野妹子墓といわれる古墳がある。いずれ確固たる史料に基づいてはいないらしい。 pic.twitter.com/cNOMVdw5VT

posted at 15:19:43

頭痛でてきた。ピンチ。缶ジュースで後頭部冷やす pic.twitter.com/GsH9Kshnpi

posted at 16:22:02


posted at 16:58:39

将門の首塚、もうブログ記事延ばすのめんどくさいので随時画像をはいてく。関東大震災で大蔵省は全焼、酒井上屋敷来の庭園も壊滅した。その景色としてあった塚も無くなったが、最後の画像は破壊前後対照図、墓碑とあるのが現在の首塚。元々麓にあった。塚から出た石室は江戸期らしい。神輿写真は古塚? pic.twitter.com/Jd4qd9dPbi

posted at 21:35:36

石室実測図(妙亀塚にかつてあった板碑を収めた宗教的石造やぐらのようなものではないかとか、慶長年間にどうたらとか、遺物は無いのでよくわからない)
日輪寺にかつてあった中世の供養塔(平将門の名)
将門塚(前立の板碑は比較的頻繁に変わってる)
保存碑(塚山の上に建てられた新しいもの) pic.twitter.com/ZuCQ4XMVMD

posted at 21:42:13

将門の首塚は何度か祀られてるわけです。関東大震災後も、たたりをうたい。政務次官がアキレス腱を切ったことを記者と呪いに仕立てたらしい。どんどんこじつけ広まったのは画像見てね。千鳥石は将門首洗い井戸の目印として沈んでいた。築土神社に首桶のみ。 pic.twitter.com/FtDNVMfEG0

posted at 02:36:36

どこかで見たと思ったら北斎漫画だった。7編、秋田の蕗。でも、名産の大フキの活用方法としてたまたま絵柄的に重なっただけっぽい。 pic.twitter.com/k45CQcAqh2

posted at 22:38:35

江戸の流行神、番場の夫婦石について追加画像だけ。大正時代の本より。石屋が夫婦像を依頼されて作ったが、客がなくなってしまい不良債権化。一計を案じて良縁祈願として店先に祀ったらしい。主は変わり場所も移り関東大震災で瓦礫に消えた。小絵馬は祈願のもの、絵は北斎漫画とあるが該当が見つからん pic.twitter.com/AbbnfTHsYT

posted at 23:06:16

おわり pic.twitter.com/5zxffhSZu9

posted at 01:24:48


posted at 01:46:57

レトロ海遊び pic.twitter.com/li5zTCG8Au

posted at 12:55:45

昼過ぎから気が晴れてきた。空は完全に真夏の刺々しい日差しに溢れている。音楽を少し聴く。SP。RVWブリードゥンの丘。ウィルソン四重奏団他。陽炎のよう。シュミットのロンド・ブルレスク、父プーレ。花火をより精巧にした感じで良い。ケクラン編曲のフランス民謡、戦時下録音。明るく音もいい。夏。

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めまい

posted at 15:30:25


posted at 16:07:14

手長足長だいすき河鍋暁斎(服部応賀「浮世雑誌」挿画)

外国人を揶揄して手長足長とするのは、席画として描いた手長足長戯画が外国人と日本政府の関係を揶揄したとして即捕縛された(不忍池)有名な話にもつながる。 pic.twitter.com/OjZOr0L6Ym

posted at 16:13:05

芳年の絵かもしれない(三、四人持ち回り)

posted at 16:20:00

服部応賀「浮世雑誌」
河鍋暁斎挿画

知恵秤
兎美だん語(飛団子の洒落) 兎絵の時期よりは少しあと pic.twitter.com/FSAelVC4B1

posted at 16:35:42

節電は結局喫茶店で冷房をむさぼること

posted at 16:58:25

黄金色の陽射しに汗する。ロザンタールの高雅ライヴ、夢のような華やかさが、戻れないことがたまらなく寂しい。ラヴェルはこんな気分だったんだろう。気分を切り替えるようストコフスキーが昭和初期ステレオ録音したスクリャービン「火の詩」断片。弦楽器の厚みがこの指揮者には不可欠だったのだ。

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誠実にひとつ足りない薬屋は膏薬売って中身空っぽ

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驕人びっくり箱
(浮世雑誌、服部応賀)猩々暁斎絵

客覧買

新造&年増 一夜で乱れる女髷など
金のしゃちほこ 芸者人魚など
親のすねかじり
世事上手のお茶屋のかみさん 笑い賃 二百疋より五百疋まで pic.twitter.com/VPEdnGgkd3

posted at 20:43:48

ひどい年だ

posted at 20:59:08

6/30

大泉学園そば白子川畔、花嫁行列を邪魔するお松婆(お松さま)の石祠(消滅)戦後の記録しか見つからん。朝日新聞社社会部「東京民話」1956角川が唯一の資料。田中雅夫「写真東京風土記」1964毎日新聞社の文はまんま。村落間の婚姻を忌む風習からとも。今の祖父の代までは避けたらしい。okab.exblog.jp/30301419/ pic.twitter.com/ogTxwG5nnF

posted at 00:21:21

寝たほうがいいし pic.twitter.com/T8r4lC5rq0

posted at 00:58:53


posted at 07:02:07

愛国 pic.twitter.com/3LDHfLKtEu

posted at 10:13:20

何年ぶりかの本当の焼肉を昔ジムがあったそばの常連の安い店に行って食べる。ランチ400円くらい上がったけどまだ他より安い。

posted at 10:15:16


posted at 11:14:32


posted at 11:30:46

(メモ)猫又が踊っていたという江戸名所、猫又橋
暗渠化しても道路拡張しても一応名所札の立つくらいには残っている(小石川)
画像

大東京猟奇(挿絵)
江戸の花名勝絵(張交絵)
江戸名所図会
伊藤晴雨 pic.twitter.com/NotDE7DaQt

posted at 12:02:38

超夏

posted at 12:03:45

びっくり懲面箱(服部応賀)猩々暁斎画
明治前期「浮世雑誌」

飛んだり跳ねたり
浅草観音堂のびんずる尊者(現在は新造の露座となっている) pic.twitter.com/8MJ6k64PqR

posted at 12:22:34

よかった。 pic.twitter.com/0wXygmZRk2

posted at 15:11:25

同じような画質のものしか見つからないが、原本ちゃんとあるのかな(高橋太華旧蔵葛飾北斎絵手紙)北斎は絵を使った書簡を送ることがあったとか pic.twitter.com/FDhm6QBRmr

posted at 15:13:39


posted at 16:26:05

異形異物各覧会 服部応賀/芳年

足手纒
学問は登る梯子
目出鯛
口蛭
ヒツ鯉
平気蟹🦀 pic.twitter.com/OMLu7nbXJ4

posted at 16:36:09

味噌すり男
(浮世雑誌、服部応賀、暁斎)M7/12/23
修身千代見草
M8/10/12 pic.twitter.com/Fl1MFBahhD

posted at 17:50:06

閻魔王印ってこんなにあったのね(「閻魔めぐり」大正13年)

京都六波羅蜜寺
南千住金戒寺?(不明)
蔵前閻魔堂華徳院(焼失移転)
司紫司緑 御目判(不明)
京都引接寺
秩父久昌寺 手判石 現存

大阪の長宝寺は閻魔王印を額に押す中世の方法が残っているそうです
www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/00 pic.twitter.com/Zw6f78q82a

posted at 22:20:26

集まってくる pic.twitter.com/H1HUS9UzaQ

posted at 22:38:09

ぼっちゃん
おじょうちゃん
ピーコックのエスカレーター
懐かしい pic.twitter.com/3rAAAwZsVo

posted at 23:06:29

明るい闇
この世で一番怖い
明るい闇に近寄るな

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明暗なんてない、太陽が明るいだけで世の基本は暗い
暗いのが普通で明るいのは異常

retweeted at 23:55:35

7/1


posted at 00:39:52

さすがに3年遠ざかってるとうろ覚えもほどがある

posted at 00:41:09

イヤダワー pic.twitter.com/dXPX7nVmQj

posted at 11:32:14

子供の遊び

芳虎
幾英
北斎 pic.twitter.com/1i1bb1y36z

posted at 12:55:11

霧吹き付きポータブル扇風機、扇風機は使い物にならない弱さですが霧吹きから水を顔面近く羽根で散らすことで結構すずしい。安い。 pic.twitter.com/juyFngKFrM

posted at 13:06:39

ながいものにはまかれな
youtu.be/MMRVbhbIkjk pic.twitter.com/0WVlSy0tAR

posted at 17:52:47

物悲しい pic.twitter.com/Zr2sZnX9ne

posted at 18:21:52

暑くて燃えちゃいましたよ pic.twitter.com/GIIifphoSm

posted at 20:37:53

病院に七夕飾りがあって、そこに下げられた短冊に真っ先に「お医者さんが休めますように」とあった
趣旨

retweeted at 20:38:55

室町後期の奪衣婆って珍しい>木造奪衣婆坐像 江戸川区 文化財・史跡 www.city.edogawa.tokyo.jp/e_bunkazai/bun

posted at 20:41:39

文化文政期に流行った新宿正受院の奪衣婆像、伝承。元禄前、四谷見附近く高力松の高力某が山中で宿をとるが婦人にここは武家の来るところではない、山賊の巣で殺されると抜け道へ誘われる。婦人は頭に殺されそうになるが家来の人望から逃されのち高力と再会、夫婦に。高力は礼に妻の像を彫ったのがこれ pic.twitter.com/AC8unwD8cF

posted at 20:56:55

高力松はWikiにも画像がある
市谷本村町、旗本高力邸跡の松とされるが既に枯れたのちに植えられ合力松と呼ばれたものがなまったとも言われた。大正時代に既に老松。旧救世軍士官学校すなわち今は防衛省内か。 pic.twitter.com/gOQe5nLI4C

posted at 21:06:42

奪衣婆おもしろい。
大正13年の閻魔めぐり、左は蔵前閻魔堂(華徳院)の閻魔像の右にあった珍しい立像、右には本地仏の化馬地蔵尊があり、関東大震災で全失している。右上は熱田伝馬の婆堂の本尊で戦災焼失(再建)。右下が新宿太宗寺の現存するものだが明治前期。六波羅蜜寺の写真も。 pic.twitter.com/qY2PNjgGG1

posted at 18:58:05

「閻魔めぐり」杉山寿栄男(千寿堂)著、この千寿堂とはこの人の個人宅ぽいので情報皆無。。河田町とは書いてある。閻魔も新しいものではなさそうだが不明。あと、閻魔立像ってびっくり。しかしデータ皆無。 pic.twitter.com/AztsvqLjK0

posted at 22:03:22

二口〆勘略縁記
仙台高尾が隅田川で吊るし斬りにあったあと、奪衣婆が出てくる
金子で味方につけ閻魔のところへ
身請けに高尾の体重分の金子を(店が)要求、というエピソードをひっくり返したようなくだり pic.twitter.com/4rRkmQGaJ3

posted at 23:03:03

やりすぎ都市伝説で関がスタジオ来なくなったのは今ちゃん&せいじが詰めすぎたから!(せいじYouTube)

retweeted at 23:32:13

赤絵式ギリシャ陶器みたいな暁斎 pic.twitter.com/vP2mQYOW3C

posted at 22:26:54





7/2

ヤ○ハ以前のパナリの上地島、ガイドに普通に御嶽内の写真が載ってる。祭は論外だけど、70年代海洋博直後くらいの、離島の劇的変化直前だとこのくらいの緩い空気はあるか。しかし普通の図書館収蔵レベルの本であったのだな。(人魚神社は鳥居の中で子供が遊んでる郷愁)「沖縄の孤島」ほか pic.twitter.com/dkUWTgcsVQ

posted at 01:45:38

浦嶋仙人(北斎画)

空飛ぶ亀はUFO
浦嶋は宇宙人に捕らえられていた! pic.twitter.com/QGGy7FYuDF

posted at 01:49:50

おわり pic.twitter.com/bsnpfG3ism

posted at 01:52:28

今朝から相当暑いです

posted at 09:05:05

いかにもなかんじで曇ってきたかな
洗濯物かわけー pic.twitter.com/TOQTyaeu1G

posted at 10:03:50

写りが悪いけど与那国島で(今も?)行われている儀式としてこういう梓弓的なものがあるのかな。 pic.twitter.com/NpTnJxN1AZ

posted at 10:36:15

随分前大神島は大々的な祭祀を担う女性がほとんどいなくなってしまったと聞いたが、まして鳩間島ってどうなんだろう。西表島にも近いしなんとかなるのか。これ桟橋だよね。来訪神?(王朝時代は役目の祝女が来たはず) pic.twitter.com/MGYY4uYT9Q

posted at 10:40:24

与那国島、微妙に記述に違和感。黄金の日々以降変わったのかもしれないけど、サンニヌ台だよね、ここは役人となにかした場所と聞いたと思うが、圧政に苦しみ突き落としたとは初耳(毎度なら報復があるだろうに)。トゥングダ、クブラバリはそのまま。 pic.twitter.com/pWh5YCDzP8

posted at 10:55:44

新城島(上地島)石積みを巡らせたこの先端の上に立って石を積むと願いが叶う、とあるけど、ここはたぶんここよね(似たような話は他にもあった気が)。大さん橋脇の西側にある見張り台。クイヌパナ、単に突端の高台という名を恋の花と読んでいる。 pic.twitter.com/rDs1d6mU0K

posted at 11:19:30

十年くらいあけて大神島に行ったとき、最初のときはまさにこうで、沈黙。立入禁止であろうとこが大部分で山の上の拝所すら撮影が憚られた。最後は見るからに神人のおばあが睨みながらついてくる始末。二度目は島民のガイドがあり観光道も整備、人も多く、昔は女性は祭になると楽しく準備したが今は…と pic.twitter.com/hZ5zqiSu71

posted at 11:59:52

西表島炭鉱のメインとなっていた内離島(今も私有?)の炭鉱口と煙突。煙突はともかく炭鉱口はいまもあるのかな pic.twitter.com/nWW3KmTPxK

posted at 14:34:15

私有牧場化した下地島の牛
旧村落の家屋はほぼないが拝所は維持
アロウスク村から新城島の名がついたとか

上地島
ヤ○ハリゾートが島を作り変えるので引っ越すことが多く
子供はいなくなり小学校はなくなり広場休憩所(なぞの宿泊所)をへて立派な公民館になった
リゾートは廃虚化し日帰り観光島へ pic.twitter.com/092h1wT3qY

posted at 14:45:05


頭悪くても頑張ればなんとかなる社会から、頭良くないと頑張っても運次第という社会になったので、体力までなくなった高齢者の辛さがよく伝わる。

posted at 11:35:46


posted at 16:10:33

胴が長く先が細いとこが気になるが、ほぼクロハナボタルだろうけど何でこんなとこに? pic.twitter.com/aCQ14EqF4Y

posted at 17:27:27

歌比丘尼 pic.twitter.com/dX63ncM7ac

posted at 17:30:29

7/3

西表島
70年代くらいの本。ほぼ祖納の写真しか見られない。でも藁屋根の屋敷や刳船、アメリカ物資に古様の神人はついこないだ突然リゾートアイランド化した西表島の昨日を思い起こさせる。網取集落は奥地でもう無くなった。 pic.twitter.com/U6vVGozX7p

posted at 00:01:14

新城島 写真
下地島の家屋?
上地島の畜産時代?(下地島が全面放牧地となっているが上地島は起伏があり開墾しにくくこんな海岸まで出るのか?)

ザン(儒艮)漁用の斧 ジュゴンの名産地で人頭税として王府におさめたが元々少なく物見台もしくは海中アマモの食跡を目視で見つけ浜へ上げて斧で屠る。 pic.twitter.com/kmGkJgHaRY

posted at 01:34:16


posted at 01:40:27

ぜんぜん不幸 pic.twitter.com/pYQ9XOUSqp

posted at 01:48:21


posted at 17:14:06

転院準備

たーいへんですわ。

posted at 20:01:19


posted at 20:13:36

消えた富士塚
花園神社内、昭和天皇御大典記念で築造、神社改築のため昭和40年石碑等のみまとめる
世田谷区松原、昭和5年築造の扶桑教のもの、神明町富士塚から明治10年代建碑溶岩(ボク石)移築 35年宅地化消滅
西大久保、昭和5年鬼王神社内に築造 道路拡張等で移築縮小
小岩神社 明治10-昭和30年 pic.twitter.com/7UeN51vfDC

posted at 21:44:28

東京区部最古の富士塚(安永8)、高田富士は早稲田大学拡張で壊滅(昭和40)水稲荷と移築再建された現状は富塚(とづか)とも。石碑が逆に配されたり、風説に神主、工事主任、工事請負が相次いで不幸と。
tokyo-trip.org/spot/visiting/

絵本江戸土産10編(広重二代)
広重?
明治後期の写真 pic.twitter.com/HREFseLyUk

posted at 22:27:13


・・・人工呼吸器をつける事態で転院延期・・・

がっくり


by r_o_k | 2022-07-04 19:00 | 純粋日記 | Comments(0)
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