歴史小ネタまとめ(2018/8/1-31)古写真現在対照・沖縄西表島炭鉱中心に、髑髏塚、日本初エスカレーター、日本橋魚河岸痕跡、天の逆鉾、長崎、黄表紙妖怪

◆高麗国 王若光の供養塔
この時代は今と違い剥き出しだったの少し後の鳥居龍蔵博士の本で確認済
高麗郷の絵はがきに含まれてた
…尋常小学校のスタンプ何…
純粋日記、この世界の片隅にグアム玉砕戦の絵本で悲しくなる、寛永寺墓地長田幹彦さんや重文三点、浄名寺膨大な地蔵群と江戸六地蔵のかわり、西表島の思い出、役に立たない古絵葉書ほか2018/7/31-8/3_b0116271_18044176.jpg

純粋日記、この世界の片隅にグアム玉砕戦の絵本で悲しくなる、寛永寺墓地長田幹彦さんや重文三点、浄名寺膨大な地蔵群と江戸六地蔵のかわり、西表島の思い出、役に立たない古絵葉書ほか2018/7/31-8/3_b0116271_18044141.jpg
◆おなじみ世界探検家菅野力夫の世界実況、書体が手塚治虫ふう。。そして裏面で海外移民を奨める企業たち。。
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◆日本初のエスカレーター
というかこれはなんか違う気がするがとにかく名前はエスカレーター。東京大正博覧会、とくに珍しいものでもないけど、どこかへいってしまってたので。。不忍池のケーブルカーや大噴水はよく出しますね。「大佛」の文字が物悲しい(上野大仏じき地震で壊れる)
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◆日本橋川から魚河岸のスロープ跡。
関東大震災後の丸焼跡からよくわかる写真がでてきた。このスロープは船に荷を積み下ろしするものだとおもうんだけど、角度のせいもあるが、関東大震災時点で使われてなかったと思われる。狭すぎ。
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◆高千穂峰の天の逆鉾
噴火により刃の部分が折れて散乱し、近寄れないよう柵がしてある。Wikipedia参照。この柄は地中に埋められ刃が新規取り付けられ、旧刃は転々とし行方不明…「生石神社では境内の石の宝殿を、天逆鉾、鹽竈神社の塩竈とともに「日本三奇」と称している」いや、塩釜でも言ってたよ!
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Wikipediaでは柄の部分は地中に埋められた、とあるけど、形状から明らかに地上の柄も古いものだよね。時代的に忠実に凸凹を再現することはせず新しくピカピカにしたろうし。緑青が刃の部分と同じだからレプリカという発想はあるが、それは塗装では?刃の再現部分はしかし全然違うっぽいね。

◆「幻の原爆ドーム」浦上天主堂の顛末を再放送する模様。尖塔までやっと建てた教会。爆心地近く最も酷い被害を受けた浦上地区にて何故残すことができず一部だけ爆心地公園へ移築して再建なのか、日本一のカトリック教会数を誇る裏腹複雑な周辺環境にて生きてきた人々の何故を追う(?)
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差別だいすき島国ニッポン、まして得体のしれぬ呪術と教え込まれてきた(さながらクダ憑の家のように)難しいよね。今でも切支丹には怪しいオカルトの空気がつきまとう。

◆大正時代の沖縄(八重山)写真集

大正十四年の観音堂。宮古島。石垣島。現在との比較。ドンド焼きは行っておりません。

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八重山観音堂はあきらかに磐座的なものを神体にしてるけど、今はどうなんだろう。あるいは移転したか別のものか。宮古島のほうは石碑一つ残して事実上失われている。このへん新しいお寺や御嶽など入り組んでる。

大正14年の黒島と現在。ノッチの形でぴんときた。当時大木が生えている写真もあり農地化完了前の姿がしのばれる。新城島や西表島がのぞめるのは変わらない。

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大正14年の西表島、日本瑞逸の炭鉱として開発された琉球炭鉱。三箇所位稼働しておりここは今は横浜の全裸老人で知られる無人島、内離島に拓かれたもの。各地マラリア蔓延し逃げられない過酷な環境にはこの本では触れられていない。深く静かな湾は積出港として今の白浜近く仲良港が中心だった。

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(この2枚のみ「沖縄県写真帖第1巻」、「望郷沖縄」として復刻されている中に含まれる模様)

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仲良川を始めとする西表島西部のマングローブ、大正14年。しょうじきわけがわからないが、個人的感覚では整った今より自然に野性味が感じられる。

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今は八重観のツアーは来るのだろうか、ここ二十年でも全く変わった船浮。船でしか行けない陸の孤島、は船中心の昔は沢山あった訳でここはむしろ残された一箇所。船浮湾は国際避難港で仰々しいブイも浮く。写真は内離島からのもので馴染無い。八重山の鳥居は小さいとある。水落の滝もすっかりメジャー。

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歴史小ネタまとめ(2018/8/1-31)古写真現在対照・沖縄西表島炭鉱中心に、髑髏塚、日本初エスカレーター、日本橋魚河岸痕跡、天の逆鉾、長崎、黄表紙妖怪_b0116271_11032346.jpg
祖納
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川平湾。ミキモトの真珠養殖場。今もやってますかね。先の船浮でも黒真珠やってたけど今はどうだろう。川平湾は泳げなくなった。グラスボートしか見ない。外はマンタスポットがある。石垣島の南を観音堂方向へ走ってると竹富島見えますね。別荘群になった。おまけ。本島運天の源為朝碑。

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運天港全景はこの写真が良いか。以上「沖縄写真帖1,2」と私の写真でした。

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同じ写真のもっときれいなのが那覇市歴史博物館のアルヒーフにあるのでよろしければ。それにしても船と港のうつった絵葉書はどこにも見つからないなあ。昨夏ヤフオクにでてた。うっかり横から落とされた。

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(沖縄県写真帖第1巻)
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沖縄の古写真にハマりつつある、家康に殉死した男(当時殉死の慣例は無かった)ほか純粋日記:2018/8/7-8_b0116271_13352775.png

〜那覇の風景(日本名勝旧跡産業写真集下巻)T7

◆運天港の髑髏塚(通称だろう)はなんとなく調べます。多分こっちでは調べがつかないと思う。歴博はドイツ語文献に引用されたこの図版を使用している。洗骨施設が洗練されてこうなったのだろうか。大規模風葬ガマって割とまだあるが、これはあからさま。守り神的なものなのだろうか?

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沖縄の古い風景、とくに離島を注視。国会図書館が欠巻してるため復刻版注文してしまった。。せいふぁーうたき、禿山だったの?

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せいふぁーうたき対照はこう全山をのせとくしかない
久米島はここでしょ?
尖閣はしらん
大正6年でした、古いねー

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与那国島(古来女護ヶ島と呼ばれる楽園、とあるが、昔フィリピンから直接出稼ぎ船が来てフィリピンパブが流行ってたのを見「こういうことね」と思ったよ) おそらくナーマ浜(久部良) 

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写真:ピナイサーラの滝
西表島の看板だが変わってるわけがない。水量は比較的頻繁に変化し、ここでは大水瀑とあるが渇水時は髭水ほどの量に減る。その時期の滝に打たれたことある(今は禁止)。

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写真:昭和初期の西表炭坑と仲良港。前に揚げた写真の大正時代より3社が入っている。沖縄唯一の炭鉱地としてペリーの時代から西岸が先に拓けた。港は積出港に過ぎず本格的な大船を付けられるのは舟浮港(東郷元帥寄港で知らる)とある。西表炭坑は内離島だろう。

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あともう少し。

◆宮古島で一番港に近くて有名な漲水御嶽。開闢神話。昭和初期よりも敷地が狭くなり、建物は近年、鳥居は最近リフォームされた。鳥居の向きが本来の方向の気もするのでこの角度の写真を。鳥居の左の石垣が中世の唯一の遺物でオヤケアカハチを征伐した仲宗根豊見親寄進。古写真ではわからない。

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◆さいご。久米島の太陽石。作った人もはっきりしており、比較的新しいもので、用途も農耕用の暦で太陽光で読むから太陽石。しかし昭和初期の段階ではこのような状態だった。向きを逆にしたのは暦は裏側にあるからです(溝と穴)。

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~主に写真集「望郷沖縄」第五巻(ホーレー文庫版)復刻「沖縄県人物風景写真帖(同刊行会発行)S8

一万五千円出して、読んだことのないものが5冊中1冊だけという惨事だったがその一冊が先の綺麗な離島古写真だったので、まあよしとします。

◆巫女もえ(小川一真M27初出)小川一真の写真は結構な割合で外国人土産に切り出されて使われてたんだなー 絵葉書や写真集に使われてる写真が入ってて同一性確認が面倒。奈良春日神社

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日清戦争の年、広島大本営が現役のときだ。

◆甲子園画像が流れてきたので。阪神創業社長の銅像付きだぞ!(けっこう最近までミニサイズの写真はありました、これはネガだけど)

伊良部島フェリーの思い出、竹富島など、幻覚の正体、クレイジージャーニーショック、Twitter外から盗用してバズるということ、長崎原爆の日:2018/8/8-10通常日記_b0116271_15471217.jpg

◆ああそうか、花火が苦手な人っている。爆弾の音に聴こえるから。戦争知ってる人は古今東西その傾向がある。ただ、どうも平気な人もいるらしい。遭った年令だろう。

学徒から敗戦復員して学校に戻っても学問なんかバカらしくなって暫く遊んで就職した、てな話を聞いて、そりゃバカらしくなるなあ、バカらしくならないご身分の人が学問の火を絶やさないように頑張った、その苦労もしのばれると思ったよ。遊んでる間に今後貴重になると戦争関連のものをたくさん集めたがそういうものを嫌う人に捨てられたといった。

◆ヤスジからのなんとなく銀座な気分なので昭和41年サッポロビールが販促に使ったヨルの銀座マップに、まだ残ってる店はないかと見てたが無いねー。新橋近く天麩羅屋があったと聞いたが多くない。名前のほか出身を前面に出す店(初潮は海辺かな)ハイカラな名、白ばら、野ばら、黒ばらがご近所さん。 https://pic.twitter.com/cvZ2cJkET9

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◆日本三大磨崖仏(と東日本では言っているもの)
臼杵磨崖仏群(国宝)、大谷磨崖仏(国重文)大悲山磨崖仏群(国重文)
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:いずれも造立開始時期は恐らくほぼ同じで平安前期、臼杵は広く土地一帯を含めると、鎌倉時代まで造立され続けたのも同じ。ただ福島県南相馬の大悲山は近世まで線刻が加えられた可能性もあり、大谷は周囲も含めると夥しい磨崖塔などあって近代まで下ることから、現在は共に寺院内に保護されていることからも信仰は断続・継続していた。年代特定が難しいが縄文人も見つかる洞窟でもある大谷のものには奈良時代まで遡るものがある説もある。

◆たまに藤岡屋日記翻本など繰って寝物語とするが(目が悪くなったので文庫ではなく大判だがこれがまたよい)大名が給事の坊主の部屋で昼飯食うの禁止令(奥坊主が政の盗み聞きし表坊主がスパイ的に漏らしてたらしい)のあと、飛脚が馬を頼んで路中馬方ごと強盗された話がある。異常な能力が喧伝された飛脚の実情かも。

各地名所古写真対照

◆円満寺からの道後温泉本館、遠く松山城。同じ写真かと思ったら微妙に角度など違う。ずいぶん色合いも違う。城はこちらの写真集のもののほうがはっきりしてるが、石碑から本館てっぺんの紅いびいどろ太鼓櫓にかけては松山市のほうが明確。

松山市のリンク(配下に画像あり)→ http://www.sakanouenokumomuseum.jp



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◆鵜戸神宮。同じ角度を狙ったが古写真の時代になかった石積みがあり角度を変えて。

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◆城山から桜島風景の変化。

(1)
明治中期(小川一真)〜大正初期
海へ向かう道と右脇の寺(途中で建替え)で辛うじて同じ場所からとわかるくらい変貌している。絵葉書はこれらより下る時代のものがほとんど。

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城山から桜島風景の変化。(2)昭和初期、現在

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昭和初期のほうは手前が切れているが依然古い帆船のようなものが見える。町並みはまたがらりと変わっている。このへんは沢山絵葉書がある。先の寺は切れている。現在の写真には写っている。土地勘がないので寺名は書かない(天文館の方の角?)。

◆正午少し前、上衣を羽織り家内と初めて母屋の二階に上がりてラヂオの前に坐る。天皇陛下の御聲は録音であったが戰爭終結の詔書なり。熱淚滂沱として止まず。どう云ふ淚かと云ふ事を自分で考へる事が出來ない。〜昭和三十年八月十五日 百鬼園日記

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タイムライン見てると「平和ボケ」とおもうが「平和ボケっていいな」ともおもう。

◆戦後の国際通り(現)。

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◆沖縄資料を探していたけど古いものは殆ど散逸しており僅かに数冊と博物館資料しかない。仕方なく国会図書館を検索したが国会図書館デジタル公開は結構欠けていることがわかり、当たるのはこんなのばっか。書き起こしも馬鹿らしい宮武外骨「裸に虱なし」文武堂書房T9、斎場御嶽への偏見!昭和8年の写真

ほぼ明治時代と変わらないありさまの写真ですが、それは伐採によるとありますね。小屋が残るのみ、とすると上り口の禊の井戸も荒れた有様だったんでしょかね。今もだけど。

宮武外骨「斎場御嶽」風説の流布、河童、ほん怖、西表島祖納御嶽今昔、ネゴシックス2018/8/17-19ふつう日記_b0116271_20422826.jpg
宮武外骨「斎場御嶽」風説の流布、河童、ほん怖、西表島祖納御嶽今昔、ネゴシックス2018/8/17-19ふつう日記_b0116271_20423247.jpg
宮武外骨「斎場御嶽」風説の流布、河童、ほん怖、西表島祖納御嶽今昔、ネゴシックス2018/8/17-19ふつう日記_b0116271_22403839.jpg
:森林に覆われてるとわかりにくいので遠景
◆祖内集落の御嶽(西表島)、戦前と現代
歴史小ネタまとめ(2018/8/1-31)古写真現在対照・沖縄西表島炭鉱中心に、髑髏塚、日本初エスカレーター、日本橋魚河岸痕跡、天の逆鉾、長崎、黄表紙妖怪_b0116271_20435746.jpg
歴史小ネタまとめ(2018/8/1-31)古写真現在対照・沖縄西表島炭鉱中心に、髑髏塚、日本初エスカレーター、日本橋魚河岸痕跡、天の逆鉾、長崎、黄表紙妖怪_b0116271_20440206.jpg
ここ、見つけましたわ。国重文の民家のそば、まるまぼんさんが望める開けたとこですね、まるで同じなので驚いた。この鳥居がもともとの形なんだ。ちなみに古見はサキシマスオウ群を25年位前見に行って以来行ってない。※このすぐあとに行った、かなり変貌していた

◆後鳥羽上皇ゆかりの池(行在所跡) 京都ミステリーコラ、境港隠岐化け地蔵コラ、黄檗宗の国宝本堂、書けない内容を色々話した日の日記2018/8/21-22_b0116271_14162526.png
京都ミステリーコラ、境港隠岐化け地蔵コラ、黄檗宗の国宝本堂、書けない内容を色々話した日の日記2018/8/21-22_b0116271_14194997.jpg
京都ミステリーコラ、境港隠岐化け地蔵コラ、黄檗宗の国宝本堂、書けない内容を色々話した日の日記2018/8/21-22_b0116271_14200582.jpg

◆栞に使ってる紙片みたらこんなこと書いてあった。どこからきた。

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◆江戸時代の絵本(草双紙)ってしばしばラクガキされてるけど、国会図書館の妖怪本(妖怪という言葉は18世紀には少なくとも使われてたのね)2冊、最初戸惑ったが「頭の口」であってるのね。日本霊異記だったか。思っきし顔描いてある。豆富小僧も何か被ってる。楽しい本。 (単に摺ミスの可能性もあるか)
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足洗い屋敷で足袋を設えるか。
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by r_o_k | 2021-10-29 10:38 | ご紹介 | Comments(0)