2000/5/3夜行4-8琵琶湖国宝建物巡りと東尋坊の旅<3>5日目 彦根

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2000/5/3夜行4-8琵琶湖国宝建物巡りと東尋坊の旅<3>5日目 彦根_b0116271_21500289.jpg

彦根城 pic.twitter.com/mNJAXwZKg1



彦根城天守閣(国宝) pic.twitter.com/b0OdOv4SNY


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西寺観音跡(彦根の産土神だったところを彦根城としここは人質を収容する人質郭だったという話もある)
黒門両側の高石垣(右が高いのは湖に直面し直接攻撃を受けるから) pic.twitter.com/oRcJsA4tAZ

彦根城はむしろ庭園が見どころ。楽々園は井伊直弼が生まれたところでもあり、何軒かの建物の中に「地震の間」「雷の間」が相次いである。地震の間は大広間の端からつながる耐震構造の建物で岩の上に浮いた形で、建築材も軽いものを使っている。 pic.twitter.com/RO6kREY9Wm

雷の間は地震の間のさらに奥(広間の逆)で蚊帳と同じ材料が壁に織り込まれ、雷が鳴ったら蚊帳に逃げ込む、と同じ理屈となっている。池の上の大茶室は天守閣を借景としている。遠城謙道碑は井伊直弼に私的に恩義を感じ墓守として東京に暮らした遠城を顕彰するもの。 pic.twitter.com/Ln6iIsI4MH

※参考 豪徳寺井伊家墓所遠城墓について

井伊直弼の墓守として一生を終えた遠城謙道の草庵がどうなったのかネットを見てもでてこない。豪徳寺は戦災を受けているので焼失かな。この人は特に秀でたもののない足軽身分の彦根藩士だったが藩主が桜田門外に倒れてのち名誉回復に奔走し挫折、妻子を捨て剃髪した。井伊直憲は直弼の茶室を庵に与えた pic.twitter.com/MN6Yfc569f

遠城家の墓および謙道の本墓(地蔵)は井伊家墓所の前にある。横には井伊直憲が眠る。このへこんみなさん看過してしまう。わたしも看過してました。 pic.twitter.com/CP7f75i3Qd

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彦根城周辺
赤門礎石(黒門は新築) pic.twitter.com/4er9u3VJsJ

彦根城下
血染めのすすき pic.twitter.com/ysTCB3DKrY

天寧寺
五百羅漢他(文政〜天保)
石庭から彦根城をのぞむ pic.twitter.com/wX0ZmKKmbK

彦根城と西洋城型






天寧寺〜井伊直弼供養塔
おわり pic.twitter.com/kg3pLmXIaE



by r_o_k | 2021-08-21 21:59 | 旅行 | Comments(0)