【蛇でも老爺でも女神でも】水と財力と芸事と弁財天まとめ【七福神は別項】

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厳島弁財天

銭洗弁天

藤沢遊行寺宇賀弁財天の泉(徳川家の祖に纏る神。藤沢宿の銭洗弁財天として信仰)

銭洗弁財天(鎌倉)
江島杉山神社(墨田区)江ノ島から奉斎、杉山検校が信仰 旧本所一ツ目弁天社
高輪銭洗不動(黄梅院)始め私的に祀られたものを合祀


日本三大弁天
江島弁財天、竹生島弁天(御前立、右が桃山時代、左が江戸時代浅井家のもの、他にもある)、厳島弁財天(秘仏、もとは厳島神社にあったものを脇のお寺に移した)
2020/5/27cocl.-6/8早朝<日記部分>日常戻る感染増える、八幡藪知らず(写真追加)、力石、袂石、田中貢太郎碑文谷自宅跡、日本三大弁天、洗足池と道標、坂本龍馬集他_b0116271_21280852.jpg

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江島弁財天の加護により無事鋳造された大鐘のため勧請した洪鐘弁財天(円覚寺)異色の弁財天かもしれない
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身近な弁財天~水神としての農村信仰
世田谷区奥沢~目黒区自由が丘
近所の元豆腐屋のとこが沼だったと聞いた。このへんは池ばっかりだったようで、この稲荷と思われたスペースも熊野を勧請してはいるものの、横の石碑は明治二十年代の弁財天で、水神(このへんで残っているのは珍しい)とともに明らかに元・池。自由が丘、緑が丘、てどこが丘。 九品仏川が呑川に合流する直前の脇。
コロナウィルス世界で猛威、志村けんさん死去陰鬱な日々、桜ラスト、写真で外出気分2020/3/30-4/2_b0116271_10452014.jpg

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土地売却が決まり神社は取り壊し。
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跡形もない。。
一駅はなれた奥沢弁財天。奥沢神社内にあるが、自由が丘周辺の沼地を見下ろす崖上にあり、ここに湧水があったということではない。奥沢駅を境に多摩川側へ降りる途中、奥澤弁天池があったという。閉店した入船の裏に標柱があった。それが移築された。今は弁天信仰より稲荷信仰が盛んのようだ。
コロナを恐れて室内作業ばかり:謎の古写真について・疫神の詫び証文など・昔撮った写真・資料2020/3/1-7_b0116271_14233797.jpg
コロナを恐れて室内作業ばかり:謎の古写真について・疫神の詫び証文など・昔撮った写真・資料2020/3/1-7_b0116271_14240256.jpg
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この辻はマグロ専門寿司店入船跡(現在は建物も無い)
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用水路跡はそこかしこにあるが、最後はみんなドブになった(一部水面が臨めるところもある)。九品仏川と呑川がこのあたりの大きな流れとなる。九品仏川源流の池は公園の中に湧水が再現されている。自由が丘デパート先に唯一、谷畑弁財天池が残る。

品川区
<最新>怪物図録〜写真スマホ落書き版<妖怪>蛇窪神社、鑁阿寺の開かずの井戸、七尋女房が岩、夕顔の井戸、がごぜ、てんまる、おさかべ、沢蔵司、猫多羅天女、羽犬、川立神、イッシー_b0116271_09575872.jpg
〜蛇窪神社の弁財天、白蛇の不思議な話がある
弁財天小顔過ぎね?
20200121-27心霊マップの場所に興味(東京)小日向神社の顔の木(引用文追加)、吉祥寺の榎本武揚墓など、切支丹屋敷跡再訪、エジプト最初期の動物園、蛇窪_b0116271_12224250.jpg

神仏習合の弁財天(宇賀神・蛇神・龍神)

京都伏見。川岸の酒蔵景色を愉しむ。長建寺という弁財天のお寺がある。
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このあたりの河畔が観光名所となっており、三十石船再現の川下りも季節により楽しめる。但し、かなり整備されているし、かつて淀川の河川運搬の要所として栄えたときの風景はまったく残っていない。昔は奇祭でも知られた長建寺では珍しいコインのお守りを授与してくれる。ちょっと問題があってここにコインの図柄を載せることができない。確かめたいかたは現地へどうぞ。びっくりします。ちょっと土俗だ。女性の財力。


威光寺弁天洞窟
とうきょう窟めぐり(こんなところに洞窟伽藍)  ※補筆追記_b0116271_16272284.jpg
東京都稲城市は「よみうりランド」の裏、緑深い山裾にそれはあります。威光寺は穴澤天神社の別当寺として江戸初期頃からこの地にあったといいます。真言宗。簡素な明治3年再建の本堂、市指定文化財の庚申塔などを尻目に奥へ奥へと行くと、小池を渡って降りたところにちいさな煉瓦の門がぽっかり。新東京八景に数えられる「弁天洞窟」です。全長65メートルと比較的小さいのですが、数々の不気味な石仏が佇み、子供なら泣きそうなリアルな大蛇の彫り物がうねり、池あり、起伏・小部屋ありのなかなか変化に富んだ内容。狭い洞内は胎内めぐりの雰囲気満点で、人子一人いないのに、妙な生暖かさを感じます(冬に訪ねたときの感想ですが、夏は涼しいそうです)。もともと古墳時代の横穴墓だったものをもとに彫り広げられたものだそうですが、広大で神秘的な大船の「田谷の洞窟」に比べ、一切の灯りが無く、蝋燭のともし火だけで狭い通路をそろそろ歩む趣向は中仲スリルがあります。密やかで、何か恐ろしげの民間信仰的な雰囲気を感じました。多摩丘陵にはかなりの量の横穴墓が存在していますが、狭い通路はそれらから察するに原形のままのサイズなのでしょう。拝観料が必要。車だと便利ですが駅(よみうりランド)からも15分くらいで歩いて行く事が出来ます。
長命寺・奥ノ院井戸と東高野と石神井池・三宝寺池・姫塚殿塚;2018/7/10-16_b0116271_01094397.jpg
〜三宝寺池の水神社と弁財天。配置はほぼ変わってません。同じ景色です。

龍ガ池弁財天(竜神伝説)比叡山


三嶋大社弁財天
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三嶋大社参道は神池に挟まれて始まる。左手の弁財天は大蛇神で、新しい社になっているがそこに手を伸ばすように異様を示す大楠が印象的だ、というかここの一番の見所と思った。静岡県三島・函南:水と溶岩と七不思議の町をあるく〜ゲジと三嶋大社と私(写真追加)_b0116271_2364435.jpg静岡県三島・函南:水と溶岩と七不思議の町をあるく〜ゲジと三嶋大社と私(写真追加)_b0116271_2364446.jpg
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楠は古くうろがあり辛うじて樹木医のケアにより立っているようにも思うがそれでも、損なわれた側面こそまるで象が前脚を挙げた腹を見るような迫力をはなち、これが大蛇のヒモロギであり、本殿内に控える小さな狐狗が霞むくらいに大社の外陣を守護しているんだなあと。

悲劇の姫様の弁財天
十三塚考(長命寺十三仏、石神井池姫塚、ほか追記追記アリ)_b0116271_1683685.jpg
世田谷区の中世吉良家にまつわる江戸時代生まれの小説から出た鷺草伝説。非業の死をとげた常盤塚は辛うじて現存する。常磐はほど近くの駒留八幡神社(若宮八幡=身籠っていた胎児を祀る)境内に弁財天として祀られた。その脇に、まさに民間信仰の対象となっていた用水路の小橋「常盤橋」の石の欄干が池の橋として残されている。


離れ島の弁財天(厳島)

狭島弁財天(高知)

かつて浦戸湾口にはいくつも島や浅瀬があり船の通行を妨げていたが、明治以降に次々と破壊され、湾内に入ったところの松島を思わせる島々を残して綺麗さっぱりなくなってしまった。更に先の戦争前後に埋め立ても進み、景観は大いに変わったというが、一方失われた島にまつわる逸話のようなものも残っている。例えば明治時代に或る岩礁を爆破したところどこからともなく大量の砂が流れ込み大変なことになったことがあった、これは青空文庫にも収録されている「藤棚の陰から」というエッセイにある話だが、高知の土木工事史に偉大な名を刻む野中兼山の「浦戸港(うらどこう)の入り口に近いある岩礁を決して破壊してはいけない、これを取ると港口が埋没する」という話を証明するものだと書いている。「じゃん」にしても寅彦は海底地形とその変動に理由を求めており、徹底的に改造されてしまった今はどうか知らないが、ソナー調査でもすると面白い地形が見つかるかもしれない。狭島(桟島)という島が御畳瀬の北東海上にあった。社があり格好の写真名所となっていた。
2006/7/14-16:土佐血みどろ怪異フォローの旅〜赤岡絵金まつり、御畳瀬幻の島、戦跡、毒蛇うようよ、鬼の袂岩、深浦神社の霊、縁切り祠、武市半平太実家、五台山はりまや橋遺跡、河伯神社、和食かっぱ_b0116271_22372233.jpg

ここの海底には与那国の「海底遺跡」を彷彿とさせる四畳半ほどの大きさの平らな水中構造物があったというが、それも含めて昭和30年代に爆破されてしまった・・・邪魔だということで。そこにあった社をうつし「狭島さん」と呼んだのが厳島神社である。けっこう立派な社だ。
2006/7/14-16:土佐血みどろ怪異フォローの旅〜赤岡絵金まつり、御畳瀬幻の島、戦跡、毒蛇うようよ、鬼の袂岩、深浦神社の霊、縁切り祠、武市半平太実家、五台山はりまや橋遺跡、河伯神社、和食かっぱ_b0116271_22385687.jpg
「狭島様」の橋は大正時代に新造され、鳥居とひっくるめて蛇の目傘を拡げた土地の舟とともに写真におさめるのが流行ったよう。


音曲をつかさどるものとしての弁財天
【東京地霊散歩】竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷※正憶院について追記_b0116271_19111328.jpg

【東京地霊散歩】竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷※正憶院について追記_b0116271_19111327.jpg

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【東京地霊散歩】竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷※正憶院について追記_b0116271_19135236.jpg

吉原弁財天

吉原大火および関東大震災の供養塔として観音像をいただいた巨大な溶岩塔が有名。このあたりが広く池だった。近代石仏の中に遊女の墓の残欠もある。最近派手な絵が描かれた弁財天(その前に小さな人工池が再現されている)自体は吉原神社の管理。新吉原には多くの祠があったがそれを維新後まとめたのが今のこる神社や稲荷らしい。信仰空間として狭いが独自の江戸風情を漂わせている。ここだけを管理している人もいるもよう。
【東京地霊散歩】竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷※正憶院について追記_b0116271_19150070.jpg

【東京地霊散歩】竜泉に江戸の残り香と少しの寂しさと(2時間で浅草北寺社めぐり)大音寺、中村勘三郎、飛不動、吉原神社、吉原弁財天、震災慰霊碑、浅草田圃太郎稲荷※正憶院について追記_b0116271_19150096.jpg

四谷津の守の瀧あと 弁財天

東京失楽園:四谷津の守の瀧、幽霊に潰される(桐座写真追加、江戸七瀑布ほか東京の納涼施設としての滝について追記)_b0116271_22020023.jpg
すり鉢状の花街の底部に明治初期まで人工池が作られ、その名残に弁財天がまつられる。

洲崎弁財天
初日の名所と知られた人工景観。
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(初代広重 江戸名所 洲崎はつ日の出)

不忍池弁財天
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こちらも池の中の島に土橋をかけている。島にもさらに人工島を作って橋を架けていて、酉の日のみ開帳する。ここに背面が男根となった役行者像があり、芸者衆の信仰を集めたといわれるが、諸説ある(形は鹿児島の田の神像に似る)。夕日が沈む池として関東大震災まで大池のあった朝日弁財天と対になるよう置かれたとも言われる。
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諏訪神社(長崎)
弁財天のところには河童狛犬があります。脳天に穴があり水がたまってます。新しいですが。(銭洗いもあり)
長崎市街でいろいろ(2)埋まる橋、春徳寺の外道井、陶器の鳥居、角柱鳥居、赤子塚、諏訪神社の狛犬群、陰陽石、_b0116271_17575441.jpg


by r_o_k | 2021-03-22 23:28 | 旅行 | Comments(0)