【陰陽師とのこと】安倍晴明の史跡物件あれこれ+渋川春海、金輪の鬼女【鎌倉の安倍晴明、ほか関東も】

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「晴明石を訪ねて」

さて今日鎌倉行ったのは桜目当てじゃない。ちょっと思い立って、 ”陰明師”安倍晴明ゆかりの物件をみにいったのだ。北鎌倉降りて円覚寺側を大船方向へしばらくあるくと、小高い丘の上に鳥居が見えます。階段をあがるとなんのへんてつもない社殿と、もうひとつさらに小高いところに祠がある。祠に近付くと右手にひらべったい石がある。そして小さな石碑には「安倍晴明大神」の名が。そうこれが、ふれるとたたりがあると村びとから畏れられてきた「晴明石」なのです。一説に晴明がこの地にやってきたとき、禁術をかけたものといわれます。理由はまったく伝わっていません。
ぼくは・・・おそるおそる、右手をのばし・・・

・・・

・・・

左手ものばし、合せて拝んでオワリ。
晴明石はもうひとつ、横須賀線と神宮へむかう幹線がクロスするあたりにもあります。丸い形で奇妙なものでした。どちらもなんの標識もなく、誰にも気をかけられずひっそりと鎮座しておりました。知らずに蹴ったりした人いないのかなあ・・と思いつつ、いくつかお寺をサンサクしたら時間がきたので、待合せの横浜へむかったのでした。(2001)

最後の紅葉ついでに北鎌倉の十王堂橋近く、安倍晴明の晴明石のある八雲神社まで。踏むと祟るというので触る。そも十王堂橋から持ってきたそうなので祟りは無いと思う。鎌倉の北の果てに陰陽道の一団がいたのではないかという人もいる(潜伏キリシタン同様)。線路そばにはもう何もなかった。(2016)
線路そばのほうは近在の蕎麦屋が移して綺麗に祀っているとのこと。ちなみに石ではなく「石碑」で、彫ったのは明治後期、月は空欄。鶴岡八幡宮方面に歩いていくと右に第六天神社への石段(立入禁止)があるが、向かって左脇にも立派な安倍晴明大神の石碑がある。これも古いものではなさそう。明月院裏にあったとされるのがこれか。同じ時期に何らかの意図で、陰陽道だから何かの結界を示したのか、八雲神社は儀式の場だったという話もネットにはある(晴明石は戦後進駐軍指示で道路拡張のため十王堂橋から移されたらしい))。十王、第六天や牛頭天王(八雲神社、素盞嗚)などなんとなくそういう人々が近くにいたことを暗喩している。伝承では頼朝が軒に晴明札を貼って火伏せをしていた家に泊まったことがあり、のち信仰設備として整備させることで東に下った陰陽師たちの場が作られたとも。(2021)
晴明石
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第六天石段
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※こちらと以下線路際の石碑はいずれも明治後期のもので、中世前期に京都から来たとされる陰陽師とは直接繋がりはないかもしれない。
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十王橋(清明石元位置近く)
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※別項あり

京成立石
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立石の近所に安倍晴明創建と伝わる熊野神社がある。古くは縄文遺跡から出土し、ひょっとすると日本最古のご神体の形である「石棒」を所蔵している。関連性は不明。古墳時代から明治時代まで石材採掘場となっていた対岸千葉の安房の鋸山の石らしい。神社に因縁石が持ち込まれるのなんてザラで、丸石やら石棺やら、寛容な一方、逆に因縁石が神体になる、立石はそのパターンでしょか(立石様という祠になってる)ぶっちゃけ立石はこのへんによくある古墳の石棺を中世に転用したとみられるとのこと。ところで熊野神社は安倍晴明創建の熊野から勧進したということであろう。

京都

一条通りを西へ進むと一条戻り橋。

戻り橋伝承は京都各所にあるが(先ほどの百叩きの門のあたりにも)ここが一番有名だろう。安部晴明が反魂の法を行ったとも、橋下に晴明の式神(像)が一式埋められており、掘り出した人が恐ろしくて埋めなおしたともいわれている。

もちろん今は全くその風情はない。橋は新しく改修され、石底の川は干上がっている(さらにあとに水を流した様子)。

陰陽道は今は小説やマンガのイメージでまるで白魔術であるかのように語られるが古い人に聞けば忌むべき邪道という見方が多いことに気づくだろう。明治神道に反する邪道として排斥された歴史を持つ。じっさい末流のそれは呪いであるとか現世利益的な呪術をなりわいとしていた節があり、もちろん平安時代から鎌倉時代あたりにおいては学問、宗教さらに術であったものが、野に下り庶民に潜りどんどん呪術化していったというものである。


現世利益という点では今の晴明神社のありようも忠実にその伝統を守っていると言えるだろう。私は全くここで何かを感じるということはなかった。晴明は呪術師ではなく博士だった。茶の湯として珍重された晴明水の清冽なさまを見ても、かれはやはり学者だったのであり、その知識や知見を応用して呪術とも見られかねない科学的な方法を披露していたのだろう。晴明は翌日廻った秦氏の始祖にも関連している。その存在は謎めいた伝説のヴェールをまとっているものの、その時代においては確実に権威であった。神社は西側から来ると少し迷うと思う。西陣の古く小さな町並みが懐かしいが、周囲のアパートや堀川通りのさまが風情をなくしてしまっている。
五条へ下ろう。途中松原通りを鴨川方面に向かう。五条大橋の渋滞を尻目にこちらは静かな京の河原風情を保っている。この松原橋がじつは本来の五条大橋にあたる。正確には義経弁慶の時代の五条大橋がここだったというべきか。鴨川の流路も変わっていて、川向こうに見える宮川の一角は昔は中州だった。橋は中州をはさみ二つに別れていたのである。中州に今はもちろん移転しているが法城寺という寺があり、そこに塚があった。「晴明塚」である。この塚を信仰する一団がいたという。陰陽道が独特の信仰形態を保っていたことを伺わせる史跡である。

五条通り沿いに西へ戻り金物屋が多くあった、という筋をたどると有名な鉄輪井戸(万寿寺北の鍛冶屋町。堺町通りを北上し、通りの左のタオル屋林亀商店の左路地入る)がある。謡曲・能の鉄輪の発祥の地、丑三つ参り(時参り)の女の縁の井戸であり、身投げをした現場ともいい、縁切りの利益があるという。筋書きでは貴船神社の社人の前で鬼女となり取り殺しに来る前妻を避けるため、安倍晴明が雇われ形代を吊るというもの。家と家の隙間から入っていく場所だが、今は小さくも綺麗にわかりやすくなっているので難なくはいれるだろう。この井戸からは実際に古い金輪がたくさん見つかった。金物との関連もあるだろう。雰囲気はあるが禍々しくはない。
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かなづちをわすれて笹の時参り(笹は笹乃雪(豆腐料理)の略?見間違えならすいません)国芳
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王子稲荷 女異人の時参り(開化戯画)芳年
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無間之鐘(豊国)
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貴船神社の五寸釘が打たれた切り株
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地主神社(同)

安部晴明墓(嵯峨野)
余りに新しく作り直されすぎており、いくつかあるという安部晴明供養塔の中でも「作られた感」の強いものではないか。不思議な三重の塔に五ぼう星が貼り付けられているさまは殆ど新興宗教だ。

阿倍野(大阪)
なので安倍晴明神社(あべのハルカスから)。生誕伝承があるらしい。現在阿倍王子神社末社。


安倍晴明ですよ (北斎)
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源平名頭武者部類
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北斎漫画第十一編
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<おまけ>
渋川春海、面白い人だなあ。江戸前期ならではの、何か最初を作った一人という感じで、しかもいくつも能力を備えたスーパーマン。(絵は渾天儀というだけ)お墓は品川の東海寺大山墓地(沢庵和尚や賀茂真淵、島倉千代子がいらっしゃる)
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北斎の富嶽百景の天文台図は本所蔵前の屋敷の渾天儀。

渋川春海の父が三哲を名乗り寺として居館を据えた、そこから土御門も遠くなく子は改暦に備え陰陽学の知識も借りた、で、のち幕府の初代天文方として江戸に移ったら神道本を著すようになった、て、まあ宗教ではないんだろうけど現代の目からすると神仏安倍晴明混沌としてるような。三島暦師の家関係ない
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東海寺大山墓地の渋川春海墓へ。本来上方にあるべきお墓かもしれない。改暦の先駆、棋士、江戸で初代天文方。末裔がいらっしゃるようですね。



by r_o_k | 2021-05-30 20:36 | 不思議 | Comments(0)