揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

【五百羅漢】らかんさん立ったり座ったり寝たりお酒飲んだり世界征服したり【楽しむ仏像】

五百羅漢

耶馬渓羅漢寺:

日本三大五百羅漢の筆頭。耶馬溪はわりと小規模だけど、ゆっくりしたければいくらでもできそう。煉瓦作りの橋を見られなかったのが残念。青の洞門は思ったより綺麗だったですよ。羅漢寺下までタクシー、その後羅漢寺までは仁王門経由で登って(曼荼羅石という飾り石がある)、五百羅漢や火災時に活躍したという龍の石彫など見て、下りをリフトにして探勝路経由で青の洞門バス停まで、距離はそんなにないけど聞く人によって言うことが違うので時間が怖かった。特急バス最終で中津へ。
北九州煩悩抹殺巡礼の旅<まとめ>その1 竹原古墳、羽犬塚、岩戸山古墳、チブサン古墳、トンカラリン、江田船山古墳、田原坂、熊本城、大乗院鬼のミイラ、耶馬渓羅漢寺_b0116271_101659.jpg
耶馬渓近く山腹にある羅漢寺は東京目黒の五百羅漢寺が建立されるきっかけとなった有名な石造五百羅漢。やや狭い洞窟のような場所に木組みと願掛けの杓文字に囲まれてある(現在撮影禁止とのこと)。五百羅漢自体は日本特有のものとされることもあり、自由な造像は黄檗宗の流れを受けていることを示している。後述の京都の大本山萬福寺に安置される十六羅漢像がモデルとも言われる。
北九州煩悩抹殺巡礼の旅<まとめ>その1 竹原古墳、羽犬塚、岩戸山古墳、チブサン古墳、トンカラリン、江田船山古墳、田原坂、熊本城、大乗院鬼のミイラ、耶馬渓羅漢寺_b0116271_111639.jpg
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_20065883.jpg
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江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_20071295.jpg
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_20072536.jpg
【夥しすぎて記事分けますね】アナログ写真photomyneスキャン;京都奈良湖東オタモイ遊園地懸造り建築物七天王塚ほか_b0116271_10480774.jpg
北九州煩悩抹殺巡礼の旅<まとめ>その1 竹原古墳、羽犬塚、岩戸山古墳、チブサン古墳、トンカラリン、江田船山古墳、田原坂、熊本城、大乗院鬼のミイラ、耶馬渓羅漢寺_b0116271_132078.jpg
北九州煩悩抹殺巡礼の旅<まとめ>その1 竹原古墳、羽犬塚、岩戸山古墳、チブサン古墳、トンカラリン、江田船山古墳、田原坂、熊本城、大乗院鬼のミイラ、耶馬渓羅漢寺_b0116271_14070.jpg

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栃木県足利市は足利学校からも遠くない、徳蔵寺の五百羅漢を喜多院(後述)より日本三大羅漢とすることのほうが多い。しかしながら像のインパクトで水をあけられているようだ。小さく端正な木彫で、ピラミッド状に配置されている。耶馬渓が石彫、こちらが木造、そして次の建長寺が銅造ということで、三大に含まれている可能性がある。文化財としては地方自治体レベルの指定だが、五百羅漢自体新しい概念なので滅多に指定されるものはない。堂が開いていなければ申し出るとよい(開帳日を限っているようなこともネットでは読める)。おそらく現在撮影禁止だが画像はたくさん出てくる。
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鎌倉建長寺山門楼上五百羅漢像、これは私も見たことがないので昔のパンフの表紙を。なかなか焦点が当たらず春秋の風通しでもこちらに上げることはなかったが、近年鎌倉観光化施策の試みとして抽選で毎年4月頃に解説いただいた上で登らせてもらえる機会が出来、そのときの写真がネットに多く見える。もっと開かれたときには私も行って見たい。こちら銅像という特色があるが原型は江戸仏師による木造で、それは別所で焼けてしまった。バラでは時折展示されたり書籍に載ることがある。面白い格好をし特色あるものだそうである。
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パンフ等
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(明治中期の書籍より)
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法隆寺五重塔初層四面
塑像羅漢(国宝)
北面(釈迦入滅図)
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日本最古(和銅四年)
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遠野の山中にある線刻五百羅漢。天明大飢饉の犠牲者を悼むため大慈寺の住職が自然石群に刻んだもの。苔に侵食されよくわからなくなっているものも多いが、逆に異様な印象もあたえる。近辺に金精様信仰が残り、巨大な陰陽石が散在。
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川越喜多院の石造五百羅漢
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石像羅漢としては瑞逸の出来を誇り、屋外庭園の風情も相まって人気を集めている。栃木、埼玉には同様の造像がみられる(少林寺など)。撮影は自由。カメラ好きは飽きないだろう。日本三大五百羅漢に入れる場合もある。

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石手寺奥ノ院(小乗寺)羅漢堂 愛媛道後
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北条石仏(兵庫)

五百羅漢石仏(北条町北条1293羅漢寺 1700まで)200円
室町末期~江戸時代の石仏として棒状の特異な形態を示しており、民間信仰の五百羅漢の極致を示したものとして非常に有名。棒状のソッテやトーテムポールにも似ているものがある。優しい顔に注目されるが、数でいえば険しい顔のものが多いのは飢饉供養等の何か理由があると思われる。鼻と目だけを直線で切り出したモアイのような顔がおそらく最初のもので、追刻や修復、墨入れで印象の変化したと思われるものも多々あるが(後年追加されたとおぼしきものもある)、それもまた味となっている。門前の蓮華座に胡坐をかく仁王二尊石仏は剥落が目立つが非常に個性的で、素人手による造像であることを想像させるが、それにしては大きくて構造的にしっかりしている。これと境内の宝形印塔残欠には慶長年間など江戸初期前後の刻銘があるという。

【2019GW】兵庫加西姫路加古川神戸&竹田城城崎温泉・北条石仏石の宝殿ゆっくりするつもりが詰め込んでたいへん旅:2019/5/5-7(古写真追加)_b0116271_15353155.jpg

(参考)住吉神社・酒見寺
※羅漢寺と関係あり。重文建築2(江戸初期)広大な境内に元は同じ寺社が弁天池を境にそれぞれ壮大な伽藍を配しており圧倒される。とくに酒見寺は修行堂や三重塔、仁王門といったものがきれいに揃っていて美しい。災害により古い建物を失っているのが残念だが、現在のものも江戸時代であり、迫力はある。


~修那羅と並んで近代民間石仏群で知られる北条五百羅漢を見てきた。昔より整備され草木は刈られ雰囲気は垢抜けている。ひときわよく見えるのは繰り返されたであろう修復痕。彫りが深く立体的なのは折れた石柱に再刻されたものではないか。目に墨を入れるなど面白い。単純な手なのに個性的。 https://pic.twitter.com/zwxghBmCnm

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蓮華座に乗る仁王も不思議。表情がにこやかなのは五百羅漢の一部(多くは険しい)と共通。この仁王に江戸初期の刻があるというが荒いノミ跡に確認不能。宝篋印塔残欠に慶長年間刻があることの誤解か。近在酒見寺の施設だったといい、そちらは寺社揃って大伽藍。だが何度も被災し国重文2塔江戸初期のみ https://pic.twitter.com/gCc9nOCsst

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石仏は雨の日に撮るのが定石。最近は愛用の水中カメラで撮るのだが、今日もピーカンでむいみでした。


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報恩寺(盛岡)

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マルコポーロ、フビライの像?



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玉宝寺(多古の五百羅漢)小田原

江戸中期


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五百羅漢寺(江戸)

本所ですね。五百羅漢寺、明治初期 安政大地震で被災し、正面の三匝堂が百観音さざえ堂(舞台付)ですが屋根などボロボロ、左は山門すかすか、右奥本堂は左右羅漢堂倒壊で羅漢さん鮨詰め。横浜開港資料館蔵アルバム、ファーイースト、東京名所図会(江戸名所図会含)より

江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_11410900.jpg
ファーイーストを読破しようとして疲れる、遊行寺で旧盆らしい寺宝(記憶で書いた)、戦争文集、絵金、金閣寺…2018/6/26-7/2_b0116271_17065408.jpg

ファーイーストを読破しようとして疲れる、遊行寺で旧盆らしい寺宝(記憶で書いた)、戦争文集、絵金、金閣寺…2018/6/26-7/2_b0116271_17065437.jpg
旧羅漢寺時代の五百羅漢寺。明治初期。
建物もかなり傷んでいた様子。檀家を持たなかったため資金に苦労。五百羅漢像も回廊配置ではなくなった。この時期からお鯉さん姉妹再興の間に廃仏令、二度移転、被災などで数像を売却などしたとされる。明治時代の一般的な資料でその模様はあるていど追える。
すんません、本堂屋根の歪みは原本の歪みです。
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_11411026.jpg

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参考:葛飾北斎(舞台からの眺めが富嶽三十六景のもの)歌川広重やその系統、歌川派もさかんに描いている。
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_16301081.jpg
富嶽百景より
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江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_23111630.jpg
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_17383850.jpg
〜広重、北尾政美

東京印象記m44
絵本江戸土産(広重画)

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13255608.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13255694.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13255657.jpg

江戸名所百人美女(國久)江戸名所道戯尽 廿六 五百羅漢さゞゐ堂の景(広景、広重の模写に人物を加えている)江戸名所賀喜分発句寿娯六(文久3年、豊国老他)

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13270831.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13270964.jpg
江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13281587.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13270908.jpg

ほか重政、広重、広重二代、北斎等

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江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13274201.jpg

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江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13302940.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13302928.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13303040.jpg

江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_13303050.jpg
江戸名所・明治で遊んでみる:道灌山の雲雀、鎌倉大仏を売る、天王寺下衣川はどこ?、パクリ江戸名所絵6枚、紙玉西郷、急転不調;2018/11/20-28;twitterまとめ_b0116271_18112407.jpg

旧盆ですが盂蘭盆会と施餓鬼会があわさったとのことで、盆と正月が二度の機会になったそうです。施餓鬼会は江戸は両国回向院が有名でしたけどまだ移転前の五百羅漢寺も沢山人が集まり東都歳時記に載ってます。天羅山真盛寺は杉並に移転しましたが円山派の地獄絵を出した。あと二十六夜待ちは楽しい祭。

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江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_20000560.jpg
松雲元慶禅師墓まいりの話、目黒に立派な塔があって、あそこだけなのかなあ。別のところにあると聞いたんだけど。。あと、耶馬渓羅漢寺で発願したのね。

本所五ツ目(亀戸(大島))から荒廃をへて同緑町に移転したとき「羅漢寺」と称している(写真)。三匝堂は本堂右続きで羅漢像びっしり安置。但仮建築のまま目黒移転したらしい。堂内護法神宮として祀られた左の白澤像(伝獏像)が獏と俗称され最近まで別の建物に別けて安置されていた(今は出口の脇)。

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江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_11414591.jpg
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_17211588.jpg
谷中河鍋暁斎墓等探訪・江戸流行神招き猫・浅草寺寝釈迦・錦糸堀(置いてけ堀)写真と地図、江漢の大阪、人魚墓、白澤、日本写真事始:20190702twitterまとめ 絵追加_b0116271_12351498.jpg
「白澤が3眼以上の眼を持つ姿は石燕以降と推測され、それより前には3眼以上の眼は確認できない。」五百羅漢寺像は元々堂内社の狛犬位置に置かれ江戸名所図会にも。獏と通称されていたが白澤に直され羅漢の脇に移動。もし松雲元慶のものとすれば17世紀刻、石燕以前。
到底羅漢と同じ流れで作られた像ではないので中興堂宇が整えられた18世紀以降の補作だと思う。少し見世物的名所になった江戸後期だとすると、ギリシャ彫刻風といわれた髪の毛や顔立ちもわかる。ところで山海経にあった気がしたが今見たら無かった。

天恩山さんの提灯。お茶屋さんで休んでいきたいとこです。

ファーイーストを読破しようとして疲れる、遊行寺で旧盆らしい寺宝(記憶で書いた)、戦争文集、絵金、金閣寺…2018/6/26-7/2_b0116271_17124899.jpg

・羅漢寺と五百羅漢寺を勘違いしておった。前者が百観音をさざえ堂に飾ってたのね。後者は目黒移転。<誤解でした、さざえ堂も現五百羅漢寺(移転前)のもの。現ご住職より指摘あり(後述)羅漢寺というと今は別の寺が旧在地近くに移転してきたものとのこと>
ありがとうございます、古書を参照していた際、明治に一回移転したときの住所で勘違いしたようです。目黒の天恩山は旧堂の頃から存じ上げております。配置が変わって戸惑いますが獏像が近く見られるようになり嬉しいです。
・うーむ、まるで日本唯一構造のように飯盛山のさざえ堂を語っていて、誰もお鯉さんの五百羅漢寺がさざえ堂で見せる深川羅漢堂だったことに言及しないので、うっかり変説をのべてしまった。ご住職自らの指摘をいただいてしまい恐縮。あと、忘れてたけど松雲師の墓参行くつもりだったんだった。
・五百羅漢は回廊で見せて三匝堂(三層堂)のほうは霊場めぐりの百観音、というとこがまず区別されてない言及が多くて混乱する。またほんと大規模なもので舞台からの景色は北斎など描いているところだが、幕末の災害続きで荒廃してしまったためそこからの目黒移転、復興のあたりは本でもよくわからない。
・徳川夢声さんのかかわってるとこで謎が増々で、フィクションと事実の区別がつきにくいなー。小さいけど本堂脇にたしかお鯉さんの祠があるので、明治の世を席巻した新橋藝妓でもとくに力量をしめし銀座の政論カフェー経営と騒乱巻き込まれの、あとは目黒で展示を読むといいけど、原爆と共に思いはせば。
・仏教には無知なので何ともだけど、五百羅漢は黄檗宗寺院から派生していったというのは正しい理解なんだろか。五百羅漢の発展と分布をまとめたものはあるのだろか(今でも作られ続けている)釈迦直弟子レベルの数だと中国にも多いようだが五百はどこからの数。。規範は耶馬渓の石仏(閻魔もいるけど)?
東京名所図会の付記に荒廃した五百羅漢寺を「鷺草茫々」としてる。河畔だから沼地なのかもしれないけど、鷺草って雑草扱いなのか。画像が汚くて読み間違いかもだが。
ファン・ロイエンの原画、五百羅漢寺にあったのね。。
・現在はこの本堂を中心に片側回廊式で五百羅漢と本尊が配置されています。
江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_11421764.jpg
蛇足

旧本堂、黄檗宗様式ですね。墨東の毘沙門堂や目黒で戦火を掻い潜った同様式の堂を見ることができます(後者国重文)今は黄檗宗ではないと思いますが、三代でこの広大なお寺が確立され江戸の名所となりました。隅田川景色をさざえ堂2階舞台(ベランダ)から眺める北斎画が有名(当時3階建は許されなかったか、三層構造だからサンソウ堂とはいわれる)。


江戸とは関係がないが紆余曲折あって徳川夢声の小説で有名な元新橋芸者のお鯉さんという方が大変な才覚を持ち、出家して目黒のお堂を再興し、その妹さんからの古い堂は現在の本堂の位置にあった。


お鯉さんはかつて山縣有朋から桂太郎の妾に推挙され正妻とも折よくやった。羽振りは良く銀座のカフェを経営するが、そこでは客が喧々諤々の議論をやっており、日露戦争ポーツマス条約締結への反発でついに暴動となった折、日比谷焼打事件に巻き込まれ店を失ってしまったらしい。当の総理桂太郎の妾だからだろう。

江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_18024733.jpg

戒厳令が敷かれたあとはこのマンガのとおり。参考。

江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_18285073.jpg
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(蛇足の蛇足)日比谷交番焼き討ち事件(ポーツマス条約不満分子がロシア関連の施設と交番等を襲った事件)の紙がちょっと貯まったので記録(写真はたくさん残っており映像もあったと記憶)。親戚の日記は当日と翌日を簡単ではあるが物々しく書いてる。お鯉さん(目黒五百羅漢寺再興)が新橋芸者として稼いだ大金で経営してたカフェが巻き込まれ大変だったと夢声に。
コロナを恐れて室内作業ばかり:謎の古写真について・疫神の詫び証文など・昔撮った写真・資料2020/3/1-7_b0116271_16204441.jpg
コロナを恐れて室内作業ばかり:謎の古写真について・疫神の詫び証文など・昔撮った写真・資料2020/3/1-7_b0116271_16210100.jpg
コロナを恐れて室内作業ばかり:謎の古写真について・疫神の詫び証文など・昔撮った写真・資料2020/3/1-7_b0116271_16211518.jpg

心の強いお鯉さんはこのあと桂太郎を失っても色々活発に活動しているようだが、事件に巻き込まれ罪を着せられてからは髪を落とし仏門に入り、ほぼ何もないところから五百羅漢寺を再興すべく行脚した。ただ、ここまでくると確からしい資料が少ない。


閑話休題。


古式の寺院ではあるが中の諸像配置は今に似ていたと遠く記憶している。それはそれでとても仏式で興をそそられるものだったが、76年頃に現在の新建築となり驚いた(幼少のみぎりよく覚えていると我ながら)。中に入ってお参りしたのはそれから10年以上たってのことだった。じつはこの回廊式が本来の姿と知った。現在はすっかり勢いを盛り返し整備もされ、展示も充実している。本堂右手にある原爆碑は元お鯉さんと徳川夢声によるものだ。平山蘆江の追悼碑もある。


江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_17394573.jpg
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〜明治前期まで
<参考>黄檗宗寺院建築
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2018/8/13-8/16墓参り、日本三大磨崖仏、終戦記念日、黄檗宗寺院建築、古写真対照つづき:ふつう日記_b0116271_14120574.jpg


江戸時代つぶやき(黒人塚ほか写真追加、十年越しはりまや橋現場検証、五百羅漢寺、タコ薬師、弥助、三浦按針、新撰組BLへの疑問);2018/7/10-16_b0116271_17440772.jpg
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〜目黒移転から戦後、70年代までの本堂
令和のまえに(平成の積み残し)GW直前とくに何もない雑談;2019/4/23-25twitterまとめ_b0116271_14565743.jpg


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道後石手寺のUFO堂(五百羅漢トーテムポール)
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前はここだけ行かなかったんですよね。案外小さかった。あと、五百羅漢トーテムポールの配置が変わって数も物凄く増えてたみたい。雨の中、観光客がいないので電飾も消えたまま。とくに地獄めぐりがまったく電飾なしなのは足元怖かったな。
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天寧寺五百羅漢(尾道)

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天寧寺五百羅漢(彦根)
【夥しすぎて記事分けますね】アナログ写真photomyneスキャン;京都奈良湖東オタモイ遊園地懸造り建築物七天王塚ほか_b0116271_10552367.jpg
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【夥しすぎて記事分けますね】アナログ写真photomyneスキャン;京都奈良湖東オタモイ遊園地懸造り建築物七天王塚ほか_b0116271_10552288.jpg

かなり高精細の写真なのにこの画質。うーむ。カメラ三台持ってて取材と間違われた


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歳時記:9月 東京逍遥 目黒大円寺&富士浅間神社シンゴジラ幻影、謎の呪い 2016年_b0116271_11012815.jpg

目黒行人坂・大円寺(江戸三大大火の「明和の大火」の火元で被災者の菩提を弔う五百羅漢石仏(多くはレリーフ状で被災者以外も含まれる)があります。明和の大火事は無頼僧の放火によるものですが、それより遡ること一世紀弱、八百屋お七の情人の吉三が隣の現雅叙園にあった明王院へ入り、西運と名を改め菩提を弔ったといいますから奇妙ないきさつです(芝居が元の俗説とされていますが)。明治に廃寺となったあとその墓はこちらに移され(非公開)お七吉三の比翼塚など後世の碑文が残っています。広重の富士図でも有名な太鼓橋は明王院の脇でしたが架け替え後こちらに石材が残されています。ほか清凉寺式の釈迦如来像(国重文・正月公開)など公開範囲内でも見どころは多いです)

目黒大円寺五百羅漢 キリシタン羅漢?
(大火の火元として長らく堂宇を作ることを禁じられ、五百羅漢レリーフも被災者の冥福を祈る目的ははっきりしているが誰が作ったものか、配置も含めて変更や追加もあったよう謎が残る。堂内に入らないとはっきり見えないが、(元)吉三の彫ったお七地蔵は拝見できるものの、元大円寺下に庵を営み今は大円寺に併合された(元)吉三の像もあるとされる。但し本尊右手にあるというが外から見ることができない。その他、大黒天は家康の顔をまねた功徳あるものとして非常に有名だった。背後に平安仏の顔も見える。国重文の清凉寺式(鎌倉時代前期)は正月のみ開帳だが他はいつでも外からなら覗ける。墓地は檀家以外不可。キリシタン羅漢については以下参照。例の記号論的なキリシタン炙り出しなのでかなり疑わしいところもあるが、以前「目黒キリシタン」について項をあげたとおりたとえば権之助坂にキリシタンが潜伏していた話※があり、早い時期に行人坂上の高台(大円寺を見下ろす位置)に刑場と投げ込み寺が作られた可能性があるという。造成時に大量の骨が出土したからである。※目黒は潜伏キリシタンがいたとする説があり、実際大名屋敷庭園や寺地が多く隠れやすい(大円寺五百羅漢の中の洋風石彫や大小散在する切支丹灯籠はともかく坂の途中の商家内の一軒が切支丹というのも読んだ)。呪術イメージから陰陽師と混同されたり邪宗門と一括にされたりも。
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もっともわかりやすい「切支丹羅漢」錫杖の円環の真ん中に歪んだ十字が見える(維新後補作の可能性もあるが権之助坂の摘発潜伏切支丹の供養説もある。実際はこの五百羅漢は大火で亡くなった実在の人物の供養のため通常の五百羅漢の像容をとっていないとされる、作者不明)
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「切支丹羅漢」の疑いのある女性羅漢、羅怙羅尊者の形式をとっているが仏性というより西洋人が現れているように見える
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「切支丹羅漢」の疑いのある羅漢(中央)、錫杖の円環部分に十字があるというが不明。鎮魂が目的の羅漢のため錫杖を持つ地蔵菩薩と習合したようなものが非常に多く、錫杖のバリエーションで判断するのも疑問
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「切支丹羅漢」の疑いのある変形錫杖を持つ羅漢、壁際中央
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「切支丹羅漢」の疑いのある母子羅漢、これは色も黒く少し大きいので目立つ。鎮魂なので母子像でもおかしくはないし慈母観音というより町人の母子だが、慈母観音を切支丹由来とする説に基づけば典型的な例とみなす人もいる
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目黒大圓寺の五百羅漢の女性について。伝承に基づき大火の犠牲者追悼のため犠牲者を模した、は置いておいて(ならなぜ爺さんだらけなのか)最初の方は慈母観音的なものかなと思っていたが、平手を見せる右手には最初、仏果を持っていたのでは?この2つは鬼子母神、谷中同様日蓮宗が入っていたのでは?

・・・

石峰寺。伊藤若冲の五百羅漢。
デジ化時の色褪せとともに謎の緑の映り込みで賽の河原写真がだめになってる。




伊藤若冲の人となりはこういうもののほうが出るのかな

これも仏画様式の一つとして禅ぽい考え方で作られたんだろか


そう椿山荘って若冲が深草中将の深草(伏見稲荷の脇)に残した羅漢の一部を移築してるのね、たしか。でも伊藤若冲が彫ったわけではない。戯画ふうの簡単な下絵を石屋に渡して彫らせたので、さほど込んではなく、オリジナルが複数もありうる。あるいは椿山荘のものは別ソースなのかな。


・・・

宮島

大聖院五百羅漢ってここかー(新聞に出てた)


・・・

らかんさん

・・・
田谷の洞窟:十八羅漢
とうきょう窟めぐり(こんなところに洞窟伽藍)  ※補筆追記_b0116271_16283728.jpg
(画像は山梨賢一「不思議の旅ガイド」参照)

奥底に流れる音無川・・・「三途の川」とその彼岸(壁)を行く十八羅漢の彫像(このちいさな川は結構深く、きれいに透んだ水中には洞窟の生き物も棲息しているらしい)、幽玄の雰囲気満点、圧巻です。あの世めぐりのオカルティックな趣向もあるのですね。

・・・

萬福寺十六羅漢(重文指定の一体は現在は京博寄託)

五百羅漢寺の松雲元慶さんの墓まいりをしようと思ってたらどこにあるのかわすれてしまった。ので黄檗彫刻といえば萬福寺羅漢。大分から岩手まで奇抜な江戸五百羅漢彫刻の元祖かと。
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五百羅漢が中国にあるって当たり前のことに気付かされたり。黄檗宗から広まったのが羅漢信仰だったよねたしか。
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・・・

埼玉県寄居 少林寺
山一つが五百にとどまらない羅漢などが配置された信仰地となっている。
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・・・
日本寺千五百羅漢・観音

現在は回れないらしい日本寺千五百羅漢は初期デジカメの写真はあるが紙焼きは膨大なので躊躇。時代は埼玉のものより遡る大野甚五郎手だけれど似た印象をいだく、これは多分日本三大羅漢の筆頭株、耶馬渓羅漢寺の五百羅漢石仏がモデルだからでしょうね。カメラないし書写も禁止となると記憶で持ち帰る。

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【夥しすぎて記事分けますね】アナログ写真photomyneスキャン;京都奈良湖東オタモイ遊園地懸造り建築物七天王塚ほか_b0116271_10480791.jpg2020/6/19conc.-30am00:14上醍醐、山田浅右衛門墓と霊厳寺、西伊豆城ケ崎蓮着寺、森戸神社水天宮の子授け石、蓮を被る子、沖縄慰霊の日、葉山の庚申塔、鋸山、大力石持ち上げ方、大掃除_b0116271_01251303.jpg
2020/6/19conc.-30am00:14上醍醐、山田浅右衛門墓と霊厳寺、西伊豆城ケ崎蓮着寺、森戸神社水天宮の子授け石、蓮を被る子、沖縄慰霊の日、葉山の庚申塔、鋸山、大力石持ち上げ方、大掃除_b0116271_01251374.jpg
2020/6/19conc.-30am00:14上醍醐、山田浅右衛門墓と霊厳寺、西伊豆城ケ崎蓮着寺、森戸神社水天宮の子授け石、蓮を被る子、沖縄慰霊の日、葉山の庚申塔、鋸山、大力石持ち上げ方、大掃除_b0116271_01251383.jpg
2020/6/19conc.-30am00:14上醍醐、山田浅右衛門墓と霊厳寺、西伊豆城ケ崎蓮着寺、森戸神社水天宮の子授け石、蓮を被る子、沖縄慰霊の日、葉山の庚申塔、鋸山、大力石持ち上げ方、大掃除_b0116271_01251337.jpg
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豊後大野十六羅漢
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・・・
旧十輪院宝蔵

2020/6/8conc.-11pm12:39梅雨来た;奈良界隈・二上山堂宇スキャン写真、十輪院宝蔵(東京)、苅宿八幡宮の力石、ネット事件簿_b0116271_15190172.jpg

2020/6/8conc.-11pm12:39梅雨来た;奈良界隈・二上山堂宇スキャン写真、十輪院宝蔵(東京)、苅宿八幡宮の力石、ネット事件簿_b0116271_15190192.jpg

ならまち十輪院本堂(国宝)、ここから移築された宝蔵(現地にはコンクリの建物がある、国重文)東京国立博物館 十六羅漢の線刻のある石板を床下に立てた日本最小の校倉造となっている


・・・

宝誌和尚(大徳寺旧蔵五百羅漢に列席)


このひと。

京都国立博物館委託品・国指定重要文化財

きょねん東京にもきた。一木鉈彫り特集のひとつとして豪快な像群の中に静かに直立されてました。文庫版「表徴の帝国」の表紙でした。たしかにインパクトあります。でもちょっと即物的に解釈しすぎな感じがある(バルトふうに言えば意味性から開放された「記号」ってことなんだろうけど、そこまで言うほどプリミティブな国ではないよなあ日本)。宝誌和尚の説話はあくまで比喩的なものと解釈するのがムコウでは定説だったようなじゃなかったような仏教よくわかりませーん(いいかげん)和尚というよりむしろ仙人や行者のイメージであり、その修行期の行いは何一つわかっておらず、ただ言えることは修行から世俗に還ってきたとき、別人のように変人かつ超人になっていたということだ。説話自体は後代とくに唐のころに誕生し流行ったものらしく、日本にもそのころ伝来したのだろう。あるいはだいたいみんなこの像を語るときソースにしている「宇治拾遺物語」(鎌倉期成立)巻九にみられる話そのものがあるていど日本における空想的信仰の結果かもしんないけどどうでもいいや。像は平安末期のもので、鉈彫りという比較的新しい日本独自の手法も和尚の修験者的側面や自然児的性格(ああ語彙のない奴・・・)をよくあらわしている。仏教アナーキスト、一休禅師のご先祖さんと言ったら怒られそうだけど言ってしまうごめん。この説話で何故か個別に十一面観音があらわれるのは、唐代に和尚が十一面観音の化身として信仰されたせいだそうだ。

説話:神通力にたけた怪僧として和尚は有名だった。その性格の特異さ(錫杖に鋏や鏡をさげ長髪をたらしたぼろぼろの身姿も修行の内容もまるで今のインドの修行僧のように怪異だったらしい)と気まぐれな能力(分身とか予言とかいろいろランダムに行ったらしい)の特異さで生き仏のようにあがめられていた。あるとき梁の武帝にその姿をうつした絵を求められた画家が、座前で紙を拡げたところ「その内なる仏性が自ら顔を出した」。すなわち和尚が自分で顔の皮を掻き毟ると面が割れ、中から十一面観音の顔が現れたのである。画家が畏れながらもその姿をうつそうとするものの、十一面ある顔をめまぐるしく回転させたため、遂にうつすことができなかったという。

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平安末期の爛熟した仏道のさまを見せるものというより、仏教の庶民宗教化の結果として誰にもわかりやすくビジュアルで脳直に訴えられるようにしつらえられたものなのではないかと見てとれる特異な像様で、京博に展示されているが西往寺(京都市下京区高辻通り大宮西入ル )の所蔵。庶民仏教が呪と乱神の民間信仰と紙一重の位置にいたことがわかるけど、フランス人にはたんにシュールなからっぽの像(もちろんポジティブな意味ではあるけれど)ととられたみたいですね。五百羅漢に腹をひらいて仏性を見せる独特の人がいるが(名前失念ってことで)この人と和尚が同一人物と考えられたりもしてるらしいです。大徳寺(一休さんのお寺)伝来の五百羅漢像には和尚が描かれてるとwikiに書いてあった。ボストンにいっちゃったそうだけど。

で、おもしろがっていろいろらくがきしてみたのだが、しょうじき、やらしい。

表徴の大日本帝國_b0116271_2348334.jpg


顔が真ん中で裂けて中から顔が出るようにすると、どうしても顔の大きさが一回り小さくならざるをえず、これでは顔面に×××があって生まれるみたいではないか(自主規制)額のポッチまでモノのみごとに(自主規制)で、やっぱり真ん中で裂けるのはどうかしてるので、横から裂けさせたりいろいろやってみました。まあ、思ったのが、

表徴の大日本帝國_b0116271_23493975.jpg


痛そう。

そして、

このあと和尚はどうやって元に戻ったんだろう?大魔神みたいに腕をかざしたら元の顔に???

うーむ。

しかし中国でこんなダイレクトな像様の仏像って残ってるのかなあ?

日本人のキッチュな想像力おそるべし。ポップとアートはつながっている。宗教が間に入る入らないにかかわらず。

記号論とか話題を振るなかれ。授業はとってたけど嫌いだったし。一国の文化って関係諸国との相互的影響のもとにあらゆる表現要素が複雑に離合集散絡み合い存在するもので、また文化という存在自体非常に煽動力のあるものだから、政治など外的要素による進化退化停滞もよくあったことで(江戸後期の歪んだ庶民文化のありようを想像してもみなされ)、歴史の経緯とも不可分なもので、それを混乱した歴史観のもとにまさに現代の表徴だけでとらえヨーロッパと比較するというのは如何にも単純にすぎる。つか、この本あんまり覚えてない。。

・・・
おびんずるさまと文明開化

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〜賓頭盧尊者(開化絵、河鍋暁斎)

・・・

羅睺羅尊者というと胸内から仏性を発する(?)即物的な姿でゆうめいだけど、今は京博寄託となった萬福寺(正面は憚られたので斜めね…)十八羅漢の圧倒的な姿が日本で広まる元になってるという。。江戸より前は普通の僧形。嘉永年間には女形。。いや二番目のはね。。(一般撮影可能なもののみ)

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上野(但し八万四千体地蔵)

by r_o_k | 2021-04-17 21:49 | 不思議 | Comments(0)
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