【巣鴨逍遥】とげぬき地蔵と妖怪小僧、上野戦争から逃げる&墓【江戸の残照】

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高岩寺小僧
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とげぬき地蔵の巣鴨の高岩寺が高巖寺としてまだ上野(下谷)屏風坂門前(正確には今の岩倉高校の辺り、上野駅入谷口正面)にあった頃、古狸が小僧に化け誑かした。皆恐れをなし小祠をたてたが、お狸様もおかしいと小僧稲荷と名付けた。江戸後期(1805年)不浄に厳しい和尚になつき、躾けられた狸が、和尚の代替りするたびに姿を見せては、境内近所に小便などする者を伸び縮みする三ツ目小僧や明滅する大提灯に化け、門前の大きな溝に落とし怪我などさせ続けた。肝試しで来る若者にも漏れなく祟り、近所の者は早朝必ず境内門前を塵一つなく掃除することが日課だった。上野戦争で山が焼けた頃には狸も姿を消したが、稲荷としておおいに栄え、共に移転し境内に今もある。(佐藤隆三「江戸伝説」)
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(こんな塀があった。桜の名所も維新のゴタゴタと共に潰された)
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明治2年、高岩寺がカタカナで見える。まだ山側にずらり寛永寺末寺が残っていて、塀際を溝が走っている。広小路辺からここに迷い込んだ酔客が化かされ落とされたのだ。
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明治10年代、上野駅によって山側が大きく削られ高岩寺が駅前になっている。これが今も地形として残っている(↓)。青い壁面のビルが元鉄道学校で高岩寺だった場所。正確にはやや手前側か。
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(上:旧高岩寺門前辺(下谷)、下:小僧稲荷(巣鴨、真ん中))

維新前御徒町の屋台蕎麦の與兵衛が郷里古河より連れ来た小狸、大きくなり近所に悪さをするので困り上野の森に捨てた。侍や小僧に化け、よく寛永寺本堂に座っているのを坊主が見かけすぐに見抜いてほっておいた。菓子屋にぼーっと現れ菓子をやると狸に戻り逃げた。ある日山伏姿で来たのでなぜか聞くと、戦争になるから知らせて回っていると。間もなく山は彰義隊の戦争で焼けた。明治24、5年迄出た。菓子屋は千づかといい池の端にあった。予言の時は與兵衛山伏に乞われ饅頭を十四五振る舞ったと。そのように色々不思議な事を触れ歩いた話があったという。浅草寺も小僧稲荷もそうだが明治前期まで狸の話は生々しく語られていた。(佐藤隆三「江戸の口碑と伝説」)

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お岩さんの墓

:お岩稲荷前の静かな路。向かいに陽雲寺の幟。(四谷)

都史跡、於岩稲荷田宮神社。こちらが元祖、田宮家の屋敷社。江戸初期寛永年間に同心の貧乏武家であった田宮家をマスオさんと共に商家奉公で興隆させたお岩さんが深く信心したのがこの小社だが、お岩さんの幸にあやかろうと詣でる人のために100年後に於岩稲荷社として独立、ところが200年後爛熟の文政年間、四世鶴屋南北のおかげで俄かに祟神となったお岩さんを鎮める社のような扱いをされるようになった。「東海道四谷怪談」でお岩さんを演じた三代菊五郎が参拝しさかんに宣伝したせいでここに詣でないで芝居興行を打つと死者が出る、などのウワサが出た。神社は妙行寺という田宮家の菩提寺に勧請されたが、寺自体は結局巣鴨にうつり(20世紀になってからの話)菊五郎が通ったお岩さんの墓も一緒に行ってしまった。

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田宮家累代の墓の中に古様の層塔が別個に建てられていて、こちらでも貞女お岩として祭っているにも関わらず祟神として扱う参拝者は絶えない。

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(かつてあった燈籠に結び付けられた紙包みの髪の毛、願掛けか)


立派な「お岩通り」商店街まであって、田宮神社(明治時代に改称)の閑静とは異なり意外とお岩色が強いゾーンになっている。ちなみにこの社の近辺を東西に走る左門殿横丁は通称鬼横丁、お岩さんが嫉妬の夜叉となって走り抜けたというまことしやかなエピソードを持っている(これは恐らく東海道四谷怪談の主に3つあるというモデルのうち「模文画今怪談」にある「間宮家」に起こった「醜さゆえ離縁されすぐ再婚した男に怒り奔走のち膨大な祟りをなした女」のことを言っている気がする)*。近所のマンションで怪奇ラップ現象、などといった話が今時分になってもまだ語られているが、それはどう考えてもお岩さんじゃないよ。社は江戸時代から何度も壊滅の危機に晒されているのだが、いちばんの危機は戦争であった。石以外の全てのものは焼け落ちて、再建は成ったものの半分田宮さんの住居となって鎮座している現在、慎ましやかなさまはお岩さんの原型に重なってなんともいえない因縁を感じる。

*但し古地図をあたるとこのあたりの武家屋敷並びで横丁という名を持つのは甲州街道を縦、即ちお城を上としての横道となっており、さするに外苑東通りこそが「鬼横丁」ということになる。じじつ、幕末の地図では外苑東通りになる道(この大通りは東京オリンピックのために拡張整備されたもので、元は左門町を縦切る小路だった)に「左門ドノ横丁」と書いている。


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明治24年5月(写)。コックリさんをやった記述。神妙不可思議と感じたとのこと。その上の記述にある四谷妙行寺は筆者がのちに下宿屋として目をつけるところで、今の移転先巣鴨のお岩さん(田宮家)菩提寺。お岩さんの記述はこの日記に皆無。察すべし。古今未曾有の大珍事とは大津事件(ニコライ二世襲撃) https://pic.twitter.com/PJWXGtQHjb
はざま【明治日記】訂正あり・大町桂月・田岡嶺雲・大久保躑躅園・お岩さん・こっくりさん・大津事件、PAPERANG P2、大分の鬼のミイラは浅草生まれ?:2019/5/20-24twitterまとめ_b0116271_13204156.jpg
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巣鴨墓地紀行


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司馬江漢

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芥川龍之介(座布団)

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遠山の金さん記念碑

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千葉周作

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歴代本因坊

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高村家墓(光太郎、智恵子、光雲)

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坪井正五郎

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岡倉天心

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明暦の大火供養塔等

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巣鴨は明治維新から関東大震災、戦災など、区画整理が必要となった際の都心部の寺ならびに墓地の移転先となっており、現在の寺町には江戸時代から巣鴨のものは少ない。ここから移転という場合もあるが、墓石の下物は置き去りで、無縁仏はめぼしいものは塔にまとめられるが、えてして魂を抜かれて石塀などに転用される。そういうものを観察するにもいいのが巣鴨だ。上の明暦の大火慰霊の仏像なども移転してきたもの。無縁塔が多い中には移転元で雑に葬られていた遊女の骨と墓石をまとめた供養塔もある(西方寺、共同墓域内)。

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二代目高尾供養墓(別項)

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巣鴨病院


銀座博画堂の美術宝庫一巻月岡芳年絶筆とされる写しには小松川病院にてとある。脳病院で知られた。この前に精神医療の巣鴨病院にもいた。Wikipediaは松川の病院と書いてある。松川と小松川は似て非なる。別の病院のことか。この絵の原本は知らない。 https://pic.twitter.com/LgbkoM7Bv4
【赤坂喰違の変情報】【絵金白描】竜泉大音寺・吉原弁天【明治日記つづき】20190517-20twitterまとめ_b0116271_14341045.jpg

巣鴨病院の訪問が書いてある。明治30年当時は精神医療は原始的で、見世物的な要素が無かったとは言えない。特に女子室をもっとえぐく書いたものは昭和初期まで多くある。驚いたのは既に蘆原将軍(葦原将軍)が君臨してたことで、今は無縁で豪徳寺墓地からも撤去されたそうだが、まあ、格好のネタか。 https://pic.twitter.com/JeQ6P9zg4G
【赤坂喰違の変情報】【絵金白描】竜泉大音寺・吉原弁天【明治日記つづき】20190517-20twitterまとめ_b0116271_14342172.jpg

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by r_o_k | 2021-04-18 20:15 | 不思議 | Comments(0)