【日和下駄】麻布七不思議火伏の「がま池」変遷(抜き出し記事)

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広尾から麻布へ。南部坂を上る、緑あるところたいてい江戸大名屋敷か、寺院なわけですが、このあたりは明らかに大名屋敷です(南部坂だから南部藩・・・だったことがあるらしい、とのこと)。左手に有栖川公園を見つつ上がりきって、テニスコートを過ぎ野球場の向こう尾根道から逆側下りすぐ、麻布七不思議のがま池があります。PONDという言葉にふさわしい湧水による窪地が麻布には各地にありましたが水が残っているのは珍しい。釣堀と井戸とここくらいとか。30年近く前から個人法人敷地に囲まれ一切外から見られなかったのですが、今や少なくなった麻布らしい下町風情の残る宮町で地元のご老人に教えていただいた、がま池が今なら覗ける、一軒家が壊されパーキングになっている!(この周辺は旗本屋敷のまま関係?末裔の方が地主だったような)2009
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冬に来たかった。。草木が邪魔。。でもいかにも擂り鉢状の窪地に水が湧き周囲に草木が生い茂っている、おお蝦蟇が出てきて水菓子盗みそうだ。伝説は錯綜しており詳しくはぐぐるかうちの古い記事を。ここも江戸旗本屋敷跡です。

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山崎氏の敷地内です。ガマの伝承は山崎家および関連する旗本のものになりますね(一説には古い長者の伝承を山崎の代で復活させた)。夢枕に立った(立った?)人食いガマの願いを聞き入れその退治をやめたあと、文政四年の大火で現れた大ガマが水を吹いて家屋敷を護ったから焼け残った、という噂より「上」と書いた御札を山崎家の者が販売したようです(明治改元後ここを去った山崎氏のあと昭和二年郷里に引き上げるまで家来の家筋である近在の清水家が配布していた、弁天祠も管理していたらしい)。武家の商売も大変。(江戸切絵図、幕末)
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陸軍省地図(明治十六年)
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明治中期の絵。幕末を経て既に山崎から渡辺子爵(大蔵大臣にまでなった人)にわたった後でしょうか、園地化されています。この広さも宅地化の進展に伴い戦前から昭和四十年代にかけてかなり狭められます。ちなみに似たような池は周辺に多く、もっと大きいものもあり、現存するものもあります。(東京名所図会)
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東京市史蹟名勝天然記念物写真集(大正12年)「都門得易からざる幽境である」と書いてあります。

関東大震災をへて、

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麻布区史(昭和16年)まだ雰囲気はありますが既に石垣に囲まれた新興宅地内の埋め立て池であったそうです。

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GoogleMapですとこのとおり、ちゃんと出ますのでお探しになる方はどうぞ。左の切れてる緑は有栖川宮記念公園(野球場や図書館)、右にメルクマルとして大銀杏で有名な善福寺があります。さて、goo地図の力を借りて少しタイムスリップしておきます。
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参考に明治十六年地図の広域(この地図は簡易測量図なので小川などこまかな水場が省略される傾向がありますが、しっかり名前も書いてますね)屋敷はともかく池は比較的変わらずに昭和まであります。渡辺子爵邸のままかな。
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戦後昭和22年の航空写真。青い点が旧屋敷ですのでその左がガマ池。いや、善福寺の本堂が全焼しています。この右はすべて焼け野原になっています。
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昭和23年「東京都區分圖 港區詳細圖」の部分。地図上は丸いです。だいぶ小さいです。辛うじて空襲を逃れたあたりでしょうか。善福寺門前の井戸同様、役に立ったでしょうか。カエルはいなかったか。
そして戦後復興、オリンピックも…
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昭和38年。まだ池はほぼ原型を保っていますが干上がってきているようにも見えます。このあとに本格的な開発がされていくのですね。善福寺本堂が他所より移築されてきて、現在のように復活しています。
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昭和39年「写真東京風土記」より。このような感じだったのです。当時の麻布高校出身者は懐かしく思うのではないでしょうか。
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「麻布-その南西部 港区の文化財第4集」昭和43年より

この岸周辺は事故防止も含め今は一切立入禁止ですが(防犯上仕方ない高級住宅街になりました)荒俣宏「日本妖怪巡礼団」、NHK「ブラタモリ」あたり最近の写真として掲載したものを参照ください。祠もあるようです。
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〜中沢新一「アースダイバー」H17、講談社 より

by r_o_k | 2021-03-12 14:19 | 不思議 | Comments(0)