【謎の鶏卵紙写真】日清戦争凱旋時に仮設された靖国神社杉葉鳥居だった【スケールでかい】

【謎の鶏卵紙写真】日清戦争凱旋時に仮設された靖国神社杉葉鳥居だった【スケールでかい】_b0116271_02190882.jpg

明治28年12月15日~17日、靖国神社臨時大祭(読み間違えてた)時の写真だと思います。スケールは違いますが位置関係と杉葉で覆ったハリボテ鳥居(日露戦争時には大村益次郎銅像と銅造鳥居の間に壮大な地球を模した緑門(アーチ)が作られ杉葉で覆われた)、交差旗がこの日清戦争(日台含む)凱旋図の一枚によく似てます。凱旋図では鳥居の形状が異なりますがよく見ると本殿前の鳥居も貫が横に突き出ております。この時期に既に靖国鳥居とも呼ばれる神明鳥居系の鳥居しかなかったはずです。逆に写真は額束があるように見えますが、額束の有る無しでは神明鳥居の判断にはならず、形式的なことはどうあれそもそもこれは額を取り付けただけで裏には額束が無いような感じです(それでも見た目ふしぎですが)。絵は話だけで描いて実見していないと思います。なので断言はできず確証はありませんが日露戦争以後の臨時大祭は建物が違ってくるのではないでしょうか。半見えの社号標は前年建立。拝殿有無がはっきり確認できれば(日清戦役時には存在しない)わかるのですが。

年明け。ツイッター等ネットへの不信。ボスニアの世界最大ピラミッド続報、三囲神社鳥居調べ(参考追加)、枕橋、靖国神社日清戦争凱旋鳥居(修正追記)2019/1/8-16_b0116271_14573375.jpg

みつけた。日清戦役靖国神社臨時大祭、たしかにこの写真はその緑葉鳥居でした。陸海軍御用商人有志が建てて奉慰忠魂の額を掛けている。まだ馬場があって記念競馬やったんですって。 https://pic.twitter.com/Pcly9JTxmh

ネットを何とか面白く;歴史ネタ(三囲神社鳥居、安達ケ原黒塚、喜多院の禁忌、本所の夫婦石結論、日本堤と合力稲荷、日清戦争凱旋靖国神社仮設鳥居写真)2019/1/29-2/5twitterまとめ_b0116271_17433138.jpg

ネットを何とか面白く;歴史ネタ(三囲神社鳥居、安達ケ原黒塚、喜多院の禁忌、本所の夫婦石結論、日本堤と合力稲荷、日清戦争凱旋靖国神社仮設鳥居写真)2019/1/29-2/5twitterまとめ_b0116271_17433246.jpg

ここでは松谷さんかなり正確にかいてんだけど、明治中期はまだ正確さはそう求められなかった(読者があまり検証できなかった)だけにまったく信用できないものはあって。精細でやや安価になった写真が本格普及してくると風俗画報も写真が増えてくるのはそのせいだろう。しかしその時期のものは復刻無い


参考:明治39年(1906)5月の臨時大祭のときの同所(この頃は既に今の拝殿ができています)、戦利品の小銃を積み上げて奉祝門が建てられていた。「明治三十九年五月靖国神社大祭写真帖」より。前年・後年と3年に渡り日露戦争凱旋の臨時大祭は開催されているが、他の年の写真は調べてません(資料はあるみたいです)

年明け。ツイッター等ネットへの不信。ボスニアの世界最大ピラミッド続報、三囲神社鳥居調べ(参考追加)、枕橋、靖国神社日清戦争凱旋鳥居(修正追記)2019/1/8-16_b0116271_21101818.jpg

by r_o_k | 2021-03-30 01:36 | ご紹介 | Comments(0)

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