【護国寺ひとむかし】化物屋敷の講談社~いにしえの出版事情

化物屋敷の講談社
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〜野間清治氏の本邸であった元の講読社の一構えは、化物屋敷といって誰も手を附ける者が無く持て余していたのを団子坂から引移って社運は隆盛を極めて来た。明治の化物屋敷も大正には消えてなくなってしまったものと見え宏荘なる大建築と東洋一の大出版社となったかの感があったが、野間氏が突然の死と続いて息子の恒氏の死亡、それから引続いて追放令に引っ掛ったりした。

"講談社末期の水も野間清治"

と或る人が云ったのは、偉人野間氏に対して怪しからん次第だが、日本全土の学校生徒から一銭宛集めた世界一周の飛行機が行方が不明になったり、五十嵐松園の原稿百回分をタッタ十五円に値切り倒して買って、本人が死亡した後、新聞一頁打っ通しの大広告を出して、大傑作という広告をした手際の鮮さは全く以て恐れ入ったものである。「栄え行く道」という野間清治の著は誠に処世の正しい道を書いてある物で敬服に値する。併し講談社の人達が全部野間式処世法を行って全部野間さんになったら日本の経済界は如何なるだろうと余計な心配をしているオセッカイな人間もいる。世の中は広いものだ。野間君の頭脳の綿密の事は其著書に依っても判るが、上手の手から水が洩るの譬えで、嘗て明治天皇崩御の直後「明治大帝」という本を出版した。此の本が市場へ出た時講談社の横暴を怒っている或る不良青年が、何か事あれかしと機を伺っていたが、この「明治大帝」の初版を買ってタンネンに一頁宛調べて見ると、其の中に大帝の"大"が"犬"という字になっていて明治犬帝となっている。此奴占めたりと計りに講談社に談じ込んだ。驚いた講談社は渋々何万円かの金を此の男に取られたが、この男は脅泊罪で捕まってしまった。天皇陛下をダシに多額の金を奪った罰が当ったのだから仕方が無いが、一方正義道をモットーとし、皇室中心主義の講談社が、 "明治犬帝"では大変だとあって、全国へ頒布した即製の製本を取り戻して其部分丈け印刷を仕直して再配布した。この為に同社の損害は莫大な額に上どうしてこんな間違いが出来たものか疑わしい。

現在では再び社運隆盛、分身の光文社も盛んだという噂である。〜伊藤晴雨「文京区絵物語」

講談社というと古い変な記憶があって、幾度も行ってはいないがさもありなんと思うところもある。

昭和十一年築の「第一別館」はこれとは異なる。抱えの作家のカンヅメに使われた有名な古建築だが、剣道場の野間道場とともに00年代に当時の建築基準に合う修復が不可能として解体再開発された。三井財閥の創業者一族、戦後公職追放となり切手収集家としてむしろ知られた三井高陽のスパニッシュ風別邸であり、戦後進駐軍接収のち講談社が手に入れたが、老朽化で空家になっていた。

by r_o_k | 2021-04-30 21:32 | ご紹介 | Comments(0)