揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

【それは疫神が怖くないのか】豪傑の逸話か死体愛好か、一休の粗忽か豪傑の逸話か【目出度し髑髏】

「林子平死せる兄嫁と同衾す」
林子平歴遊して還り家に在り、たまたま兄嫁氏死す、夜に至り子平眠を催す、則ち室上兄嫁氏死体の臥し床中に入る、家兄見て大に怒り叱す、子平泰然として答へて曰く、「兄嫁氏既に死せり、猶何んぞ嫉妬するをもちいんや」と、子平の磊落奇行、概ね此の類なり
以上「内外古今逸話文庫」M26/9博文館
~ただし寛政の三奇人、の奇人は優れた人という意味です。M44「偉人豪傑言行録 : 修養教訓」には以下のように掲載(抜粋)
林子平の兄嘉膳の妻は疫病に罹り重い病状だった。親戚といえど近づかない状況で子平は一人看護し避けることがなかった。亡くなったとき兄弟で遺体を守って横たわるが、夜中になると子平の姿がない。すると遺体の布団の中から寝息が聞こえる。布団をあげると子平がいたので怒って起こすと、夜深けはとても寒くしばらく布団を借りたのだと。死んでいるのに兄はなぜ妬ましく思うのかと一笑した。~

「髑髏出でて元旦を祝す」
当時相伝ふ、忠敬の家怪あり、元旦人頭神棚に現はると、忠敬の来婿するや、人之を忠敬に告ぐ、忠敬笑て曰く、人頭また元旦を祝するならんと、その説終に止むと云ふ、伊能忠敬、以上「内外古今逸話文庫」M26/9博文館
京都など古い家では独特の元旦儀式が残るけど、これは婿入した伊能忠敬を脅すというより、いわれある髑髏を置く習慣があり、それを前近代的と忠敬が廃したという意味に読んだ。元旦に髑髏といえば一休宗純である。
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憎くげなき此髑髏穴賢しこ
目出度くかしこ是れよりはなし
(元旦に墓地で拾ったしゃれこうべを杖にさして門付けのように回り、うかうかしているとすぐにこうなると警告したという話。町角にてさてもこの目出度き正月にそれはいささか不似合いではと問われて、これほどめでたいものはない、目玉が出てしまっているのだからと詠んで喝采を浴びた、という話。今の耳には頓智というより咄嗟の屁理屈に聞こえる)
・・・明治に「逸話」が流行し、官軍方の思潮にあう偉人、逆に悪役にしやすい人物、もともと有名な人物の裏話についてあることないこと演出したことを集めて新聞に書いたり出版したりなどした。上記のような書物も今は残らない江戸時代の資料や伝聞を含んでいるかもしれない。
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一部再掲

by r_o_k | 2021-01-30 12:13 | 不思議 | Comments(0)
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