【衆人環視】鎌倉事件とワーグマンスケッチ、Illustrated London News【斬首刑始末】

2019/10/20

鎌倉事件は幕末1864/11/21(元治元年)東禅寺事件や生麦事件など外国人殺傷事件の相次ぐ中、景勝地鎌倉で起こった英国人2名の殺害事件で、当時膨大な賠償金支払いや過酷な要求に押し切られるばかりの幕府方が犯人の、駐留英国人衆目下での斬首という要求をのんだ。
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〜幕末の鶴岡八幡宮参道(段葛)より左に大仏道があったが、この正面少し左、大木の生えているところ辺り。ここが殺害現場という。馬の遠乗りをした帰りに襲われたのである。
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先に捕らえられた2名は牢屋敷内の刑場での斬首が許された。日本洋画にも漫画にも多大な功績を残したワーグマンによる絵でもとは一枚の絵だと思われる。ワーグマンは素振りを見ただけで目を背け一人目の斬首を見ていない。上はイラストレイテッドロンドンニュース1865/2/25号。2枚目はベアトが写真を撮って残したスケッチで、これだとワーグマンの証言通りの光景である。
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イラストレイテッドロンドンニュース1865/3/18号、最後の1人清水清次の市中引き回し図。清水は犯人ではない説もあり、このように一人極悪人のように念入りに罪状を市中へ掲示したというのは同種の事件の多発を防ぐ見せしめの意味もあったろう。
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上が清水の戸部暗闇坂上処刑場での斬首スケッチ、ベアト撮影のもの。下がイラストレイテッドロンドンニュース同号(ワーグマンが契約していた)に掲載されたもの。見通しを良くするためか真ん中の矢来が省かれ、木々も見栄え良く照葉樹に描き直されている。
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ワーグマンによる晒し首のスケッチ(ベアト撮影)
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そして有名な晒し首写真(このての晒し首自体はかなり写真が残っている)ベアト撮影、首の近影もいくつかある

等など

by r_o_k | 2021-03-23 22:58 | ご紹介 | Comments(0)