小林幾英という明治浮世絵師

浮世絵など手を出すものではない、と思っていた。特にここ何年か外国からの購買が爆発的に多くなりいっそうの価格高騰を呼んでいる(た)と聞く。明治時代が好きなので、井上安治の東京真画(絵柄により刷り状態によりほんとピンキリ)が1枚3000円とかで出ていたので数枚買って、風景画としてはいいかな、と思っていたところ、会社から功労金が出た。それなら一枚くらいちゃんとしたものを、と小林清親に手を出した。清親も絵柄により刷り状態によりかなり差が出るが、たまたまそのタイミングで手に入りそうな、興味を引くものがネット上にはなく、見た目真っ黒の「天王寺下衣川」しかない。信頼度の高いところから、という前提だとかなり高いが、川瀬巴水とともにどうしても持っておきたかったので買った。もう結構刷ったあとなのか、繊細な部分が潰れていたが、以後安治が模写したものは出たが、これは見ないので良い買い物だったのだろう。ここでひと段落するはずだった。
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ネットや通販で買うとしばしばカタログが送られてくる。そこにやたら安い一枚の明治木版画が出ていた。当時よく行っていた浅草寺境内を描いた、ガリ版刷りのような代物である(これを何刷りというのか忘れたのでとりあえずそう呼んでおく)。赤を強調したどぎつさが開化絵、さらにそのあとの末流浮世絵の下層らしい。構図がいい。少し上からの俯瞰だが五重塔から本堂、桜並木(絵具の都合だろう真っ赤)より花やしきの料亭の塔が収まっている。使う色が少ないのを巧妙な配置でカバーしている。薄い色は退色があるので元がわからないけれど、赤が強いから今の色でも十分。本堂前の参道が歪んで斜めになっているが、この構図に収めるためわざと崩しているようにも見える。もっと目を引いたのは鳩が飛ぶ表現。浅草寺名物だった白鳩の群れを簡略化されたやや大きめの姿で本堂の軒先より背後の青空へ遠く飛び立たせている。青空は半分入道雲のような(桜が咲いているのと屋根に雪のような白いところがあるので夏ではない)デザインチックな雲に覆われ、そこに飛び込んでいく鳩の一列が遠近法を使い描かれ、不自然な部分はあるが、かなり現代風に見えた。細かく見ていくと情報量がけっこうある。五重塔の最上階の屋根はそれより下の屋根と色が違ったという話がある。この絵では確かに色が違う。但し背景の空の青と最上階がかぶるため、そこだけ緑を入れたのだろう。ただそれも絵として不自然なので何とも言えない。
3000円だった。
買ってみて、ガリ版刷りのようなものだから気安く見れる(この絵は普通にちゃんと刷られた浮世絵としても出ている模様)。建物は線が細く存在感が薄く、ひょっとするとちょっと苦手なのかな、というところだが、その下の人間が頭身が大きく格好も最新のスタイルでとてもかっこいい。木の葉や人物など走り描きのように筆致が荒く、逆にタッチに勢いがあって、雑ということなのかもしれないがこれは上手い人だなと思った。
小林幾英といった。
落合芳幾の弟子。英次郎。飛幾亭、箴飛亭という名前を使ったこともある。明治20年代前後の13年間に夥しい数の絵を残した。三枚つづりの大きな名所絵(「東京名所」)や「東錦倭風俗」など有名なものもあるが、風俗画、鉄道画、芝居絵、玩具絵や子供向けの絵本、商品パッケージ、モノトーンの挿絵もある。色は典型的な開化絵ではっきりしているが、絵柄は線が細く形がおかしく倒れそうな建物など独特の癖もあり、一方妖怪絵のシルエット一覧(こういうものの呼び名を忘れた)など創意のみえるものも多い(玩具絵は刷りが悪いことが多いので評価しづらいけれども、描写はしっかりしている)。木版だけでなく石版画も手掛けた。時事ものは最も有名だろう、「岩代国磐梯山噴火之図」、「憲法発布式祝祭図」「憲法祭御発輦之図」「我軍占領地軍用鉄道」「日本海陸軍万歳威海衛附近大激戦之図」「奠都三十年祝賀祭御遊覧之図」などで、くわしくはwikipediaをどうぞ。
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有名なもの以外の小さいものはいずれも安いがお題によっては入手が難しいものもある、前記の妖怪シルエットは典型的。あるいは末期だと思うがピンクなど石版画的なカラフルな色を使った東京名所絵も、人はいきいきと描かれているが、何せその色のやすっぽさたらなく人気はない。わりとムラがあるので、この作家に目をつけたものの、手元にはあんまりない。浅草寺がもう一つ(刷りがよく巨大な鳩が描かれている。同じ構図は他にもある。あと五重塔がフニャフニャ)、商品パッケージの凌雲閣十二階ほか上野浅草風景、玩具絵の動物一覧くらいだ。
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ネットを調べればけっこうな数が出てくる。国会図書館デジタルライブラリー(国会図書館デジタル化書籍の一部を開放)を見ると以下のものがある。
その他歌本挿絵などがある。
ちなみに東京名所絵の中に靖国神社があるが、大村益次郎像の建つ前のもので、その位置に騎馬像が描かれている。この大きな参道は大名の馬場あとで、大村益次郎像建立後まで競馬場だった。だから騎馬像なのだろうが、そこに像が建っていたという記録を見ない。こういうドキュメント性は当時のあまり長期間活動しなかった泡沫浮世絵師にのみ求められるものだろう。時期特定が容易なのだ。
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小林幾英は機会があればまた手元に引き寄せたいと思っている。ただ、1万円超えてたらやめます。

Commented by karan_coron at 2019-10-18 13:35
小林幾英という明治の浮世絵師のことは知りませんでしたが、絵を見た印象ではそんなに悪くないのかなぁと、状態の良いのを選び、「一万円なら買わない!」と仰る信念の元、収集なさるのが良さそうですね。って、浮世絵全般に価値含め素人考えですが・・・

Commented by r_o_k at 2019-10-18 14:52
> karan_coronさん ありがとう御座います。今では明治浮世絵でさえ結構な値段がついており、江戸になりますと状態が悪いもの以外は、とくに風景はダメですね、集めるというより一枚買うのに大変というか。。浮世絵は状態で値段に相当の違いが出ますけれど、私は余り状態にはこだわらず、半分資料のような感じで買っております。未だマイナー扱いの幾英の玩具絵でさえ、こんなにするのか、と溜め息が出ます。。妖怪や猫の擬人化キャラクターが出てくるだけで今は倍以上跳ね上がりますし。この人は職人的で自分の意思により描いているものは余りなさそうにも思います。
by r_o_k | 2019-10-18 12:10 | ご紹介 | Comments(2)