2018/7/23
乃木將軍の愛馬


日露の戦争の時、乃木希典将軍と、露将ステッセルが水師營に會見して、旅順開城のことを議した時、ステッセルが水師營の棗の木の下で、乃木将軍に贈った愛馬は、なかなかの逸物で毛並が真白であった。
其の馬は乃木将軍が亡くなると、島根県選出の某代議士の許に引きとられてゐたが、昭和五年になって其の馬は死んでしまった。ところで昭和七年になって、それをひきとってゐた代議士も亡くなったが、其の代議士の葬送の写真を撮って現像したところで、葬列の中に交って彼の白い馬の姿が鮮に映っていたので、それを見た人びとは奇異の思ひをした。
(田中貢太郎「天狗の面」日本怪談実話に収録されていたと思う)
有名なステッセルとの「武士道」談に含まれる寿号についての外伝。乃木大将は白馬を兵器とみなし個人的に受け取ることは拒否し、軍馬として受け取り騎乗したといわれる。ただし戦前の雰囲気として白馬は神馬で天皇が騎乗する色で、時代が古いからそこまで気にすることはなかったとはいえ、人により憚られる色ではあったと思われる。のち退役となるとこれを愛玩し那須で余生を過ごさせたとあるが異説がある(乃木大将は明治天皇の死にショックを受け医師を糾弾するなどしたうえで殉死し神格化されたから、もう時間は残されておらず、田中貢太郎説に「近い」譲渡話を書いたものは他にもある)。下の写真は明治天皇に従い騎乗した姿で、もっと広角の写真があり馬の顔も見えていた、これは編集して幅を詰めたのだろう(書籍より)。ただし寿號をメインの愛馬とはしておらず、日露戦争直後の銀座凱旋写真では有色の馬に騎乗している。後方に白馬がいるがこれはのちの寿號かもしれない。ネットに公開されている。ちなみに文中白馬は紛れもなくステッセルが贈ろうとしたアラビア馬とされる。小川一真出版部「日露戦役写真帖第14巻」大本営写真班撮影m37-39より。
〜乃木大将、ドイツ皇帝、ステッセル将軍の有名な写真(書籍)
田中貢太郎は本来勇ましい話を書く人だ。怪談とも何ともカテゴライズせずに軍国調の小話を混ぜている。乃木大将の馬の怪談はこの本に多い写真怪談の中でも異色。他どれも王道の似た話なのが単調だが、逆に同じような話が違う人から聞かれたという点で真実味を増していて、同時に異色の話こそ、創作なのだろうと思う。日本怪談実話の底本のひとつ。元はやはりバラバラの新聞等掲載のものと思われる。いつもながら並べられた小話間の温度差がすごい。
日露戦争の神軍の話はこの「天狗の面」にもずっしり載っている。鶴が日本軍を率いて飛ぶ話など、かつて大陸侵略論を唱え自分は王になるなど昔の征韓論者をも凌駕するタイプの夢想主義者田中貢太郎は、昭和になると健康悪化と共に過激の見る影もなくなるが、この本は昭和なのに結構攻撃的で黒い。現行本は恐らく問題になるからであろう何本か抜いていると思われる。

:この有名な肉声録音についてはどこかに書いた。断片的にでも最新のレコード録音機材で時代の声を残して回った親子について。長田幹彦の証言もあるが、どちらかというと東郷元帥の思い出が長い。
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