怪物図録;東北北海道東京、山海経ほか;2018/7/10- 写真描きこみ(随時追加)

怪物図録(久しぶりに)山海経、沖縄妖怪ほか;2018/7/10-31
※一部別項と重複しています

七尋女房ヶ岩
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山陰地方など広く分布する磯女をメロウにしたような危害を加える妖怪で、隠岐島(島前中ノ島)には酒を飲んだ侍が斬り倒し(異説あり)石と化した七尋女房ケ岩というものが残っている。写真は七尋女房ケ岩の遠景に加筆したもの。人面岩に切り跡という亀裂が走っている。首長説と巨人説がある。

ヤマノケ
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八尺様と同時期に語られた2ちゃん妖怪。夜間車中泊する親子に不可解な単語を呟きながら駆け寄り、窓外から驚いた子に取り憑く。頭のない体に足は一本、麓の住職はヤマノケと呼び完全には祓えなかった。女に憑き伝染することから帰れない、という投稿が発端のネット都市伝説。東北ということから田代峠という説も、別の話を創作した者もいる。(写真:八王子)

皇居のカッパ
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清水濠から竹橋の堀沿いの遊歩道から深夜に何かカッパのようなものが浮いて潜るところが目撃された。江戸城跡近辺では幽霊や妖怪のようなものがよく目撃されており、人骨も多く発掘されることから昔より因果を背負った土地であるともいう。(背景:戦前皇居近辺絵葉書)
ソース:
https://a.excite.co.jp/News/odd/20150515/Tocana_201505_post_6397.html

カッパコ
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岩手の川口村にいたという。川に住み、両腕は横に抜ける、波を立てず泳ぎ力強く、人が一人でいるところを襲って内臓を抜き、水を詰めて逃げる、などカッパに等しいものと思われるが、頭にランプの火屋のようなものを3枚重ねで載せるという不可解な姿をしている(ランプということから明治以降の話か) 。〜國學院大學民俗学研究会「民俗採訪昭和32年度号」s33、怪異・妖怪伝承データベース参照

天狗堂彦ェ門
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蒲原に天狗堂あり。ここで神隠しにあった彦ェ門なる桶屋が或家の屋根の上で気を失って発見され、以後人が違ったように世や人の予言をし的確、信頼集めこの堂を建て祈祷した。風もないのに御幣が動く等奇瑞もみえた。七、八ヶ月過ぎると俄に力を失い廃れ、天狗堂のみが跡に残った。役場を建てるとき壊すと周辺から骨が沢山出た。落城時の蒲原城兵と噂された。〜静岡県史話と伝説中部篇s31松尾書店
写真は東京市妙亀塚


有馬の猫塚

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江戸三大猫騒動の一つ有馬藩は自殺女中の仇討猫、退治されたが厚く弔われた。元より芝居噺だが舞台を江戸にし有馬屋敷に猫塚が作られた理由は単に風雅の為か。2学校敷地に跨る猫塚は古墳ではなく近世塚らしく、没落大名屋敷の築山か。永井荷風が放置と記した元の猫塚の石は広尾の自衛隊敷地内にある。以下参考記事イソ女
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栃木の水使神社は女の下の悩みに効くと大変な評判だ。独特の祀り方で賑わう。中世に近くの淵に落ちた子を救おうと入水したイソなる女が共に溺れ死んだ。以後災いあり淵に近づくと引き込まれるといい、お告げを受けた有力者が弁天又権現とし水使神社に祀ったところ収まった。昔は怪しい噂のあった記憶がある。

前後逆
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小石川下富坂町多助店子大工次助が第二子、天保十年八月五日昼産気づくも一月遅れの難産で、翌日午後生まれた子は腰から下が全て後ろ向きだった。その夜、産死した。(藤岡屋日記)

ヒトシレズコンナトコロニ
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夜の公園で飲んでいると転がってくるものがあった。「人知れず、こんなところに」しわがれた声の主は女の生首が2つ。驚き逃げ出すも古墓のある小山に来て酔い潰れてしまう。夜明け前に目を開けると、周囲に生首が犇めいている。正気を失い警察に保護されたが、警察は生首の喋った言葉を聞き取るとそれきり黙った。小原猛さん「シマクサラシの夜」より

奥尻島幽霊
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奥尻島最北端に6ヘクタール拡がる賽の河原は難所の海難者と幼児供養の地として広く石積の犇く場所となっている。北海道南西沖地震復興時には東日本大震災のように工事に来た人が夜道で老婆に会った、海岸に人が並んでいた等噂された。ここは公園整備されたが、石積の写真にことごとく人の顔が写る等噂が出ている。ちなみに追い込まれたとき幻覚で真っ先に起こるのは石や木の葉が全部人の顔に見えるということというが、写真に撮れるとなると話が違ってくる。

オシラサマ
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遠野物語で有名なオシラサマは広く北東北でバリエーションがあり地方によって姿も祀り方も違う。養蚕の神としては馬と娘の交婚から怒った父が馬を討つと首に乗って、皮に包まれて等して娘は天に昇ってしまう。そのかわり繭を口に含んでもたらしこれを育てよという。これは中国伝来の話ともいい、実際は目の神様とすることが多いそう。イタコとも関係深い。一般には馬と女の顔をした棒に布を巻き、土地によっては頭をも覆い隠す。遠野の伝承館では願い事を書いた赤い布を上から巻いたものが沢山納められている。

サナト・クマラ(鞍馬寺の魔王)

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鞍馬寺奥之院魔王殿のサナトクマラ。その名から火星から太古に降り立った異神との憶測を産み、二本の大杉と共にヒンドゥ起因のサナトクマラとして信仰されるなど鞍馬寺の独特の在方を象徴するもの(磐座)となっているが、実際は全く異なるものである。これら近世に異化された。


油取り

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東北地方の明治時代の都市伝説で、子供をさらい油を絞るという。余所者の排除や串刺しにするなど憶測も広く広まった。妖怪的な神隠しの一種とされるがこの話は明治初期の土佐の膏取り一揆から連想と思われ柳田氏はその姿とともに戦争の予兆とされると記録している。2年建造の高知市内の洋式病院にたった「鉄の寝台にしばりつけられ西洋人に油をしぼられる」噂が伝わり、山間で弾圧下の陰陽師など煽動者のもと攘夷的な農民反乱になった。但し一揆の直接の引き金は徴兵令で「血税」の文字が血をしぼり西洋人に取られるという全国的な血税一揆同様。遠い土地といえど維新後のことなので何らかの形で伝わった可能性が高い。


辻原墓地の幽霊

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那覇。今は歓楽街となっている辻原にあった有名な辻原墓地。波上宮も近い鍾乳崖べりに、中世より築かれ始めた一大古墓ゾーンで1700基を越える多様な墓が見られることから戦前はペリーを含む外地の人間にも、海から陸から興味深く観察された。王族墓もあったといい人気のないにも関わらず不気味な話はなく、シーミーのときは賑わった。大きな墓が多かったため戦後区画整理の対象となり、石材は埋め立てなどに使われ、墓の機能自体は識名へと移された。その頃より墓地跡に幽霊の噂がたったという。戦後の大変な時期の開発とはいえ今なら文化財としても重要なものであったはずで、歓楽街にしたのも墓地を鎮める意味があったのかもしれない。子孫のいない古墓の骨は密かに焼かれ粉砕され肥料にされたり、結構そういうことは多いようで、いつのまにかなくなっている墓というのはあるが、ここのものも全部が全部きちんと移されたのかどうか、移されなかった者が迷い出たのかもしれない。話によれば石材は石塀に転用した例もあるという(これはよくある話で寺院の塀に角柱墓など一般的)。


シマクサラシの夜

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新しい写真だとスマホアプリで書くのしんどかった。シマクサラシ民話自体とは別の小原猛さん「シマクサラシの夜」より表題作から。何者かの瘴気に寄り集まってきた者たちの行為が、疫病除儀式を契機に寧ろその力を増すという不条理性、実は内側にいた、本人鎮まっても他の寄り来た者たちは…という後味。


海坊主


写真は須磨の沖、瀬戸内海に分布する海坊主というと愛媛、かつ少し趣が違うんですが写真がやはり幅広すぎるのでシルエットしか書けないですおわり。 https://t.co/FwUZQiQhTW

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フケイ
アップロード終わらずネットが使えないのでおわりでーす
山海経でした https://pic.twitter.com/DI7J0rJoSy

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びしゃがつく
が流れてきたので https://pic.twitter.com/gdjqNoU54I
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三次の被害も大きいのか。。盆はだいじょうぶなのかな。広島おつかれさまです。稲生物怪録の妖怪 https://pic.twitter.com/TFyijF6YCo
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妖怪の夏らしいので適当に。レア妖怪とかもう書かない。高女 https://pic.twitter.com/nEsJRs66qM
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場所が違う&長さが違う&石橋じゃない&干潟じゃない&要素不足&手抜きとかゆうな!資料がなかったのと仮アップじゃ(潮渡橋の仲西ヘーイ) いくつか話があるようだが単純に言うとかつて那覇の大きな干潟をのぞむところにあった橋(橋の名前と川は現存)で仲西を呼ばわると異界へ連れ去られるという。付帯して民話や妖怪話が絡むことがある。https://pic.twitter.com/hG5YlNHuXe
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手の届く場所にある資料が貧弱だったので別件で。よしやチルーさん。19にして琉歌の名手で知られた辻の類尾。想い人あるにも関わらず身請けされそうになり自殺してしまう。その骨を故郷へ運ぶ若衆が休憩のため藁の袋を路傍に掛ける度、歌を詠む声が響き人々を驚かした。埋葬後来た楼主へは恨歌を詠んだ https://pic.twitter.com/qLu7Ddu3vS
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写真に書き込むのおもしろいんだけど、基本的にスマホ(むかしはガラケー)で無理して書くので、今見ると見苦しすぎるのも散見される。編集失敗するものもある。消えてしまったよ。なのでこれでおしまい。場所が違うとかゆうな。耳切坊主。黒金座主という悪僧が耳を切られて殺されたものが、屋敷の角に立つという。 https://pic.twitter.com/vzUI14cfYw
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遠景が多くて苦労する。。真玉橋の逆立ち幽霊。石橋の人柱伝説はヤマトの伝承にみられるもので、その一つの芝居を異化輸入したとも言われるが、原型の話は当地にあったのでは。神女が自分のお告げで埋められる因果。逆立ちは冥界を向いて立つ幽的の暗示か。戦前の橋は戦争で失われたが一部発掘された。 逆立ち幽霊は他の土地にもいくつも言い伝えがあり、筋書きにも姿にも幅があるのはやはりまた別の芝居が元になっているせいとも思われる。那覇のど真ん中を通っていた
真嘉比道(マカンミチ)の逆立ち幽霊は類型的な話を組み合わせた芝居が元と思われるが元々松島中学校から古島の土手途中のデイゴの木の下に出る逆立ち幽霊の噂を採用したとも。一つ墓のいわゆる飴買い幽霊も逆立ちである。鼻を削いだ幽霊は北の岬に伝わるハナモー(鼻もいだ?)と共通する。これはかつて遊女が操を立てる指切りに似た行為でもあるかもしれない。

https://pic.twitter.com/lgydhSCaos

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by r_o_k | 2018-08-14 13:58 | 怪物図録 | Comments(0)

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi