自由ヶ丘鉢状穴探訪〜3つの石仏

今日の鉢状穴。自由ヶ丘には三箇所、石塔があります。いずれもバス通りを目黒通り方面に行ったとこにあります。ただ、昔と配置が違っていて、迷ってしまいました。ひとつめがこちら。目黒通りから二筋手前の右手、大きなマンションの入口脇に稲荷社とともにまとめられています。ここがまず迷った!旧家は大きいものから順にかなり減ってますねえ。マンション。
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大正十一年とあります。自由ヶ丘あたりは窪地で、芸術家などによって村が作られましたが、このあたりは坂上なので恐らく畑地と林が混在している感じだったと思います。昭和に入ってもバス通りの谷筋は小川が流れオハグロトンボが飛んでたそうで(オハグロトンボは近所に健在です)、これが作られたのは東急が九品仏に類する駅として開拓した頃。じきに住宅街になった、境目の時期の馬頭観音でしょう。簡素な切石ですが小さく馬の首があしらわれ、栗山銀兵衛さんの名前が目を引きます。地主さんかなんかだったのでしょうか。馬頭観音は道標の役割も兼ねて、鉢状穴が穿たれがちな塔ですが、その痕跡はなく綺麗でした。それにしても中途半端な場所、元は目黒通りの入口にあったのかもしれないですね。田中貢太郎怪談に港区の方からタクシーで目黒通りを飛ばしてくる、自由ヶ丘あたりで木々の闇が濃くなり…というものがありますが、聞くと昭和初期の段階ではもうそんな感じではなかったそうで、道も広く普通に目黒競馬場跡までマラソンしてたとのことです。競馬場はさすがに欠片も無かったそう。
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ガーデンのところで目黒通りへ。右折してすぐのところに四差路があり、正面のマンションの下に堅牢な石祠があります。まさに辻神ですね。立派な説明板がありますが綺麗に文字が消えてます。向かって左が馬頭観音になります。まさにこの場所にあったのでしょう、絶好の場所です。右は邪鬼を踏んでますし青面金剛、庚申塔でしょう。残念ながら青面金剛は剥落が多く顔もわかりません。このへんは部分的に空襲を受けており、そのせいかもしれません。左のほうはきれいです。しかし、よくよく見ると、共に上が不自然に欠けている。これは。スマホで覗くと(とくに左)鉢状穴ですねー。しっかり擂鉢状の穴が、おおまかには三つずつあります。石仏の頭を掘り込むのは悪質な感じもします。あまりないような。堅牢な祠はそれを防ぐためなのか。こちらも丁寧に拝まれている形跡がありました。銘は剥落してほとんど読めませんが、馬頭観音の左脇に明治六年とありました。鉢状穴は明治時代にはまだまだ穿たれていました。
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一番迷ったのがここ。逆方向に目黒通りを少し行ったとこに、生垣のお屋敷があって、目黒通りに向かって「九品仏名号題目道標」があったのです。それが真新しい大マンションになっていた!うわー、、と裏へ回ると、駐車場に立派な祠が。。たぶん文化財指定されてるので残されたのでしょう。すぐそばの九品仏への道標です。左右に題目名号が別個に刻まれ、裏に寛保年間の銘ほかがあります。昔は見えなかったものなのでこれは嬉しい。確か少し上に置かれていたので台石も気づかなかった、、、ボコボコですがな。道標はもう遠慮なく削られてます。一応石仏載ってるのに、これはもう典型的なボコボコですね。鉢状穴の見本です。過ぎると補修されるものですが、これは石がでかいので壊れないと思われたのでしょう、そのままにされています。鉢状穴はほんとありふれたものですが、こういうボコボコなのは呪術的な印象すら与えます。軽い願掛けとか煎じて飲むとかなんでしょうが、関東に広く分布しているのに今伝承がのこってないのは不思議ですね。山梨で、子供の頃、色の出る草を石で擦り付けて遊んだという話しを耳にしましたが、子供のイタズラにしては執拗で、また石塔の種類を選んでいるふしもあり(墓石はやられません)原型は民間信仰だったと思います。
by r_o_k | 2018-04-09 22:31 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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