絵葉書でたどる高知ひとむかし。。

大杉
大杉漣さんが「漣ぽっスペシャル」で冒頭おとずれたところ。。
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越知
佐川よりしばらく行って仁淀川の深く分け入る山の中、「落ち武者」伝承が語源ともされています。背後に岩山の横倉山、アプローチが悪く横倉宮までは登ったことがありません。このへんの崖の風景を絵葉書にしたものも多くあります。「落ち」てきた安徳天皇陵参考地があります。
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鎌井田
越知よりさらに山を越え仁淀川沿いに行った先にある幅狭い集落です。手前斜面の竹林の中にうちの墓地が。ここの沈下橋は映画に使われ、清流は昔は木材の重要な搬路、今はしずかに川遊びもできたりしますが豪雨だと鬼のようになります。没落する前のうちには茶室などもあり、ほんとかどうかわかりませんが岩崎弥太郎がシーボルトに会いに行くとき寄って金を借りて証文を残したとか。うちの先祖は医者でシーボルトに学んでました。
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高知市を高知城天守から見下ろしたところ。写りが悪くてすいません。。
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桂浜
戦時供出されたと聞いていたのですがそのようなことはないそうで、これは現在のものと同じようです。ただ、紋付きの紋が見当たりませんね。坂本龍馬像、昭和初期。
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御畳瀬の鬼の袂石
現在もそのまんま鎮座ましましてます。すこし満潮気味ですね。帆の高い舟が土佐湾特有の釣り船だったとか。今は対岸は埋め立てが進み船のドックが並んでます(御畳瀬は昔ながらの感じ)夜釣りの風流は龍馬も楽しんだとか。田中貢太郎は向かいのさらに向こう、仁井田の出ですが船上一献、書いてますね。御畳瀬の近くや向かいの一帯は戦前まで高知市の海水浴リゾート地だったと。御畳瀬には別荘の残骸などあります。そして、人間魚雷の穴なども。
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狭島
土佐湾(浦戸港)の入口はこのような島が点在しております。その独特の地形が不思議な現象や災厄をもたらしたりもします。ここは名所でしたが通行の邪魔として爆破されました。近くに小さな海底遺跡のような地形もあったといいます。古来弁財天の島として、今は御畳瀬の奥に遷座してあります。
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土佐湾今昔
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土佐の海水浴
僅かながらまだ浜が残っています。仁井田は荒海で、早々に軍の管轄となり埋め立てられましたが、野太い松林が有名で、田中貢太郎が笑い婆の伝説をつたえています。
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by r_o_k | 2018-03-09 20:52 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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