【浅草寺仁王像追記】紙玉仁王と西郷隆盛像+瓜生岩子像(覚書)

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(浅草寺旧仁王門仁王像、戦災焼失)運慶作と噂された。「国際写真情報」s6/2浅草寺大観、国際情報社より

「浅草寺今むかし」金龍山浅草寺より〜

江戸時代からの言い伝えによると、仁王尊が「よだれ」をたらしたというので評判になり、子供に仁王さまの股を 疱瘡(天然痘)が軽くすむなどと、その霊験とともにいつも話題に上っていた。なお紙を噛んで丸めたものを投げつけ、それが仁王さまの身体に貼り付くと願いがかなうという俗信もあった。当時の川柳に「また紙を噛むかと仁王にらみつけ」とあり、仁王さまにとってはさぞ迷惑なことであったろう。〜

仁王さんに唾で丸めた紙を投げつける民間信仰は江戸時代から続いたもので、もちろん仁王像を傷めるわけで廃れていって、九州など一部の地域に残るのみとなっています。これについてはネットを調べても結構情報が出てきます。赤い色をしていますから魔除け、疱瘡よけの祈願で行われたことは想像にかたくありません。子供に股を潜らせるのも同じ理由でしょう。紙つぶてが貼り付いた仁王の写真は検索すれば出てきますし、鉄腕DASHでも取り上げていたそうですね。その形は疱瘡を想起させます。乾いてぽたりと落ちれば疱瘡も落ちる、ということだったのでしょう。

それが形式化したのが「上野の西郷隆盛像に紙玉を投げつける」習俗です。鼻に当たれば出世するというのです。浅草寺の仁王像はある時期以降網で覆われたようで、上の写真は阿像に少し白い跡が見えますがすでに途絶えていたと思われますが、露座の銅像では避けるわけにもいきません。ネットを調べるとかなりひどく投げつけられた絵葉書が出てきますが、名誉回復した西郷隆盛にそういう行為をなすのは不謹慎で、そこまで酷い写真を絵葉書にするというのはむしろ珍しく、多くはせいぜいこの程度です。
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:関東大震災直後、人探しの貼り紙の間にあいも変わらず紙玉が投げつけられている
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戦前まで行われたとされるのが一般的で、個人的にも戦後の例は聞いたことがありませんが、学生が半ばイタズラで紙玉を投げつけたという新聞記事があるそうです(出典Twitter)。これも含め上野へ上京してきた者が東京見物記念で口で丸めた紙を投げつけた程度のものと言ったほうがいいかもしれません。そこまで強い願掛けがなされていたようには見受けられません。本を見ると数行、よろしくない風景として書かれている程度でした(もっと色々読めば書いてあるのかも)。ちなみに現在も台座の周りは広く囲みがされて近寄れないようになっていますが、これは当初からのもののようです。明治時代の絵葉書には立札が写っているものがあり、ひょっとすると紙を投げるな鳩フンするなと書いてあったのでしょうかね。西郷みたいに紙だらけになりたくない、と言った明治の元勲もいたそうです(ネット情報、検索検索)。
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掃除も頻繁にされていたようです。あと、浅草寺に日本のナイチンゲール、喜多方の瓜生岩子刀自坐像もあるのですが、これはもっと新しいのですが、
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紙玉にやられてました。浅草寺の仁王に紙玉が投げられていたのが、こちらに転嫁されたとも読みましたがいずれ推測にすぎないでしょう。今はこの像自体が知られてなさそうです。
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参考。スミソニアン・インスティテューションのコレクションに1903年撮影として観光客の写真が含まれていました。(インターネット公開、パブドメですがクレジットとして書いておきます)
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福島の記念館。
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以上、メモでした。

by r_o_k | 2018-02-10 16:51 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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