【江戸名所】浅野内匠頭の祟り銀杏【ベアト写真、愛宕山遠景写真追加、夜景絵追加】

2017/10/24
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〜幕末明治初期の写真
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〜吉良上野介

港区旧町名田村町、江戸も始めのころは入江先の海辺の地であった。ここに銀杏の大樹があり、舟の入る良い目印になったということで”入津の大銀杏”の名を頂いていた。
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大正まで元気に繁っていたが、関東大震災で惜しくも焼けた。古老によれば三抱えもある大木で、綺麗に選定されることを義務付けられており、焼けた後も立っていて、夜など大入道が手を広げているように見え気味が悪かったそうだ。明治の頃は夜囃子の音する化銀杏の噂もあったという。枝を切ると血が滴るとの祟りの噂もあった。
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その筈、この樹には浅野内匠頭の魂が乗り移っている、といわれていた。松の廊下で吉良上野介に斬り付け「殿中でござる」と赤穂浪士の仇討ちまで至るきっかけの、浅野内匠頭である。
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:泉岳寺の墓

はらはらと舞い散る桜の下で腹を切ったというのは芝居のうえでの話し、実際はこの田村右京太夫邸に生えた大銀杏の下で、切腹の儀を執り行なった。たまたま城に近く縁もないだけで即日場所提供を命じられた右京、大名相手に屋内ではなく庭先で腹を切らせたと後々責められた。血に染まった庭石、梅の木の末裔なるものが菩提寺泉岳寺に移され現存する。
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むろん田村は今はいないが、新橋駅そばに今でも車の喧騒の中、「浅野内匠頭切腹之地」という石碑がひっそりと立っている。
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銀杏の厳密に生えていたのはとなりの川勝邸内で、田村邸ではないらしいのだが田村の敷地だったこともある境目だから明らかな証拠はない。上記伝承は確かである。

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:ベアトによる有名な愛宕山展望パノラマ写真の一部に化け銀杏が写っている(中央)。文久3年撮影と推定。あと四年で明治。大名屋敷がひしめいている。
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:明治初年、愛宕山から化け銀杏。大名屋敷が尽く更地になったなか、この特異な姿。風切る音がお化けの噂のもととも言われたが、江戸湾からの目印としてお上より意図的に剪定・保存を命じられていた可能性がある。
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:東京景色写真版(江木商店)明治26年、化銀杏はすっかり細々した庶民の街並みに取り囲まれたが、愛宕山からの姿は相変わらず突飛。(上写真の手前の長岡藩邸が健在のため同じ場所とわかる)
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:レンズが撮らえた幕末維新の日本(山川)明治28年頃、港区立港郷土資料館蔵(新道や煉瓦造の家が見える)

さて震災に焼け残った黒焦げの樹は、それでもまだ辛うじて威勢を保っていたのだが、近所に、増して威勢の良い魚屋が居て、

内匠頭のタマシイ?ソンなものがこの文明の世にのこっているもんか

とバッサリ切り倒し、まな板にしてしまった。

すると、

毎晩夢枕に腹を切った武士が顕れて、

「何故

切った」

と恨み言をのべる。

流石の魚屋もしまいには狂い死にしてしまったという話しが伝わっている。
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一説には近所の風呂屋の薪に買い取られたともいい、入浴客の夢枕に立つでもなく結局何事もなかった。二抱えも三抱えもある大樹をマナ板にする馬鹿もいなかろうから風呂屋の説が真相だろう、というのは戸川幸夫氏の説であるが伝承としては魚屋の話しのほうが面白かろう。魚屋が神木を切り倒しマナ板にしたら夢枕、気が狂ったという話しは他所にも伝わっているから、この話しが真実かどうかは甚だ疑問ではあるけれども、つい大正のころまで忠臣蔵の内匠頭が魂の篭った樹木が繁っていたという話しはなかなかロマンがある。銀杏の根方の一部が泉岳寺に現存する。
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※写真は古今おり混ざり時期も幅広いものです。現状と異なるなどあったらすいません。参考文献しかりです。

百鬼夜話第96夜、内匠頭が祟り より編集転載

by r_o_k | 2021-02-01 17:57 | 不思議 | Comments(0)

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