【2011/12/1-2】宮城岩手・東日本大震災の残像(twitterまとめ他)

震災の年は自粛ムードで、旅行者など珍しかった。西表島では毎年来てくれていた東北の団体さんが今年は来れないということで暇なんです、と聞きました。私自身はじつは結構いろいろなところへ行っているのですがそのものずばり震災の被災地というのはあまりにも状況がひどく、支援等はともかく旅としては足がどうもむかなくて、9か月をへて恐る恐る行ったわけです。記録もろくに残しませんでしたが写真と若干のツイートがありましたのでまとめておきます。気仙沼は震災前より何度も訪れており、ちょっとショッキングでした。田老は世界最大の堤防を破られたところを見ましたが、線路を超えてうしろの杉が赤茶けて枯れているところや、高台と低地の極端なギャップ、被害の差にがくぜんとしました。やっと動き出した復興電車は解説電車でしたのでよく理解できました。火事の地域と陸前高田は遠巻きに見るだけで寄りませんでした。理由はお察しでしょう。目的は買い物だったのです。この冬は大量の鮭を食ったおぼえがあります。最後に、この10年以上前に行った気仙沼などの写真(撮影範囲は港を除けば奇跡的にほとんど被害がなかったようですが、浄土ヶ浜遊覧船の二隻のうち一隻は失われたと聞きました)、そして最近行った仙台松島+福島の記事へのリンクをはっておきます。リンク先からさらにアルバムに飛べますが、瑞巌寺の変化がわかります。あと福島はアルバムで常磐線車窓の変化を見ると未だ終わってないことの一端を感じ取れるでしょう。廃トンネル一つとっても。

2011/12/1

14:48宮古市なう 復興凄い。瓦礫凄い撤去ぶり 残る建物基礎が考古学的な非現実感。。車ののづら積み。。
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16:11浄土ケ浜なう。。
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19:16I'm at 花巻温泉 (湯本, 花巻市) http://t.co/CEvv0HeC
22:17被災地を廻っている。今や何の感傷もない。ただ、カネは落とす。覚悟しいや。w
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※このあとなぜか電気を使わない防寒の話を書いていて、しかし当時エアコンを持っておらず窓の下半分は文庫本(劣化上等)を積み上げて塞いでいた自分は何の影響も受けなかったようだ。

12/2

8:28おはよごぜます 花巻
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12:52陸前高田はちょっとつぶやけないくらいだったが気仙沼は港が機能しているのでいくぶん落ち着く。
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19:18現地に行かなきゃわからない、なんてことはなかった。ただ、間違えちゃいけないのは、だから何もする必要がないなんてない、てこと。温暖で生活に不自由ない都会へ。力強い人たちだけど、ほんとに酷い地域については、どういう感情があるのか、わからない。
19:21瑞巌寺の洞窟群はやはり鎌倉時代のやぐらだったね。
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19:28見えなかった遠景が見渡せるようになった不思議、というのは何か戦争を思わせる。酷い地域とましだった地域の差がすごい、ということも。岩手と宮城、火災の有無。。産業は気仙沼を復興させる、しかし港を離れ住宅地に来ると。。
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19:30船が乗り上げた建物は永久保存せず解体したようだ。しかしこのでかい船は。。
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19:32大量の海産物をしょった鬼は東北を去ります。らさば。
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19:42はずれものの、のっぽの松の木は残った。そういうことなのか。
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23:42ちょっとこれ言葉もないす。。松原の残骸はメディアにもあまり出てなかったよね。失われる景観への感傷はまだその時期ではないとわかってはいても、こういう内容を提示されると悲しみしかない。
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アルバム:

宮古/田老
浄土が浜、花巻
陸前高田、気仙沼
~気仙沼、松島
〜松島、仙台スマホ撮影


震災前(岩手;気仙沼ほか、2000年前後)

最近の記事(仙台、福島浜通り、2017年5月)




by r_o_k | 2017-10-13 11:21 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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