怪物図録(1988-94)「灰坊主」〜「ワルキューレ」

怪 物 図 録

(旧版1988~1994)

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これが全ての発端になります。ヘタクソ荒いのは当たり前なのでご容赦を。移植の面倒を省いたためフォームが一部崩れていますがご容赦を。

参考文献:ボルヘス「幻獣辞典」、渋澤龍彦「幻想博物誌」「胡桃の中の世界」「夢の宇宙誌」「東西不思議物語」、G.ジェニングス「エピソード魔法の歴史」、バルロワ「幻の動物たち」、那谷敏郎「「魔」の世界」、J.ミッチェル.R.リカード「フェノメナ」、R.シルヴァーバーグ「地上から消えた動物」、水木しげる「妖怪文庫」、関敬吾「秘められた世界」、雑誌「ムー」及び別冊「UMA」、南山宏「世界の未確認動物」、シュテンブケ「鼻行類」、黒川哲朗「古代エジプトの動物」、ドゥーガル・ディクソン「新恐竜」「アフターマン」、ランバート「恐竜の百科」、山室静「ギリシャ神話(付北欧神話)」、倉本四郎「怪物の王国」、川崎大治「日本のおばけ話」、健部伸昭と怪兵隊「幻想世界の住人たち」「Ⅱ」「Ⅲ」、今野圓輔「日本怪談集妖怪編」、阿部正路「日本の妖怪たち」、T.カイトリー「妖精の誕生」、ハーン「怪談」、柳田国男「遠野物語」、荒俣宏「日本妖怪巡礼団」、グラット「恐竜図解事典」、荒俣宏「東洋文庫ふしぎの国「妖怪、怪物」」、矢追純一「これが宇宙人との密約だ」、佐藤有文「怪奇現象を発見した」、角田養治「怪し火・ばかされ探訪」、蒲松齢「聊斎志異」、W.B.イエイツ「ケルト妖精物語」、「江戸怪談集」上中下、澤田瑞穂「鬼趣談義」、山崎日城「朝鮮奇談と伝説」、水木しげる「ふるさとの妖怪」、柳田国男「妖怪談義」、川崎市民ミュージアム「日本の幻獣」、並木伸一郎「未確認動物UMAの謎」、近藤雅樹他「魔女の伝言板」、島村恭則「韓国の怪談」松谷みよ子編著「現代民話考」 ほか


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アクボウズ(灰坊主)

教訓に利用された妖怪は数多いが、これもそのひとつだ。「坊主」はモンスターを示す言葉で、これは灰お化けとでもいったほうがいいだろう。囲炉裏の灰の中にいて、子供が戯れに掘ると出て来るというのである。「灰を掘ると灰坊主が出て来るぞ!」とイタズラを戒めるのに使われた「虚獣」である。

アケローン

地獄を内在する獣。

トゥンダルは、人間でただ一度その姿を見た男である。彼はその罪ゆえに天使によって暫くの間アケローンの中にいることを強いられた。スウェッデンボリは「天国が人の形をするならば地獄は悪魔の姿をするに違いない」と言っている。さしずめその悪魔であろう。

アストミ族

インドの極東、ガンジスの源近くにいる。皮膚はざらざら、毛深く、綿で身を覆っている。口が無く、呼吸と香気だけで生きている。旅にはいろいろな匂いのする根や花、リンゴを持っていく。たえず匂いを嗅がねば死ぬ。だがちょっとでも匂いがきつくても参ってしまうのだ。

ア=バオ=ア=クー

インドの奇妙な生物。「勝利の塔」の一階にいて、登ろうとする者の肩にしがみつく。頂上まで連れていって貰おうとして。しかし、それはできない。寸前で落ち、再び一階で待つ。これを繰り返す。

アブドゥーとアネット

エジプトに伝わる伝説によれば、等身大の二尾の魚が、天空と地下を一日かけて駆け巡る太陽神の船の、露払いをするという。

アフリカの円形獣

十六世紀の下界アンブロワズ・パレによると、この陸棲の怪物は亀に似ているが、完全にシンメトリックで、円形の体、その背に十字形の印があって、その4つの先にそれぞれ一個の目と一個の耳がある。足は放射状に12本、体の向きを変えずに四方に進み、四方を見聞きできるのだ。

アリソンのヒツジ男

アメリカのカリフォルニアにあるアリソン渓谷では、大戦中の科学兵器工場跡に出没するヒツジ頭の男が有名である。この怪物は実験中につくり出された合成動物だという説もあるが・・・

アルゴス(”すべてを見るもの”)

アルゴスはゼウスの妃ヘーラーにつかえていた。ヘーラーはゼウスがイーオーという女に執心なのを知るとイーオーを牝牛にかえてしまった。さらにイーオーを監視させる為に、このアルゴスなるものを付けたのである。アルゴスは巨人である上に、目を100個持ち(百目という妖怪をご存知ですか?)、かわりばんこに眠らせることで常にどこかの目を開けておくことができた。ゼウスは困った挙げ句、ヘルメスを送る。ヘルメスは魔法の杖と牧笛で全ての目を眠らせると、首を断つ。この失態に怒ったヘーラーは、アルゴスの目を孔雀の尾に貼り付けた。以降ギリシャでは孔雀を「アルゴスの鳥」と呼ぶようになった。

アルプ

ドイツの「夢魔」。夜の妖精。全身毛に覆われ、人や動物の姿をしている。Elfの語源Alpそのものである。

イクテュオケンタウルス

古代ギリシアや中世ヨーロッパでは、母なる海には常に地上にいる生物に対応する生物が存在するという考えがひろまっていた。地上における「ケンタウルス」も、海中では”イクテュオケンタウルス”となるのだ。

一本ダタラ

熊野の山中に出、とにかく「恐ろしい」。もともと其の姿を見たものはなく、雪の上に残された幅一尺ほどの大きな足跡(”一”列なので一本足)のみで知られたモノのようである。ムコウの「悪魔の蹄跡」に通じるようで面白い。ダタラとはダイダラ(デイダラ)と同じ、巨人、大きな人という意味である(鞴を片足で踏む動作から”タタラ場”と関係があるとする説もある)。

大台ケ原では今でも次のような伝説を伝える。

「12月20日だけは決して伯母峰峠をこすな。丹勢上人の封じた「一本ダタラ」が1年でこの日だけ牛石の下から脱けて人を襲い、血を吸い取る。」

鉄砲の名人、射場兵庫がしとめた巨大な猪が化けて出たともいうが、定かではない。

或る意味厳冬に峠を越すのを戒める教訓妖怪だったともいえる。

(このへんの文献(参考文献表参照)は宮崎駿さんの「もののけ姫」でも参照されているようだ)

イデモチ

”主(ヌシ)”の一つ。彼は熊本県球磨郡にある、とある淵の主である。彼は腹に吸盤を持ち、それで人を取り殺す。いわゆる妖怪化したヌシの一例であろう、とは故今野圓輔氏の弁。

ヴェーダーラ(起屍鬼)

このキメラはインドの屍鬼のひとつ。人肉を食うが攻撃的ではない。唯、死体を操ることができる。人間が其の能力を利用する為には、人肉を供物として供えねばならない。姿は象を初めとするいくつかの動物の組み合わせとして確定されているが、原形はおそらく目にみえない悪霊のようなものだったのだろう。日本の妖怪にも似たようなものがいる。また、利用できるあたり、ブードゥーのゾンビ操りに似たようでもある。

この幽鬼は「毘陀羅」ともいい、これを使役し呪殺することを「毘陀羅法」という。ビダラの漢訳即ち「起屍鬼」である。

海人

ウミンチュでもアマでもない「海の人」。鰭の有無も定かではなく海に棲み嵐のときなどに姿を見せる。人魚と同一だろう。

餓鬼

餓死したものの霊か、何を食べても何を食べても腹をすかせて人に取りつく。仏教では地獄のものとして扱われることも有る。施餓鬼供養はもと無縁の餓鬼をおさめるものだったらしい。

カクシン(餓鬼)

炎の餓鬼。

影女

「影のような女」という舞台演劇があったが、これは江戸時代のお屋敷に出たという女中や先妻の霊が、障子の影としてだけ姿を顕したことからこの名を貰ったものであるらしい。

ガータロー

河太郎である。即ち河童。この福江のカッパは性質が良いようだ。病の治療法を教えたりする。人間と無二の親友になって、相撲をとったり酒宴をしたりする。いたずら者だが、おとなしく親しみやすいという。親友以外の目には映らない、というところは如何にも妖怪である。

カツギョ

天変地異の前兆で、魚に羽根が生えたものが飛ぶ。珍妙な光景であったことだろう。今でも多摩川中流などで見られる、川魚が無数に飛び跳ねる現象を見た古代中国の人が、比喩的にこの名を付けたものだと考えられる。

カッパ

水怪のひとつ。一般に川の妖異を総称したものといえよう。今でも各地で「カッパ注意」という看板を目にするが教訓妖怪としての役割も持つ。

一般に皿を載せたざんぎり頭の緑の子供+甲羅を付けて手や足指に水掻きがあり、人を水に引きずり込んでは「たましい」を抜く+キュウリ好き、というはっきりしたイメージのせいか、名が売れている。頭の皿があるばあい無いばあいがある。甲羅のない図も残されており、川原に住んだ被差別者のことをこう呼んだという説もなくはない。現代でも3本指で跳ねる小さな人型水棲動物の目撃はしばしばある。洗浄しても落ちない特殊な粘液を垂らすそうだ。

伝説としてのカッパは中国伝来の「水虎」といわれるが定かではない。大昔は少なくとも亀の化け物のような形ではなく、猿のようなものとされていたようだ。水の恐怖、大きなスッポンなどと混同されているものもあるだろう。

ガート・ドッグ

黒犬伝説の類。確かイギリスの凶凶しいケルベロス、火を吹く地獄の犬だったとおもう。オオカミではない。

カトプレバス

頭が重くて自分でも上げられないという化け物。

カバゴン

北極海を航行する日本の船上で、巨大な岩のような生物が水上に浮かぶのを見た者がいる。海坊主のようなナリの化け物は、その姿形からすると絶滅した巨大な海獣「ステラー」の仲間かもしれない、という。いずれにせよ象アザラシの類であることは違いない。

カーバンクル

ドラゴンの頭中にあるといわれる宝石を、なぜか無造作に頭に頂いた小動物。暗示的な様相。

カブキリコゾウ

下総(千葉~茨城)の山童系妖怪。おかっぱの小僧でおちょんちょんな着物を着、さびしい山道や夜路に出て「水のめ茶のめ」という。むじなの化けたものだともいう。

鎌鼬

肌に鋭利な刃物で切り付けられたような傷が突然現れる。あまりにあざやかで、血すら殆ど出ない。古人はこれを三人組みの見えないモノのせいとした。一人目は人を突き転ばす。二人目はその肌を掻き切り、三人目は丁寧にも血止めを塗る。今ではこれは旋毛風などで瞬間的に生じる「真空」に肌が触れたため起こるものだとされているが、近年それすら根拠の無いものとして、目下正確な理由はわかっていない。私はかつて目の前でぱくりと割れたさまを目にしたが、風すら感じなかったような覚えがある。最近は聞かないが、絶滅したのだろうか・・・

カマルグの怪物

上図は説明をもとに想像した姿である。こんなものが流れ着いてきたとして、われわれはどう解釈し判断したら良いのだ。

カワジョロ(川女郎)

西洋にはバンシーという不吉な声をあげる者がいるが、「警告型」の妖怪というのはとにかく多い。カワジョロは四国は琴平の南あたりにいて、大水が出て堰が切れそうになると、「家が流れるわあー」と、人が泣くように泣く化け物。香川の仲多度津でもしられるというので、出現範囲は広そうだ。直接死をもたらすことはなく、カッパの一種とされることもある。私的にはかつて洪水で溺れ死んだ女のものか、もしくは人柱にされた女のものか、どちらかではないか、と思う。

川天狗

河の上を行く鬼火。不吉の前兆とされる場合も有る。

カンスコロバシ

坂の上から何かを転がして夜道を登る者を驚かす系の妖怪のひとつ。こんな何気ない、実体のない妖怪が日本には多い。

乾蟻子

雲南地方には鉱山が多く、落盤で坑夫が生き埋めになると、死体は10年から100年の間そのままでミイラ化する。これを呼び、妖異の対象とする。

坑夫が地中に入ると、これらにでくわすことがある、と雲南雑志はつたえる。妖者は喜び、寒くて堪らないからとタバコをねだる。そのあと跪いて、連れて出てくれ、とせがむ。ある炭坑主人が7、8体を連れて出たところ、外気に触れるなり服も体躯も液状化し、腐臭激しく、これにあたった者尽く疫病にかかり死んだ。以後これに会って連れてきてしまったら、欺いて持ち上げる縄を断つことにしたという。坑夫の方が少ないとまとわりつかれて放してくれないが、坑夫のほうが多いならみんなでこれを縛って壁にもたれかけさせ、四面を泥土で封じ固めて土の塚をつくりその上に橙の壷を置けば祟らない。

炭坑で死んだ者の化物は日本にもあるが、日本では幽霊・夢幻の類であるのにたいし、こちらは肉体を持ち、まるでゾンビのようだ。キョンシー(きょうし、朽ちない屍体変ずる妖異の総称。漢字が出ないのでひらがなでごめんなさい)もそうだがリアリストの国ならではである。炭坑掘りの暗黒の伝説は古今幾多にのぼる。

旱魃

「きょうし」(朽ちない死体)の変じた獣の一種。出世魚のように姿形、性質を変えていくのは華南の妖異の特徴でもある。

キジムナ

沖縄の森林に棲む赤い小鬼。ガジュマルの精ともいう。じつは同じような小妖怪の伝説は各地にあり、伊豆諸島でも聞かれる。じつは私は昔八丈島で夜、「赤い小人」を見たことがある。人里のど真ん中であったが、キジムナとはこんなものなのか、とおもった。沖縄には年一回少し長めに行く。未だにキジムナは見たことがない。ただ西表では炭坑労働者らしき影や、爆死した漁師の塵のような姿を見た。「ユウレ橋」のあたり、かつて由来のわからぬ風葬地だった近辺でのことである。「夜話」にそのあたりの別件を書いたので興味があればそちらも見てください。あ、キジムナの無邪気さとは無縁になってしまった・・・本土のカッパが日焼けしたんでしょうかね(いーかげんな・・・)!

鬼弾

まあこういうシュミを持つ人の参考文献は限られているもので、知っている人は知っている、知らぬ人は全く知らぬ話しなのだが、中国の水妖で、水中に潜み人を狙う。諸星大二郎さんのマンガでこれを「水中から目にみえぬ弾をはっし人をうつもの」とされているが、そういった様子である。

くだきつね

竹筒(クダ)に入れて飼い、使役する。人に憑くのは「狐憑」と同じ。しかし姿は「甲子夜話(たしか東洋文庫)」図によれば本物の狐と変わらず、大きさが異常に小さいだけのようだが。あとは、イタチに似て毛は少々黒又は赤みがかり、尾は太くて大きいともいう。ネズミくらいの大きさで群れをなすともいう。キツネより小さいこと以外は、話しによってまちまちで、諸々の小動物の総称でもあったようである。ただし、クダキツネの本領はその取り憑く力だ。背景には根深い民間信仰があるらしい。巫女などが飼うがその巫女が死ぬと消える。凡人にはこれを退けることはできない。人糞を食させて殺せるともいう。これを飼う家筋にはしきたりがあり、また財力の増減はこれの現消に依るとも考えられた。

口裂け女

70年代末に中部地区に出現。東京経由で北陸方面へ向かい放浪していったという説がある。「わたしきれい」とマスク姿で子供に問いかけ、きれいというと「これでも」とマスクを取って切り刻まれ、ブスというとぶすりとやられる。口が耳まで裂けているのは整形手術の失敗によるもので、精神を病んだらしい。姉妹がいたともいう。これらが真実となると、描き方によっては哀しい物語にもなりそうだ。こんな人間今や猟奇乱舞のご時勢珍しくも無いし、ここまででは妖怪性は薄い。強いて言えばトイレの妖怪「赤いちゃんちゃんこきせましょか」に似ている、そのくらいか。だが、あとからあとから付け加えられたおかしな性質は、子供の思い付き的なアホらしさを伴っている。襲われたら、「ポマード」と言うと逃げるのだ。あるメーカーのコーヒー飴を投げつけると溶けてしまうのだ。書いていて頭が痛くなる。

クラーケン

有名な大航海時代以降のイカ怪物だが、残る話しの大半はこのラクガキのように、一本の巨大な触手が空にむかって伸びていた、といった茫洋とした話しにすぎないようだ。であれば単なる「竜巻」かもしれない。尤も海の男に竜巻などの自然現象が見抜けないわけはないという説もあるし私の勝手な推測だけれども。イカは大王イカというワイルドカードのような現実の巨大イカが実在しているわけだし、「クラーケン」自体もう認知された現象の複合と解釈してしまってもいいだろう。

グレムリン

映画「グレムリン」のイメージがあるけれども単なる悪戯な妖精である。「悪戯な妖精」って遊ばれたオトコの言い訳みたいな言葉だな。国や地域によって呼び名の変わる妖精の、小さい部族。そういった言い回しが適切だろうか。

黒犬獣

イギリスの大メジャーな妖怪だが、私にはこれこそが土俗神の化身と思えてならない。かつては守護神として奉られていたものが、キリスト教によって追いつめられ、ついに教会に反撃するようになり、いつしか悪魔の化身のように考えられるようになった・・・

黒犬獣は目が異様に光る大きく狂暴な黒毛犬として描かれる。人気無い道路を走って(まるで七不思議の「送り提灯」のように)道案内をするかと思えば、嵐と共にやってきてあらゆるものを薙ぎ倒して走り去る。あるいは閃光と共に消え去る。

黒犬の通る道筋は決まっている、ともいう。日本の「ナメラスジ」のようなものといえよう。恐山へ向かうフユウレイの道(壁に当たって血痕を残す)、人々に災いをもたらす妖精の道、悪魔の道、出雲へむかう神の道、レイ・ライン・・・

そして黒犬は自然現象とその流れ(川や地下水流)とも関係がありそうだ。勿論古い墓地などとも。そして古い道とも。

別項にいつか書こうと思うが、私何故か一回黒犬に片腕を呑まれる夢をみた。がばりと起きた私の目前に、壁の中に逃げ去ろうとする銀色の丸い(水銀のような)塊が見えた。手はすぐに開放されたが、黒い犬というのは何か妖異の象徴的な姿にすぎないのかもしれない。どきどきしながらそんなことを思った。

クロコッタは確か南米だったか、黒犬と同じような狼のような妖異だったとおもう。リュークロコッタというのもいたように思うが忘れた。ごめんなさい。

毛有毛現

ケウケゲンは江戸の著名な妖怪画集に現れるのみで余り他例をきかない。ただ黒い毛の塊、というよりは黒いもやもやしたものが人らしき動きをする、みたいなものをそうよんだようだ。さすれば昼間現れる幽霊が白だと目立たないので黒くなって出たのかも?黒妖は不吉というひともいるから、無邪気な妖怪にみえて、実は結構ヤるのかもしれない・・・「ヤる」って何やねん!!

けさらんぱさらん

黒い毛の塊に対して白い綿毛の塊である。いろいろな姿をとるが多くは牛の玉(いつか夜話のほうに書く)のように「毛の塊」としておっこちていたものをお寺が大事に保管して、おしろいをやると少しずつ成長する。幸運をもたらすものとして寺宝にされている場合が多い。長生きで何代にもわたって伝えられることも有る。ものによって毛質も色も様々。なんにもしない。ゆるゆる成長するだけ。なんかマリモみたいだ。

ケステンガの宇宙人

目撃者のラクガキをもとにラクガキにまとめてみた。シュールだ。東洋人のイメージだ。西欧文化の人々は宇宙人に東洋人の得体の知れなさを重ねあわせることがあるが、この姿なんかもなんか、なんかだ。「なんか」って何やねん!

ケルベロス

地獄の門の巨大な番犬で頭がみっつあり、業火を吐く。あえてかわいくかいてみた。ってこれラクガキのレベルにもたっしてねーずら!

ケンタウルス

ギリシアにつたわる伝説的種族だが騎馬民族の狩りの姿を誤解してうつしたという説がある。シブサワタツヒコ先生の本でよんだ。半身半獣の怪物でもとくに有名である。

コウ

「きょうし(朽ち果てない遺体)」が「旱魃」に変じ、さらに変じたものが「コウ」であるという。エンズイエンという人の話しである。仏菩薩の騎乗する獅子のような獣で、神通力をもち、口から火を吐き、よく龍と闘う。ゆえに仏がこれに騎して鎮座するのだ、と。みんなもがんばろう。しんだあと。どうやってがんばるのだ。

コウコンシシャ

ある人がいうには閻魔と東獄の天子は毎日男女あわせて十万八千の使者を放ち方々で医者をさせている。その者を称して匂魂使者というそうである。「リョウサイシイ」”岳神”より。これは江戸時代に流行った庚申信仰に通じる考え方だ。悪事を告げ口する魔物のイメージはここでは医者という聖職によって少々薄められている。

甲府に顕れた宇宙人

身長約120センチのこのシワだらけの男の出現は、おそらく日本ではじめての「宇宙人遭遇事件」だろう。徳川家康が駿府の城で天地を指差す肉の塊のような妖異にでくわした話しがあるが、これは天下人の神格化のための「エピソード」かもしれないから、まあ「日本初の宇宙人」(カゼッタは除く)といっていいのではないか。日本初の宇宙人て意味わからんという人はほっといて、少年(今は中年)ふたりとその家族にかなりのインパクトを与えたこの異物は、以後たびたび少年らの前に姿をあらわすようになったという。1975年のことであった。

こっくりさん

日本のこっくりさん(あて字で3種の動物名を入れる場合もあるが、これは余り根拠がないようだ)と西洋のヴィジャ盤は良く比較されるが、本質的なところ、つまりその意図において全く違っている。前者は本来、霊性を備えた妖異(獣や精霊)を呼び出すものとされる。後者は基本的に魔術の世界のもので、魔法陣に由来する。人霊との交信機とされ、いわば西欧で培われてきた「心霊研究」の小道具へと進化していったものである。現代では共に占いの小道具として親しまれる。両方とも不浄な危険物を呼び出すものとして忌まれる立場にある。

こなきじじい

これが類似品が多い。黒犬の話しを書いたが、ドイツでは黒犬を背負ってどんどん重くなる話しがある。石を抱えていた、狐に化かされた系の話しに変異している場合も有る。たいてい命にかかわる。老人と赤子に感じられる共通性は輪廻状の感覚に支えられているが、昔姥捨てのようなことがされていた時代、子供の姿に帰って再び拾われようとする救われない老いた魂の妖異かもしれない。

ゴルゴン

ポセイドンベタボレの絶世の美女だったとすることもあるらしい。蛇の髪はその性格を象徴的に示したものかもしれないし、髪型を描いたものかもしれない。あれメデューサとごっちゃになった。てなわけで(逃げるんかい!)

逆柱

カ行でないのに何故?答えはかんたん、たまたま。大黒柱に天地を逆にした木を使うと、いろいろと変異を起こして悪いことが続くという。日本の妖異であるが、ただ、寺社のような大きな建築にさいして、わざと逆さに柱を立てたりすることもあった。あらゆるものには「抜け」が必要で、わざと一部常道からはずす、これは中国伝来の風水の考え方だ。沖縄には今もこの考え方が残る。完璧に合理的で、「遊び」がない場合、一歩誤ると大変なことになる、というのは逆に理知的な中国人らしい発想だ。

座敷わらし

東北の地方妖怪のはずがいつのまにか小児の怪の総称とされている。大人にあそんでほしい子供の霊とされる一方で、子供にしか見えない和装の(河童にもつうじる)小さな精霊とされたり、あるいは家に憑くもので、大金をもたらすが、去ると没落するともされる。どれも世界中で聞かれる精霊や妖異の類と似通った性質でありステレオタイプ的とさえいえよう。単なるポルターガイストをこの名で呼ぶこともあるようだ。

ザツクーム

地獄の底の巨木。「生命の木」とは真逆の存在。

ザラダン

小島とおもったら巨大な生き物の背中だった。海の男のホラ話。椰子の木さえ生えている。

サラマンドラ

中世魔術の世界のもので、紅く燃える炎の中に生きる生き物。サラマンダー。

三シ虫

庚申信仰は中国伝来の伝説にもとづく。庚申の夜、寝込んだ人の体に巣食っている3匹の虫が抜け出して、天帝のもとに一年の行状を告げ口に行く。だから庚申は夜明かしで過ごし、告げ口されるのを防ぐのだ。虫はすべてのひとの中にいる。「腹の虫が納まらない」なんて口にしたことがあるでしょう?

サンドマン

砂男の砂を瞼に浴びる感覚。これがどうも私にはよくわからないのだが、ヨーロッパの昔の人たちは、眠気を「見えない砂男」の振り掛けた砂のせいにした。目が痛くて目をつむるのと、ふわっと眠気におそわれるのとではだいぶ感覚が違うような気がするが、ひょっとすると不意に昼間に襲われる眠気(マイクロ・スリープ)、急に気を失う感覚のことをいっているのだろうか。

ジキト

ひととおり餓鬼の種類をあげつらったが、それぞれなんらかの欲望を抑え切れない人間のあさましさを戒める意味を持っている。この餓鬼は食べても食べても吐いてしまう。だからいつも飢えている。飽食の報いなのだ。

シケツ

死体が葬時に立ち上がり坐する。それ以上何もせず棺に封ずるのも易い。これは積悪の報いとされ、死者の悪行が変異を遺したとされる。これと格闘した話は枚挙に暇が無い。・・・「夷堅志」より。この話しも、老僧が変異を見て「これは、~じゃ」と説く、中国の説話によくあるたぐいの話しである。~には固有名詞が入るのだが、そんな名称をまず誰が付けたのか、いつも明らかにはされない。ところでこれと良く似た話しは日本にもある。死後硬直の誇張と言う者もいる。

シシ

百獣の王ライオンも、吐く息で鳥を丸裸にして食らうなどの伝説を付与されこんな怪物になってしまった。

シュリーカー

バンシーとならんで有名な叫び系の妖怪だ。夜、足音だけがついてきて(シズカモチやべとべとさんに似ている)、その叫び声をきいたものなら、近いうちに死ぬ。警告する点ではバンシーとかわりがないのである。死に神扱いをされるが守護する側のものなのかもしれない。ヨークシャーやランカシャー(イングランド)の森に居る。

小人

この話はゾンビを思い起こさせるおそろしい話である。康キ(漢字が出ません、すいません)のとき、手品師がいて、長さ一尺ばかりの小人の入った箱を持ちあるきみせものにしていた。役人が不審に思い問い詰めると、それは塾で勉強していた子供で、帰り道手品師にまどわされ、クスリを飲まされた。すると体がやにわに縮まり、手品師はそのまま箱に入れてしばいの道具にしていたのである。宰は怒って手品師を殺し、子供を留めておいて治療しようとするが、その方法は知れない・・・リョウサイシイ”小人”より。「ゾンビ・パウダー」のようなクスリでもあったのだろう。子供は小さくなったのみならず夢遊病者のようになっていたのだ。科学的に説明のつく話しかもしれない。かなり有名な話しであり、古今いろいろと引用されたものである。

シルフ

風の精。ほんらい姿はないはずで、しいていえばこんな無機的というかくらげのようなものなのではないか?

ジロムン

股を潜られると命を失うか精を抜かれる、奄美以南の化け物の特徴的なひとつの性である。

小龍

龍の子供の話が、リョウサイシイ(漢字が出ないのですんません、でも有名な本だからね)に二つほどある。

一つは、山東臨溜県牛山の或る寺に、瓦と共に落ちてきたミミズくらいの子ヘビの話。たちまち帯くらいに成長したそれを見て驚いた人々は、これは龍にちがいないと山を降りる。中腹くらいにまで降りてきたとき、寺のあたりで大きな雷鳴が轟き、天上から黒雲がかさのように垂れ下がってきた。その中で大きな龍がヒラヒラ舞っているのが見えたが、そのうち見えなくなった。

もう一つは目に入った龍の話。砂埃と共に、白目にうねうねと紅いすじが浮きあがり、痛みを感じた。死を覚悟したその女は、三月あまり後、にわかにかきくもった空から雨が降り、そのとたん一声の雷鳴がひびいた。すると目が裂けて、龍が去っていった、という。

女に怪我はなかったとか。

人面犬

人面がはやったことがあった。これは「高速道路を走る犬が、振り返ると老婆の顔をしていた!」話しが発展して、1988年前後に北関東一円にまんえんした一種のハヤリモノだ。野犬がゴミをあさっているのを見ていると振り返った顔が「おっさん」で、「文句あっか」とヒトコト呟く。ごくちいさいころ、私は年老いた山羊が人語を喋るのを聞いた体験がある。そんな個人的幻想が入り交じって飽和した集団的妄想、それが都市伝説だ。

水鬼

朝鮮の河童である。

スラピーンの怪物

恐竜だというのである。オルニソレステスだとかそんな鳥恐竜のたぐい。「ジュラシックパーク」最初の方でティラノサウルスに追いかけられてたダチョウみたいなやつ、それが出た、と。アメリカだったかな。

聖主

家神の類。祖霊の変異か。

セイレーン

”飢えた”いにしえの海男たちの幻想か。美しい声で鳴き男を惑わし死にいたらしめる。

セジャ

古代エジプトの壁画に出て来る蛇の首をした怪物。いかにも恐竜ふうだ。

センイウ某公

かれは前世のことを覚えていた。閻魔の前で、亡者が罰としてケモノの皮をかぶせられるという裁判を受けた。生前の悪行の罰としてヒツジの皮をかぶせられ、ヒツジに生まれ変わることになったが、かぶせられたあとで生前に人の命をすくったことがわかり、急に許され、皮は脱がされることになった。しかし皮はもう体に張りついていて、鬼がむりに剥がそうとするときの痛さといったらない。やっと剥がれたものの背中には手のひらくらいの皮が残ってしまった。公はやがて生き返ったが、その背にはヒツジの毛の塊があって、刈っても刈ってもまた生えてくるのだった。冬はあったかくてよかっただろうね。

走影

新死の屍が陽気に触れて奔ったもの。走屍のひとつ。

走屍

エンズイエンによると・・・

屍体が奔走する現象は、陰陽の気が合したせいである。けだし人が死すれば、陽気は悉く絶えて純陰となる。陽気さかんな生人がこれに触れると、陰気たちまち開き、陽気を吸収して奔りだす。ゆえに死者の通夜をするものは、足を向いあわせて臥することを忌む。人が寝ると、その陽気は多く足の裏の湧泉穴から放射されるが、それが死者の足に吸収されると、屍体は起立するのだ。これを走屍と称す。決然として立った屍体は生人を追ってこれを襲う。口から息を吹き、その臭気耐え難い。あるいは生人にしっかり抱きつき、爪を食い込ませてたとえ両手が折れ裂かれてもはなさない。あるいは人の頭に食らいつき血を吸い取る。中には髪を振り乱しハダシで現れたキョウシ(キョンシー、ここではほぼ同意)の頬をはたくと、頭が一回転してしばらくして戻る。あたかも木偶人を糸で操るようで、打った手は翌朝見ると墨のように真っ黒だったという話がある。走屍に抱きつかれたときは、棘の種を7つその背に打ち込むと緩む。走屍は箒を嫌がるから、これで掃えばよい。また赤豆、鉄、米粒もおそれ、これを撒いて掃う。又、鈴の音もおそれる。「易経」などの経書も、見せると後ずさりするが、これは他の魑魅魍魎も同じである。

キョウシは昼は棺中によこたわり夜に出歩くが、棺の蓋が失われるともはや祟りをなすことができなくなる。蓋を奪われたものはあわててさがしまわるが、ニワトリが鳴くと、バッタリ倒れて動かなくなる。

「走屍」は奔走するキョウシのことで、「キョウシ」の項のものの殆どがこれに含まれよう。キョウシは飛頭蛮や吸血鬼のような性質を持つとされるところが面白い。

ソンカクシ

若死にした未婚の女性の亡霊。その霊が悪鬼となって代々祟ったり、又は他の処女にとりついたりするのを、朝鮮ではこの名で呼ぶ。一説には単に、処女にとりつく悪鬼ともいわれるが、この場合情緒不安定な少女期特有のヒステリー等の精神変調そのものとみていいと思う。最近でもあった「こっくりさん」集団ヒステリー現象に通じるものだ。此れ専門に祓う巫女がいたそうである。

ダイカツ

大きなさそりは日本にいない。日本にいないものが何故に日本の妖異になったのか??

ダキの化け物

水の妖怪。海女郎の地域版。こいつの出る場所は決まっていて、夜間は誰も近付かない。

タテクリカエシ

江戸の夜坂にはよく物が転げたようだ。

狸火

「夜話」のほうを見てください!

ダブル

ドイツのドッペルゲンゲル。世に自ずに似る者三人あるというが、これは江戸の離人(魂)病そのものだ。大抵死前のこととされる。

打綿狸

狸の一種で綿の塊に化けて道に転がる。どういうイミでそんなイミのないことをするんだろう。狸って何かバカ。狐に負ける訳だ。

チェシャ猫

アリスの物語の化け猫。

チェッシー

けっこう著名なカナダの水竜。UMAの代表格だ。

地仙

唐の開元年間の流言によると、キョウ人(ミイラ)が地中に有ること一千年、墓が崩れたので復活し、五穀を食せず、水を飲み風を吸うのみ、時人これを称して地仙といった。地下に金玉の積もっている証拠だと言う者もいた。「太平廣記」より。俗に天に昇れぬ仙人のなれの果てともいう。

チツ龍
龍に「成る」という考え方は日本にも伝わってきているが、日本では法螺貝
などが原形になっているのに対し中国では実に様々なものがその「原形」と
なりうるとされていた。この話しでは燐光を発するナメクジのようなものが
本箱から這い出てきて盆の上に居座る。その這い筋、盆が黒く焦げていた。
「これは龍に違いない」と盆を掲げて雨降る外に差し出すが、「それ」は
動こうとしない。「さては私の作法が気に入らないか」と引き返すと、服から
何から整えて、再度うやうやしく外へ差し出す。すると軒下まで来たときに
「それ」は首を挙げて身体を伸ばし、盆から跳ねて飛び上がった。シュッと
いう音がして、糸のような光をあげて数歩先まで離れた。振り返った「それ」
の頭は甕より大きく身体はもう数メートルにもなっている。再び向き直ると
龍は雷と共に空へ昇っていったのだった。
中国では龍は色々なところから小さな形で出てきて、巨大化して昇天する。
また、龍は非常に恐れられてもいたようである。時に神霊として扱われること
もあったようだ。

チペクウエ
かつてサーベルタイガー(氷河期の大虎)の生き残りと騒がれた十九世紀冒険
時代の産物のひとつ。今では現実的な説が幾つか唱えられているらしいが定か
でない。

チュッテキ
山海経にある両頭のへんないきもの。

チョンチョン
南米の首化け物。首しかない、首が抜ける、首が内臓まで引きずり出して夜空
を舞う、世界的なイメージだ。

つくもがみ
品物永年経て生命を得る。たいていはおかしな器物の怪。小さな武士に成ったり
するのもある。

つちぐも
つちぐもは大和民族に対する被征服民族(アイヌかもしれない)の残党とされる
こともあるが、一般には蜘蛛が永年をへて人を食らう大グモと化す、とされる。

強蛙
その意気だけで小動物を弊するカエル。

つるべおろし
特定の樹から炎のかたまりが垂がる。「垂がり」系のおどかし型妖怪のひとつ
だが、その出方には論理的な意味がありそうだ。

ティーケトラー(茶沸かし)
アメリカ開拓時代のホラ話のひとつ。紅茶を沸かすような声をあげる怪物という。

デイビイ・ジョーンズ
海の男が死ぬと海底に沈んでデイビイ・ジョーンズの木箱にしまわれてしまう。
イギリスの伝説。Soul Cageを貯め込む海坊主だ。スティングの曲参照。

テドワースの鼓手
「音だけお化け」といえば「七不思議」の「狸ばやし」だ。この無人の鼓笛隊も
不気味でイミのわからぬところがいかにも妖怪だ。

天狗
難しい。神神の要素をさまざまにとりこんだイメージを持つが、修験者もしくは
仙人のようなものを元は言ったようだ。

天火
気の弱い人魂のようで半鐘を鳴らしたりタイコを打ったりすると逃げ去る。

瞳人
むやみにジロジロ見るのをいさめるための話しであろうが、ある人が他人を
ジロジロ見ていたら、無闇に見るなと言われた次の瞬間、視界から消えた。
次の日から目に曇りが現われ、遂に両目が見えなくなる。しかし或る日鼻から
小人が出て来る。両目あわせて二人、である。そのとたんに両目が開いたが、
再び小人が入って来ると曇る。二人の小人は両目にそれぞれ棲みついて、
会話を交わすが、ふと或る日、片目の小人が、出口が狭いので出にくいと言い
出し、もう片目に移住する。するといなくなった方の目の曇りに二つの小さな
孔がひらき、やがて黒い瞳がふたつ出来て、何とか片目は見えるようになった
そうである。
話の因果が今一つハッキリしないのは中国や江戸の古事によくあることだが、
この話も、はたして小人は何だったのか今一つハッキリしない。しかし、中国
の古には目の病は目に何かが棲んでいるせいだとの考え方があったようだ。

頭陀
面目獰猛、歯は鋸の如く、小児の足をかむ。
塚に出没する髪を被ったキョウシの一種。
大きな爪で威嚇をする。人を追い食らうとも
いう。

トッカッピ
女の月経の血が箒につくと化ける。あるいは古道具が鬼化して成るという。
色々な悪事を働くが特に多いのは火で家を焼くことである。原因がわからずに
出火するのはこいつのしわざという。しかしこの鬼の友人になると、金を
持ってきてくれるので、強欲の者はこれをまつる。でも一回でも仲が悪く
なったら最後、もうけさせた金を全て持ち去るので、トッカッピから金を
得た者はすぐ田地田畑に替えて持ち去られないようにする。するとトッカッピ、
その田畑の四隅に棒杭を立てて作物がとれない呪いをかける。なんだか人間
臭い妖怪だ。婦人をたぶらかすこともあるが、応じた者は金持ちになり、
拒む者は貧乏になるともいう。
この苦手は驢馬である。驢馬の喚声をきくとすぐに逃げ去る。ゆえに朝鮮の
田舎の金持ちは驢馬を飼う者が多いのだ。

ドラゴン
西欧の竜は様々な様相を呈す。知的な王もいれば、巨大なワニもいる。



ナーガ

インドのヒュドラといっても過言ではない(か?)神性ある存在。こうかくとやまたのおろちみたいだ。

ナッツ

東南アジアの良い精霊。祭礼時に祭壇から立ちあらわれる、見えない小妖精。

ナハト・コボルト

夜の小鬼、すなわち夢魔のドイツ版。

ナビゲーマジムン

沖縄系マジムン(化物)のひとつ、調理用具が化ける。さしずめ”つくも神”などの古物に霊が宿る系といえよう。イノシシの姿に化けることもある。

ナメラスジ

備前の東部では縄目の筋をこのように呼ぶ。青大将のことをナメラというので、蛇の魔力とかけているのかもしれない。家がこの見えないスジにかかっていると病人が絶えず、たんに通りあわせただけでも気分が悪くなったり、化け物に出遭ったりするという。和気郡のある所の魔筋では、火の玉が通る、ともいう。

恐山でも幽霊の路上にある寺の壁に、うっかりぶち当たった魂が血痕を残すという。「霊の通り道」という考え方はフォークロアとして一般的なものである。海外では黒犬やspiritの道という考え方も有り、又、「レイ・ライン(太陽の道、古代人ののこした遺構が天文な動きを台地に映して配置されているという事例から発展した超古代文明仮説)」にも通じるところがある。

ナンドババ(納戸婆)

掃除しない納戸に棲みつく小妖怪。

ニイギョ

人魚の訛りだと思われる。ここには毛に覆われた姿を描いた。

二恨坊の火

水木しげるさんの著作にみられるものだが、沖縄の「耳切坊主」などを思い出す。殺された旅僧の恨みの火、修行最中誤って命を落とした坊主、もしくは生臭のうちに化身した独僧、僧侶というのは世俗をはなれるがゆえに得体の知れないところがあり、なんらかの神通力をえて、ともすると不気味な力をはっする悪鬼と化すと庶民におそれられていた節がある。

入道鮫

海坊主の変種だ。わにという言葉を使っているとおり、何らかの肉食魚の属性をえているようであるが詳細な情報がないため空想で書いた。

人魚

さまざまな姿をしているのである。とくに江戸時代の文献には体のどこまでが魚なのか一定しない図が散見される。鰭のみが魚であとが女というものや、逆に魚に人の顔だけがつくものもある。諸外国でも目撃されていたようで、顔が魚で体が人間という報告もあるようだ。肉をくらうと不老不死をえられるという俗信から八百比丘尼の伝説も生まれいろいろとロマン溢れる小説などが流布している。反面肉食狂暴で、牙のある口で噛み付くという説もきいたことがある。

ニンフ

フランス近代文学の幻想的な印象では森の美しい沼に顕れるうらわかきおとめの姿がうかぶであろうが、象徴的にえがかれたそれら理想と現実?はおそらくかなり乖離している。東南アジアの精霊にならい各種自然霊(=ニンフ)を書いてみた。ハマドリュアデスは樹木、ナーイアデスは水、ナパイアイは岩石、ネーレイデスは魚、アルセイデスは風、などなど・・・日本誤訳:八百万の神、か。

ぬべらぼう

家中に突然肉の塊のようなものがあらわれる。しっしっと追い出すが何かの前兆であろうか・・・江戸時代の怪異らしい、脈絡の無さが良い。家康が駿府の城にいたとき、突如庭に”肉人”が立ち天と地を指した。まもなく追い出されたが家康はじっさいに会ってのち、その指の方向から天下人になる吉兆と考えたという。宇宙人ではないかとする人もいる。

濡れ女

この絵だと女頭蛇身の宇賀神様に見えてしまうが、民間信仰の色彩をもった宇賀神の零落した姿ととらえられるかもしれない。怖い怖い海の怪物で、人を引きずり込んで食べてしまう。

ネッシー

真偽問わずさまざまな写真がとられているスコットランドの湖沼地方ネス湖に棲むという怪物。中世の坊さんに端をはっし以後数百年にわたっての謎として世界に知れ渡っている。真実の姿がどうあれロマンがある。ここにはあるソナー写真を元に姿を推測してみた。

のびあがり

小児がいる。にこにこと見上げている。その目を見ると、いつのまにか自分の肩くらいの高さになっている。あれよあれよというまに見上げるほどの大男、いつしか山をも越える巨大な影となって覆い被さる。これが、妖怪のびあがり。

のっぺらぼう

ハーンの狢を思い浮かべる向きもあろう。しかし本当は重箱おばけというのがあの話しの原典であるようである。

ノルディック

ノルディックとMIB(映画で有名、メン・イン・ブラック、UFOアブダクションなどを語る人に脅しをかけ、口封じするように仕掛ける力があり長身の黒尽くめの男)を一緒にしたのには意味があって、宇宙人の1タイプとされる長身の北欧男性のような姿が、MIBと比定されるように思うからである。

ノルン

北欧の3女神を怪物としてあげてしまった。

ハイド

カリブの海中にひそみ素潜り人を襲う伝説の生き物。

ハイドビハインド

人の後ろに立ち、襲い掛かるという怪物。必ず「背後」につくため、その姿を見たものはいないという。アメリカ西部開拓時代のホラ話。

ハオカー

雷の精霊。

ばく

もとは中国の伝説上の生き物。悪夢を吸い取り良い夢をみせるというので昔は信仰された。

白沢

ハクタク、中国の伝説上の生き物。雪男(野人)と混同されるが獣身で描かれた絵も多い。

バシリスク

鳥のおばけ。火をはく。

パスハ

湖底に眠る竜の一種。

発凶

秦中は地下4.5尺掘っても水脈には達しない(ためにミイラ化する可能性が高い)。鳳翔以西の俗では、人が死んでもすぐにはほうむらず、野ざらしにして遺体が朽ちるのを待ってはじめて葬する。そうしないと「発凶」する、すなわち凶悪な力をはっすると信じられていたのだ。一度”地気”を得ると、消化しきれないまま葬られた体は全身に毛を生じ、人家に入って災いをなす。白いものを白凶、黒いものを黒凶と呼ぶ。

・・・「野人」伝説と「キョウシ」伝説が混合されたものと思われるが、キョウシ(朽ちず何百年もそのままの死体、すなわち立派なミイラ)の体に「毛」が生え人を襲うという話しは広く伝わる。地衣類のしわざだろうか?

ババイ

エジプトにおいて悪い死者を食らう役についているのはワニ頭の「死者を食らうもの」である。これを補佐するものが、単に「恐ろしい」といわれるこのババイである。姿もハッキリせず、どのようにおそろしいのかもわからない。プルタークはティターンのひとりと同一視している。

花子さん

最も有名な都市伝説のひとつ。小学校の女子トイレの一室の扉を、三回叩いて「花子さん」と呼びかける。すると「・・・はあい・・・」と返事が返ってくる。誰もいないのに・・・

一説には元話があり、大正か昭和初期、乱心した母親に惨殺された女の子の見つかった場所が、旧校舎のトイレの一室だった。あるいはやはり同じころ校舎が崩れ子供が生き埋めになる事件があり、トイレにいた少年がギセイになった、それが出たということであるが、まことしやかな検証がなされたりするものの確証は薄い。

バロメッツ

中央アジアに羊のなる樹がある。綿花を曲解したヨーロッパの伝説のようである。

バンシー

家族に凶事がある前兆として、「きゃーっ」という叫びをあげる。声だけの妖怪。

ヒエラコスフィンクス

エジプトでは通常獅子頭とされるスフィンクスにも種類があり、神神の姿同様獣身に別の獣頭がつく姿が描かれている。これは隼の頭をしたスフィンクス。

ひき

古蝦蟇は化けて怪異をなしたり、家屋の床下に棲んで家人の精気を吸う。江戸の怪談にしばしば出てくる。麻布には逆に火事を消し止めた蝦蟇の伝説があり、今でも外国人の多く棲む高級マンションの中庭に、蝦蟇池というものが残って古をつたえている。

ピグミー

本来コロポックルのように「小人族」をさす言葉である。

鼻行類

まさに謎の動物群である。もちろん一部には冗談も入っていようが、全部が全部嘘とは言い難い「学術的迫力」を持っているシュテンプケの著作「鼻行類」には、数々の幻の「鼻行類」たちが記されている。話しによればこの絶滅種はハイアイアイ群島にのみ発見された種で、核実験により群島自体が消滅するまで、研究所が建てら研究がすすめられていた。全てが鼻を重要な触手とするこの動物群は、島では最も支配的な生態系の頂上にいたという。

ピシャーチャ

やはり死骸をくらう悪鬼のひとつ。棺を割りばりばりくらう。

飛天夜叉

キョウシ(ミイラ)は長い年月を経ると変化し妖物となる。これもその一つで、熊ほどの大きさで夜間に人家の作物を荒らす。全てのキョウシは久しくすればよく飛び、もはや棺の中にはいなくなる。全身に長い毛を垂らし、出入には光がある。「飛天夜叉」はその中でも強力な種族で、雷撃か鉄砲でしか倒せない。福建省の山間の民は、これに出遭うと漁師仲間を呼び集め、木の上に待ち構えて撃つ。直隷安州の某山中でも小児をとって食う空飛ぶキョウシがいた。村人はその穴を掘るが深くて測りようがなく、某道士の方術で鈴を振ってこれをしとめたという。ちなみにかれの話ではキョウシは変じて旱魃となり、さらに変じてコウとなる(別項)。

・・・ムリヤリ話しのつじつまをあわせて妖物象を解明あるいは説明しようという御仁は古今東西枚挙に暇がない。この老人もさぞ面白い人物であったことだろう。

ひでり神(旱魃)

一本足に一本手、毛だらけ人面の異形。ひでりの神。

飛頭蛮

ろくろ首。首が抜けてとびまわることから飛頭とよばれた。夜間首の抜けた体をこっそり隠すと、朝戻ってきた頭は狂乱し死する。

人魂

静かに長い尾をひく丸い玉の姿が一般的なイメージであり、それはちらちら瞬かされる鬼火や大きな破裂音を伴う火球とはやや趣を異にするものといえよう。すーっとしている。

ヒバゴン

日本の雪男伝説としては唯一のもの。比婆山中で見かけられたことがあることからこの名がついたのだが、不明瞭な一枚の写真だけでしか知られておらず、ツキノワグマの誤認の可能性も否定できない。ちなみに一番話題になった70年代中盤は空前のオカルトブームであった。

ヒュドラ(ヒドラ)

たくさんの蛇首を持った古代ギリシアの怪物。

蛭子(ヒルコ)

イザナギ、イザナミの二神が混沌の地に国産みのため降り立ち、最初に産んだ神がヒルコであった。だが骨の無いふにゃふにゃとした体を見て、二神は葦舟にのせて川に流し捨てた。ダビデ伝説などに通じる川流しの話だが骨無しの異形という点異なっている。

ファルファデ

18世紀アビニヨンに生まれたベルビギエという男、悪意ある妖精との格闘に一生を捧げた。彼が「小悪魔(ファルファデ)」と呼ぶ見えない悪魔は、最初寝室に現れた円盤に端をはっした。無数の星を撒き散らし、天使のラッパが鳴り響く。雲に乗った精霊が飛び去ると、死者の棺が次々と割れる、そんな終末的なビジョンが彼を幻覚の世界にいざなう。彼が働く病院では、その奇行に評判となった。勤務中にも医者のところへ行き、ファルファデがかれを苛める、と訴える。足の裏をくすぐる、不能にさせる、ペットのうえに尻餅をつかせて殺したのもファルファデのせい。百匹のファルファデを殺すと英雄になるという妄想を抱き、悪魔をやっつける方法を何千枚もの紙に書き付けていた。病院の名物男になったかれは、56のとき悪魔払いといってホテルの暖炉に牛羊の内蔵を投げ込み心臓に針を打ち込んで、野次馬のかっさいをさらった。本当に病院に入れられてのち死んだが、生涯ファルファデ退治を諦めなかったという。天使の幻を見たかれは、神に悪魔を倒す使命を与えられたと信じこんでいたのである。

イタチのような小動物ともいわれることから、もとはモモンガのような空飛ぶ小動物を誤解したものだったかもしれない。夜間野を歩いていると急にふろしきのようなものが頭からかぶさって、血を吸うといわれる。

負屍

人の頭あるいは人の首無し死体が、不意に空から落ちてきたり、背が妙に重いと振り返ると、荷の先にひっかかっていたりする。あやしく思って殴り付けたり転がしたりするときえてしまう。由来もいわれも何もわからない。リョウサイシイの中の一節である。

おどろかせるだけの所は日本の妖怪に良く似ている。

二口女

貞女を妻に迎えたと男は大喜びであった。食事時にも殆ど飯を食わず、人が心配するほどであった。だがそのうちおかしなことが起こる。米びつが見る見るうちに空いていくのだ。余りの減りようにいぶかしく思った男は夜中に何かをがつがつと食らうような音に目を覚ます。台所を見ると妻が頭の後ろにあいた大きな口に、次々と握り飯をほうり込んでいく姿があった。妖怪フタクチ女の一節、江戸の怪話。

プレータ

死者はプレータになり次いで死体を食う悪鬼かそれを倒す精霊になる。生前の行いが死後の良悪を決定するわけである。

ブロンティーデス・フェノメノン

何もないのに突然爆音が響く。

かつて空港や軍需工場で、あるいは軍隊の基地や秘密工場の近辺で起こる音を呼んだこともあったようだが、住宅地など人気の多い場所で起きた例も、この東京で、ある。

別項「ぬべらぼう」にも書いた肉人の呼び名。慶長14年4月4日、徳川家康が駿河に住んだ時の或る日の朝、庭に小児くらいで手はあっても指は無く、その手で天を指し立っている者がいた。家臣たちは騒ぎ立て追い回した挙げ句、城から離れた小山に追いやってしまった。それを或る人聞いてしきりに惜しがるには、これは白澤図にある封というものである、これを食うと多力になって武勇に優れるという仙薬だ。何故捕らえて主君に食わせなかったのだ、主君に差し上げなくとも仕える家臣たちが食べれば、皆武勇に強くお役に立つべきものを、と言った。牧氏つたえるこのエピソード(異聞があったように思う)の頭には「この怪物は切支丹なり」としている。

マジムン

沖縄では「霊」をマジムン(化け物)という。マジムンはユーリー(幽霊、人間の死者)は含まない。そしてそのほとんどが家畜のマジムンで、さっと人の前を横切る。最近は減っているというが、鳥(トゥイ)マジムンやウシマジムン、アヒルのマジムンなど多種類いる。ミンキラウックワはこれのうちの豚(ワー)マジムンが「進化」したものだろう。敬称のグワーをマジムンの前につけて言うこともある。それは「親しみ」からつけるという。マジムンは出る場所が決まっているそうだ。ある人にだけ見えることもある。犬が尾を垂らすときは、その犬がマジムンを見ておびえた時という。

マンドレイク(マンドラゴラ)

不老不死の妙薬といわれる人の形をした植物の根。引き抜くときに大きな悲鳴をあげるという。錬金術の時代の伝説。

見越し入道

別項の「のびあがり」と似たようなもので、最初は小さかった人がみるみるうちに天をつく大男となる。

水子

流産その他でこの世に生まれ出ることの叶わなかった赤子の霊。恐ろしく祟る場合があるというので、専門の供養寺ができた。

未命

若死にした妻が、後妻に祟り、川の中へひきずりこもうとする。朝鮮の川霊である。

ミルメコレオ

合体型の怪物は洋の東西を問わず沢山あるが、これはライオンと蟻の合体したものだ。

ミンキラウックワ

妖怪だがその出現は伝説にとどまらない。諸星大二郎のマンガに「犬土」というものがあるが、非常によく似ている。「ぶきみな仔豚の群」(今野「日本怪談集」)によれば、奄美の永田川沿いのある地点で、終戦後に「これら」に遭った人々がいる。冬の月夜の小雨まじりの晩に、川沿いを歩いていると、行き先からどこからともなく急に仔豚が出てきた。二人はつかまえようとしたがグーグー鳴きながら走るので捕らえられない。しかも、次々に同じくらいの小さい仔豚が出てきて、その数知れず、みなすばしこくて全く捕まらない。その上、クレゾールの濃いにおいのような、御山羊のにおいのようないやな強い匂いが鼻についてたえられなくなった上、仔豚たちはそこの空き地の薮(アレンメ)の中に入っていってしまった。

次の日行ってみても豚舎は一つもなく、年寄に話すと「お前ら、そこは昔からミンキラウワの出るところじゃ。命が助かってもうけもんだ」と。

これは一例である。この本には他にも多数の目撃例があがっている。ちなみにミンキラウワとはミンが霊、キが耳で、耳無豚のことらしい(大分の部落)。カタキラウワという片耳豚のこともいわれている。

他の小怪と同様に、この小怪も股をくぐって人の命をとろうとする。

ミンゲーマジムン

付喪神のたぐいだが、これは沖縄のもの。ミンゲーとは飯笥とかき、しゃもじのこと。ナビゲーマジムンはしゃもじのお化けのことである。夜中に動き、人のようにさわいだり、牛に化けて人を化かしたりする。しゃもじや杓子は古くなっても捨てるなというのはこんなところからきている。もし捨てると白豚の幽霊になる。それにしても不浄の家畜である豚は各地で化け物にされていて、何か理由がありそうである。

ムーン・ウーマン

アルドロヴァンディによると、この女は卵を産み、抱いて、巨人を孵すのだ。

網貌

稲生物怪録に登場する妖怪。見てのとおりだが、別に悪さはしない。脅かすだけである。同誌、聖アントニウスの誘惑を思わせる。

モケレ・ムベムベ

アフリカの怪物で、その相貌から龍脚目の恐竜の生き残りのように思われる。現地民の話しではじっさいに捕らえて食べたこともあるらしい。

モス・マン

都市伝説に近いものではあるまいか。蛾人間という意味で、ある時期非常に注目された。現代アメリカの怪物である。

幽霊

これも妖怪の一種としておく。逆に妖怪こそが幽霊の変種だと反論されそうだが。

ユウレ風

カマイタチと同じ風の妖異。熊本の宇土町に吹く。おそらく「幽霊風」のことであろうが、とにかく現象自体は「ひだる神」と同じで、突発性の「だるさ」のことである。「悪い風にあたった」というのはここからきているのだろう。赤ん坊の産毛を少し刈り残す風習はこの風に魅入られないためという。

雪女 等

遠野の伝説で有名だが全国各地に伝説が残る。都内にも残っている。醒めた目で見れば、雪そのものの恐怖を擬人化したものにすぎないともいえようが、若い女であったり大入道であったり、年老いた老婆であったりとバリエーションが多く、何らかの怪異が投影されていると考えたくなる。ウブメという妖怪がいるが、子供を抱えた女が吹雪の中に現れ、子供を抱いてくれるよう頼む、なんて複数伝説が混合したようなものもいるという。

ラージノーズグレイ

アメリカ海軍の元情報解析部員であるミルトン・ウィリアム・クーパー氏は、プロジェクト・グラッジ・ブルーブックリポートNo.13という幻の文書の中で、いくつかの「宇宙人」の写真や描写に出くわしたという。中でも中核的であると思われるのがこのラージノーズグレイで、呼吸器のようなものをつけていることも多いという。真偽のほどは定かでない・・・

リトルグレイ

宇宙人の一種で、こんにち最も多く目撃されている種である。前述のクーパー氏によれば、このリトルグレイは遺伝子操作でラージノーズグレイによりつくり出された、いわば奴隷種のようなものらしい。

いずれにしろこの不気味な小人は最も信憑性の高い「宇宙人」であるといえよう。「COMMUNION」の主人公でもある。

東洋の龍は非常にユーモラスである。

「聊斎志異」に次のような話がある。

北京のある村に、空から落ちた龍がやってきて、のそのそと或る家に入っていった。その家の門をやっと通れるくらいの大きな龍で、おどろいた家人は二階から門にいっぱいになって入ろうとする龍を銃撃した。龍はすごすご出て、門外にあった一尺足らずの水溜まりをみつけると、その中に入ってのたくりまわって力をたくわえ、ドロだらけになりながら力いっぱいとびあがる。が、一尺余りはねては、落ちてしまう。三日も泥の中ではねつづけるうちに、うろこにハエがたかり、情無い姿になってしまった。すると、ある日のこと、大雨がふり、カミナリが激しく鳴った。龍は、ひっぱりあげられるように空へ去っていったという。

この話の龍は小さいものである。神霊としての龍は、目だけでもフライパンくらいはある、という話もある。それにしても、ヒサンな龍の話ではないか。

輪違

悉く人の顔をした、煙のようにくるくると回る円形の幻。「稲生物怪録」より。

わに

昔、日本では鮫のことをワニと言った。しかし実際に鮫を見たことのない人も多く、その形容詞から(「恐ろしい」というような)勝手な像を作り上げていた人も多かった。

この図は「善悪報ばなし」による。

ワーム

翼の無いドラゴンの一種。蛇に似るが、足はあるという。


by r_o_k | 2017-08-21 15:00 | 怪物図録classic | Comments(0)

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi