百鬼夜話51「蒼いタイルの世界」-100「屍桶の因果」(終)

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後半です。先に続編をあげてしまったので少しトーンがおかしくなっています。最大28年前の文章ですので(2017年時点)その点、おてやわらかに。自分でも忘れている。


第51夜、蒼いタイルの世界

誰に言っても信じてもらえなかった、これが私のタイムスリップ体験である。
幼稚園卒業間際、もしくは小学校2年生くらいだっただろうか、続けざまに
妙なものを見ることがあり、決まって土曜日の朝であった。
この朝も家族より先に目を覚まし、布団の上にぼうっと立って、居間の時計を見ると「6時」だった。
寝室に戻って、みんな寝ているのを見た。ふと何を思ったのか、しゃがんで、頭を足と足の間に差し
込んで、そんな格好をしてみたくなったのだ。
顔を上げた。
変わらぬ寝室のはずだ。
が、そこは
全面
蒼い
タイル張りの大広間だった。
美術館のような、柔らかな明かりに満ちてはいるが、どこにも出口の無い、天井の高く、
大きなおおきな広間だった。・・・しばし唖然とする。
遠くにオブジェのようなものがある。巨大な白亜の「手」の像だ。
それが、宙を掴むようにゆっくりと、動いている。
ぎくりとして冷や汗が流れる。怖い。
するとその手のオブジェの横から、背広の紳士があらわれた。
あまりにも遠くて、居たたずまいがよくわからない。
しかし近づいてくるにつれその紳士が
のっぺらぼう
だということに気が付いた。
今思えば、著名な画家キリコ描く人物像によく似たふうの、
だいたいが全体に非常にシュールで・・でも明瞭な「異世界」だったのだ。
泣き出しそうになった。のっぺらぼうはこちらにむかって歩いてくる。
手は宙を掴もうと蠢いている。こちらは逃げ場もなく、
なんでこんなところへきて、
・・・戻れるのかどうかもわからない。
もとの格好をしてみよう。
ふとしゃがみこんで、両足の間に頭をつっこむ。
目をぎゅっとつぶり、祈る。
次に目をあけたらきっと、もとの寝室だ。
夢だったんだ。
・・・顔をあげた。
ソファの上にいた。ソファの上でしゃがみこんで、ぽかんとベランダを見ている。
真夏の昼下がり、肩から虫かごがさがっている。
「ウンチでもしたいの」
母の声がして、台所から顔が覗いた。
夏の。昼下がり。
・・・まだ戻ってない。
ひっと声をあげた。
蝉のひっきりなしの声がして、私は今度こそとソファの上でしゃがみこみ、
両足の間に顔を突っ込んだ。
ふと頭に、カマキリの怪物が暴れるアニメのシーンがうかんだ。
ぎゅっとつむった目を、そろそろと開けて、足の間から周りを伺う。
しんとした冷気。
蒼いタイル。
全面蒼いタイルのあの美術館だった。
また来てしまった。
あっ
のっぺらぼうがさらに近づいている。
木でできたようなのっぺり顔が、少しずつではあるけれど、まるで白亜の掌と同じ
緩慢な動きで、ゆっくりこちらへ向かってくる。
ぎゃっ。
両足を閉じ目をつむった。
・・・そして、次に目をあけると、
もとの寝室・・・薄暗い寝室に戻っていた。
呆然としてふらふらと居間へ出た。
時間・・・5時45分くらいだった・・・。
タイムスリップと人はよくいうけれど、実際にそんなことが起こりえるのか?
これはやはり夢で、幼児期に見るタイプの現実との混同にすぎない。
そう考える方が多いと思う。
その時点では、私もそう思ったのだ。
・・・夏休みである。
昼になって、素麺を食べて、午後は蝉取りに出かけようとしていた。
肩から虫かごをさげ、ソファに乗った。子供特有の無邪気さで、ソファの上で飛び跳ねたあと、
しゃがみこんだ。
母の声がして、台所から顔が覗いた。
そのときの台詞が、
こうだった。
「ウンチでもしたいの」

(これは”あのとき”と一緒だ。
ふと、あのときと同じ格好をすると、「朝に転送される」のではないかと
思った。イマはある種の”接点”なのか?ところが両足の間に頭をはさんでも、
目をあけたら蝉の鳴く夏の昼下がりのままだった。
そのまま蝉取りにでかけるのだけれども、
降り注ぐ蝉の声まで一致している気がした。
嫌な感じだった。
・・・
これだけではないのである。
そのころみんな見ていた人気アニメがあった。
次の日が放映日だった。
そこに出てきた今回の怪物。
あの頭に浮かんだとおりの姿。
カマキリの怪物だった・・・。
以上、
私のタイムスリップの、これがすべてである。
「精神だけ」のタイムスリップ、そのイメージを強く持つようになったきっかけだった。
しかも精神が二重に存在している(同じ肉体を共有した「ふたつの時間」上の精神)。
肉体的なタイムスリップはありえない。でも、心だけが次元の限界を超えて、
いや、もともと人間は四次元的な存在で、感覚器官が三次元にしか対応していないだけで、
存在そのものは四次元的なひろがり・・・たとえば「時間軸」上のひろがりを、持っている
のではないか・・・。
後日談としては、友人を呼んで同じ部屋で同じ格好をしてみたりしたんだけれども誰も
”転送”されなくて、私は一人ぼっちだった。「巨人」を見たり(高田を多摩川グランドに見に
行ったわけではない)、カーテンの下から伸びる老婆の手に足首をつかまれたりと物騒な日々を
送っていた、中でも極めつけのとっておきの話だ。ちょっとごちゃごちゃ輻輳しており、いわくも
元よりわかるはずもなく、カイダンにするならちょっと加工が必要かもしれないが、
前にも書いたとおり、現実の幻想といういうのはこんなものである。
未整理で、不恰好なものなのだ) 第52夜、あくび海坊主

第52夜、あくび海坊主

鹿児島の離島で、早川考太郎氏が見たものについて。(今野氏著作より)
何らかの調査で渡った帰途、小さな郵便線で、開聞岳を左手に湾内を北上する頃には、夜半近くに
なっていた。用を足そうと甲板に出て船尾に立つと、白い航路のかなたに、一人の壮漢が見えた。
はっとしたが、溺れているようでもなく、水上に筋骨たくましい上半身を出し、立ち泳ぎのように
直立している。何よりもおかしいのは、その男は水を掻いて泳いでいるわけでもないのに、
船と同じ速さで、船のあとをついて来る。しばらく暗い水面の男をながめていると、男、不意に
あーあ、と大きなあくびをした。そのときこれは生きた人間ではないということが、急に頭に
来た。ぞっとして船室へ戻る途中、舵をとっていた船長が、
何か見ましたか
と聞く。
いいえ
とこたえ船室に駆け込んだ。昭和9年の話。 第53夜、狐の玉

第53夜、狐の玉

牛の玉の噺が出たから狐の玉も少々。篠田さンの「銀座百話」(昭和12年

岡倉書房)から。

銀座は「玉の井」食堂、白狐の庇護を受け繁盛とはモウとうに昔の噺。

ソウ何故玉の井と申しますかというとこのあたり妾どものとこに評判の高い

井戸がありまして、伝説に、最初この井戸を堀った時に、水が出ず光りもの

がする。ナンだろうと段々掘り下げてみますと”白狐”のお尻にある毛の玉

出現たンだそうです。ソレを神棚へおそなえして縁義を祝いますと、井戸の水も

コンコンと(洒落てンじゃありませんよ)、清泉が湧いて大層評判になり「玉の井」

の屋号を受けたと申します、白木屋さんの白木観音(元日本橋東急屋上、現

浅草寺域内に転居)の水のように水脈がこのあたりにもあるものと見えます。

江戸の末期、手堅くこの「玉の井」を守っておりますおばあさん、或る日魚河岸

通いの芝の魚屋さんが「コー金に困ってるンだが、済まねエ、これを買って

くンねエ」ソレは芝明神の富クジの札なンです、「そンなものは」と堅気の婆さん

断っても日ごろご贔屓の魚屋さん、よくよく困ればこそ、トミ籤を売のだとも考え

お金を融通するつもりで買い取ったンだそうです。ソレがどうでしょう、当たり籤

だツたンです。千両の。 第54夜、クリーム

第54夜、クリーム

直入にいきましょう。

雪山で、小さな小屋にとまっていました。

窓は木で打ち付けられ雪に破られないようになっています。

・・・深夜、ドウモ寒い。スー、スー風が通る気がする。

目をあけて窓を見ると、何とすこうし開いているみたいなのです。

そこに、ゴム手袋のようなものが掛かっている。

変でしょう。だって打ち付けた木はどこへいったんです。中から開けない限り、

窓は開かないし、窓際の人たちはぎっしりと床を埋め尽くし、ごうごうと鼾をたてて憚らない。

誰があけるんです。

そしてアノ白いゴム手袋は何です。

開いた窓の・・・5センチくらいですか・・・間から、だらりと床を向いて引っかかったような手の形。いえ手ではないんです。てらてらと艶があって、生気の無い、無機的な感じがしたもんです。余計に不気味でしたよ。

だれだあんなところに手袋干したのは。

と思うことにしましたね、ゴム手袋して冬山登る馬鹿もいないだろうに。

シュラフに頭を突っ込んで、最小限の顔だけ出して紐を締める。そうしてなるべくスースーいう隙間風をよけようとした。

でも、どうしても気になるんですね。

天井を向く視界の下のほう、足の方向。窓際の、あの隙間と手袋ですよ。

ちょっと・・・延びてないだろうか。

手袋が、少し長くなってるンです。

最初は、窓の隙間から5つの指をだらりと下げるような感じだったのが、手の甲あるでしょう、それが全部見えるくらいに垂れ下がっている。

普通手袋なら、重みで落ちるくらいの長さなんです。

手長手袋なんて無いでしょう。普通手首で納まるものが、あの長さだと肘まで・・・肘まで?

伸びてるんですよ目の前で!!

だら、だら。

ずーっと音がする気がしましたね。下目使いで、ただでさえ零下二桁に近付こうってんのに輪をかけてぞっとしましたよ。

生クリーム、あるでしょう。

マヨネーズみたいな口をつけて、ぎゅっと押すと、

だらりと濃ーい粘着質のクリームが流れ出て来る。

そんなかんじで、「手袋」の手首部分が伸びていくんです。

てらてらと光沢のある「手袋」が、力感の全く無い手指を床に向けて、窓際から桟、柱に沿って、ぐぐ・・・と伸び落ちていく。

やけに白いから、クリームをおもいうかべたのかもしれませんね。空腹に苛まれる山行ですからそう思ったのかもしれませんが、肘も肩も無いのですね。人間だったら当然肘も肩もあるべきところも膨らみも引っかかりもせずにおんなじ太さで、大蛇のようにずるずる流れ落ちていく。「手」が、窓際の人の頭の後ろにたっして、視界から消えたんです。

「うわっ」

声がしました。何かされたんでしょうかね。窓際の髭面ががばりと起きて、額をさすっている。あれ、いつのまにやら手は消えてます。窓も、閉まってます。

その見知らぬ人には何も聞きませんでしたし、こっちも言いはしませんでした。

お互い気持ちの良いはなしじゃないし、その後の行程もあるンだから、縁起でもないことはいいっこなし。

・・・ですがね。

後で聞いたんだけど。

その小屋・・・数日前に、かつぎこまれた人を一晩置いたそうなんです。

「置いた」・・・そうね。凍死者です。

真っ白だったそうですよ。全身の肌が、ね。

・・・手、も。 第55夜、ふしぎな花

第55夜、ふしぎな花

誰も供えた憶えの無い花が供えられている。

毎日だというのだ。

そのカーブで昔、走り屋が死んだらしいとは聞いていた。

でも、昔の話しだ。

しかも花のことは最近唐突に、らしい。

ある暇人が、一日中ずっとそのカーブを見ていようと思った。

ずっと立ってて、まあ小便くらいならそのへんですませた。

花が供えられる瞬間を捉えようとしたのだ。

街灯もあるし大きなライトを持ってきていて、夜が来て、寒い中

一人で立っていたというから根性がある。

・・・でも夜半。ふとうとうとしかかった、そのとき。

「ぎゃーっ」

どかん、

と音がして、はっと目を上げると、

ライトのあかりの中に・・・

何本もの「白菊」が、立てかけられていた。

今、まさに今供えられたような生きの良い花だったそうだ。

切り口も瑞々しく、投げ捨てると車に飛び乗り、

泡食って逃げ出した。それきり。

・・・

この現象は、ひと月くらいでだしぬけにおわったという。

理由のわからぬ不可解さが、如何にも異界的ではある。 第56夜、宴

第56夜、宴

学生時分、よく夜中にジョギングをしていた。くろぐろとした山並みや月明かりの畦道を友人と連れ立って走る。情趣あるといえばあるし、怖いといえば怖い。野犬の声だけが後を追って来る真っ暗闇、なんて状況もあったりした。いつも違う道を走る。

真っ暗闇の中から、どんちゃん騒ぎの声が近付いてきた。その日もいつもとは違うルートである。

「誰か騒いでいるね」

「え、何も聞こえないよ」

「いや、騒いでいる」

だんだんと近づく楽しげな話し声、ざわめきは低い崖面に沿ってしつらえられた塀の、上のほうから聞こえる。道は崖沿いに上り坂になり、程なく崖の上に至る。

あっ

友人が絶句した。

そこは墓場だった。


これは少し長いスパンの話しになる。

白菜畑の真ん中の長屋に、友人と共に住んでいた。これも学生時分の話し、飲み会の帰りで夜半過ぎることなど日常茶飯事である。ときどき、

私の目にだけ見えるものがあった。

満月の晩、ある白菜畑の真ん中に、枯れ木のような老人が、月明かりを浴びながら、

舞い

踊っているのである。

楽しそうに、酒でも入った風に。でも身は案山子のように枯れ細り、定かには見えないが、格子模様のぼろぼろの着物を着ている。

歌ってもいるようだったが声までは聞こえない。ましてや畑の真ん中だから近寄るわけもなく(そうでなくても近寄らないか)、その幻の老人は時々舞いを舞って、ひとり酒宴を行っていたようである。午前2時くらいのことが多く、新月には現われなかった。

何年かが過ぎた或る日。

白菜畑は潰された。

そこにアパートが建ち、おおきな駐車場がしつらえられた。

学生であった私は卒業も近くその地を離れるのも遠くない。卒論が終わって酒宴が続いたある晩。もう朝方近くに、私はかつてあの独り宴の繰り広げられた畑があった、アパートの前を通った。

しんとした駐車場で、何か動くものがある。

あっ

あの老人がいた。

骨と皮の老人が、固いコンクリートの上で、かつてと全く変わらぬ様子で、一献傾けては舞っている。満月の明かりが乾いた肌を照らして白々としている。

楽しそうだった。

ああ・・・まだいたんだ。

・・・

私は嬉しかった。 第57夜、船底

第57夜、船底

最初はトン、トン程度だった。

いやだ、何?

ああ、船底を水が打つ音だよ。このくらいちいさなボートだと、水中をつたう波が当たって音をたてるのさ

水面はしかし鏡のように草木をうつし静かである。オールを上げ凛とした空気の張り詰める湖の神秘を楽しむ彼女にとって、それは思わぬ出来事だった。

彼は良く海に出てカヤックなどしているからそう間違ったことを言ってはいまい。ただ、

海ならわかるけど、こんな静かな・・

トン、トン、トン

ほら・・・また・・・なんか、ノックみたいじゃない・・・

トン、トン、ドン。

ドン、ドン、ドン。

そろそろ行くか。

彼の取り上げ、おろしたオールが震えている。確かにおかしな音なのである。まるで水底から、ボートの上に向けてノックをしているように・・・

のせてくれ

ここをあけてのせてくれえ・・・

ドン、ドン

ざーっと滑るように流れるボートにまるで水中から寄り添うような、先ほどと変わらぬ・・・いやすこし大きくすらなっている。音。

ドン、ドン、

どすん、

どすん!!

ばしゃ、

オールを落としてしまった!彼があせって半身を乗り出す。ぐらりと傾くボートに、反射的に逆の舳先に取りつく彼女。なんとかそっくりかえるのを防ぎ、オールを取り上げた彼の腕は被った水に凍えていた。

彼女は彼の腕に手を伸ばすが、

きゃっ

黒髪!

いや、ほんとうは水草だったのかもしれないけど、黒く細長いものが一掴み、ぐるりと巻き付いていた。

彼氏は打ち付けるように腕を水に漬け、落とすと言った。

オール、ちょっと持ってくれないか

何で?

いや・・・ちょっと

真っ青だった。

彼女はかわりにオールをおろすと、ゆっくりと漕ぎ出す。岸辺はもうすぐで、音もしなくなっていた。

「さっきはどうしたの?結局最後まで何も言わないで、こっちが不安になるじゃない」

「ご、ごめん」

ボートハウスで、彼が語ったこと。

「オールをとろうとして、上半身乗り出した時さ・・・・水中に、見えたんだ」

「髪の長い女・・・髪をゆらゆらと四方に広げて、笑いながら・・・」

「オールを掴んでいたんだ・・・だから力づくで取り上げようとしたら、ひっくり返りそうになってさ、」

彼女は思わず口を覆った。

「その女って、赤い服、着てなかった?」

「え?」

「右の目元に、黒子がなかった?」

「・・・」

この深い湖は、自殺者が多いことで知られる。

彼女の友人で、赤い服を着て、右の目元に黒子のある女性が、

不倫沙汰のうえ、ひとり入水自殺をしていたのだった。

そのときまで彼女はこのことを忘れていた。

ここは死体があがらないことでも有名である。

水中に流れがあり、水底と水面を対流してまわる。

死体はその流れに乗って動き回る為、一個所にひっかからないというのだ。

彼女が今も流れの中を巡回していたとしても・・・おかしくはない。

どん、どん

というのは、彼女のノックか、水流の当たる音だったのか。

「・・・あたしへの合図だったのかしら」

ふと彼氏の腕を見ると、一本だけ、黒くて細長いものが絡み付いているのが見えた。さっき絡んできた残りだ・・・。

「いや、嫉妬かもしれない」

・・・

二人は程なく別れた。

(定番の水モノではある。幽霊だったのか、それとも、ほんとの死体だったのだろうか・・・) 第58夜、座師

第58夜、座師

墓場をあるいていると、墓石に座ってる”モノ”が見えることがある。

煙管をふかして、ぽかんとしている老人、

泣きじゃくる、でも泣き声の一切きこえてこない子供、

落ち着きなく、そわそわしている壮年の男。

そういって彼は一息ついた。

こんな話し信じらんないよな。

墓参りに行ったんだ。

中学校の先生だよ。

丁度新盆だってんで、たくさん人が集まっていたんだ。

その中に、ひときわ騒がしい男がいる。

なんだか挨拶のような雑談のような、でも要領を得ないような話しを

しているんだ。でもどこかできいたことのある声なんだよ。

頭と頭の間から覗いたさ。

そんな男なんていやしない。

坊主が金ぴかの袈裟着て唸ってたよ。

で、そこで旧友なんかと再会したりして、折角だからと法事につきあったんだけど、そのうちどこかで一杯やろうなんてことになって。

線香の一本も立ててから墓場を出た。

夕方かな。そいつはこれから仕事だなんていってサッサと帰りやがって、

俺はふと、誰もいなくなった墓場に、先生をたずねてみようと思った。

さっきは騒々しくてたまらなかったけど、結構迷惑かけて、でも最後には就職の世話までしてくれたんだ・・・もっともスグやめて東京にでてきちまったんだけどさ。

だから、もう一回ちゃんとお参りしておこうと思ったんだ。

かあ、かあと烏が鳴いていた。

盆飾りが方々に散らばって、マツリの後、ってかんじかな。

その中に、真新しい墓石がある。センセイのだ。

その上に、人が、正座しているンだ。

・・・そう、そのセンセイなんだよ。先生。

びしっと背筋を伸ばして、

黒縁のメガネをかけて、七三に分けてさ。

まさかとは思ったけど、

近寄るに連れ、透き通った身体のむこうに羽ばたく烏が、これは

アレ

なんだと実感させた。

でも、真ん前に立つと、焦点の定まらないような目で、でも、にっこりと笑ったんだよ。それで、ゆっくりうなづいて、消えたんだ。

オイ、信じてくれよな。

涙が出てきたよ。

センセイ、俺のことちゃんと憶えてたんだって。

そんで、気付いたんだ。先生の声を思い出したんだ。

昼間、何か大声で喋っていた声、先生だったんだよ。

それにしても、、、

”アレ”はなんだかわからないね。残像みたいなもんかもしれないけど、

残像は笑うんだろうか?

喋るんだろうか・・・

(これは私もわからなくはない。墓石に立つ兵隊さん、焼き場の煙突に乗った女の首なんぞも”見た”ことがある。) 第59夜、地獄の犬

第59夜、地獄の犬

盆の夜、庭先には先祖の霊を迎える提灯が灯っていて、横では曾祖母がお経を唱えている。まだ
小学校に入るか入らないかのこと、経が進むうちに疲れてきた。そんな矢先、ふと振り向いた。
背後の壁。
大きな「犬」の形をした、「何か」がいた。
今にもこちらへ飛び掛らんとしているように見えた。
それは家にある犬のぬいぐるみにそっくりだったけれども、影のように蠢き恐ろしげな顔つきで
唸り声をあげている・・・
「怖い!」
曾祖母にしがみつき、声をあげて泣いた。ところが曾祖母は平然と頭をなでて、なだめるだけであ
った。しばらくし、泣きながら恐る恐る振り向くともう、そこには何も無かった。
曾祖母はそれが先祖の帰ってくる先触れだということを知っていたのだろう。だから平然として
いられたのだ、と彼は後に語った。

「異界」の存在を示唆するようなできごと。何か「裏」の世界のようなものがこの現実の世界とは
別に存在し、そこからの来訪者が不意に現れ、不意に消えていく。たとえばその解禁日のようなもの
が「盆」である。1990記

・・・黒犬の話(「怪物図録」参照)はイギリス・ドイツを中心にヨーロッパに広く伝わっている。
しかし別項にも書いたとおり私自身黒犬の奇妙な襲撃?を受けたことがあるし、このような話を聞く
につけ、地獄の番犬「アケローン」はしょっちゅうこの世に顔を出しては生者にちょっかいを出して
いるのだろう。 第60夜、田螺のこと

第60夜、田螺のこと

文化の初秋、石川氏の親族の家の池で田螺が蓋を開けて水中に遊んでいたところに、一尺四寸もある蛇が出て、蓋に口をつけ吸い喰わんとする。田螺、急に蓋をしめ、蛇の下あごを咥えると、蛇、苦しんでのたうちまわるが離さなかった。日暮れ頃、蛇は終に力尽き田螺は遂に水中に落ち難をのがれたという。
これと同じことが起こったと、数年前聞いた。テレビで見るに、やはり田螺が蛇を喰い返した話だった。

江戸も今も、奇事を奇事と感じ人に伝える人の心は変わらない。1990記 第61夜、畑の輪

第61夜、畑の輪

「ミステリー・サークル」。古くは戦後から、日本も含む世界中の草地に出現するもの。
特に近年イギリスの南部で毎年夏に現れるもの、不可思議な形を数多く見せる。基本的には、
円形に麦などがなぎ倒されるもので、中には象形文字のような形を示すものさえ、1990年夏
より出だしたが、やはり信憑性が高いのは、単純な、しかし真円を呈するサークルと思う。
本物は偽物に比べてかなり真円に近く、麦はきれいに渦を巻いて、倒れる。倒れるといっても
本物は麦穂をまるでスプーン曲げのように「曲げ」るものだけで決して折ったり根を露出させた
りしないらしい。麦は倒れたまま成長し、そのまま刈り入れもできるのだという。そして円の
縁は明確で、きわに立つ外の麦は少しも折れない。
倒して円形痕をのこすものは、古くは「ソーサーネスト」と呼ばれた。その名のとおり、Flying
Saucer、すなわち円盤の着陸痕と考えられたものである。ただし、渦を巻いて麦を倒すものとい
うよりは、まるで強い風がまっすぐ地面に吹き付けられたように、中心から放射状に倒されるも
のが多かったように思う。そして何よりミステリー・サークルはこれら古いものがせいぜい直径
5メートルほどなのに対して、直径20メートルに達するのも普通である。このあたりに根本的な
違いがあろう。
円形痕には他に、円形に草が枯れるというのもある。UFOのせいにされがちだが、1990年に茨城
の牧場に現れたというものは、多分ミステリー・サークルを真似した誰かのいたずらだろう。
薬品を使えば枯らすのは簡単だし、5メートルくらいだったら造作も無い。かつてスイスのマイヤー
という人がUFOコンタクティと称して偽のUFO写真などを大々的に見せびらかしていたその中
にも、円形に草が焼けた「着陸痕」があったが、茨城のものはそれよりもズサンな円形をしていた。
だが逆に草がいつまでも生えつづける、という事象もあるらしい。周囲が枯れる時期に新たに芽が
出て、逆サークル状態になるという。放射能が検知されることもあるというがその影響だろうか。
日本テレビとBBC放送は、小さな光と渦状の(しかもサークルより一まわり大きかった)物体?が
現れるのをとらえ、翌朝現地にサークル出現を確認したと放送した(1990)。さらに真昼間、畑の
上空で高速回転する灰色の筒(霧?)もヴィデオにとらえ、サークルとの関連をさぐっていた。
サークル出現のとき、別の所にいた人が、現地の方向に光の霧の柱が立っているのを見たと言って
いた。
プラズマや竜巻(なんとかバースト)説をとることもできよう。特に灰色の回転する筒は竜巻と考え
られそうな気もする。竜巻はしばしば不可視な部分も伴うから、中途の部分だけがたまたま見えた
だけといえなくもない。
自然は何をするかわからない。うかつに宇宙人のせいにもできないし、かといってすべてを自然の
ものとするのも危険だ。現状を見るに、皆可能性をたった一つに絞りすぎている。自然+人為+X(
それが何なのかわからないが)説が自然だろう。(1991記) 第62夜、異形のこと

第62夜、異形のこと

高校の頃の話という。
彼がこたつで寝ていると、

あ。

体が動かなくなった。金縛りのようだ。
目を開けた。

あ。

見ると、右手が宙に伸ばされて、
その先を、別の手がつかんでいる。

あ。

男の手が。すーと宙から伸びて、つかんでいる。
手袋をはめているようでもあるが、はっきりとは
わからない。

彼は右手を引いてみた。

ずるっ。

何か、が引きずり出された。宙から、である。
右手をつかむ手の先からのびる手の根元に、

緑色の、ごつごつとした頭のモノがいた。人の形をしたモノが。

あ。

驚いた。驚いて、離してくれ、と思った。

離してくれ。

離せ。

誰にも言わないから。

パッ、と消えた。そのモノが何であったのかは今でも皆目見当もつかない、という。

(1990記) 第63夜、ペンタグラム

第63夜、ペンタグラム

ミステリーサークルの話を書いたが、古い雑誌をめくっていてふと我が大学にも
似たような事が起きていたことを知った。
記憶が定かではないが、1983年くらいと書いてあった。噴水のある池の前に、広く
芝生が敷かれており、そのまわりに校舎が並ぶ、という場所がある。
その芝生に突然、六ぼう星、又は「ペンタグラム」と呼ばれるマークが浮き出た
というのだ。
六ぼう星はユダヤのマーク、ダビデ王の紋章と呼ばれる。古来西洋では魔術的な
象徴、すなわち魔法陣と見られてきた(魔術との繋がりにユダヤ移民に対する差別意識は否定できまい)。正三角形をふたつ上下互い違いに重ねあわせた図形である。
子供に「星」を描かせてみよう。それも魔法陣である。すなわち一筆書きの五角形の
星マーク、五ぼう星、日本で清明印と呼ばれることがあるのは陰陽道との(おそらくは偶然の)繋がりがあるからだ。
この「ミステリー・ペンタグラム」は芝を茶色に枯らして浮かび上がっていたもので、
対角線約5メートルの大きさ。当時の大学を大いににぎわせたそうである。
薬物を使えば枯らす事は簡単だ。多分イタズラか、オカルトマニアのしわざだろう。
当時の大学は病んでいた。自殺者も多かった。そんな一エピソードだったという訳だ。 第64話、枕がえしのこと

第64話、枕がえしのこと

「枕がえし」は妖怪とされることもあるが、たいていは寺屋敷にて仏壇や神棚に足を
向けて寝たり「北枕」で寝ると、夜中必ず変事に遭う、又はうなされ、朝目覚めると
決まって逆の方向を向いているといった話であり、
実体は誰も見たことが無いモノである。
栃木の大中寺は江戸時代には大寺で知られた古刹で、参道の杉並木は見事なものだが、
今もくっきりと残る「七不思議」で有名である。本堂の脇窓から奥を覗くと、薄明かり
に照らし出される奥の間が見えるが、そこが「枕返しの間」である。ここで一宿を
借りた者のすべてが上記の変事にあい枕を逆に返されたという伝説がある。
「北枕」は庶民の間では死者の頭位として忌まれた。キタマクラという猛毒を持つフグ
がいる。縁起が悪いとされたのである。鬼門に頭を向けて寝るのも良くないとされた。
なぜなら北東は死者の向かう方位、鬼の来る方位であり、寝ている間忘我の間に体を
取られてしまうからだ。私自身、小学生の折、「枕返し」にあったことがある。北枕
が何でいけないのか、試しにやってやろうと北向きで寝た。その晩、胸の上に重いもの
がのしかかり、奇妙な悪夢を見つづけた挙句、朝になると頭は南向き、枕に足を乗っけ
て寝ていた。以後、北枕は怖い、とずっと北だけは向かずに寝てきた。たとえぎゅうぎ
ゅうの山小屋であっても、フェリーの二等船室であっても。
ついこの間、「北枕」がなつかしくなり、ためしに北を向いて寝た。
・・・何もなく良く眠れた。さびしいものだ。(1991記)
そして今、北東の鬼門を向いて寝ている。不眠症で大変だ。(2000補記)
第65話、布怪

第65話、布怪

中国はク州の城の或る池から、夜になると一疋の白布が出てきて、ネリギヌを地に横た
えたようになっている。そして、通りかかった者がそれを拾うと、ぐるぐる巻きにして、
水の中に引き入れてしまうという。”一反もめん”の類か。
日本では狢(むじな)、山あいの一本道を夜半に歩いていると、長い帯を天から垂らす。
夜中の暗い山道に、天からとほうもなく長い帯が垂れている。ただそれだけなのだが。
幼い頃、まっくらな洗場に手を洗いに行くと、窓外にハンケチほどの白い布が2,3枚
ひらひらと動いているのが見える。そのようすが何とも不気味で、翌朝改めてその窓を
見ると、ぎっちりと物置に接していて布のはためく隙も無い。果たして昼間の窓に布は
無かった。あれは何だったのか。今でも不思議に思う。(1991記)
第66話、小龍のこと

第66話、小龍のこと

小龍が大きくなり天へ昇る話というのが多くある。器物中、屋根上、床下、さらには身体
の中より小さな蛇が出て、見る見るうちに大きくなり、激しい雷雨と共に昇天する。
いずれもこのような結末になる話、もとは中国、そして江戸時代の日本にたくさんある。
何かの根拠あっての話なのだろう。龍に”成る”ものには海の巻貝、空の鳥、あるいは
山の土中に潜む”ほら貝”が「ぼわん」という爆発音と共に空に上がり、黒雲に吸い込ま
れる。龍のほとんどは青天の霹靂・不意の稲妻や竜巻、虹のたぐいなど複数の空中現象が
誤認されたものだろうことは言うまでも無いが、それでも何か面白いものが混ざっている
気がする。何かにまたがった童子が先導する雷雲に龍が蟠るなど何か江戸よりも平安の世の
鵺のような雰囲気もある。(1991記) 第67話、人体発火のこと

第67話、人体発火のこと

先日英国のテレビ番組が紹介されていて、面白かったのでその骨子をここに記しておく。
ごく稀に、人が一人で居るときに起きる怪事として、「両足首だけ」を残して身体が
「燃え尽きて」しまうことがある。「人体発火現象」と称されるものだ。殺人説、オカルト
現象説が流布する中、決定的な説として次のような説が提示された。
焼け焦げて骨すら跡形もなく黒い炭となり、ただ足首のみが無傷で燃え残る。ほぼ密閉
された室内は煤の跡以外はほとんど被害を受けていない。人体にごく近い位置にあった
カーテンすら焼け跡がない。只、プラスティックだけが奇妙なねじれを生じている。これは
人体が突如として一気に燃え尽きたことを示すものではない。長時間かけてゆっくりと燃え
ていったことを示しているのである。火の影響が人体以外にほとんど見られないのは、人体
内部の脂が丁度ろうそくの蝋のような役目をはたし、小さな炎のままで内部から焼いていった
ことを想定させる。時間さえかければ、骨までも焼き尽くすことは可能だし、足首が残るのは
その手前まででやっと火勢が尽きたと考えればよい。これは実験で、脂を巻いた骨を端から
焼いていったとき、決まって末端が残る・・・しかもまったく無傷で・・・ことから証明
された。何らかのきっかけ・・・事件現場ではストーブやガスコンロといった火を使う器具が
決まって見つかっている・・・で体の一部に火がつき、元火の方は消した(消えた)ものの、
体についた火のせいで気を失ってしまう。失神した人体を、少量の火がゆっくりと、ろうそく
がとける如く、焼き尽くしてゆく。室内はその「時間」の長さの間に高温状態になる。プラス
ティック製品のねじれは、その高温のせいであった。
人体発火現象は、前世紀においては深酒のために体内のアルコールが火を誘い、骨までも焼き
つくすのだとされていた。しかし、今や、人体発火現象は、いくつかの偶然の重なった惨事で
あると説明されるようになった。
オカルト的なミステリーは科学的な検証によって解明されたのである・・・

・・・が、その”解答”というのも、何ともはや、猟奇的で、いかにもオカルト的だ。ゆっくり
と燃え、死んでゆく人間。イギリスという国は、これだから面白く、怖い。
(1991記)
第68話、死の音楽

第68話、死の音楽

エルヴィスの死のコードは有名だがここでは死にまつわるクラシック音楽について書いて
おこうと思う。
諸説紛紛のモーツアルト「レクイエム」謎の依頼者に対し己の死をはっきりと自覚しながらも
書き連ね、絶筆に終わった作品である。己の死のための「レクイエム」であるかのようだ。
リストは親友のワグナーがヴェネツイアに赴いたとき、「悲しみのゴンドラ」という曲を
書いた。内容はまるでワグナーの来るべき死を悲しむかのようなものだった。翌1883年、ワグ
ナーの死に際して彼は改めて「R.W.・・・ヴェネツイア」というピアノ曲を書いている。
チャイコフスキーは、19世紀も終わる頃、純管弦楽の最高傑作「悲愴交響曲」を書いた。
終楽章が緩徐楽章という構成は独特の陰鬱さをかもし、心臓の止まる音までを克明に描いた
終端は、何か異界的な恐怖を与える。作曲家は初演後、突如頓死した。
マーラーは愛児と妻アルマとの幸せな生活の中で、なぜか「亡き子をしのぶ歌」という歌曲集
を書く。アルマはその不吉な題名に強い反感を示す。
愛児はその後、突然死にみまわれた。(1991記)
第69話、お玉ケ池因縁

第69話、お玉ケ池因縁

今より1000年以上前、八幡太郎義家が貞任征伐に向かった奥州街道は、渋谷、戸塚、滝野川、
西ケ原、平塚、箕輪と、江戸を鍵の手に廻って墨田村へ渡るコースだった。これを幹線として複数
の近道があり、ひとつが神田から浅草に通っていた。このあたりの街道筋に桜が多く付近に桜ケ池
というのがあって、池畔に茶店も立っていた。ここにお玉という美しい看板娘がいて、愛想も良か
ったものだから、旅人は飲みたくも無い茶を飲みにわざわざ寄る始末。当然地元の男衆で熱を
あげるものは後を絶たなかった。とりわけ二人の若者がしのぎを削り争いごと絶えず、お玉は
悩み抜いてその挙句、池に身を投げ死んでしまったという。勿体無いことだと近隣の村人たちは
彼女の遺骸を池畔に埋め、かたわらに柳を植えると「お玉稲荷」を作って、この哀れな美女の霊を
弔ってやった。以来池は「お玉ケ池」と呼ばれるようになったが、いつごろのことだったか定か
ではない。かつて入り江であった江戸市中、お玉が池も不忍池より大きかったが、終戦前までは
神田松枝町に四畳半ぐらいのあとが残っていた。戦災と同時に綺麗に埋まってしまい、稲荷のほうも
昭和25年に筋向いの空き地へ「お玉ケ池神社」として再建された。
池のあったころはその水が子供の百日咳に効くということで方々から汲みにきたものだったという。
千葉周作の道場でも知られたものだが震災と戦災、そして区画整理がまったくにその姿を消し去って
しまった。また、稲荷建立と同時に植えられた柳のほうは孫兵衛という者に切られてしまったが、
これには無理からぬ因縁噺がある。
明暦の大火で稲荷が焼け再建して、70年くらいたった享保14年2月のこと。或る朝の未明大工の
棟梁だった孫兵衛宅の女中が水を汲みに出ると、何を勘違いしたのか、お玉さんが柳の下に、ドロド
ロと姿を現した。女中は驚いて気絶。そこで怒ったのが棟梁である。
「いったい、おれのところになんの恨みがあるのか。お玉さんとて容赦はしないぞ」
柳にユウレイは付き物だから、柳さえなければ出られまいと、孫兵衛やにわに鋸を取り、ひき切って
しまった。ところが祟りはおそろしく、先ず5月に倅が死に、次いで切ってから一年目、孫兵衛本人
も頓死してしまったのだ、という。
(「東京伝説めぐり」戸川幸夫著、駿河台書房・昭和27年より抄抜) 第70話、写真嫌いの蛇

第70話、写真嫌いの蛇

奈良の吉野山、竜王権現の滝場に”御本体”の大きな青大将が棲んでいる。卵を捧げて祈ると現れて卵を食らうが、目に見え、実在するのに、写真では絶対に写せない。写真全体が血のように赤く染まってしまうこともある。今もいるはずであるが、5年ほど前に訪ねたときは、何も出なかった。 第71夜、南の豚怪

第71夜、南の豚怪

終戦後の話。冬の月夜の晩、なぜか小雨のちらつく時分のことだった。二人連れが川べりを
歩いていると、どこからともなく仔豚が出てきた。二人はこれを捕らえようとするけれども
グーグー鳴きながら走り回り叶わない。そのうち、次々と同じくらいちいさな仔豚が出てきて、
いつのまにやら数知れずに増えていた。何とか一匹ずつでも捕まえようとするがすばしこい、
どうしても捕まえられない。あたりにはクレゾールの濃い匂いのような、雄山羊の匂いのよう
な強い匂い、嫌なにおいがたちこめてくる。仔豚たちはやがてそこの空き地の藪の中に入って
行ってしまった。
次の日そこへ行ってみると近所で豚を飼っているようなところは見当たらない。不審に思った
二人組、年寄りに話を聞いて、初めて震え上がった。
「そのあたりは昔からミンキラウワの出るところじゃが、おまえたちは命を取られずにすんだ
から儲けものじゃ」
奄美島の話である。ミンキラウワとは「耳無豚」のことで、カタキラウワ(片耳豚)と共に
特定の場所に出る、家畜の化け物であった。この豚どもは人に出会うと股をくぐろうとする。
くぐられた者は魂を抜かれる、あるいは腑抜けになる。出会っただけでも熱を出す。足を
”はすかい”にして、くぐれなくすれば助かる。
特に女の一人歩きに出るというが、場所によっては二人でも出る。

徳之島の豚怪にムイティチゴロ(片目豚)がいるが、やはり股をくぐるという。豚は女や男に
化けて人を惑わすこともあるとされており、本土の狐狸に匹敵する。沖縄になるとアヒルや牛
の化物と共に、人の前をサっと横切るだけの家畜の亡霊のひとつとして、豚があげられている。
本土で豚の化物の話を聞かないのは肉食文化の違いだろうか。

奄美の豚怪をもうひとつ。足の切れた仔豚、ハギハラウワークワは、たとえばある地点では
丁度長さ約83センチで俵のような形をしてくるくると転がった。「野槌」のようなものだが
耳や目、足を欠いた形で現れるところを見ると、はなから人に食われるために生まれてきた豚の
やり場の無いウラミが、体を千切られた形で出てきたと思わずにはおれない。1990

2000後記、こういう話を書くと、じゃあなんで食肉店にでないのとか、食肉大国には無いのとか
いう疑問が湧いてくる。最近私は、人間も動物も、ある種ドクトクのウラミを残す「ことができる」
特異体質を生まれ持ったものがいて、そういうモノだけが死んだ後も特権的に現れるのではないか
と思っている。・・・否特権的でもないかもしれないが。苦しみの果てに死んだあと、未来永劫
いつまでもそのときの痛みや苦しみを味わいつづけなければならない、なんてことになったら
それこそほんとうの地獄だ。 第72夜、断片

第72夜、断片

「肉塊」

蒲田。深夜に独り残業。パソコンから目を離し、伸びをしようと顔を上げたとき、

メガネの端・・・鏡のように後ろを映し出すその僅かな隙間に、

書棚の間からこちらを窺う、

うす赤いものがうつった。

血肉の塊。

ふるえるそれには黒い毛のようなものが少し生えていた。目のようなものもあった。がっと振り返ると、もうそこには何もなかった。

だが、じきに遠くから近付いて来るサイレンの音があり、

没頭していてはっきりとはわからないが、肉塊のあらわれる前、

近くで衝突音がしたような・・・

「ぶつ切れ」

場所は新大久保。独り機械室で篭りきりの作業。端末に情報を打ち込む単純作業に、朝まで取り組まなければならない。ヘッドフォンからは激しいロックがながれ、リズミカルに投入を続ける。

気付かなかった。

没頭の余り気付かなかった。

ちらりと目を上げると、そこにアレがいた。

ダリの絵、もしくは全身プラスティネーション標本。

コマギレのサラリーマンの巨体が、立ちはだかっていたのだ。

肉塊の大小、スーツの切れ端の大小

まるでパズルのように組み合わさろうとしており、もとの姿を必死で保とうとしているようであり、

でもパーツが足りないらしく、スカスカ。

「それどころじゃねえんだよ」消えた。

その機械室はいわくがあり、子供の走る影が見えることもあったらしい。

「ピンクのカーディガン」

青山。これはいわくつきのビルでのこと。まだ新人研修で早くに会社をひけたとき。

地下の廊下を通らねば外へ出られない。隅に墓石のようなものをまつった場所があり、どうやらほんとうにいわくつきらしい。

そしてずうっと歩いて、外へ出ようとする階段へ向かう曲がり角で。

友人からひとり離れ、ふと脇道の奥を見た。廊下の突き当たりに扉があって「認証」がないと入れないところ。

「認証器械」のすぐ脇の壁に向かって、アタマを壁に付け、俯き加減に背を向ける”女”が居た。

ピンクのカーディガンを着て、ぞろっとしたスカートをはいて、ちょっと見ない古い感じの少女が、ながい黒髪を前に垂らし、額を支えに寄りかかっていた。

ああ

入りたいのだ。

誰かを、さがしているのだ。

死者も認証マシンには勝てないか。いや生前の記憶が邪魔をして、入れないと思い込んでいるのだろう。笑って友人を追った。友人を怖がらせて面白がりながら、ふと哀れな気もしてきた。

その女はたびたび目撃した。今でいえば映画、某リングの貞子のような雰囲気。あれはあるていどリアルな映画である。 第73夜、風化老人

第73夜、風化老人

大学の頃ほとんどの学生が寮生活を送っていたせいか色々なウワサがとびかったものだ。

主要なものは別項でまとめようと思うのでここにはちょっと特異なウワサを載せておく。

将門伝説より「一の矢」という名(じっさいの地名)をとった寮がある。

そこは二人部屋で広い。

尤も私の卒業する頃は風呂の無い寮よりアパートに入居する人間が増えたせいで、二人ではなく

独りで利用する例が多くなっていたのだが。

そこの一室が、「開かずの間」となっている。

この学校寮に「開かずの間」は多いのだが(しかも毎年場所が変わる)

そのひとつだったというわけだ。

その部屋は一応誰もすんでいないことになっている。しかし、

実際には一人、男が棲んでいる。

「あー酔っ払った」

ガクセイがいつものように飲み会から帰ってきた。

「あれえ、どこだったっけ」

まだ入学したてで部屋の場所をちゃんと憶えていない。

「がちゃ」

「なんだよ」

「す、すいません」

この寮は安全なせいか、鍵を掛ける習慣の無い者が多い。

ふうと酒クサイ息を吐いて走り去る。あ。

この部屋だったような・・・

見覚えの有りそうな汚れの付いたとびら。

中から何も音のしないことを確認して、ノブに手をかける。

・・・

がちゃりとあいた。

ぎーっ、立て付けが悪いような音。

黴臭い風が中から巻き起こる。

部屋の中をおそるおそる覗くと、埃が渦を舞いている。その中に薄明かりが見えた。

そして、本が山積みになった机に向かい、ごそごそと動くちいさな人影があった。

「また・・・ごめんなさい!」

扉を閉めようとした瞬間、人影が振り向いた。

皺くちゃの老人・・・

そして、舞い起こる埃風。見る見るうちに老人の姿が解けていく・・・風化していくのだ。

無数の塵を撒いて骸骨になり、さらにがくんとひらいた顎骨の間からさーっと砂が引く

様に、一片も残さず消え去ってしまった。

ふっと消える灯り。

窓の薄明かりの中に、蜘蛛の巣が縦横に張られた、もう何年も使われていないような

部屋だけが残った。

・・・

原典は荒俣宏氏「日本妖怪巡礼団」であるが私が入学したときにはこの話し自体

「風化」してしまっていた。そう酔客の話しに仕立てたついでだ、もうひとつこれは私自身の

はなし。

・・・

大学構内でヒトが行方不明になった。今は珍しくないが、広大なキャンパスを持つ郊外の

学園都市でのこと、森林や茂みのようなものも多く、ただ真冬だっただけに泥酔して

帰宅する途中消えた、彼の安否が気遣われていた。

おりしもUFOアブダクションブームのころ、

「うちゅうじんにゆうかいされたんだ」

という偏差値の低いうわさ迄出る始末。

さて既に書いたとおり学生時代の私は友人とよく夜中のジョギングをたのしんでいた。

毎回コースが違う。それが面白い。思うが侭に走るから、ときどき迷うことはあっても

大抵は家に辿り着ける。

行方不明の話しも、何の解決もせずに「風化」したころのこと。

その日は普段行かない方角をえらんだ。畑中の知らない道が続き街灯の灯りも

心もとない。引き返して大学沿いの大通りが見えて来るとほっとした。その明るい灯を

目掛けて走る。

ふと道路脇の草ツ原・・・休耕田の雑草地が、気になった。

そこだけ少し暗い。何か、闇がある。

「なんでだろ、なんか、妙なかんじだ。気持ちが悪い」

「早く行こう」

この日は走りすぎていた。いつもじゃない方向を選んだだけに疲れていた。

吐き気がしてもおかしくない状況だ。

そのまま大通りに出て、家に戻ると一杯やって、寝た。

翌日。

テレビが騒然としていた。

「行方不明の某大生、近所の草叢でミイラ化して発見」

大学のすぐそばの、道路脇の草叢に一冬、誰にも見つからず、

そして

その場所。

・・・昨日通りかかった、あの草叢だった。

稲を植えるため雑草を刈っていた最中にみつかったそうだ。

死因は凍死。

ぞっとした。そりゃそうだ。 第74夜、南島のお岩さま

第74夜、南島のお岩さま

沖縄は血気盛んな島々、ウラミつらみの話も数多く、ヤマト(本土人)との争いやヤイマ(八重山)
との争い、ましてや大日本帝国の前哨となり壮絶な地獄絵を展開した場所であるから、このての話
、枚挙に暇が無い。ここでは古典的な話を取り上げよう。琉球三大歌劇のひとつ、ハンドゥ小(グ
ワー)の怨恨の物語だ。

本島北部に向かう途中、国頭村という山海に恵まれた地がある。辺土名という所に住むハンドゥ小
はとても器量良しの娘であった。母や従姉妹のマチ小らと静かに暮らしていたが、ある日、伊江島
の加那という青年が難破して流れ着いたところを助けた。青年も色気有る風だったから看病するう
ち、二人の間に深い仲が結ばれることとなった。持ち直した加那はしばらく村にとどまるが、契り
を重ねるうち、ある日突然、姿を消してしまう。
島に帰れば女房もいる、家族持ちの男だったのだ。
可愛そうなハンドゥ小はその意もわからず精神を蝕まれ、ただ一途に、うわごとのように男の名
を呼びつづける。
加那
加那
それこそ恋の病、妻に無理やりにも連れ戻される加那の姿を夢にも見、マチ小は旅の男の気まぐれ
を忘れさせようと苦心するが、いてもたってもいられなくなったハンドゥ小、伊江島に渡って加那
の気持ちを確かめたいと打ち明かす。マチ小は伊江島にわたる船頭さんに頼んで、連れて行っても
らうよう計らってやった。
島々がたとえ目と鼻の先でも言葉すら違うところ、伊江島のハンドゥ小にも他島者への冷たい目が
注がれて、青年たちにからかわれながらも、村頭のはからいで加那に会うことができた。
だが加那は冷たかった。
話もそこそこにさっさと逃げ去ってしまった。
それ以上に加那の家族の仕打ちは無情なもので、打ちひしがれたハンドゥ小はモウ死に場所を求めて
さまようところを船頭に止められる。船頭は逆上して櫂で打とうと追おうとするが、逆に制されて、
ただ慰めの言葉をかけながらひとまず自分の家に連れ帰る。
夜中、ハンドゥ小は抜け出して、城山の奥に入ると、生地辺土名の方を向いて首を括ってしまった。
ハンドゥ小の変わり果てた姿を見つけた船頭とマチ小、連れ来たことをしきりに悔やむが後の祭り。
ハンドゥ小のお骨は故郷の見える島の端にひとまず葬られた。

さて暫くたって加那が謎の病に臥すようになる。故郷にお骨を戻すため来島した船頭とマチ小、
加那にただの一度だけでもハンドゥ小に弔いの声をかけてやってくれないかと頼もうとするが、
加那の容態を案じる地頭に追い返されてしまう。地頭は飯ものどを通らぬ加那に無理に飯を食わせ
ようと勧めるが、そのとき城山のほうから、
確かにハンドゥ小の声で、唄が聞こえてくる。
加那は苦しみと恐怖で身悶えた。食事に手を付けんとすると器から妖火があがり、障子の向こうに
ハンドゥ小の影が現れる。
すると加那の目が潰れた。
恐れ泣き喚く加那は地頭にすがりつき、大刀を抜いた地頭、亡霊めがけて振り下ろす。
ぎゃあっ、
ばさり。
倒れたのは加那の妻であった。
再び姿を見せた亡霊にも錯乱した地頭、咄嗟に斬りかかる。
いやあっ、
ばたり。
それは自分の娘であった。
二体の屍を前におののく地頭と加那、更に飼っていた家畜が次々と死んでゆく。下男たちは恐れを
なして逃げ去ってしまう。
騒動を聞きつけて引き返してきた船頭はこの地獄絵図を目の当たりにして、思いを唄に叩きつけた。
天と地や鏡
人の罪罰や
あたて此の形
なたさやー男
・・・
その屋敷跡は今も公園として残っている。地頭の家の廃墟もその裏に残骸をさらしている。
米軍の猛攻に凄惨を極めた島の中にただ古い恨み話を伝えるハンドゥ小の銅像は不気味な鈍い輝きを
放っている。
公園の前には、錆びた魚雷が無造作に転がっていた。
(参考、琉球孤沖縄の観光と伝説:沖縄トラベルサービス社刊) 第75夜、残像

第75夜、残像

目についてはなれない情景というものがある。

何も衝撃的な事件や印象的なシーンを目撃したというだけではなく、日ごろ何気なく

見続けている日常の断片が、妙に食らいついて離れない。

たとえば街道沿いの看板の文句とか、車窓から一瞬見える鉄塔の先の旗の模様だとか、

そういったものが瞬時に残像としてアタマにこびりつくことがある。

私は夜の車道を歩いていた。横をびゅんびゅんと車が通りすぎて行く。

大きな黒い車が通り過ぎた。

後部座席に目が停まった・・・いや一瞬のことである。

おかっぱ頭の女の児がいた。

赤い着物を着て、真っ白な顔をした、まるで昔人形のふうに

すわっていて、

「こちらを見ていた」。

まっすぐ確かに私の目を見ていた。

単に車窓風景を眺めていただけかもしれない。だが今時あんな女の子が

いるだろうか?

瞬時にそんな奇異な気持ちと、網膜に残像が残った。

そして次の瞬間・・・車は通り過ぎたのに・・・

「残像」の中で、

女の子がにやり、と笑ったのである・・・

通り過ぎた車の残像の中で、残像の女の子が笑った。

どう説明すれば良いのだろうか。

おわかりになるだろうか。良く説明できているかどうか心もとない。

ただおもったのは、あれはこの世のものではなさそうだ、

ということだけだった。 第76夜、テントを叩く影

第76夜、テントを叩く影

そうだね、あの映画はたしかにリアルだった。

ブレアウィッチプロジェクトのことだ。2も制作されているが、全てが暗示的に作られており、

原因が今一つはっきりとしないところがいかにもリアルなのだ。原因を探らない主義の私に

も興味深い映画だった。

そう、キャンプの夜の不安な思い出。

中学1年生のころ、尾瀬にキャンプに出かけた。

尾瀬のテント場でテントをはって、行程自体はたいしたことがなく、割合と元気だった。

ある晩のこと。ふと目を覚ました。

がさり、がさり。

周囲の草ぐさを踏みしめる音。無論灯りなど無い真っ暗闇の中でのことである。

誰かキジ打ちにでもいったのだろうか(注:山用語でトイレのこと)。

でも、足跡は遠ざかる気配も近づく気配も無い。しかも、私の頭の上から左側、そして足、

さらに右側の出口付近、また頭の上・・・ぐるぐると、このテントの周りを廻っているのだ。

恐怖が全身を駆け巡った。

薄ら寒い高原の夜、月の無い晩。

真っ暗ななか、何者かがこのテントを狙っている。

何を狙っているのか知れないが。

がたがた歯の根もあわないほどに震えシュラフにくるまる私は、遂に意を決して、

ヘッドランプを取り上げると、音が足元方向に向かった時をみはからい、

スイッチをひねった。

ぱっと明るく照らされたテントの壁面に、大きな人影が映し出され、次の瞬間

どさん!

と倒れ込んだ。目前に迫る布地、「人の顔型」!

思わずライトを消す。それ以上「何かが見える」のを防ぐために。

パニックだった。丸まって震えながら、耳を塞ぐしかなかった。

・・・

・・・周囲は皆寝ている。そして気が付くと足音も消えていた。

ライトをつけると、壁面は何事もなかったように平らかだった。

朝までまんじりともできなかった。

昨夜誰かがそんなことをしたのだろうか、と聞いてまわっても知らないとの

声ばかり、私たち以外の人間がイタズラでやったとも思えず、

気味の悪い想いを残して、私はテント場を去った。

寝不足の頭を抱えながら。 第77夜、まとわりつく手

第77夜、まとわりつく手

「手」は面白い。「人」を認識する重要な要素として、顔とならんであげられるのが「手」だろう。

2本の腕から合わせて10本の触手が生え、それぞれ二節の関節を持って勝手な動きをする。

その動きかたひとつで、

楽しくも憂うつにも、色っぽくも凄惨にも感じさせる。

或る意味それ自体が「命」なのである。

また学生時代の話しになって恐縮だが、私は「手」に取り憑かれた。

正確には手首、である。因果は例によって判然としないのだが、

兎に角最初は自転車だった。

夜中に友人宅から帰ろうと、自転車にまたがり、

まっくらな中、ハンドルを握ると、

むにゅ

という感触がして、思わず手を引っ込める。両手ともだ。

恐る恐る握り直すと、冷たいゴムの感触になっている。

少々酒が入っていたせいか気にしなかったが、

そんなことが何度かあった。そのうち、

どんどん感触がハッキリとしてくる。

それは何か。

・・・柔らかい人間の「手」。

私が握る前に、既にハンドルを握っている「手」があり、

その上から握っている感じなのだ。

毎度毎度のことで、そのうち中仲感触が消えなくなった。

あるとき仕方なく、

見えない両の「手」をむにゅりと握ったまま、自転車を走らせたのだ。

消えない感触・・・気味の悪い柔らかさと、蛇のような冷たさ・・・ゴムの

無機質とは明らかに違う・・・だけを今も憶えている。

家について自転車を放すと、駆け込み急いで水道を開ける。

両手をごしごし洗うが感触は忘れられない。それは細い指の少々節立った

女の手だった。

その晩のことである。金縛りに遭った。

ぐぐっと身体を押さえ込まれるような中、掛け布団の上に、

ぽそり

と何者かが載った。

目玉だけをそちらへ向けると・・・「手」があった。

今しも飛び掛かって来るかのように、指先をこちらの喉元に向けて、乱暴に剥げた

紅いマニキュアの割れた爪までもがハッキリと見えた。

指の後ろは闇の中に溶け込んで本体があるかどうかもわからない。凄く危険な感じ

がしたが、そのときはそのままだった。気を失って、朝になっていたのだ。

次の日から、断続的にではあるが、寝床の中で「手」に襲われるようになった。

「手」は少しずつ動き出す。喉元を狙っているのかと思えばそうでもないらしい。

あるとき、「またか」と思って布団の上を見ると何も無く、そのかわり肩に感触があった。

ぞくりとした。

肩に乗せた手は、冷蔵庫で冷やしたかのように冷たく、食い込んでいくように感じた。

爪を立てるようにして「手」は、私の背中に廻る。

そう、このころは良くあることだったのだが、

ニンゲンの見えない「出入り口」は肩口、首の後ろ側のあたり、又

肩甲骨の裏あたりに、開いていて、

ヤツラは

そこから体内に「入り込む」ことができるようなのだ。

何のことをいっているのかって?

アイツラがニンゲンに「取り憑く」ための見えない出入り口があるってことだ。

今現在の私は霊感も何も失せて、そのときの感覚も今一つ思い出せないことが多い

のだが、

ともかくそのときは

「やられる」

と思った。何とか身体をうねらせ声をあげてのがれようとする。金縛りとはいえ解けない

ものではない。たいていなんとかできる。

そのときは肩から外れたとたんに身体が軽くなり、収まったようだった。

だが。

次の晩も奴はやってきた。

今度は視界に入らない。なぜなら布団の「裏側」から来たからだ。背筋に沿って這い昇って来る。

仰向けでもアイツラには関係が無い。

布団の「下」から腕をのばし、私の背を弄っているのだ。

だがそのときはそれだけで消えた。

しかし次。

右の肩がぽんとたたかれる感触があり、次いで一旦離れたかと思うと、視界に奇怪な蒼白い手が

がばっと顕れた。後ろに蛇のようにずるっとした生白い肌・・・その先は無く、まさに「手首」のみ・・・。

まじまじと見えたのは初めてでそれだけでもう抵抗する気が失せていた。手は私の布団に胸側

からずるずると入ってゆき、泣きそうなこちらを「尻目」に、胸から背の方向へずるずると廻っていく。

そういう感触のうちに、肩甲骨の下のあたりにさしかかる。

ヤバイ・・・

とおもったらもう、「手」の感触が肩甲骨を押し上げて、「肋骨」と「肺」の間に入り込んできた・・・

・・・ついてきてくれていますか?

この体験は私の最も恐ろしく、あるいは”いっちゃった”体験なので、真偽を疑われても仕方が無い

と思っている。・・・

「手」は肋骨の内部に入り込み、ずるり、ずるりと前の方に廻って、

ぐーっつ

と「右肺」を「握り」、締め付け出した。まるで蛇のように、「直接」にだ。

こんな体験は初めてだ。手術なんかも受けたことがないから、気味も悪いし、どうしたらいいものか

わからない奇妙な感覚。心霊治療の絵がふと頭に浮かぶが、それより

体内に”物理的に”入り込んだ手の力は物すごく、肺はきゅうっと締められて息が辛いし、痛い。

それどころか「手」はぐるりの先の「心臓」に至ろうとしている、と思った。

ああ。

そのとき、

がちゃん!

という大きな破裂音がして、「胸のつかえ」がぱっと消えた。

悪夢のような時間は唐突に終わった。闇の中、すーっと気が抜けたようになってそのまま、

朝がやってきた。

終わった。

とにかく終わったらしい。

立ち上がりかけてふと枕元を見ると、

私は「一応」カトリックなのだが、

いつも枕元に飾っていた陶器のマリア像が、

「粉々に」

砕け散っていた。

・・・。

助けてくれたのか・・・。

少し幸福な気分になって、ふと枕を見ると、

「手首の破片」が転がっていた。

私は今も大切に、その破片を保存している。

無論それきり手首におそわれることはなかった。 第78夜、狸三題

第78夜、狸三題

徳島県美馬郡半田町にある坊主橋。その際の藪のなかに、坊主狸が棲む。夜半に人が通ると、
いつのまにか頭を坊主のように剃られてしまう。そこで、橋の名も「坊主橋」という。
脇町大字脇町では、隣村の新町へ行く途中の、高須というさみしいところに、昔、衝立(つい
たて)狸というものがいた。夜更けに通ると、道の真中に大きな衝立が立って進むことができ
ない。大抵の人はびっくりして引き返す。豪胆な者は丹田に力を込めて、構わずに通る。すると
訳無く通れるが、一般の人はひどく恐れた。そこで近隣の人々が集まって、ここで光明真言を
四万八千遍唱えて、そのしるしの高さ一丈もある板石を立てて狸を封じ込んだ。その後は何も
無い。三島村の舞中島には、昔、蚊帳吊り狸というのがいた。夜更けに、道中に蚊帳を吊るして
あるのに出くわす。まくってみるとまた蚊帳。いくらまくっても、蚊帳。いくら戻っても、蚊帳
がつづく。夜明けまでうろうろしなくてはならない。が、よく心を落ち着けて、丹田に力を入れ
て、まくって進むとちょうど三十六枚目に向こうに出られるという。1990
第79夜、戸越のヌシ

第79夜、戸越のヌシ

東京品川の戸越は今は商店街の庶民的な風情でしられる。その戸越公園に池がある。江戸の頃
村人が鯉を釣っていたが、いくらでも釣れるので、日が暮れてしまった。すると足元の水面に
どす黒い物が出てきて、それを見たとたんに頭痛がし、倒れてしまった。家人に助けられて
帰ったが、三十日ほど不眠に悩まされた、という。1990
第80夜、山女(やまおんな)について

第80夜、山女(やまおんな)について

熊本は内大臣山のある山師の話。彼の母が下益城郡まで塩を買いに出て、椎葉の我が家に帰る
途中、山犬落というところで休んでいるときに、山女にでくわした。頭は”ウッポリ髪”で
毛先は地面につくほどに長く、「節」があった。山女は母を見てゲラゲラ笑い、母は大きな声
をあげた。山女は笑うとき、血を吸うといい、母もそのとき吸われたか、のち間もなく死んだ。
1990 第81夜、くらげ

第81夜、くらげ

1973年のこと。貨物船クランダ号は、シドニーの遥か沖合いにいた。突然大波に襲われると、
二十トンもあろうかという巨大なカンテン状の塊がデッキに姿を現した。それはどうやら”くらげ”
らしい。触手はデッキの上をくねくねと動き回り、機械室に巻き付き、見張り番を叩き殺した。
長い触手は60メートルに達した。
SOSを発すクランダ号に救援船が到着した。乗組員たちは強力なポンプをいくつか使って、怪物を
海へ撃退したという。
真偽は、定かではないが。1990
第82夜、屍鬼のこと

第82夜、屍鬼のこと

京は七条河原の墓所に、化物が居るとのうわさがたった。それを聞きつけて、若者どもが寄り合い、
金を賭けて肝試しをすることにした。一人が例の墓所へ夜半時分に行き、杭を打って、紙を付けて
帰ろうとすると、
年の頃80ばかりと思われる老人、白髪を頂き身の丈8尺くらいの者が、顔は夕顔の如く白く
やつれ、てのひらにはぱっちりと目がひとつ付いて、前歯二本を剥き出しにして追いかけてくる。
男、肝魂も失せて、近くの寺に逃げ込み、僧に助けを求めた。僧は長持を開き、中に隠れさせた。
するとくだんの化物、この寺に追いかけて来て、つくづくと見わたすと帰っていったと見える。
しかし例の長持のあたりで、何とも知れず、犬の骨のようなものをかじり食べるような音がして
いた。僧は怖ろしく思い隠れていたが、もはや化物も帰っただろう、男を長持から出そうと蓋を
あけると、例の男は骨を抜かれ皮ばかりになっていたということだ。1991
第83夜、くすぐり様

第83夜、くすぐり様

窓をあけっぱなしで夜更かしをした。室内の空気が二時近くになって急に重苦しくなった。「何か」
が室内に入ってきたようなのだ。
「早く寝てしまえばよかった」
このような時は寝ようとすると決まって金縛りに遭う。果たしてそのときも寝入りばなに、あの
「独特の」状態に陥った。「仰向け」でいると「最中」に何か見えたり何かされることが多いので、
下を向いて寝たのだが、いつのまにか横を向いていて、腹の真ん中を、何かがくすぐる。へそのまわ
りを、男の手らしき厳つい手が、指先を細かく動かして、くすぐっているのだ。おかしい。何とも
気味悪く、かと言って恐ろしくは無い妙な感じである。くすぐったい以前に、やはり気持ち悪く、
目を開いて何か見えるのは嫌だから、目は開かなかったが、くすぐったくてたまらず、力を振り絞
って手を伸ばし、テレビのスイッチを入れ、ボリュームを上げて追い払おうとする。それでも収まら
ないから電灯のスイッチも入れると、
パッ、と消えた。
しかし室内のフンイキはあいかわらず重苦しい。その日は、フンイキが元に戻るまで起きていようと
思ったが、いつのまにか、電灯やテレビをつけっぱなしで寝入っていた。
・・・1992年8月16日。盆明けの晩であった。 第84夜、かえってきた男

第84夜、かえってきた男

寛政六年(1794)芝の辺りに、その日暮らしの男がいたが、病にかかり急死した。それを念仏講の
仲間などが寺へ送り葬った。しかし、1、2日後、塚中から唸り声がし、段々高くなっていった。
びっくりした寺の僧が掘らせると、生き返っていた。そこで寺社奉行に知らせ、町奉行の許可を
得て、その身をひきとった、という。
やがて身の回復した男は番所で事の次第を話した。
「死んでいたとはわからなかった。どこか京へのぼり、祇園辺りや大阪道頓堀辺りを歩き、東海道
を帰ってくると、大井川で旅費がなくなってしまい、川渡しの者の同情に頼って渡してもらい、そ
れから家へ帰ってきたところが、まっくらで何もわからないので、声をたてたと思う。まことに
夢をみていたようであった」
江戸の臨死体験には「旅」モノが多い。この男も病はスッカリ治ってしまったようだ。
私は子供のころ酷い風邪などにかかると、周囲の風景がぐるぐると廻りだし、かざぐるまのように
とおざかってゆく。気を失ったように寝込み目を覚ますと、決まって風邪は完治していた。ために
私は「ニンゲンはいったん死んでよみがえると、病気が治る」という誤解を長いこと持つように
なったことを思い出した。1991
第85夜、離脱

第85夜、離脱

ハッキリした経験が一度だけある。小学校高学年のころ、風邪で寝込んでいた夜。
いつのまにか、まっくらな室内に、立っていた。ふらふらと足も立たないはずなのに、立っていた。
鼻をつままれてもわからない暗闇の中。ふと背後の寝床のほうから、
「物凄く怖いモノ」
が飛び掛ってきた。うわっと逃げ出し、二階であったから、階段を駆け下り家族のいる居間に向か
おうとする。が、急な階段の途中でふっと足を踏み外してしまった。すると、体が浮いて、
ふあーっと、
雲のように落ちていく。でも「何か」は追ってくる。浮いたままで廊下に降り、滑るように逃げる。
狭い家だから扉はすぐだ。その扉の下から明るい光、賑やかな声が漏れる。そのとき気が付いた。
あきらかに視界が低い。扉の下の狭間からすり抜けられるほどに低い。「何か」はもうすぐそこ
まで迫っている。気を失った。最後に耳に残ったのは、姉の軽口だった。
翌朝、スッカリ回復した私はちゃんと寝床の中で目をさました。
それでも重い足をひきずるように階段を降り、居間で姉に尋ねる。昨夜、こんな話をしていなかった
か?
答えはYES、それが幽体離脱と呼ばれていることを、私はずっと後になって知った。
ただひとつの疑問、それはあの「怖いモノ」が何だったのか、ということだが・・・
第86夜、新旧妖怪数題

第86夜、新旧妖怪数題

「とびあがり」
某学校の階段に、さびしげな少年の座ることがある。近寄ると、ぽうっと宙に浮き上がったかと
思うと、にやっと笑って振り返る。昔この階段より落ち命を失ったモノの名残という。

「覗き婆」
部屋の襖や玄関の戸を少しでもあけておくと、目付きの鋭い小さな婆が覗いて睨み付け、ぴしゃ、
と閉めていく。

「指突き」
不意に背中をつつかれる。振り向いても誰も居ない。寝ていても起きていても、歩いていても座って
いても。

「廻り男」
夜半、急に金縛りになったかと思うと、自分を中心に、室内を、何者かがぐるぐると飛び回る。
窓から入ってきて、窓から出て行くと解ける。黒い影のようだが気配だけのこともある。
あるいは気がつくと、自分自身がぐるぐると回されていたりもする。
いろいろなところで出会う。西表島でも遭った。

「ふらり」
車が通るとき、何もしないのにひとりでに体がふらりと揺れて、飛び出し轢かれそうになる。気に
していることが特に無く、ぼうっとしているときに多い。三宅島で度々遭った。

「天吊シ」
山梨は北巨摩郡下の或る家に出る怪。夜中にたびたび天井から、稚児らしきモノが降りて出る。
これを天から吊るされた子として「天吊シ」と呼ぶ。
第87夜、銭神について

第87夜、銭神について

夕暮れに薄霊のようなモノが立ちこめる気配がする。なにやらわからぬ声らしきものを発し、人家
の軒先を走るのだ。これを刀で斬り止めると、銭が沢山こぼれ落ちてくる。「百物語評判」によると
これこそ「銭神」なのだそうだ。 第88夜、自動書記

第88夜、自動書記

風景が自ずと描き出したような絵、音が自ずと沸き上ったような音楽、芸術の分野でこの言葉

は写実的というより象徴主義的な意味合いを持つ。若干のダダイズムも盛り込まれた・・・

たとえばエリック・サティの「自動書記」はそんな作品だ。

「作者の姿が見えない作品」、作品を完全に透化して見える向コウ側。

もとはオカルティックな意味合いがあって、19世紀後半以降に流行った「交霊実験」の一つだ。

憑依者が何の意志も持たずに、「霊の命ずるままの文字」を書き付ける。チャネリングという

言葉がはやった事があるが意味は同じようなもので、自分以外の何か見えない存在が、何か

言い残す手段として、依拠者の手を借りて、何かを書く。そこに「書いている肉体」の存在

は無視される。サティの独特の作品もまた、権威的な意味合いを持つ「作曲家」の介在しない

音楽という考えの発露であった。依拠者の口を借りればそれこそ霊的な憑依ということになる

が、それはダダイズム的な芸術・・・意味をなさないものを通して見る者自身に意味を見出させ

る、「象徴」としての無意味とまさに表裏なのかもしれない。なぜってそういう場で霊の語ること

で、根拠ある意味をはっきり指し示した例など、数えるほどしかないのだから。

それは大方「無意味な単語」を語り、相手の中のそれらしき無意識の記憶(知覚)を呼び覚ま

しているに過ぎないように思う。

こういった覚めた視点から、私の体験を語ろう。

小学6年生のころだ。塾に通っていて、算数だけを教えるところだった。算数の勉強ほど退屈な

ものはない。自分で考えるのではなく、一方的にまくしたてられる算数ほど、眠くなるものはない

だろう。私はしょっちゅう寝ていた。

あるとき、それでも必死で黒板を書き写そうとしていた。

だから右手には鉛筆が握られているのだが、私自身は

「車の中にいた」。

見知らぬ人の運転する車に乗って、どこかへ向かっていた。私は恐怖していた。前に大きな橋が

見える。この男は私を橋の上から投げ落とすつもりなのだ。私は怖かった。

「はっ」

目を覚ました。ほんの数秒のことだったろう。びくびく上目遣いに先生を見、バレていないことを

確認してから、ノートに目を落とす。

そこに数式の羅列はなかった。

ただひとこと、ミミズののたくったような文字で

「大阪 九州 550キロ」

と書いてあった。

算数である。大阪や九州などどこにも出てこない。

行ったことも気にしたことも無い。

550なんて数字も黒板には全く書かれていない。先生が語った内容であろうはずもない。

自覚しない文字を書いていた。しかもミミズがのたくっているから、自分の筆跡ではない

ように見える。

そのまえの夢のモチーフ・・・橋から投げ落とされる・・・そして「九州550キロ」の部分が、

特に私を戦慄させていた。その戦慄の意味はわからない。何故戦慄しているのだろう。

・・・

これは「自動書記」じゃないのか。

殺された子供の、「ダイイング・メッセージ」のような・・・

・・・・今では私も冷静になって、まああのとき実際にそんな事件があったかどうか調べれば

因果もわかるんだろうけど、多分そんな因果は無いだろうし、あれはグウゼンだったんだと

思う。

ただ、その夢の風景が、

何故か映画「シックス・センス」の車中のシーンによく似ていて、それで思い出したというわけだ。

内容は全然違うのだけれども、あれが死者の話しであったがゆえ、ふとここに書きたくなった。

見知らぬ文字を知らぬ間に書いていた、という記憶を持つかたは、

どなたかいらっしゃるだろうか。 第89夜、七人みさき

第89夜、七人みさき

以下は七人みさきと呼ばれる有名な妖物とはひょっとすると違う話しかもしれない。

だがなんとなくゴロが良いので、「七人みさき」としてここに書かせていただこうと思う。

鳥も通わぬ八丈島、とは昔のはなし、上方から潮流に流されて、七人の坊主が

はるばる平根が浦に流れ着いた。小舟を降りて陸に上がった坊主は誰もみな一様の

迫力があり徳を積んでいるようであった。島民が恐る恐る隠れ見るうちに、坊主は水を

探しはじめ、近くに泉が無いことを悟ると、ひとりが小柄を抜いて、地面を掘った。

するとすぐコンコンと泉が湧き出した。島民はあっけにとられた。この泉は「コミノ川」と

名づけられ今も名が残っている。坊主はうまそうにそれを飲んだ。

やがて坊主たちは人家を求め山道をのぼるが、途中で空腹のためへたりこんでしまった。

一人の坊主が頭上に停まった何羽かの鳥に目を止めた。

えいっ、えいっ

気合をかけると鳥たちは一斉に、

ばさり

ばさりと落ちた。

毛を毟り生のまま貪り食う坊主たちの姿はあさましかった。

島民たちは恐怖した。魔術を使う、恐ろしい坊さんたちがやってきた。

そんな魔物を村に入れるわけにはいかぬ。

東山、いまの三原山より村に通じる山道に、早速頑丈な柵が打ち建てられた。

坊主らが村に至るにはその道を伝うしかない。

果たして坊主は柵を越えることが出来ず、島民の情けにありつくことが叶わなかった。

東山の頂き近くに居を構え、鳥や木の実などを食していたが、それだけで生きて行ける

ほどには徳がなかったのだろう。

不動の沢、六ッ羽が峠、果テイの川、それぞれの地で、次々と息絶えていった。

以後、村の家々のまわりを白い衣を着た坊さんたちが歩き回るという怪事が相次いだ。

農作物が不作となり、家畜が死んだりすることが続いた。拝み屋を頼んでおがんでもらうと、

これは七人の坊主の祟りだ、ということになる。村人たちは早速東山に登り、塚を建てて

非情な仕打ちを詫びた。だがそれでも完全には祟りはおさまらなかったという。

東山の頂上付近で、坊主の話しをしたり、悪口など言おうものなら、必ず災厄に見舞われる。

昭和27年のことという。東山を横断する林道工事が行われた。そのとき村人数名が頂上の

近くで、

そりゃ坊さん

こりゃ坊さん

と囃し立てながら地固めをした。その翌日現場付近で山崩れが起き、工事中の村人七名が

生き埋めになったのである。当時はかなり有名になった怨念話。

(参考:「東京ミステリーの旅」みき書房、中岡俊哉著S59) 第90夜、つよいひと

第90夜、つよいひと

常陸の国土浦城主土屋家が家臣、小室甚五郎は剛勇の誉れ高く武芸に秀で鍛練を怠らず、

特に鉄砲を好み山野を駆け巡り猟に出ることを唯一つの楽しみとしていた。

土浦に当時雌雄二匹の狐が棲んでいた。名を官妙院、お竹といい地元では稲荷社を建てて

崇めていた。

妙日甚五郎、いつもの如く鉄砲を肩に近隣の山野を跋渉していたところ、偶然、お竹狐に

でくわした。

甚五郎は自慢の腕前で、此れを撃ち殺してしまった。

家に帰り、早速料理して酒の肴としてしまったという。

するとまもなく近隣の他国領内の農家の妻が狐憑きにあった。出たは雄狐「官妙院」、言葉

極めて甚五郎を罵る。

夫はじめ村中の者が集まり、官妙院に向かって言った。

「それ程小室甚五郎様が憎いのなら本人に取り憑くのが道理。民が稲荷の使いとして崇める

貴方がなぜ縁もゆかりもない他国の者をこのように苦しめるのでしょう」

口々に非難を受けると、官妙院が言うには、

「甚五郎に取り憑くなど滅相も無い!我が妻を危めた挙げ句酒の肴に食ってしまう、凄まじき

人間に取り憑くことなど到底出来るものではない。今では土浦領に入ることさえ恐ろしく、仕方

無くこちらに来て縁無き妻に取り憑いたのだ。不憫に思って、ドウカ憎き小室甚五郎を殺して

下さい」

ということであった。

甚五郎の耳にもこのことが伝わった。烈火の如く怒った甚五郎、役人に事情を説明しその農家

へ赴くとコウ言い放った。

「狐畜生の分際で人に取り憑くなど不届き千万。増して当の我に憑かず他国の人を苦しめるな

ど誠に許し難し。直ちにその女から離れよ。もし離れ無くば我は主人に願い稲荷の祠を打ち壊

し、更にどれだけ月日がかかろうとも毎日精進して草の根を分けてもお前を探し出し、見事撃ち

殺して呉れようぞ」

仁王立ちで大声で罵ったあと領内の祠に向かい、同じように罵ったところが、それに驚いたので

あろう、狐は直ちに落ちて、二度と姿を現さなくなった、という。

(「耳袋」より)

・・・今でも「憑き物」に対してこのような疑問が投げかけられることがある。なんで恨み千万の

当人に取り憑かないで、周辺の他人に取り憑くのか。つよいひとは結句霊の世界でもつよいもの

なのだろう。 第91夜、左足をかえして

第91夜、左足をかえして

この「夜話」を書き始めたのは「化物屋敷」の話からだった。ここに書くのは或る有名な病院の話し

で、その名を聞けばソッチ好きはピンとくるだろう。ソウ何らかのトラブルで何年も廃虚と化して

いた、神奈川の或る病院址での話し。(今は取り壊されているかと思う)

 まあ5人で肝試しに侵入した輩がいたわけである。

 幹線沿いで割合と車が入り易いせいか侵入者の後を絶たず、「スポット」としてテレビで放送さ

れ続けた一時は、どこの馬のホネともつかない輩でごった返す始末。それがピークであっ

たころなのに、その雨の夜は何故か自分たちだけしかいないようであった。

 ひととおりのコースのようなものがあって、手術室だとか、地下室だとか、ラクガキだらけの廃屋

の中をそぞろあるくわけだけれども、一人がある階段の手前で悲鳴をあげた。

「血だ!」

懐中電灯には紅いといえば紅く見える何かの垂れ滴った段が映し出されている。ゲラゲラ笑う

奴がいて「血なわけねーじゃん。血だったらいつまでもこんな赤い色してるかよ」もっともであった。

だが、その階段はたしかに変だ、と気付いたのは少し霊感のあるといわれていた男だった。

「足・・・いたくねえ?」

「別に」

「なによ・・・なによう、突然」

「いや、左足・・・痛くて、のぼれねえ」

「きのせーだろ」そんなことを信じない奴がいて、彼の左足を軽く蹴り上げた。

「い・・・あれ?あ、治った」そして探検はつづく。

「さあ、こっから地下いくぞ」

「ええ、もういーじゃん。かえろうよ」

「なにいってんだよ、メインじゃねーか」

「メイン」

「レイアンシツだよ、霊安室」

「えー」とかなんとかいいつつも、スプリングのはみ出たベッドの羅列や、壁の不気味なラクガキ

に少し飽きはじめてきた一同は、地下への階段を躊躇無く選んだ。

「さ、、、こ、こ、が霊・・・」開け放たれた扉を先頭をきってくぐった男が、何か言いかけて止めた。

「・・・」

「?」あとにつづく連中。なんの変哲も無いがらんどうの部屋だが強いて言えば壁の

”GATE of HELL”+骸骨というラクガキが嫌な感じだ。

「・・・何か言ったか?」

次に入った男が、先頭の異変に気が付いた。

「・・・ダシテクダサイ・・・」か細い裏声。

「え?」先頭の男が、部屋の奥でぼうっと佇んだまま、呟いたのだ。

「XXX、ビビラスなよー」

安堵の溜め息が狭い部屋に響いた。

「XXXどけよ」しかし彼は呟きを止めない。

「ここからだしてください・・・」

「おいー」

あきらかに尋常ではない。

「もうやだー、かえろうよ」

「かえして・・・」

ふと違う方向から声が聞こえた。懐中電灯の中に例の霊感のある男が、空ろな目をして

呟く姿があった。

向ける懐中電灯の灯りに妙な輝きを返す瞳はあきらかに正気ではない。

部屋の奥から再び、「さむい・・・ここはとってもサムイのよ・・・」

「かえして、ワタシノヒダリアシヲかえして・・・」後ろからは取り憑かれたような空ろな声。

サラウンドで繰り広げられる恐怖の音響にパニックになったのは女の子だった。

「わあーっ」

号泣の声に呼応するかのように、両端の二人も声を高めた。

「足をかえして・・・なんで切ったの・・・かえして!かえして!」

「この部屋から出して・・・一緒につれていってよう!」

「るせえな!てめえいいかげんにしろよ」信じない、信じまいとして正気を保つのがやっとの

状況で、ひとりが奥の男を薙ぎ倒そうと首に手をかけた。

「ぐっ」

ばたり、と倒れたのは手をかけたほうであった。

「くるしい」胸を押さえている。奥の男は微動だにしない。

「ヤバかねえ?」遅いのだった。泣きじゃくりながら逃げ出した少女を追うように、残された

青年は走り出した。その足を倒れていた男が掴んだ。

「出せえ・・・ココカラ出せえ・・・」

扉から半身を出してぶち倒れた青年の耳に遠くから悲鳴が聞こえた。

「イヤー!誰かついてくる!」

足を思い切り振り頭を蹴ると、手放さなかった懐中電灯を彼女の逃げていった方向へ向けた。

ライトの間近に、ハイヒールの女の足があった。

・・・一本だけ。

ライトの薄明かりがその上を映し出すと、真っ白い肌の青ざめた顔が、こちらを見下ろし、

「足を返して」

ぎゃっ、と、

気絶した。

次に気が付いたのは、あとから侵入してきた別の連中に頬を張られたときであった。

全員がそれぞれ倒れていて、それ以外に特に異変はなかった。そう長くは倒れていなかった

ようだ。

「もう・・・こんなことはやめよう」

「ああ」

「もうイヤ・・」

埃だらけで顔を見合わせるのだった。

・・・

さて。

左足のことなのだが、この「ウワサ話に近いもの」を聞いてまもなく、テレビでここが取り上げら

れたさい、

ある霊能者が言っていた。

「ここで手術して、左足を切断したかなにかで、でもほんとうは切らなくても済んだとかで、悲観

して自殺した女の人がいたようね」

・・・さらに別な番組で、別の霊能者が、

「左足・・・ひだりあしがいたい」

と言っていたその場所というのが、「赤いペンキが垂れた階段」だったのである。

まあウワサ噺は千里を駆ける、みな口伝レベルで繋がっているのかもしれないが、

その一致が偶然とすれば、不思議な話しではある。 第92夜、亡魂船

第92夜、亡魂船

八丈島の昔話。

太郎と次郎という若い漁師がいた。幼なじみで仲が良かったが、共に船主の娘ナカを好くように

なった。船主は稼ぎの多いほうに娘をやろうと言う。二人はいがみあい、やがて仇同士の様

に魚とりの競争を始めた。いつもの漁場にそれぞれ小舟で漕ぎ出すと、一斉に釣りはじめる。

だがまもなく次郎の針に次々と大魚がかかりだし、太郎を尻目に小舟は魚の山になってしま

った。そこでやめればよいものを次郎は欲を出し釣り続けた。太郎はほぞを噛む気持ちであ

ったが、ふと次郎のほうを見ると、魚の重みで今しも転覆しそうであった。

「次郎」

声を掛けたときにはボコンと妙な音がして、どざあ、ぶくぶく沈んでいく小舟、慌てて泳いでき

た次郎が太郎の舟に手を掛けた。

「の、のせてくれえ」

「駄目じゃ」

太郎は次郎の手を櫓で薙いだ。

「ナカを譲れ。そうすればのせてやる」

「そんな非道い。助けてくれ」

がぼがぼと水を飲んで苦しむ次郎を尻目に、太郎は釣りを続けた。

「のせてくれ!」

堪らず両手を掛けた次郎に太郎は振り向きざま、櫓の一撃を浴びせた。

「クタバレ!」

「ぐあっ」

次郎はひとしきり浮き沈みを繰り返したあと、

ごぶごぶごぶ、と水底に沈んでいった。

太郎はそのまま港へ帰ると今日の水揚げを船主に見せた。夜になっても

帰らぬ次郎に浜は大騒ぎとなり、みな火を焚いて待った。

「太郎、おまえ一緒じゃなかったのか」

「いや、きょうは別の漁場だった。一日じゅう会わなかった」

そしらぬ顔であった。

・・・

ナカは太郎の嫁になった。

太郎は平然として毎日漁に出ていた。

そんな或る日、いつになく魚がかかり、太郎は夢中で釣り続けていた。

ふと沖のほうから妙な声が聞こえてきた。

「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ・・・」

忽然と一隻の小舟が現れた。みるみるうちに太郎の小舟に近づいてくる。

元気な掛け声をかけ漕ぎ来るもの、それは次郎に違いなかった。

太郎は恐れた。

次郎は太郎の舟に舟を寄せると、空ろな目で声をかけた。

「ひしゃくを貸せ。ひしゃくをかしてくれえ」

何を言ってもひしゃくを貸せの一点張り。骸骨のように痩せおとろえた次郎の

声には不気味にも何か強い調子が混ざり、太郎は漁師のタブーを忘れ、思わず

ひしゃくを取りあげた・・・

漁師のタブー。

死んだものの乗った舟・・・「亡魂舟」に出遭ったときは、決して柄杓を渡してはならない。

もしくは柄杓の底を抜いて渡せ。そうすれば助かる。そうしなければ・・・

・・・太郎は催眠術にかかったように柄杓を投げた。次郎は吸い付くように柄杓を受け取る

と、呟いた。

・・・太郎め、我が恨み思い知れ・・・

次郎は信じられない速さで海水を掬い上げては太郎の舟に汲み入れる。慌てた太郎は

「次郎、許してくれ、拝むから、ゆるしてくれえ」

というばかりで、見る見るうちに水浸しになり、やがて次郎の舟がそうであったように、

重みに耐えかね

ぼこり

という、妙な音をたてて沈んでいった。太郎もまるで足を引かれるかのように沈み、黒潮に

流されていったのだ。

・・・

舟幽霊の噺に海彦山彦(日本最古の物語といわれる)を掛け合わせたような伝説である。 第93夜、牛鬼ナル物

第93夜、牛鬼ナル物

出雲に「牛鬼」なる怪事有り。

山間の、谷川が流れ上に橋が架けられているような場所で、雨降り続き湿気があるとき。橋に近づくと何やらひらひら舞うように飛びまわる無数の光り物がある。

橋を渡ってはいけない。そのまま渡ろうとすると、蝶のように飛んでいた光りが体にまとわりついて、しまいにはしっかと取り付いてしまう。衣服には銀箔を押したようになる。手で払おうとも払えるものではない。

土地の人、「牛鬼」に遭ったならば、囲炉裏に薪を多くくべて、体を炙ると良い、と。早速そのようにしたところ、全てが、すっと引けるように消えてしまった、誠に妖しき物なり、と鵜飼半左衛門なる出雲の人が語ったという。

~「大江戸奇怪草子」花房孝典編著、三五館刊を参照、原典、和田烏江著「異説まちまち」

・・・牛鬼とはよくいわれるように牛の化け物というわけではなく、わけのわからないもの、あやかしのたぐいをそう呼んだものであるらしい。 第94夜、ゆびがいたい

第94夜、ゆびがいたい

「かあさんの祟りだ」

口火を切ったのは伯母だった。左手の小指に、包帯が巻かれている。

「そうだ。東京なんかに入れてしまったから」

「でも、田舎のほうにも分骨しました」

ぽそりとか細い母の声。その左手の小指にも包帯が巻かれている。

「それが嫌じゃゆうてた!」

しわがれ声を荒げているのは大伯母、もう八十にもなる。

左手を上げ、小指を立てた。固い皺だらけの指に、くっきりと、まるでリングのような赤い環が腫れ出ていた。

「キクは分骨は嫌じゃゆうてた。体がばらんばらんになるようで、嫌じゃゆうてたぞ。それをあんたらが」

母の膝がびくっと震えた。横の父が、深く息を吸うと口を開く。

「でもかあさんは東京で亡くなったんだ。僕らが折角墓を建てたんだし、だいたいあんな山奥に埋められるなんて、かあさん寂しいと」

「伸一はなんもわかっとらん!ご先祖様のいらっしゃるお山にかえるのが一番なんじゃ。東京のあんなわけのわからんところに押し込めて」

「もう止めてよ!」

妹が大声を出して立ち上がった。後ろ手に障子をばしん、と閉めた。

沈黙が流れる。線香の匂いが鼻につく。

「・・・でも何で小指なんじゃ」

伯母がこそりと言う。父は首を振ると、

「分骨したのが、小指だったんだろ」

母の顔が曇る。

「もういいよ。今度田舎行って、全部おさめてくるよ。それでいいんだろ」

「それじゃ、こっちのお墓は・・・」

母が驚いたように顔を上げる。大伯母は大きく首を縦に振ると、低い声で、

「こっちはこっちで、あんたが死んだら入りゃええんじゃ。でも伸一、おまえは」

「もううるさいよ」

「何がうるさいだ。とんだとばっちりだ。痛くてかなわん」

・・・そして、おばあちゃんの入った白壷が、真新しい墓石の下から取り出された。日曜日、父は飛行機で田舎に日帰りした。

その日からだった。

母が高熱を出し、寝込んでしまった。指のみならず、全身がまるで火傷をしたように赤くなり、ぼくは泣く妹をなだめるのに必死だった。

まもなく大伯母が階段で転んで入院したとの知らせが入った。

電話で父が伯母と何か言い争っている。

うちは大混乱だ。

妹が、ふとおかしなことを言い出した。

「きのうおばあちゃんが来た」

「え」

「夜、寂しいって言ってた」

「・・・」

白い服を着た中年の女の人が来た。仏壇に向けてなにやらぼそぼそと言ったあと、父に何やら渡して、帰っていった。

父はそれを母の頭の上に置いた。お守りのようなものだった。そして、僕らに向かって言った。

「また田舎行ってくるから。ばあちゃん、かえしてもらうから」

・・・

良く晴れた日。

すっかり全快した母と、父、大伯母は無理だったけど伯母さんも一緒に、横浜の高台にある墓地に行った。父が包みを開くと、大きな木箱と、小さな木箱が出てきた。田舎に埋めていた小壷の蓋をぽくりと開けると、父は、うっとヒトコト口にしたが、そのまま大きな骨壷の蓋も開ける。そしてやや乱暴に、小壷のほうを、骨壷の上で、ひっくり返した。

ひとかけらの白い骨が、一瞬目に入った。

「小指だ」

そのひとかけらといくばくかの灰が流し込まれた骨壷に、再び蓋がかぶせられ、開かれた墓の下に消えた。

空の小壷はお寺におさめた。

妹が囁いた。

「おばあちゃん、喜んでる」

これで終わったのだ。

・・・

(私の体験ではありませんのでねんのため) 第95夜、蓮華往生

第95夜、蓮華往生

東京目黒は碑文谷に都区内最古の建築で知られる円融寺釈迦堂(国重文)がある。鎌倉末期から室町時代の唐様建築で勢いのある軒の反りが素晴らしい。堂内は国宝指定の鎌倉円覚寺など同様いわゆる「傘造り一本くさび」。屋根の葺き替え時に飛騨匠の花押と、戯れの「我が手よし人見よ」の刻みが発見された。よほどの自信があったものと窺わせる。さてこのコーナーは何も東京史跡巡りのコーナーではない。怪談のコーナーである。ここではお化け噺とは又違った恐ろしい伝説について記しておく。

竜田川の吉田寺のように、「ぽっくり寺」の名を頂いた寺は各地に存在するが、老いて長く床に臥すことを嫌い、或る日ぽっくり極楽往生することを願う習慣が、この今や高級住宅の地にもあった。即ち即身成仏、「蓮華往生」の秘法をもって「即座に」仏にしてくれるというので、この寺、元禄の世に大変な評判となったという。

その手順というのが、まず本堂に設置された大きな蓮台に、経帷子を着た成仏(死ぬこと)志願の信者が合掌して座する。僧侶が大勢でそれを取り巻き、経をあげはじめると、八葉の蓮華がしぼんで、信者を包み隠す。読経の声がいっそうに高まり、しばらくすると蓮華が開いて、中央では信者が安らかに息絶えている、こういった具合である。何とも奇天烈で血生臭いものであるが、信者の家族は奇跡と信じて喜びの涙を流し、御礼の寄進を行ったという。

当然疑うものもいるわけで、これはあくどい偽装殺人だとにらんだ目明かし、信者に成りすまして乗り込んだ。すると、閉じた蓮華座の下から、「槍」を突き出して殺すための「仕掛け」が見つかったのである。寺は当時法華寺の名をいただいていたが、この殺人仕掛を考え付いた住職は日付、発覚後に遠島となり、寺はいったん取り潰しとなった。後に堂だけをひきついで円融寺の名になったのである。日付の弟子に養道という者がいたが、上総一宮にのがれ蓮長寺に入って再び「蓮華往生」を始めた。懲りないものだ。

さて以上は伝説である。じっさいは下総安房郡の妙光寺にあった話しだともいう。法華寺は何かゆえあって幕府ににらまれ、円融寺と名を改めなければならなくなった折り、蓮華往生の濡れ衣を着せられたのが事実らしい。伝えるところ大久保彦左衛門と一心太助が乗り込んだともいうが嘘であろう。

しかし自殺ほう助の商売とは寺も考えたものだが、江戸時代とはソウイウ時代でもあったのだ。文化が爛熟してくると人は遠くなった死に憧れを抱くようになる。そんな心理につけこんだものか。

恐ろしい。 第96夜、内匠頭が祟り

第96夜、内匠頭が祟り

港区田村町、江戸も始めのころは入江先の海辺の地であった。ここに銀杏の大樹があり、舟の入る良い目印になったということで”入津の大銀杏”の名を頂いていた。大正まで元気に繁っていたが、震災で惜しくも焼けた。古老によれば三抱えもある大木で、焼けた後も立っていて、夜など大入道が手を広げているように見え気味が悪かったそうだ。

この樹には浅野内匠頭の魂が乗り移っている、といわれていた。

はらはらと舞い散る桜の下で腹を切ったというのは芝居のうえでの話し、実際はこの田村右京太夫邸に生えた大銀杏の下で、切腹の儀を執り行なった。今でも車の喧騒の中、「浅野内匠頭切腹之地」という石碑だけがひっそりと立っている。

震災に焼け残った黒焦げの樹は、それでもまだ辛うじて威勢を保っていたのだが、近所に、増して威勢の良い魚屋が居て、

内匠頭のタマシイ?ソンなものがこの文明の世にのこっているもんか

とバッサリ切り倒し、まな板にしてしまった。

すると、

毎晩夢枕に腹を切った武士が顕れて、

「何故

切った」

と恨み言をのべる。

流石の魚屋もしまいには狂い死にしてしまったという話しが伝わっている。

一説には近所の風呂屋の薪に買い取られたともいい、入浴客の夢枕に立つでもなく結局何事もなかった。二抱えも三抱えもある大樹をマナ板にする馬鹿もいなかろうから風呂屋の説が真相だろう、というのは戸川幸夫氏の説であるが伝承としては魚屋の話しのほうが面白かろう。魚屋が神木を切り倒しマナ板にしたら夢枕、気が狂ったという話しは他所にも伝わっているから、この話しが真実かどうかは甚だ疑問ではあるけれども、つい大正のころまで忠臣蔵の内匠頭が魂の篭った樹木が繁っていたという話しはなかなかロマンがある。 第97夜、かぴたん妖術二題

第97夜、かぴたん妖術二題

かぴたんとは江戸時代出島に置かれたオランダ屋敷の商館長。ここにあげるふたつの話は、いずれも同じ「伴天連の妖術」をつたえている。キリスト教にそのような妙な術が伝わっているわけはないのだが、あながち嘘とも思えず真実は如何と思わせる不思議なものだ。

江戸時代の旅は、とおい地方で不穏な動きが起きるのを抑える意味もあって、国毎の関所や役人の配置、馬の乗用をはじめとするさまざまな制約が設けられていたが反面、武士は参勤交代をはじめとして、妻子や親族から引き離され遠い地に封ぜられることを強要されるものであった。また蘭学を勉強する者や通辞を生業とする者は唯一長崎の出島に赴かなければならない。家族と離れて生活する者が多くいたわけで、みな国元に残した妻子や親の安否を気遣うことしきりであった。

国元を離れひとり通辞即ち通訳の仕事をしていた西長十郎という者がいた。故郷に遺してきた妻子のことが日々気がかりでならない。あるとき知り合いのオランダ人が帰国することになり、世話になった御礼をしたいという。長十郎はさしあたって欲しいものはないが唯一六年も会っていない国元の妻子が気になるばかりだと言う。すると何やら大きな鉢を取り出したオランダ人、水を満たすと、顔を漬け、まばたきをせずに良く見てみよと言う。言われるままに顔を漬けた長十郎、見る見るうちに水のなかに故郷の景色が見えてくるではないか。

長十郎は故郷の道をゆき、やがて自分の家の前までやってきた。垣根の外より家の中を窺うと、縫い物をしている妻が居た。

なつかしい顔に見入るうち、ふと、目が合った。

妻が驚いた顔をして何か口にしようとした。だがオランダ人が水をかき混ぜたため、懐かしい景色、妻の顔は消えてしまった。

我にかえった長十郎、

今少し時があれば話が出来たものを何故

その問いにオランダ人答えるには、

そこで話をすればふたりとも命を失うことになる、だから慌てて消したのだ

と。

しばらくのち、長十郎は無事国元へ帰ることができた。

妻と再会を喜び話しを交わすうちに、フトこのときの話しになった。

さても不思議な幻であった

と笑う長十郎、すると妻、

あれ、それは秋も終わりのころで御座いましたか

ああ、秋陽の長く影を落とすころ、仕舞いの紅葉の舞い散る庭で、子供が犬と戯れていた

ああ丁度そのときでございましょう

子を犬とあそばせて、縁先で縫い物をしておりましたときに、貴方の御姿を御見かけいたしました、ええ、確かで御座います

垣の外より家の中を覗いて、スグ消えて仕舞われましたね

何々月の何々日、何々時のことでございました。

長十郎はゆっくりうなづくと一言、

まさしく。

・・・

今ひとつ。こちらは「耳袋」の収録になる。

長崎奉行の用人、福井某という者、主人とともに長崎に赴いたが、風の便りに母親が病に臥していると聞き、以来江戸のことばかり思って、自ずもまた病身となってしまった。食も進まず痩せ衰え、主人も心配し思い付くばかりの治療を施したが一向に良くなる気配が無い。するとある人「オランダ人の医師に見せれば何か良い法があるかもしれない」と入れ知恵する。主人ただちに通辞を立てて出島のオランダ屋敷にそれを伝える。

オランダ屋敷のかぴたんは早速医師に話す。医師、診断して言うには、回復の法ありとのこと。かぴたん、福井某を商館に呼び寄せた。

医師、大きな盤に水を汲み入れ、福井某の前に置くと、

この水に顔を漬けるべし

と言う。

福井某は指示にしたがい顔を漬けた。すると医師、頭を押さえつけ、しばらくして

目をあけよ

と言う。

静かに開けた目の前に、

紛れも無い我が母が帷子を縫っている姿が、ありありと浮かんだ。

その刹那、医師は福井某の顔を引き上げて、なにやら薬を服ませて

これでよい

と言った。その日より福井某の病は薄紙を剥ぐように快方に向かった、という。

一年ほどして御役交代の沙汰があり福井某は無事江戸へ戻ることができた。

そのとき母が言うには、

今より丁度一年前になりましょうか、お前のことを恋しく思いながら、送る帷子を縫っておりましたとき、ふと目を上げますと、隣家の小笠原様の塀の上に、お前の姿がありありと浮かび、しばらく顔を見詰め合ったことがあります。あまりにもはっきりとした姿であったので、もしや長崎で変事でもあったのではないかと随分と心配をいたしましたが、ややあって消えてしまいました。

きっと私の気の迷いでもあったのでしょう

その日限、時刻を質するうちまさしく福井某が、かぴたんのもとで盤の水に顔を漬けた、まさに同じ日限、時刻であった。これはまさしく幻術、オランダ人は今でも伴天連宗門を信じているそうだがこれも切支丹の妖術の一つでもあろうということになった。 第98夜、音魂

第98夜、音魂

「壁のあいさつ」

或る地下鉄の駅構内、階段への上がり縁。
霊感のある人がそこを通りかかると、壁の「中」から
”おはようございます!!”
という声が聞こえる。
”お疲れさまです!!”
の場合もある。はきはきとしたキレの良い青年の声だそうである。
なぜそんな声が聞こえるのか、いわく因縁がはっきりしない。
最初は驚くが、じき暖かい気持ちになる、という。

「叩かれる扉」

毎晩夜中の2時半に、扉がノックされる。決まってその時刻に、
ガンガンガンガン!
鉄扉だから可也うるさい。開けてみても、誰も居ない。必ず3回繰り返される。
連夜の睡眠不足に堪り兼ねた男、ある晩待ちかねて、叩かれている最中に扉を
開いた。すると、開いた扉の外側の、丁度人間の手を上げたぐらいのところが、
ガン、ガン!!
という音をたて、僅かにへこんでいた。扉の外には何も見えない。まるで透明
人間か、もしくは扉の薄い鉄板の中から沸き起こるような打音に、初めて恐怖
を感じた。だが翌日以降、扉が叩かれることはなくなった。

「喋るピーマン」

おおきな赤いピーマンを食卓の飾りにと置いていた。しなびかけて捨てようかと
思っていた矢先。早朝、なにやらうるさい音で目が覚める。食堂のほうから、
こそこそこそこそ、
えんえんと繰言をするような、でも中身のさっぱり聞き取れない「声」が聞こえ
てくる。泥棒か、と恐る恐る足をしのばせ、まだ薄暗い食堂へ行くと、
ぴたり
と止まる。ようく目を凝らしてみると、「気配」はするものの、人の姿は見えない。
ことことことこと
小さな音が持続していることに気が付く。ふと卓上のピーマンに目が行った。
ピーマンだった。
地震でも起きているかのように、かたかた震えて、音をたてている。近寄り、
指を伸ばして触れたとたん、
ぎゃーっ!
耳をつんざく叫び声が、天井から降り注いだ。うわっと床にしゃがみこむと、
ピーマンの揺れは止まった。
古びたピーマンに何かがうつったのかもしれない、とその日のうちに捨てた。
果たして、変事はそれきりだった。 第99夜、蛇口の声

第99夜、蛇口の声

その団地で幽霊話が出たのは、5月も半ばのころであった。

ある号棟で、それは起こった。

「絶対、女の声」

「うちも聞こえるのよ・・・」

「蛇口ね」

「そう。夜中なんてハッキリ聞こえる」

「聞こえるなんてもんじゃないわよ。うちの子なんか怖がっちゃって」

「気のせいかなとも思ったんだけど」

「いや、絶対声だわ。だって微妙に抑揚があって」

水道の蛇口をひねると、水の流れる音に混じって、幽かに

「あー・・・うー・・・」

という、唸りとも泣き声ともつかぬ女の声が流れ出す・・・。

「気味悪いわね」

「全部の部屋がそうなのかしら」

「今度、集会で言ってみようか」

「でも変なウワサが立つのも嫌だね」

「そういえば、1Bの××さん」

「ああ、あの」

「蛇口から・・・欠片が出たって」

「彼女の言うことはあてになんないわよ。でも何のかけら?」

「・・・爪だって」

「えー」

「ピンクのマニキュアのついた爪だって」

「嘘でしょ」

「あの人おかしいのよ」

・・・声は二週間ほども続いたが、

一旦、ぷつり、と止まった。

とまったは良いが、ひと月もすると、別の事象が発生した。

生ぬるい梅雨の時期である。

「・・・最近、なんか・・・匂わない?」

「そう!生臭い」

「水?うちは気にならないわよ」

「○○さんちは、浄水器つけてるからよ」

「なんか一寸濁ってない?」

「そうね・・」

かわりに「水」がおかしくなった。寄り合いで話題になり、

遂に住民集会で取り上げられた。

「みなさん、水がおかしい、と感じている方は挙手願えますか」

ほぼ全員の片手が上がる。

「屋上の貯水タンク」

「そうだ、あそこに何か異物が入ったんじゃないか」

「まさか・・・うち赤ちゃんいるのよ!変なものだったら怖いわ。

調べましょうよ、すぐ」

「そうだ。今から行ってみよう」

屋上に大きな丸い貯水槽がある。じめじめとした空気の中で、鍵が解かれ、

丸い蓋が

ぎー・・

と開かれた・・・

「ウッ」

強烈な腐臭が鼻をつく。

「何・・・あれ」

水面にぼんやり浮かぶものがあった。

大きく黒い影。

死骸であった。

人間の。

女の。

扉の裏に・・・引っ掻き傷が、無数に付けられており、黒くこびりついた血液、

そして

ピンクのマニキュアの付いた爪の欠片が、沢山

・・・

死骸は腐乱しきって、ぶくぶくと膨らんでいた。死後一ヶ月、やがて歯形から身元が割れる。団地のそばに住む若い女性。丁度一ヶ月くらい前から、行方不明になっていた。程なく男が捕まった。男は水槽の中に女を閉じ込めたことを認めた。・・・それは「管理人」だったのである。

水槽は綺麗に掃除し直された。

だが、

ぞろりと抜けた髪の毛が一群れ、天井にへばりついていて、

梅雨の時期になると、一本一本、

抜け落ちて、

「キャー!」

「か、髪の毛、髪の毛が、蛇口から・・・」

・・・ウワサ、である。

・・・百話の仕舞い前に、こんな怪談らしい怪談でも、入れておこうと思った。 第100夜、屍桶の因果

第100夜、屍桶の因果

百物語の仕舞いに、江戸の因果噺でもしよう。

明和の昔、吉原は三日月お仙、浅草の水茶屋お仙と並んで江戸三お仙の

一人に推されたのが、谷中は初音町の笠森お仙であった。今にも名を残す

谷中は大円寺、笠森稲荷境内の茶屋娘を描いた鈴木春信の錦絵が大評判

をとり、一目その「お仙」を見ようと押し掛ける人々で店は大繁盛。現在永井

荷風の笠森阿仙之碑がひっそりと建っている。お仙がつとめていたのは

本当は大円寺でなく天王寺福泉院(現、功徳林寺)境内の茶屋だったというが、

笠森の名を大円寺にあるカサブタのカサ守稲荷とかけて戯れたものである。

美女の代名詞として長く名を残したお仙であるが、生まれつき不幸で一説には

死も悲惨であったという。

お仙の父は草加の名主だったが博打に身を持ち崩し、身包み剥がれて尚の

挙げ句、三人娘の長女であるお仙を吉原へ叩き売ろうとした。それを見かねた

鍵屋太兵衛なる茶屋の老爺、お仙の美貌に二十五両で引き取り養女とした。

何しろ一枚絵になる程の看板娘、鍵屋はたちまち評判となり近在の若衆の

立ち寄り処となる。米団子のかわりに土団子を出しても千客万来だったとい

うからめでたしめでたしといきそうだが、

一方名主の父は残り二人の娘も叩き売ってしまい、遂には盗みや騙しを行う

ようになった。

そしてひょんなことから、甥を殺してしまう。

死骸は「桶」に詰められて、千住大橋からドボンとやられた。

だが程なく悪行が露呈した名主、

刑場の露と消えた。

「桶」の因果はここより始まる。

・・・

次女のお三輪は男に騙され、自害してしまった。

仏さん、どうするかねえ。

桶にでも入れて埋めてやんべえ。

そのとおり、桶に詰められて、埋葬されてしまった。

・・・

三女のお富はふいと船から落ちた。

誰か落ちたぞう

どこだどこだ

見えねえ

だれだだれだ

この流れじゃ駄目じゃろう・・・

翌朝、死骸が上がった。その姿たるや意表をつくものであった。

なぜか、桶に入った形で浮かび上がったのである。

亡くなった二人、いずれ劣らぬ美女であった。

・・・

お仙だけは生き残って我が世の春を謳歌していたが、茶屋に通う中川新十郎

なる佐竹侯の家臣と懇意になる。この美青年とお仙は人目を忍ぶ仲となった。

だが面白くないのは養父の太兵衛である。一説にこの老人、お仙に道ならぬ

思いを寄せていたといい、二人の仲を知ると怒りを露にした。

驚いたのはお仙のほうで、何とか養父を説得しようとするものの話のわかる

状態ではなく、どうしようもない。お仙は新十郎と手に手を取って、逃げ出して

しまった。

お仙のいない茶屋は客足もパッタリ途絶え、娘も金も失った太兵衛は狂乱し

お仙ようー、お仙ようー

と叫びながら、江戸中を歩いて廻る始末。

やがて浅草に小さな居を構えたお仙を発見、暴れ入る養父に取り乱したお仙、

逃げようとして台所のヌカミソ桶に足を突っ込み、転んでしまった。

両の手で土を掻くお仙に取り縋った太兵衛、鬼のような形相で白い喉元にかじ

り付くと、真っ直ぐに食い切った。

あれえ・・・

お仙もまた、桶の因縁により、あえない最後を遂げたのである。

・・・

一説にはお仙は見つかることなく浅草諏訪町河岸に蟄居して新十郎と仲むつ

まじく暮らしたともいう。桶の因果噺は絶世の美女をそねんだ作り話かもしれな

いことを付け加えておく。

・・・

さて、

これで百夜の仕舞いとなる。

百の怪談をするとホンモノが出てくるという。

不幸をもたらすともいう。

・・・

私はここに仕掛けを設けた。

この「夜話」、0話から始まっている。

即ちほんとうは100話ではなく101話なのである。

番号的には100夜であるというだけだ。

大丈夫、大丈夫・・・

というわけで、

一旦「百鬼夜話」を終いにしたい。

次のシリーズにご期待ください、

・・・

って、いったい誰が読んでるんだろう。


by r_o_k | 2017-08-16 02:09 | 鬼談怪談 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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