揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

百鬼夜話31「生首の絵」-50「誘い」

百鬼夜話(1989~2000)~学生時代からのメモ集でまったく他人に見せる気が無かったものです。ジャンルや書き方が一定しないのは、「怪物図録」のほうも同じですが、あえてそれを狙ったものです。書いた時期もバラバラなのですが、色んな人が書いたようでそれも面白くそのままにしています。乱文乱文ごめんなさい。続きです。

※※※
第三十一夜、生首の絵

目が開く。

・・・土曜日にテレビで「生首を描いた掛け軸の目が開いた」という、有名な怪事件を扱っていた。「生首を絵に描く」という壮絶は如何に幕末のすさんだ世の中とはいえ想像を絶するものがある。これを見ていて思い出したのは、座敷ワラシで有名な緑風荘〜惜しくも焼けてしまったが〜を取材した地方テレビが、壁に掛けられたつのだじろうさん描く「座敷わらし」を映したところ、”瞬きをした”という映像である。何しろカメラにはっきりぱちくりする瞼がうつってしまったのだから仕方がない。もっとも画像の揺らぎや空気の調子のためにそう映っているように見えた可能性も否定できないが、「中村金三郎様」の四白眼めいた黒目に比べれば他愛のないイタズラのようでほほえましい。金三郎様もハエがとまっただけでないことを祈る。金田一温泉と生首画を保管する寺は同じ青森県にある。
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第三十二夜、スイッチ

・・・貸し部屋にまつわる話は枚挙に暇が無い。ある学生がアパートを捜していた。
「あれ、これ一戸建て・・・っすか?」
ああそれねえ、と不動産屋が声をひそめる。
「掘り出しモノ。ご夫婦が住んでいたんだけど、何かの都合でどうしてもここを離れなきゃならなくなったって、今は奥さんのご両親が管理しているんだけれども、ご高齢でしょう。それよりどなたか住まわせた方が安心だっていうので、さっき入ってきた物件なんですよ。格安。」
世帯用じゃないんだろうか、条件は、と聞いても万事大丈夫だといっていたから、そのまま車に乗り込むと、畠の中をつっぱしる。やがて遠くに赤い屋根の家が見えてきた。結構でかいな、掃除とかどうしような。・・・アイツがやってくれるか。いっそ一緒に住んじまおうか。この敷礼無しでこの家賃なんてウラがあるのは確実だけど、綺麗に剪定された庭樹を見ると、不信感より家主との境目の無い生活が不安に思えてきた。
「あ、管理人さんはちょっと遠くに住んでいてね。気兼ねなくできますよ。ただ庭木だとか、あんまり荒れ放題にはしないでほしいとおっしゃってたから」
「あ、決めます。」
彼女のアパートのすぐそばだった。
 さて暮らしてみてすぐにわかったことは、彼女がここに住んではくれないということ。まあそりゃ仕方ない。でも、もうひとつある。
「浮気してない?」
長い髪の毛。そんなもの前の住人のにきまってるだろう、そんな覚えはないし器用なタイプじゃないことはわかってるはずなに。”匂い”がするだって?
それも奥さんのものだろう。
 つまりは信用されてないわけだ。
 だだっ広い家の中、ただ一人全部の部屋の電灯を点けてまわって空しさを覚える。家主さんは親切で、ときどき畠のものだといって芋なんかを呉れる。庭木だって、学校に行ってる間に巧くやってくれている。まあ不満といえば掃除が大変なことだ。庭木の柿がべちゃべちゃと道を汚して、枯れ葉が家の中にまで舞い込んで来る。
こんなところだから道が少しくらい汚れたってよさそうなもんだが、案外見ているのが隣の農家のおばあさん。家の中はというと外の掃除にかまけて荒れ放題、彼女が嫌がる気もわからなくもない。
 夜中の話し。電力が馬鹿にならないとわかってから、使わない部屋は閉めっぱなしにして、夜は狭い寝室だけに電灯を点けることにしているのだが、12時以後はスタンドだけの灯りにしてなんとか電気を使わないようにしている。仕送りとバイトだけで何とかやって行けるが、案外維持費というのが馬鹿にならず、ひとりでこんな広さを使っているのもあほらしいので、今度鹿野のやつでも誘って一緒に住まないか聞いてみようか。なんてことをごまごま考えるのも灯りが暗くなってからいつものことだ。
 不気味だとは思っていたのだ。寝室には小さな床の間のような空間があって、一個人形が据えて有る。新しい博多人形だし子供の可愛らしい形だからいいんだけれども、夜中にはっと目覚めると・・・いつも黒目がこっちを見ている気がする。
 その夜は酒が入っていたから、そんな人形に無粋な興味が沸いてきて、ふらりと立ち上がると、ぐらっとして思わず床の間に足を踏み入れた。爪先に当たった人形を倒れざま手にとって、ゆっくり持ち上げた。
 あ・・・
 びゃっと背筋に水を掛けられた心地でしゃんとなった。
 あれは、何だ?
 部屋の片隅に蹲るものがいる・・・
陰影で出来た部屋の景色に黒く異様な塊が震えている。
 女だ。
 やつれた顔に化粧のケもなく、髪の毛は短めだが白髪らしきものが混じっている。年齢は40前後か?横座りをして土気色のカーディガンを垂らし、ねめあげるようにそれでいてまっすぐに、見ている。
 急いで人形を戻す。
でも消えない。うわっと思った。女は扉の前に座っているのだ。
 立ち上がる。
 すると・・・消えた。
 寝間を変えて大家に電話をするが判然としない。田舎特有のあいまいな柔らかさでうまく誤魔化された気分で、その日は友人を呼んで酒盛りとあいなった。

 ・・・その、おばけがでるってのはこの部屋か?
ボート部のレギュラーをやってる大谷が勝手に物色しはじめた。薄暗い部屋を覗くとカーテンの隙間から漏れた街灯の灯りが丁度床の間を照らしている。
ふん。
人形を片手に出てきた大谷は何も感じなかったようだ。
おれ、借りてっていいか
不思議なことをいうものだ。だが佐々木が言うには大谷には祈祷師の親戚がいるから、任せたほうがいいということだった。
大谷、よろしくな。
ん。
酒宴は一瞬冷え込んだけれども2時を回るとまったりとした暖かい雰囲気で久しぶりに家が和らいだ気がした。
じゃ、このまま寝るか。
布団ないんだけど。
いらねーよ。
おれも・・・ここにネルよ。
鈴木の横に寝転がると、大谷が寝首を上げた。
・・・おれが寝てやるか。
大谷が、あの部屋で寝ることになる。
 だが、部屋を暗くして、大谷が部屋に消えて、まもなくだった。
「ぎゃっ」
「いるぞ。絶対に」
一緒に言うぞ。
「カーディガンを引きずった、白髪混じりの女!!」
ちょっと興味が湧いて、床の間に立ってみたときに、見えた、という。
「人形じゃねえぞ・・・原因」
「あの部屋か?」
「でも・・・」
1ヶ月近く、人形に触れるまで、何も出なかったのだ。
「場所、か」
「立って見る」
鈴木がメガネを架け直して入っていく。
「んー!」
最後に佐々木が行く。理数系はこいつだけだ。
しばらく、ごと、ごとと音がしていた。大丈夫か、と声をかける寸手、
「おい」
「おい・・・来てみろよ・・・」
呆けたような声が、妙な調子で聞こえてきた。


「床の間、ここに足を載せると、見えるんだよ・・・」
指差す床の間は合板の安物だ。上に足を載せると、ぺこりとへこんでしまいそうで余りやらないのだが、最後に自分も、足をのせてみる・・・
「佐々木!!そこだ!!おまえと・・重なってる・・・」
「そうだ。おれも不思議なんだけどね。”見えてるだけ”だろ。きっと」
佐々木は原因を探る気もおきないらしいが、ただ起きていることには興味があるようだ。足を離すと、ぱっと消える。足を載せると、ちょっとでも指先が触れると、おんなじかっこうで震える女が現れる。
まるで、スイッチのように。
「おい・・・ここ、出た方がよくないか」
大谷が真剣に言った。
「ゆめゆめ・・・そこを剥がしてみようなんて気、起こすなよ」
合板の床の間は大谷くらいの腕力なら剥がせそうだ、でも、そうはしなかった。

解約した。
理由は問われなかった。それが結局因縁物件だった何よりの証拠だ。
人形だけは今でも大谷の親戚に預けて有る。大家さんは何も言わなかった。

被害?
彼女にふられたことくらいだろう。

※※※
第三十三夜、窓をたたく

夜眠れないとき、そんな眠れない人間を狙って寄って来るモノがいて、さらに眠れなくすることがある。それは夢か現か定かではない。刻がたつにつれ、どんどん回転の速くなるのが常の不眠症の脳は、過剰に脳内麻薬を送り出しては、幻を見させるのだ。あるいは何者かの存在が、強い感情とそれを伝えたいという思念によって、眠りの国のプルートーのもとへ沈潜しようという私の腕をつかんで離さないのだ。それが何という原因のもとに起こっていようと、早く寝させてくれ。分裂症的に疲弊した脳は益々興奮し、狂騒を増す。

先日 そんな状態で睡眠薬に手がのびた その刻、頭の上で音がした・・・コツ、コツ。ノック音。ふと起き上がる。窓。カーテンの長さが足りず、5センチ程のすきま、瞬間見えたガラス越しの細く小さな手。赤いそで。白いシャツの端。

狂気のなせる幻か。

再び天井を向く顔の、ヒタイに再び投げかけられる音。コツ、コツ、コツ、コツ。4つ。眠れないとき特有のイヤな蒸し暑さに苛まれる頭の上で、再び音。コツ、コツ、コツ、コツ。ん、何か音程のようなものがある。コツ、コツ、コツ、コツ。はじめ低く、次 高く、次 やや低く、次、はじめと同じ音高。モールス信号のようだ。最近あんまり「見」なくなったせいか疑い深い私は、それを無風状態の筈の外に吹いていると思いたい風のせいにする。そして、単に音程のことを、面白いとだけ思う。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。大きくも小さくもならない、同じような感じの音がつづく。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。低い、高い、やや低い、低い。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。低い、高い、やや低い、低い。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。コツ、コツ、コツ、コツ。

・・・・・タ、ス、ケ、テ。     (1994/8記)

※※※
第三十四夜、髪女

国東をまわっていたとき、岩戸寺へ向かう途中に聞いた噺。びしゃもんバス停そばのチョウケイ寺の住職さんが語ったという。住職は比叡からやってきた徳のある方だそうである。

ある人、夜中ふと目をさます。

ばさ、ばさ、ばさ、ばさ

何かが障子に当たる音がする。

ばさ、ばさ、

見て驚いた。女の髪を振り乱したシルエットががっと障子に写り込み、その振り回す長い髪の毛が、障子に当たって

ばさ、ばさ、

と音をたてていたのだ。そして髪の毛が当たるたび、少しずつ、障子が開いていくのだ・・・

心当たりがある。掛け軸があった。若い女に殺された本妻が、憑り殺した女の首を持って立っている絵。にたりと笑う凄まじさは悪女サロメを思わせる意匠だ。住職は画家の念が篭ったものとみて回向をした。そうした夜、女は満足した様子で、住職と持ち主の夢に顕れた。この寺におさめてほしいという懇願、住職は聞き入れた。3月10日にはじめてもちこまれたということで、毎年3月10日に開帳をする。蝋燭の灯りで見せるという。

(1999/5旅中記)

※※※
第三十五夜、チュパカブラスのこと

(1994記)
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中南米で最近(当時)、家畜や人間を襲う謎の生物、チュパカブラスが話題になっている。プエルトリコに始まり、メキシコ全土に広がっているらしい。襲われた生き物は首筋に噛み傷を持ち、失血するだけで肉は食われた形跡が無い。吸血鬼として怖れられ、山羊を羽交い締めにして首に食らいつく、嘴と爪を持ち首をめがけてとびかかる。最近のひどい干ばつで、山からおりてきた野獣がその正体ともいうが、現地の人はそんな生き物知らない、と言う。一見、例のキャトル・ミューティレーション(北米各地で乳牛を殺し、丸く綺麗な孔をあけ血を抜く事件が多発。悪魔崇拝の仕業だろうか)が思い付くが、傷口が明らかに「噛み傷」であるところが異なる。不思議なのは数ヶ月前(当時)、プエルトリコで話題になっていたのが、今やメキシコ全土に広がるという、海を越えての伝播になっているところで、これは口伝えの広がりかたに良く似ており、その末端における大部分は既に存在した肉食獣が食糧不足ゆえ引き起こした事件を「読み替え」ただけと思われる。冷静に考えれば既存の事物でカタがつくものを、激情短絡的に「吸血鬼」のせいにする、といったことなのだろう。

しかし元々のプエルトリコの話しは、今のようなバリエーションに富んだ、キバを持ちイヌくらいの獣、くちばしを持ち上からとびかかるもの、直立して手で獲物をつかみ食らい付くもの、いずれでもなかった。単なる小さな直立獣で夜行性、そして家畜を襲う肉食性の奇妙な生き物、ただそれだけだった。・・・これこそ、UMAといえるだろう。

現在は沈静化にむかっているようだが、名前は伝説として残り続ける。きっと妖怪精霊の誕生はこんな形だ。

※※※
第三十六夜、ニオイのこと

(1994記)

つくばに住んでいたころ、出所の知れないニオイに悩まされることがあった。離れて今だそれとなく感じる出所の解からないニオイに気味の悪い思いをすることもなくはないが、つくばの長屋のあの薄暗い部屋での強烈なニオイに勝るものはない。

下に二つ挙げてみる。

一つ、獣のニオイ

・・・獣のくさーいニオイが、部屋の或る角から匂い出し、どうにもこうにもイヤだった。何も置いてない何も無い部屋の隅で、思い当たることもなかった。一ヶ月くらい続いた。部屋を引き払う寸前のことだった。

二つ、薔薇のニオイ

・・・やけに良い匂いのすることもあったが、この方がずっと気味が悪い。実際まずそんな特定のニオイが偶然湧き起こることは、「クサイ」ニオイよりもずっと可能性が少ない筈だ。ある日の昼間、押し入れから突然ニオイ出して、翌日まで続いた。

また日常的に「線香のニオイ」というのもあって、これは直ぐ来て直ぐ去るかんじだった。多分ふつうの人なら凄く怖いだろう。ところが私は線香のニオイが大好きなのだ。寺巡りをするとお土産にその寺の線香を買ってかえるくらいだ(寺ごとに違うのだ)。どんなに不自然な状況で発生していても、いいにおいだなとおもってそのまま忘れてしまうことが多いようだ。

香水のニオイというのもあって、上記の薔薇のニオイのように、変な処から急に匂い出したりする。しまっていた衣服についていたり、はては服ではなく身体そのものからしばらく匂っていることもある。元より理由はわからない(思い当たらない)ものだ。

※※※
第三十七夜、浮遊物体

~アメリカだったらケンキュウされちまうんだろうな。そんな「時期」が私にはあって、幼稚園年長のときと、小学校2年生のときの各1年くらいずつなのであるが、どんな時期だったかって、それは変なモノを見る時期だったということだ。前者は所謂お化けカンケイである。誰に言っても信じてもらえない「のっぺらぼうとタイムスリップの話」は後にとっておくが(もったいぶってんなー)、これは後者のほうで、UFOブームのころだったかどうか覚えていないが、一寸ズレていたと思う。

◆一回目。

家族全員がベランダで。

形状:うす蒼いぼんやりとしたかなり大きな灯りで、皿を横からみたようなつぶれた餅型

音:ぶーん、と聞こえたように思う。

時間:かなり長い。ずーっとゆっくり東から西へ流れていった。天気はやや曇り。

特徴:ここがポイント(試験には出ない)

当時の私の頭で小文字のx(エックス)と捉えられる文字・・・それが、「物体」の腹部にくっきりとかかれていた。幼稚園のときから何故か私はX(エックス)という文字に執着があり、「ごっこ遊び」のときは自分をX(エックス、ペケではない)と呼ばせていたのだが、今考えると、染色体の形をぎゅっと押し込めたような有機的な形にも思える。王様の「王」を歪ませたように見えなくも無い。全体が光の塊のようなものだったから明瞭ではなかっただろう(そのへんの記憶は可成曖昧だ)。但しこの文字、私以外見えなかった。しかもこのときの記憶が家族でまちまちだったりする・・・(逆に怖い)

その後、夜、UFOだ、と言って外へ出ると、黄色い光の粒が出ることが「たまに」あった。もう詳細は覚えていないのだがひとつだけ日記にかいたものがある。

◆数回目。

ひとり、庭で。食後不意に外へ出たくなった。

物体:はじめは点だったが、うす蒼白い半透明のクラゲ状のものに肥大。上半分が丸く、下側は垂れ下がったいくつかの太く短い足状のモノで構成。「クラゲ」のイメージが凄く強く残った。

音:なし

時間:怖くてすぐ家にひっこんだので不明。ちなみに、天気は雨の降りかかったかなり重い曇りだった。

特徴:

というかびっくりしたのが、その1年後、オーストラリアで写真に撮られたクラゲ型UFOというのが雑誌にのっていて、その形がほとんどそのまま、だったことだ。

「1年かけてオーストラリアまでいったんだー」

なんてアホなことを思った反面、

あれは夢じゃなかったというカクシンを持った。

◆最後の回。

このとき以来、私は未確認飛行物体を一度も見ていない。

ゆえに「夢のような」記憶だけが残っている・・・。

3年生のときだった。家族の寝室が東方向に視界のひらけた場所にあって、先にひとりで寝床についた夏の夜。寝転んですぐのこと。

開けはなった窓から星が沢山見えた。おもむろにひとつの大きな星が、下の方向へと動き出した。シリウスくらいの黄色い星でかなり強い光だったから、人工衛星だと思ったら、いきなりジグザグに動きはじめた。

そんなものははじめてみる。声もたてずひたすら凝視していると(目を離すと消えるかもしれないと思った)、木の葉が舞うような変な動きだとか、如何にもUFOっぽい複雑な動きをしながら、ちらちらと下のほうへ動いていくのである。色も少しずつ変わっていた。左に二つ、同じように明るい星があった。落下?していく物体が、その二つの星と丁度正三角形を結ぶ位置に近付いた瞬間、

ひらり、と舞うように、一瞬こちらへ

「接近」した。

その「接近」した姿に恐怖した。

形:半円形の黄色い有機的な「物体」

特徴:

当時の私の頭で小文字のx(エックス)と捉えられる文字・・・それが、「物体」の腹部にくっきりとかかれていた。幼稚園のときから何故か私はX(エックス)という文字に執着があり、「ごっこ遊び」のときは自分をX(エックス、ペケではない)と呼ばせていたのだが、今考えると、染色体の形をぎゅっと押し込めたような有機的な形にも思える。王様の「王」を歪ませたように見えなくも無い。全体が光の塊のようなものだったから明瞭ではなかっただろう(そのへんの記憶は可成曖昧だ)。

・・・そう、冒頭の「第一回接近遭遇」と同じ文字が描かれていたのだ。

しゅん、と一瞬だけでまた縮まり、今度は余計な動きをせず、ゆっくりただ下の方向へと動く「黄色い星」になっていた。そして、左のふたつの星と正三角形を形作ると、

みっつとも消えた。・・・

頭のなか:

「サ ヨ ナ ラ」

ときこえた・・・!

今でもぞっとする。

テレパシーなんて余り信じないが、これはテレパシーなのだろう。

あれは「生き物」だった。宇宙人とかそういったものではなかった。少なくともそういう感覚だけをのこして、そのご一切、私の目の前に「見知らぬ浮遊物体」が顕れることは無かった。

そしてこれからも、きっと。

理由はわからない。

怖いから?

・・・アブダクションじゃねーよな・・・

※※※
第三十八夜、飛物二題

山鹿素行日記より。承応元年(1652)3月5日、亥刻(夜11時)西に赤光あり、大きさ盆の如く、上に亦赤色あり、大きさ杵の如し。此両光数々(しばしば)上下し、1時を過ぎ中天に至りて滅す。

安政の大地震のとき。根太板程の真黒なる物幾つとなく空中を飛廻りける。又、西北の空より馬のごときもの南の方へ飛行したり。江戸の頃は、暗い夜空に、さらに黒い漆黒の物体が動いていくことが、たまにあったという。

※※※
第三十九夜、牛の玉

寺院のご開帳などのとき、霊宝として「牛の玉」を見ることがある。真っ白で、毛など生え、自然に動く玉で、不思議であるが何の役にも立たない。

隠岐の国では野に放し飼いの牛 大変多く、佐久間何某先生はご用でそこへ行かれた時、牛の玉 生ずるをまのあたりにした。野に寝ている牛あり、その耳の中からか口の中からか詳しくは解からなかったが、四寸から三寸の丸いものが出てきて、牛のまわりを走り回っていた。牛飼いがそのあたりにあった茶碗のようなもので取り押さえ、何であるかとひらいてみると、牛の玉であった。動くものであったが走り回ることはしなくなった。

牛の腹中の生物でもあるか。それを取って後も、牛には異変はない。

ケサランパサランの類か。江戸の話し。

※※※
第四十夜、牛と水

遠野物語には、次のような話が伝えられる。

小槌川の明神淵の近所に、毎晩大牛が出て、畑の麦を食ってならなかった。畑主が鉄砲を撃って追っていくと、その牛は淵の中にざぶんと音を立てて入ったまま、見えなくなったという。

伊豆は伊東に、一碧湖という湖が有る。ここは昔、大池と呼ばれ、近くの村人は魚をとったり水を引いて畑をつくったりしていた。ところが寛永年間、大きな赤牛がやってきて、水中から船をひっくり返しては村人を食い殺しはじめた。赤牛は岡村の小川沢にある池にいたのだが、干上がってしまったので、深く水をたたえる大池に移ってきたのである。村人は震え上がり噂は山河を渡った。それを聞いた光栄寺の日広上人は大池にやってくるなり十二の小島の一つに渡って、七日七晩、赤牛調伏の読経をあげた。赤牛は金縛りになり湖底に沈み、二度と姿を見せなかった、という。上人はお経を書いて、小島に建てたお堂に納め、赤牛の沈んだ場所に鳥居を建てた。この鳥居は今も残る。

水中の牛の話は中国にもよく伝わる。東南アジアの水牛とはあきらかに違う、何らかのモノノケが、各地にいたことはたしかだろう。

※※※
第四十一夜、背負い犬

シュツットガルト(ドイツ)西南二十キロの所にデーフィンゲンという集落がある。その近くの山の頂きには山城の廃虚があり、昔からそこに財宝が埋もれているという噂があった。

1860年頃、勇敢な男達が夜中に発掘してみたところ大きな箱が出た。しかしいざ宝箱を盗み出すことに恐怖を感じた男達は放置したまま引き上げることにした。

ところが其の中のひとり、こっそり宝をせしめようと、後日城を訪れた。

「何だ?」

箱の上に、真っ黒なムク犬が一匹、腰を下ろしている。男はたじろいだが、めげずに犬を退け、箱の中身を盗み出した。ずらかろう、という時、不意に、犬が背中に飛び乗ってきた。男におぶさる形で、しがみついたのである。男は恐怖の余り、全身を細かく震わせながらも、黒犬を背負ったまま、家まで辿り着いた。犬は家の中までは入ってこなかった。

しかし男は、八日目に死んだ。

「黒犬」はドイツをはじめとして、イギリスなどヨーロッパ各地に顕れた妖怪。イギリスでは不幸をもたらす悪魔の使いとされるが、ドイツでは三本足の白犬の形でも現れ、うっかりからかうと背中に飛び乗って、次第に大きくなり、一歩も動けなくなってしまう。児泣き爺のような話だ。

出張より久しぶりに家に帰り、落ち着いた二晩めのこと。久しぶりで寝付かれず、あげくのこと。夢の中で全く違うシチュエーションの全く違う人物になっていた。それはよくあることなのだが、女性だった。どこかの住宅街に住んでいて、隣家の犬を預かることになった(職業的にそうだったのか、主婦で付き合い上のことだったのかわからない)。それが巨大な毛むくじゃらの黒いむく犬。

不気味な感じ。

噛みはしないが邪悪な感じがして、手に鼻を押し付けて来る。そして、徐にごぶごぶと、我が腕を飲み込みはじめたのだ。

「起きたく」なった。

もがきなんとか目を覚ます。こういうのを自覚夢というそうだが眠りが浅ければよくあることだ。

しばらく自分が「現実の自分」と一致しないことに戸惑い、やがて「現実の自分」をしっかりと思い出して来るにつれ夢は去って行く。が、

ふと、身体が床に叩き付けられる。

金縛りだ・・・視界に毛の塊のようなものがボコボコと沸いて来る・・・「黒犬」だ・・・だが、

金縛りを「力づくで」解く。解けた。

ハッキリ目覚める。

壁を向いていた。壁の中に白い丸いボタンのようなものがあって、まるで水銀の滴り落ちた玉のような感じだった。すぐに壁に吸い込まれるように消えた。実にはっきりと見えた。

「ボタン」は、私が完全に覚醒したため、壁の中へ退却した、その身体の一部分がたまたま目にとまったもののように思われた。

その本体は、「黒犬」だったのだろう。

壁の向こうを走り去った黒犬は、今度はどこの家の寝室に、顔を出すのだろうか。

(1990/1994記)

※※※
第四十二夜、ささいなできごと

(1992ー94記)

「2階を歩く物音」

誰もいないはずだ。
みしっ、みし…
歩き回る。
みしっ、みし…
ばたん。
それきりだった。
扉の閉まる音か、窓の閉まる音か。
何かが出ていったのは確かだったと思う。

「御囃子」

幼稚園の年長あたり、集中的におかしなものを見ることがあって、後述の猫の話、白い布の話や、狸火のこともそのあたりのことなのだが、これもそのひとつ。
当時東北に位置する寝室がなぜか恐くてたまらなかったのだが、そのときもびくびくと暗い部屋に入ろうとした。ふすまを開け、薄暗い部屋に足を入れようとしたとき…ヒュー、ドロドロ。どこからともなく笛と太鼓、いかにもお化けという音が響いたのだ。うわっ、と明るい居間に足を戻して、母に訴える。しかし、我ながら、何だこりゃ、と半ば呆れてもいた。お化けに馬鹿にされた、そんな経験はそのときだけだ。

「風呂場にて」

ぱしっ。

ぱしっ。

ざーっ・・・

ぱしっ。

シャー・・・

ぱしっ。

ざーっ・・・ふう。と言って天井を見上げる。シャンプーの流し残しが目に入って痛く、再びシャワーを手にとる。

シャー・・・

ぱしっ。

ざーっ・・・まただ。何の音なんだろう。私は再び霞んだ天井を見上げた。何も変わった様子はない。

ふと、電灯に目がとまる。そうだ、あの辺からきこえた。何かがきしむ音。ガラス質のものがきしんだり、割れかける音に似ている。とすると、方向と、音からして、電灯の覆いが外れかけているのか。

まあ、いいや。

ざーっ・・・私はひととおり身体を洗い終えると、再び風呂桶につかる。

かちっ。

私はラジオのスイッチを入れる。

「・・・八百万の神、

我を・・・力・・・

スサノオ・・・」

奇妙な番組だ。聞くところラジオドラマのようである。どうやら建国記念日「記念」天孫降臨噺辺りを現代風にやっているのではないか。

「スサノオは頭の毛を抜いた。

・・・・

スサノオは足の毛を抜いた。

・・・・」

ざーっ。ぱしゃ。

がらがら。

ふう。

がらがら。

私は風呂から上がる。

「スサノオは頭の毛を吹いた。

・・・・」

しまった。ラジオを消さねば。と思った。

すると。

「スサノオは脛の毛を抜いた。

・・・

スサノオは足首の毛を・プツン」

・・・

がらっ!

ラジオがひとりでに消されていた。

不思議なこともあるもんだ。

ぱしっ。

はっとして見上げる。そして思った。

誰かが居る、と。

「逆時計」

ふと壁掛け時計を見た。

秒針が「15」のところで、ふと止まる。

そして、次の瞬間、上へと動きはじめる。

2、3秒動いた。

私はその奇矯さに初めのうちはうつつを抜かされていたが、

「おかしい!」

と気付いたとたん、

秒針は下へ戻り、時を刻みつづけた。

ふと、

腕時計を見た・・・壁掛け時計は15分余りも進んでいる。

置時計も見た・・・今度は15分ほど遅れている。

朝見たときには三つとも合っていた。

故障にしても電池切れにしても、符号があいすぎる。

このようなことが、ほんとたまに・・・半年に一度くらい・・・ある。

「死の夢」

(1993年11月記)

他人が死ぬ夢を見る。少し未来のこととして出て来る。3、4日前には、アイルトン・セナが激突死したニュースを、友人と語らう夢を見た。翌日の昼ごろ、旅先の車中でふとそんな夢を見たことを思い出した。これも、近日中ということではなく、やや時間のたった未来というシチュエイションだった。他にもいくつかそのような夢を見ている。実現したものは今の所無い。もとよりそれで良い。

・・・後記。

94年3月、セナの死は不幸にも本当になった。

「生の夢」

(94年7月記)

死の夢をつづけざまに見た後、父の親友で私もお世話になった方が亡くなり、直後父自信も通っていた町医者からの院内感染で入院した。病状は軽いとはいえなかった。母は心臓に不可解な病が発覚し寝込んだ。暫く死の夢は続いた。もっともどれも有名人や政治家という客観視できる相手であり、実現は殆どしなかったものであるが、不安はかなり募っていた。

しかし手術を受けた父の再入院後、二三日あとのことだろうか、会社の隣席の先輩が一旦亡くなり、しかし「復活」するという夢を見た。私はその人が、”「死」はこの程度のもので、乗り越えられるのだ”というかのような幸福な表情で目前に降り立った「絵」があまりに強烈で、起きてからもしばし忘我の様であった。・・・こんなまるでキリストの復活のような絵を見るのは、生まれて初めてだった。

私は、父も母も、必ず助かる、という確信を持った。

事実であった。

そしてその後、人の死ぬ夢は見ない。

(2000後記、そのあと当たったものといえば・・・ソヴィエトでだけ有名だった中堅チェリストに不意に興味を抱いてCDを買いあさっていた最中なくなったことが衝撃的だった。クロサワ映画が不意に「わかる」ようになり、録り溜めて見なかった映画やたけしらとの対談を見、「蝦蟇の油」を古本で読みふけっていたら、死んだ。死後見た「まあだだよ」の最後の夕陽に込められた断腸の想いには涙が止まらず、栄造先生への想いにも重なってクロサワは私の夢の一人となった。そういえば「夢」のトンネル、兵士の物語に最後に出て来る軍用犬・・・淀川さんが絶賛した・・・の吠え声が、今年西表島の船浮集落で、弾薬庫址の洞穴の前を断固として動かない番犬に重ねあわさり戦慄した。そう夢には限らない。頭に浮かんだフレーズがラジオや目前の看板に顕れることは頻繁で、最近は恐ろしさすら感じる・・・病気っぽい・・・が・・・)

※※※
第四十三夜、けもの

(1990記)

杉浦日向子さんの漫画を読んでいて、ふと、幼い頃に出遭った不思議なできごとを思い出した。

二子玉川園という今はもうその名を駅名に遺すのみとなった遊園地があった。実家から電車で15分ほどのところで、週に一度「体操教室」がひらかれていて、友人とともに通っていた。普段は母が同伴するのだが都合により友人の母とともに出かけていた。

まだ時間があったので、遊園地の中にある小さな動物園に入って、山羊や驢馬と戯れた。

私はふと友人たちから離れ山羊の檻に近付いた。手にはちり紙を持っている。山羊は手のものに気が付くと、我も我もと寄ってきた。嬉々として一枚また一枚と食べさせた。山羊は押し合い圧し合い鉄柵の隙間から鼻を突き出し、紙をねだる。

その中に一段と年老いた山羊が居た。山羊は皆顎鬚を伸ばしているからおじいさんに見えがちではあるけれどもそれは一段と頬がこけやせ衰えた汚い姿から一目で老山羊と知れた。

後ろをうろつくばかりで、若き山羊の顔、顔、顔の間から顔を突き出す事も出来ない。こちらは幼いから、手近な元気の良い山羊にばかり紙をやって美味しそうにほうばる姿をたのしんでいた。

「おれにもくれよ」

・・・それがきこえたとき、反射的に逃げ出した。うわっ!

そして切り株につまづき転んだ。膝から血が出て、友人たちが驚いて来た。足には血が流れた。深い傷だった。

それを口にしたのは、あの老いた山羊だった。

いかに幼くてもドウブツの知能が人語を口にするほど高いなどとは思わない。だしぬけに男の低いしゃがれ声で、

おれにもくれよ・・・

このことを必死で友人らに説明しても、一様に妙な顔をするばかりだった。

「呟く山羊」を見たのはそれきりで、余りに恐ろしかったので、その動物園に近寄ることは二度となかった。

だが、動物に関しては、それに溯る、自宅で出遭った猫のことがある。それは一瞬だったが、私が出遭った怪の中では最初期の一つだ。それは夜寝る前のことだった。

一人で寝室に入り、暗闇の中で横たわる。ふと、床の間の下に付けられた明かり取りの障子へと目が行った。

・・・形は猫の顔だ。しかし大きさはその何倍もあるであろう影が、くっきりと映っていた。

そして、

恐ろしいことには、

その両目は障子越しにも関わらず、

ギョロ

ギョロ

と動く「人間の目」であることがハッキリとわかった!

輝く目玉は窮鼠の如き私をじっと見据えていた。そして影ごと、出し抜けに消えた。一瞬にして、消えた。

障子は日本的な怪の依所である。鏡、白壁、人形、そして障子は、私に始原的な恐怖を呼び起こす。

蛇足・・・

杉浦氏の「百物語」は日常性の中の怪をドライに、且つ如実に描き出す。それは何等感傷を与えられず、唯、起こったことをそのまま描いている。だからこそ訴える所は大きい。読む人誰もが思い返せば必ず見つかる不思議なできごと。それをおのおのの体験の中に思い出させるように、敢えて主観的な記述を避けているのだろう。百物語の意図は、怪の百の類型を提示することで、人心に必ず怪を喚起させることができる、というところにあるのかと想像する。

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第四十四夜、”いくじ”のこと

(1990記)

西の海や南の海 にいるという生物。

時に船の舳先などに掛かる。うなぎのような色、その長さ計り知れず。舳先に掛かると二日、三日も続けて掛かり、いつまでも動いている。故、何十丈何百丈というほど限りない。俗に「いくじなき」という諺は、これから出たのだろう、とのこと。

「耳袋」巻の三(根岸某著)にある話。耳袋にはこのような怪物の話しが幾つか収録されている。これを「昆布だ」とか「ごかいやミミズの類だろう」と言ってしまっては面白くない。江戸の怪話集には、あきらかに編者もわかって収録したような偽話も、よくある。虚も実もおりまぜて、ああ面白い、と言う。江戸はそんなおおらかな時代でもあったのだ、と思う。この「いくじ」の話には続きがある。

(伊)豆州八丈の海辺などには、「いくじ」の小物のようなものがいる。輪になっていて、うなぎのようで、目も口も無いのに動いている。それゆえ船の舳先に掛かるたぐいのものも、長く延びて動くのではなく、丸く輪になって動くものです、と或る人が言っていた。どちらが本当なのかはわからない。

言うまでもなく、他に害は与えない・・・・・・・・・ということだ。

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第四十五夜、こえ

ぼくはまだ小さかったから、良くは憶えてないのだけれど。

彼はそう切り出した。

父が亡くなったとき、お棺の中に、家族みんなの声を入れたカセットを入れよう、っていうことになったんだ・・・と思う。

「お別れのことば」さ。

父は明るい性格で、近所の少年野球なんかのコーチをしたり、けっこう有名人だったらしい。だけど、今でも実家にあるんだけどね、オーディオマニアで、カセットやレコードが山のようにあって。

一度だけ・・・家族で旅行したことがあった。兄貴が荒れてたから、家族で何処かへ行くなんてことはまず無かったんだけれど、一回だけみんなで海に行ったんだ。

父は泳ぎも上手で、水を怖がるぼくに得意げにクロールとかバタフライとか見せてくれたっけ。

兄貴もいつになく機嫌がよかった。姉は水に入らなかったけど、母も喜んでいたよ。・・・無理して喜んでいたのかもしれないけど。そのときすでに発症してた、っていうから・・・

あの旅行自体、そういうことだったんだよなあ。

かれはいったん伸びをして、話しを続ける。

そのためにわざわざ「八ミリ」を買ったんだ。もっぱら母が映して、ぼくも兄貴も・・・父も楽しそうに・・・

そのテープは今でもあるんだけど。

見る気が・・・しないね

・・・もう。

しばらく沈黙があって、かれは頭を振って、明るい声をあげた。

そんな調子で、オーディオマニアっていうか、記録マニアだったんだね。だから父を最後に見送るとき、メガネや、好きだったサラ・ヴォーンのレコードの横にそっと、「10分テープ」を置いたんだ。家族全員、ひとりずつ・・・最後の見送りのメッセージを録音して。

ぼくはひとこと「さよなら、げんきでね」だったけど、今考えると、元気でね、はないよな。

そこに兄貴はいなかった。父が入院する前に出ていって、それきり連絡もなかった。当然急死したなんて話し、伝わっているわけもない。なんだか東京のほうに行ったらしいっていう話しもあったんだけど、東京っていったって広い。

医療機器も片づけて、布団も処分して、がらんどうになった寝室を整理していると、一本のカセットが出てきたんだ。

それがなんだったかわかる?

答える前に直ぐにかれは言葉を繋げた。

10分テープだ。しかも、ぼくらが焼き場に持っていったあのテープと、同じ型の。

お棺に入れたテープは父が置き溜めしていた中から使ったんだから、同じ型だったって不思議はないんだけど。

みんなで妙に仰々しい父のオーディオセットに向かって、何故か正座して、聞いてみたんだ。

それが、兄貴へのメッセージだったんだよ。

父は兄貴の勝ち気な性格が、自分の若い頃にそっくりで、自分も家を飛び出してしばらく放浪していたことがある、なんて言っていた。その時点で母も姉も泣き通しだったから、最後までちゃんと聞いてたかどうか定かじゃない。ぼくはまだ子供だったから、「死ぬ」ことの意味もよくわかっていなかったし、最後まで、冷静に聞いていた。

そう、最後に父はこう結んだんだ。

「最後まで、言ってくれなかったから、こちらから言わせてもらおう。

じゃあな。

おまえの人生だ。存分に楽しめ。」

僕は変だと感じたけど、母も姉も、父は兄貴が戻らないことを見越してたんだろうし、別に変じゃないって言ってた。でもおかしいよ。

最後まで”お別れの言葉を”いってくれなかった?

だって、父がなくなった”あと”に、”お別れの言葉”を入れようってことになったんじゃないか。

お葬式の直前に、急いで録ったんだから。

だから、僕は

「さよなら、げんきでね」

くらいしかおもいつかなかったんだから・・・

(この話しを聞いていて、これは怪談とも美談ともとれるな、と思った。そのテープ自体が何を意図していたのか、多分かれの母のいうように兄が戻らないことを想定して、死の直前にでも録音したんだろう。「おまえが”テープで”言ってくれなかったから」とは言わなかったわけだしな。でも、怪談ととったほうが逆に美談性を増す気もする。かれはあのテープは父の亡霊が、お棺のテープを聞いた後に録ったものと信じきって、今でも大事にしているという。最近兄と連絡が付き、聞かせることができたそうである。)

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第四十六夜、橋の家族

(1991記)

イギリスはオックスフォードの話。

19世紀もおわり近く、とある日。バードン・ハウスに住んでいたある一家が、馬車に乗って散策をしていた。ロング池の橋にさしかかったとき、突然、橋が崩れ落ち、一家はみな暗く淀んだ水の中に呑み込まれてしまった。

やがて水死体がつぎつぎと引き上げられ、バードン・ハウスの庭にあるサマー・ハウス近くに埋葬された。後にナンハム公園に埋め直されたのだが、彼等の墓はまたも開かれ、バードン・ハウスに最後の安住の地を定めることになった。そのいわくについては定かではない。

その家族が、今もオックスフォードの人々に目撃される。

不吉な馬車に乗った幽霊一族。

陸上の古橋・・・かつてロング池に架かっていた廃橋を横切り、彼等の世界の「馬車道」を進みゆく一家の姿を見るものは、今もって、後を絶たないと、いう。

~ジョン・リチャードソン「その一歩向こうに」オックスフォード出版 より抄訳

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第四十七夜、無顎鬼のこと

機織り職人の某が、月明かりの下を、荷物を背負って帰るその帰り道でのこと。彼の地化け物が多く出るそうで、私は臆病だから、一緒に歩いて欲しいと、一人の男が頼んできた。承諾して同行するその途中、男は、もし化け物が出たらどうするか、と問うてくる。機の軸で打つ。それでも駄目なら鎌で斬り殺すと答えると、その男、ビクビクしながらついてくる。そして、しばらく行くと、男、

「幽霊には顎が無い、というが、ためしにわしの顔を見なされ」

と言って来る。

さては化け物か。

鎌を取って振り向くと、顎と胸が接し、両眼、煌煌と睨む。そして、すっ、と消えた。

宋代の書にある話。中国では昔、口から下の顎の無い幽霊のことを、「無顎鬼」といって、怖れた。日本では足が無いが、顎が無いのは異様である。

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第四十八夜、恐竜の亡霊?

むかしから疑問だったのだけれども、魂が不滅であるとしたら、化石時代の生き物の亡霊だっていていいはずだ。

ネッシーは海竜の亡霊か?

雪男は化石人類の亡霊か?

サンダースン博士がアフリカの奥地で見たという恐竜も・・・

「世界ふしぎ発見」を見ていた。ティラノサウルス・レックスという恐竜の特集で、要は恐竜映画の宣伝も兼ねているわけだが、東洋でも発見されているというくだりで、興味深い話しがあった。

タイの寺院で、住職が語った。

朝、瞑想していると、森の中に象のように大きな動物が横たわっているのが見えた。

はたしてその場所から、東南アジアで初めての竜脚類(象のように巨大な草食恐竜)の骨がみつかったのである。

意識が身体を抜けタイムスリップする、”ドリーミング”に似たものだったのか、それとも数千万年の間、えんえんと訴え続けた巨大恐竜の声が、僧侶に届いたのだろうか。

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第四十九夜、電話代

手短かに話すとこうなの。

先月から電話代がバカ高くなって。

3万とかいくのよ。

それで・・・

・・・

要は、電話をかけてたの・・・あのオトコらしいの。

明細とったら、真夜中よ、あたしの寝てる間に、何度も何度も、

・・・

何十回も・・・

そこで話しが途切れてしまった。泣きじゃくるのはいいけど、ここ喫茶店だからなあ。

私は彼女がつきあっていた男を知っている。

痩せて背の高い、でもあんまりぱっとしない顔立ちの男で、紹介されたときも、

ああ、あんたが高校の

初対面でタメ口。しかも無口、実家ときた。まあそれはいいんだけど、話が見えない。その彼氏とは大ゲンカして、それきり戻ってこなかったって(半ば彼女の部屋に住んでたってワケ)言ってたのが2月。もう半年以上前のことだ。

・・・ストーカー?

・・・でもあんたが振ったってわけじゃないし、そいつが勝手に出てったんでしょ。鍵だって変えたって。荒らされてた、なんてのもなかったわけでしょ。

そんなんじゃ、ないのよう・・・

ソバージュ気味の髪先を揺らし、覆った手の平の下から、小声が漏れる。

あいつ、確かに・・・確かに・・・

見たの?

・・・相手先って、全部、アイツの「実家」だった・・・

どうも話が見えない。場所を変えようよ、と言って席を立ちかけると、右腕を抑えられた。

行かないで・・・怖い。今日、泊めてくれる?

え、別にいいけど・・・

もう夜も近い。一緒に彼女の部屋へ行き、それからうちのマンションへ戻る。

少しワインが入ると、彼女はいつもの能天気な調子に戻っていた。私はほっとした。それまでずっと、地面ばかり見ていたから、何かあるには違いない。その、彼氏の問題だけじゃなくて。

・・・それでさあ、ユウヤのやつ、馬鹿じゃない、あんなツラして何カッコつけてんのって、ケンジのほうがマダましだよ!・・・

意図的に話しを逸らしている。ふとそんな気がした。

お酒が深まると、自然と彼氏の話しになる。彼女はあれ以来ちゃんとつきあってる相手はいないらしい。私の話しをひたすらしおわって、まああんまり面白くない話しだったんだろう、旅行に行った話をおわって気が付いたら、すうすう寝息を立てていた。

ちゃんと寝ようよ

背を揺らしテーブルを片づけて、床に布団をひいて、彼女にはベッドを譲ってやった。

消すよ

・・・待って。

何?

消さないで。消さないで・・・。

ふと、変な会話だな、と笑ってしまった。

やっぱ消すよ。私消さないと眠れないから。

かちっ。

・・・しばらくたったときだ。上のほうから、すんすん、すんすんとすすり泣く声が聞こえてきた。

そんなに嫌だったのかなあ。

ちょっと・・・大丈夫?

・・・あいつ、ね。

か細い、小猫のような声だった。

あいつ、

あたしが殺したの。

あの夜、あいつ、二股かけてるってわかったとき、

あたしもうどうしたらいいかわからなくなって、

パニクって・・・

きがついたら、

刺してた。

あいつの胸って、あったかい。

あったかい胸が、どくどくどくどく、

あったかいものを出しちゃって、出し切っちゃって、、、

つめたくなっちゃった・・・

妄想癖のあるタイプだとは思っていた。派手な衣装に派手な化粧、飾り物をごてごて付けるタイプだ。でも、これはあるまい・・・

ちょっと!

かちっ。

電灯の下で、彼女は胎児のように丸まって、泣いていた。

頬を掻き毟る指先から、血が滴っていた。

何いってんの?

・・・アイツは川にいるはずなの。まだ見つかってないだけ・・・

ちょっと!

肩に触れた瞬間、びりっとしたものが流れ込んできた。思わず手を引っ込める。息が白い。

声もたてなかったし、綺麗に掃除したし、誰にも見つからなかった。でも、先月から・・・ケイタイしか使わないのに・・・電話代が異常に高くなって。

そもそも電話代のはなしだったことを思い出した。

明細をとって見たら・・・夜中の2時半・・・あたしが殺した時間・・・アイツの冷たくなった時間・・・それから何十回も。

ねえ、そいつの実家知ってるの?

実家に電話してみようよ。

多分、いるって。

・・・いないよ。

かけたもん。

「ピピピピピ」

ふと電子音が流れる。

電話だ。彼女のバッグからしている。

「電話・・・」

「やだ、消して!」

「・・・」

私は無言でバッグに手を伸ばすと、ケイタイを取り出した。半年前のプリクラを剥がした痕が、ぶるぶるとふるえている。

「・・・はい」

「やだ、出ないでよう!!」

彼女はトイレに駆け込んだ。

そして、

私は生まれてはじめて、

”幽霊”の声を聞いた。

・・・確かに、”アノ”男の声だった。

「おい・・・

・・・何で、

なんで帰って来ないんだ」

・・・発信元は、

彼女の家の、電話だった。

(さあて本当なんですかね。男の情念ちうものを甘く見てはいけない。いけないんだけど・・・ストーカーじゃないのか、やっぱり。殺したってのは彼女の中で気持ちを納める為の「死んだ」っていう思い込みで・・・なあんて分析する人間ってやなヤツだよな。)

※※※
第五十夜、誘い

小学校4年生のころ、絵画教室に通っていて、富士五湖の精進湖へ合宿に行ったことがある。
毎日風景を見ながらみんなで絵を描く。その中で、「樹海の近くで木を写生する」という日があった。遊歩道の入り口近辺で思い思いの木を選んで、画用紙に水彩する。私は数人の友人と、
「少し離れたところへいけば、もっと面白い形の木があるだろう」
ということで、みんなから少し離れることにした。樹海の中の遊歩道を進む。木漏れ日の中ではじめのうちはみんな騒ぎながら楽しく歩いていった。
「このあたりでいいんじゃない」
誰かが言ったその場所はほかの人たちから大して離れていない場所だった。
「面白くない。もっと奥へいこう」
再び歩き出す。そして10分ぐらいあとに再び別の顔が、
「この樹はどうかな」
するとまたほかの誰かが反論し、歩きつづけざるを得ない。
そんなことが幾度となく続いた。
はじめのうちは楽しそうにふざけあっていた私たちは、やがて誰もが沈黙し、文字通り「何かに取り憑かれたように」一心不乱に歩みつづけるようになっていた。

ふと我に返った。

森がかなり深くなっていることに改めて気が付いた。
「普通じゃないな」
皆黙りこくって足元を見つめながら、樹海の中をまっすぐ、どんどん進んでゆく。当初の目的をすっかり忘れ、別の「目的」を見出したかのように。
「戻ろう」
たまりかねて声をあげた。
その声に弾かれたように皆が顔を上げる。
「・・・ここ、どこ?」
「もどろう。絵を描く時間なんてもう無いよ」
そのとおりだった。戻るのには更に時間がかかり、不安げな表情で待つ先生のところへたどり着いたのは、もう夕暮れ近くのことだった。

それから、私は「誘われる」という状態がどのようなものであるのか少なからず理解できた気がした。

あのとき、一番奥で、別の提案があったことを付け加えておく。
「この道沿いじゃ、大した木には出会わないんじゃないか?」
遊歩道を離れ、樹海の中に入っていこう、と。
それが受け入れられていたら、私たちはどうなっていたのだろう。



by r_o_k | 2017-08-10 18:10 | 鬼談怪談 | Comments(0)

by ryookabayashi