江戸怪談 饅頭幽霊のはなし

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天保年間の話。 

周防国熊毛郡島田村の農家に兼清重五郎蔭正という者がいた。大変な勉強の末本居大平の門人として出世をし、著書もあらわすほどの国学者となった。性格も大変に厳しかった。 

「饅頭を持ってこい」 
「生憎小豆を切らせておりまして。」 
「何を言うか!饅頭くらいそのあたりの家にもあろう。寺に行けば一つや二つ必ずあるに違いない。今すぐに食したいのじゃ、持ってこい!」 

それが不意に亡くなった。遺族は葬式を済ませ、埋めたばかりの土饅頭に梻(しきみ)七本と卒塔婆などを共に立てた。 

翌朝拝みに来た妻が見ると、梻と卒塔婆が地面に投げ捨ててあり、無惨であった。 

「夜のうちに悪戯でもした者がおるのか、仏罰がくだる」 

立て直しておいた。 

しかしその翌朝来てみると、同じように抜き、打ち捨てられている。 

立て直しておくと、また夜の間に投げ棄ててある、そんなことが何度も続いた。妻は嘆きながらも毎朝立て直しておいた。 

初七日にあたる夜。 

「こりゃ!」 

妻が飛び起きると暗がりに浮き上がるように重五郎がいた。生前と同じ声で怒りを露にした。 

「梻に卒塔婆じゃと?目障りだから立て置きなどするな!」 

「しかし卒塔婆も梻も仏道の習わしですから」 

重五郎は大音を轟かせて言った。 

「わしは神道じゃ!」 

妻は卒倒した。 

翌朝母も同じ夢を見たという。一緒に墓参りをして、生きている人に語りかけるように、卒塔婆も梻も立てるのはこのあたりでは当たり前のこと、取り捨てなどしたら人聞きが悪くございます。梻は今から除きましょう。榊に改めます。卒塔婆は四十九日の間はこらえて下さい。その後は取り除きますから、と断った。 

しかしその夜、またも夢枕に立ったのは重五郎であった。 

「卒塔婆も抜け!」 

「それはなりませぬ」 

「うるさい、抜かぬなら神罰が下るぞ!」 

「仏罰が下ります!」 

「仏などおらぬ!」 

妻はまたも卒倒した。 

翌朝果たして卒塔婆は抜かれ、真ん中から折られていた。妻は母と相談した。母は言った。 

「何が神罰じゃ、こうなっては手がつけられない。二度と出てこられぬようにしてしまおう」 

村の若い衆に頼んで、山から大きな丸石を運ばせた。妻が止めるのもきかず、母は土饅頭へ向けて放り投げさせた。 

ぼすっ、と凹むとめりめりっと音がして、小さくうめくような声がしたが、気のせいにも思えた。 

「そんなに神様が偉いんなら、こんな石などすぐに割ってくれよう」 

そして石の前に新しく卒塔婆をしつらえ、梻とともに立てたところ、以後異変はなくなった。 

ただ、夜中になると、石の下からぶつぶつと、文句を言うような声が聞こえた。 

妻は不憫に思い、石の上に饅頭を置いた。 

饅頭は今でも置くという。 

これは防府の鈴木高鞆が重五郎の母妻から直に聞いたと語ったものだ。 

(岩政信比古談・松壷あろじ千家尊澄筆「桜の林」より)※説明が面倒&わかりやすくするため一部用語などを現代的に変更しています
2012年12月13日15:23mixiサルベージ

by r_o_k | 2017-07-27 16:03 | 不思議 | Comments(0)

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