江戸怪談 冤魂さまざま

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京都の狂言役者古今新左衛門は、もとは江戸にいたが、理由があって妻子と連れ立って都に住居を置いた。ところが好色があさましく、心乱され、ある遊女と深い仲になる余り、子供が三人もいた夫婦の仲でいながら遠くに離れて行ってしまった。

妻は、無念で、悔しいと思いながら、炎の消えるように、ついに死んでしまった。

そうして元禄十六年八月中旬、新左衛門は大阪へ引っ越そうとして用意し、それに先立って同職の者が伏見の乗合船に乗り込んだところ、かの妻が同船していた。その者も死んだ人のいるのはとても不思議と思いながら、話をしていた。やがて大阪に着こうという時、妻の姿はどこかへ消え失せていた。他の同船の者も共に手を打ち肝を冷やした。

その者は思った。この事を、とにかく新左衛門に聞かせなければ。京都へ引き返したところ、妻の現れたのと時を同じくして、新左衛門は突然発熱し、程なく死んでいた。



久保吉左衛門殿の召仕の児小姓が、たいしたこともない罪で殺害された。彼の母はこのことを聞き、若輩の者を、これほどまでの目にあわせるべきでしょうかと分別なく口にし、この恨みをすぐに思い知らせてやると怒り罵る気色は凄まじいものがあった。

その後、かの小姓の幽霊が現れ、多くの人の目に見えたので、男女共に恐れあった。このようなところに、嫡子求馬殿が病に臥すことがあり、くだんの幽霊は毎夜出て、夜伽をする者の多くいる中をも通っていく。捕えようとすると、雲や煙のように消え失せた。人々は肝を冷やした。

仏神を一心に祈ったせいか、病はすぐ良くなったが、幽霊の出ることは、なお止むことは無かった。

そうして三年が過ぎ、公儀の御制札に、自分の了簡を加えた罪により、久保殿の身は越後の長岡、牧野駿河守殿にお預け、子息の求馬殿は、奥州棚倉、内藤紀伊守殿にお預けとなって、ついに家が滅びたのは、このいわれによるものと思われる。



戸川肥後守の四五歳の息女の、乳母と料理人の密通のことがばれて、どういうことか、まず料理人を斬り、また乳母を呼び出した。わかりました、と言うか言わないかのうちに男の血をすすり天井に吐きかけたところを、逃げるなと斬り捨てた。

その夜から両人の幽霊が出て、ただ息女の目にのみ見えた。一両月の後、殿は息女を誘い、庭の池のあたりへお出になったところ、

また乳母が来るわ、おそろしい

と喚き伏し、倒れ気を失った。その後もなお怪しい事が多く続いた。

三年経ってある夜、殿が綿帳を吊ってご就寝になっていたところ、ただ何の理由もなく、身の毛が立つことすさまじかったので、ひそかに寝間を出て、別の間に隠れ居て窺い見られていたところ、明け方に寝間の戸を開け、例の男女、山伏をたくさん伴なって来て、各々、憤怒の形相で立っていた。すぐに山伏は走り寄り、綿帳の四方を切り落として、その上から散々に斬りかかる様子を、男女の者は、うれしげに眺め、大笑いして帰って行った。この後は二度と現れることは無かった。



井伊掃部頭殿の家臣、西郷伊予の内室は嫉妬深く、ついに病気になり、死んでしまってのち、幽影が毎晩戌の刻頃に来る事を、一家を始め、組下の諸士まで聞き伝えた。彼らは代わる代わる夜伽に来たが、大阪陣に名をはせた勇士で、いかなる天魔をも倒そうと思うような者たちだったものの、幽霊が来ると等しく、五体が萎え、目が回り、思わずアッと言って倒れ伏してしまった。

ある時、岡本半介が来て居たところ、くだんの者が見えたならば、半介いわく、

武士の妻たる人の、みっともない姿を見せていただけること、これ面白いことこの上ない

と、言葉をかけられたところ、振り返り見て、

にっと笑ったと言う。

その後、幽霊は出なくなったが、伊予は病みつかれ、ついに死んで行ってしまったという。かの半介は、軍法の達人だと人々は讃えた。



江戸霊厳島瀬戸物棚、喜兵衛の家に住み込みで働く者の中に、六兵衛という者が長くいて、同じ家の店を借り、大阪より甥を呼び寄せたが、その者は利発で才覚があり、商いをもよく行った。しかしいつからか病を得たような様子で、六兵衛も不審に思い、若い者の事だから、何か思うことがあるのだろう、たとえ金銀を使っても問題はない、元気を取り戻すようにしたらよいと言ったところ、

私の患うのは他でもありません。家主の妻が昼夜傍らを離れず、寝入ろうとすれば喉を絞め、さまざまに苦しめるのです

と語った。六兵衛驚き、五十に余る女の恋慕というなら穏やかではない。どのような様子なのか子細を尋ねようと、密かにこの内容を喜兵衛に告げたら、大いに肝を潰して妻を呼び、

こんなことがあった。どう思ってのことか、包み隠さず語れ

と責めると、妻は血色を変え、今は何を隠しましょう、

あの者は商いをよくして物事には利発で才覚があります。彼がこの家にいる以上は、私の子は不調法者ですから、最後には商い仕事はおろか家をも取られてしまうと、思うが悔しさに、

殺したい、殺したい

と思う一念が、このような形で出たのでしょう

夫はそれを聞いて、

それは思ってもいない馬鹿なことだ。早く心を改めよ。六兵衛には、店を替えさせよう

となだめたところ、

そうならば、心を変えましょう

と言った。その内容を六兵衛の家に伝え、店を替えさせたところ、妻は現れなくなり、病は癒えたと言う。

神谷養勇軒「新著聞集」

mixiサルベージ

by r_o_k | 2017-07-19 16:20 | 不思議

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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