
「鳥の殺生には気をつけなされ」
縁側に座った隠居風の男は鳥刺し用のモチ竿を片手に持っていた。
「なあにうぐいすを捕まえようと思ってね、殺生なんざしないよ」
男は足元の鳥籠を掲げると笑った。
老僧は頷いて言った。
「近頃こういう話を聞いた」
「上総国の寺の門前町で戸籍調べがあったときのこと。一人の百姓の家を訪ねたところ、そわそわして、おかしなそぶりを見せた。
「へえ、まあ、うちは子供三人と夫婦で、あと一人いるかいないかわからないのもいるんですが、へえ、それは除いて五人です、六人かもしれませんが、五人です」
と曖昧な発言を繰り返したため、奉行に厳しく問いただされた。
「そこまでおっしゃるんでしたら仕方ない。お見せして判断していただきましょう」
奉行が誘われたのは離れの小屋だった。汚く、豚小屋のような建物だった。
「がたっ」
戸を開くと、外の光が差して、中を照らし出した。奉行はあっと驚いた。
そこには人が座っていた。けれども、目鼻口耳の全てが無い。ぬべっとした生白い瓢箪のような頭であった。少しの音もたてず、沈黙し、ただ座っていた。
「これが我が父だったものです」
「若い頃、鳥を刺し網を張り数えきれない殺生をした報いでしょう。にわかに患いつき、こうなってしまいました」
男は母屋から粥の入った器を持ってきた。
「物を食わせてみましょう」
腰の引けた奉行の前で、男は父の頭上から粥を注ぎかけた。
するとおもむろに頭皮から鳥のくちばしが突き出てきた。
いくつもいくつも、無数のくちばしが突き出てきて、
「けーっ」
一斉に鳴き声をあげて、粥を貪った。
「これ、人と数えていいんでしょうかね」
奉行は首を振り戸を閉じさせたという。」
「ふうん、殺生ねえ」
竿を突く真似をしながら男は返した。
「殺生しないで生きていくのも大変だねえ、坊さん」
「お前さんわかっていないようだね。」
老僧は表情を変えず言った。
「鳥には気をつけなさいということじゃ。鳥は恐ろしい」
「こんな話もある」
「その父親は猟師でな、鳥専門の鉄砲撃ちじゃった。そうとうな腕だったようで、評判は隣藩まで届くほどであったそうじゃが」
「跡取りの一粒種が生まれると、これが生まれつき体が弱く、口がきけなかった。」
僧侶は暗い目を男に向けた。
「それでもすくすく育ち、十くらいになったときのことかな」
「ふと筆を持たせると、さらさらと鳥を描き始めた」
「
「こりゃどうしたことだ、見てみろ」猟師は妻を呼んだ。
「あれ、どこの絵師さんがお描きになったものですか」
「どこも何も、こいつが描きやがった。誰に習ったんだ?」
じーっと父親の顔を見つめる息子。それは羽ばたく烏の絵であった。まるで生きているようだ、と近所の評判となり、金を払って買おうとする者も出てきた。
「こいつ売っていいか」
息子は首を強く振った。父親は不思議に思ったが、頑としてきかない息子の無言の圧力の前に屈した。
しまいには殿様の耳に入り、屋敷から使いがやってきた。絵を一枚描いてほしいということであった。
だが息子は言われたままのお題を描くことが出来ない。
「ほれ、殿様がおっしゃってるんだから、描けよな、梅からうぐいすがケキョケキョって飛び立つところだってよ、なあ、頼むからさあ」
息子は首を振り、鴨が寂しく水面を泳ぐ絵を描いた。
殿様からの使いは二度と来なかった。
父親はため息をついた。
「どうしてそういう鳥しか描かないんだい?もっと派手な、ホウオウとか、クジャクとか描けば、大金で売れるものを」
「そんなに言うもんじゃないよ。数がまとまったら、こっそり頼んで江戸で売ってきてもらおう。さあ、雀でも鴨でも好きなもの描きなさいな」
息子は両親の言葉には無関心のように描き続けた。
ある日、俄に患いついた。
もう筆も取ることが出来ず、今夜が山か、といったときのことだ。
父親に震える手で、今まで描いてきた鳥の絵を持ってくるように指示した。
「持ってきてどうするんだ」
息子は半身を支えられ起きると、絵の束を両手に持った。
「これは三里先の田んぼで撃った烏」
突然、はっきりとした口調で喋り始めた。
「喋れるのか!」
息子は一枚、一枚、脇に置いては説明を始めた。
「これはどこそこで殺めた雀」
「これはどこそこで撃った雉」
「お前、そいつは・・・」
「思い当たるのかい?」
「思い当たるも何も、ああ、そうだ、その通りだ・・・その鴨は」
「これは隣村の池で撃った鴨」
「そうだ」
父親はいちいち思い当たった。息子は説明し続けた。
最後の一枚を説明すると、ぱたりと倒れて死んだ
」
老僧は奥へ入ると、紙の束を持って出てきた。
「その画帖がこれじゃ」
男はぎょっとした。
表紙にはトリモチに捕らえられたうぐいすが描かれていた。
「くれぐれも、殺さぬようにな」
「鳥はおそろしいからな。」
男は画帖に触れもせず、立ち上がるとそそくさと去っていった。
「籠をお忘れじゃ・・・行ってしまったか」
老僧はそう言うと、呵々と笑い、無造作に帳面を掴むと、奥へ戻っていった。
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すいません、原典を失念しています。新著聞集の可能性は高いです。
原典表記はできれば省略したいです。複数なこともあり、アレンジを加えていることもあり。。
追記:前者は新著聞集でした。確か古い時代の元ネタがあります。