江戸怪談 仏法奇譚三題

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「夏ももう終わりじゃのう」

山間の寺の本堂にて、ひぐらしの声を聴きながら老僧がつぶやく。まだ若い従僧たちは周囲に正座して次の言葉を待つ。

「修行もよいが、気を抜く時も必要じゃ」

そう言うと茶をすする。

「人は弱い。修行を極めてもなお、魔道に落ちることもある」
「このような話がある」

僧はふたたび茶をすすると話を始める。



京都の東松が崎に大寺があった。ここの上人は徳が高く門弟にも上人格の聖が多くいた。

上人、不意に患いついて死も遠からずと見えるようになった。

「もう長くはない・・・長くはないのじゃ・・・」

上人はうわごとのように口にした。

この頃から何となく、顔付きにぞっとするものが現れ、看病する面々は心配に思っていた。

ある時、突然上人が起き上がった。

「只今臨終ぞ!」

四方をきっと睨み付ける眼は輝き、鼻は見る見るうちに高くなっていき、背の左右から羽根が生え開いた。寝室より走り出て縁側に行ったと思うと、ばさり、と向かいの如意が岳のほうへ飛び去った。

そのまま行方知れずとなった。

弟子であった五人の上人は皆宗派を改めてしまった。



茶をすすってから老僧は言葉をついだ。

「「生」への執着じゃ。解脱の道の最後の最後で、上人は魔になってしまった」

「死など恐れませぬ」

一人の修行僧が声をあげた。

「解脱・・・「解脱への執着」もまた魔を引き寄せる。」

場が一瞬ざわつく。老僧は次の話を始める。



大津に念仏をおさめた黒木(薪)売りがいた。つねづね念仏をとなえ信心を怠らなかった。するといつとなく、空中に小さな仏を視るようになった。仏は行くところすべてに付いて来た。最初は片手に載るほどの大きさだったが、だんだんと大きくなっていった。

「ありがたやありがたや」

虚空に向かって念仏を一心に唱える姿を、周囲の者は不思議に見つめるばかりであった。

ついには等身大で拝めるようになった。近在の僧侶に聞いたところ、

「珍しい現象だが、気をつけよ。このようなことは人に語るものではない」

と諫められた。

仏は更に大きくなり、また増えていった。

「今にお迎えが来る。涅槃に行ける」

僧侶の言葉を忘れたかのように、自分の見えるものを説きながら、事あるごとに人に言うようになった。

ある時、すこし気分が悪いと言う。家で横たわっていると、

「おお」

「お釈迦様をはじめお迎え衆が目の前に来迎した、有り難く迎えよう!」

と叫んで



「死んだ。」

老僧は茶をつぐ。

「その者は涅槃に行けたと思うかな」

従僧たちは沈黙する。

「解脱に執着したものが、それゆえに魔に魅入られて」
「命を奪われた」

老僧は穏やかな笑みを浮かべて、周囲を見回した。

「少しわかりにくかったかのう。もう一つ、もっと身近な話をしてあげよう」



江戸麹町の寺の住職が、馴染みの蕎麦屋に七十両預けてあった。

ある夜、蕎麦屋を訪れた住職は、全て返してくれと言いだした。

「急には無理ですよ」

と言うと明日昼の九ツ時(正午)までに工面してくれとのこと。

何とかかき集めて九ツ時に寺に持参すると、葬儀の最中であった。聞けば住職が、昨晩店に現れたその時刻に亡くなったという。驚きつつも棺の前に財布を持って行くと、

「ばたん!」

蓋が開き細い手が伸びて掴み取った。蕎麦屋は震え上がって逃げ出した。

そのあと弟子がいくら財布を取ろうとしても離さない。結局財布を切って金を抜き取ると、さっさと火葬してしまった。



老僧はほっと息をつくと、茶碗を置いた。

「現世に執着することは悪いことかな」

「金に執着するだなんて、修行が足りないのです」

一人の従僧が声をあげた。

「金に執着することは悪いことかな」

従僧はぽかんと口をあけたまま老僧を見つめた。

「紙一重なのじゃよ」

戸惑う従僧たちを見回して、ふと窓外に目を移すと、ひぐらしの声に耳を傾けて、老僧は言った。

「修行もよいが、気を抜く時も必要じゃ。」
「執着の空しさが、こうしているとよくわかる」

老僧は立ち上がり、縁先に歩み寄ると、大あくびをした。

「これぞ解脱じゃ」

夕闇がもうすぐそこまで来ていた。

~「新著聞集」他
(最後の話は原典を失念してしまいました、恐らく「奇異珍事録」で、比較的有名な江戸怪談です。寺名はすべて伏せています。敢えて原典から離れた解釈にはしていません。ちょっと杉浦日向子さんを意識した断章集にしました。なお、釈迦三尊の来迎を受ける男の話がありますが、確か九州のほうに七不思議の一つとして夕方になると「山越え阿弥陀」が現れるという山があったと記憶しています。怪しととらえるか有り難いと捉えるかも信心次第なのでしょう。写真は八百屋お七の菩提を弔う「ほうろく地蔵」です。)
mixiサルベージ

by r_o_k | 2017-07-19 14:14 | 不思議

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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