揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

江戸怪談 首吊り狸

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本郷は桜馬場近くに大店があり、丁稚よりつとめた若い手代がいた。また、田舎から働きに出てきた下働きの娘がいて、二人はいつしか恋仲になった。夜毎近くの桜馬場で逢瀬を楽しんだ。

「はあはあ、待ったかい」

黄昏の中、娘は微笑みを浮かべ手代のほうを向いた。
手代は片手に小さな包みを持っていた。

「これ」

渡された娘は包みを開くと、少し困ったような顔をした。

「似合うと思って。」それは小さな鈴のついた簪だった。

娘はぎゅっと簪を抱きしめる。

「必ずや夫婦となって添い遂げよう」

二人は人知れず深い契りを結ぶまでになった。

だが、或る日、娘の故郷から主のもとへ、
「婿取りの話がまとまったゆえ、何とぞお暇頂きたい」
との知らせが来た。二人は夜毎桜馬場にて相談し合っては悲嘆に暮れた。古き世のこと、親の決めた縁談を断ることは不可能だった。

「この世で添い遂げることができないのならいっそ」

と思い詰めるまでになり、いよいよ婚礼の期日も定まって明日にも暇が出るとわかると、今晩こそ櫻樹に互いに首を縊って果てようと決めてしまう。

「何々刻、桜の馬場で・・・」

手代はその日外出の用があって、出かけ間際に娘に囁く。
娘はこくりとうなづいて、唇を噛み締めながら男の両目を見上げた。

・・・用を片づけて暮れ近くになり、手代は桜馬場へと急いだ。着いてみると、娘は既にそこにいた。

「早かったね」

娘は何も言わず、やわらかな笑みだけを差し向けた。

「あ、簪、差してくれたんだね。よく似合う」

抱擁し、改めて互いの気持ちを確かめ合った。

心づもりが定まると、手代は荷より取り出した長い紐を、土手上のひときわ枝振りの良い櫻樹の枝に投げかけて、二人並んで首を縊る格好となるよう、しっかりと結び付けた。

「良いね」

何も言わず顔を見上げる娘の手をとり、二人して高いところに立つと、二括りの紐を互いの首に掛け合って、もう一度、

「良いね」
「・・・」

身を寄せ合って、背を押し合うように、飛び降りた。

首元にがくんという重い衝撃が走る。息も止まり首骨がきしぎしと軋む。だが次の瞬間、男の足先は地に触れた。紐が長すぎたのである。死にきれずもがき苦しむ視界の隅に、そのまま息絶えた娘の、静かに垂がる姿が入った。男はもんどりうって倒れると泡を吹き転げまわって苦しんだ・・・。

・・・

「遅くなった」

息せき切って夜道を走る姿があった。「娘」であった。真っ暗な桜馬場の土手筋を走ると、待ち合わせの木のあたりから、うめくような声が聞こえてくる。不気味に思うも灯りを差し向けて、

「あれッ!」

大声をあげた。草叢に倒れ苦しんでいるのは愛する男、そのそばには何と自分そっくりの娘が、首をくくって死んでいるのだ。

娘の錯乱した声を聞きつけた近住の者が集まってきて、とりあえず男を助け上げ介抱すると、程なく息を吹き返した。心中の訳を聞かれて、男はもう隠すことはあるまいと、正直に事の顛末を淡々と語った。大体の状況はわかったが、わからないのが首を縊った「もうひとりの娘」である。一同は顔を見合わせるばかり、放心状態の手代の腰元にすがる娘は正真正銘本物の生きた娘である。「あれ」をそのままにしておくわけにもいくまい、と桜の枝から下ろし、草中に横たえる。しばらく眺めていると、骸の全身から、ぞろぞろと毛が生えてきて、いつしか大狸の姿になっていた。

見た一同大いに驚いた。

「・・・この狸は一体」

狸の頭から簪を抜くと、手代は恐れた。

さまざまに話し合ううち、二人の記憶に食い違いがあることがわかった。娘がどうしてもの用事で行けなかった日も、「娘」は必ず現れていた。

簪のことも、知らなかった。

「どうしてこんなことをしたんだ」
「騙して悪さをしようとしたのか」
「それならなぜ心中まで真似ようとしたんだ」

「そうだ・・・少しも惑わせようなんてそぶりは無かった」

そこへ二人のことを聞きつけた主人が現れる。

「二人とも我が家に良くつくしてくれた。我が家にとっても重宝な人間である。死ぬほどに好きあっているのなら、何も生木を裂くようなことはしたくはない」

と言うと、後日二人の親元へ知らせて、無事添い遂げさせた。

・・・

狸は、くだんの簪とともに土手の裏手にひっそりと埋められた。

「もしやお前も狸ではないのか」

塚の前で手代がぽつりと呟いた。妻は、

「どうでしょう」

と言うと、何とも言えない笑みを浮かべて、
戸惑う手代の横で、腰をかがめて、手を合わせるのであった。

~「耳袋」
参考、花房孝典編著「大江戸奇怪草子」三五館1997
より編
(mixiサルベージ)

by r_o_k | 2017-07-19 14:05 | 不思議 | Comments(0)
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