揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

江戸怪談 そこにいますか

江戸怪談 そこにいますか_b0116271_19500359.jpg

上州に刻み煙草を商う夫婦がいた。仲はいたってむつまじかった。

「もし私が死んだら、菩提寺に葬ってしまわないで」
「そのまま亡骸を一間に置いて、後妻なんか迎えないで」

「馬鹿なことを言うな」

亭主は笑って返す。

「ずっとそばにいてくださいね」

妻は微笑んで答えた。

しかし、あるとき妻は風邪をこじらせ、病床に伏した。

「もし私が死んだら・・・」

「馬鹿なことを」

あっけなく死んでしまった。

亭主は悲嘆に暮れた。

そうして、遺言のとおりに寺に送ることなく、奥の間に布団を敷くと亡骸を寝かせ、そのまま置いた。

忌もあけて店に出、煙草の葉を取っていると、奥の間から妻の声で、

「そこにいますか」

と聞こえる。驚いて行って見ても、亡骸に変わった様子はない。

また店に出て作業をしていると、

「そこにいますか」

と聞こえる。

少しでも近くを離れると、そのように呼びかけてくるのだった。

「そこにいますか」

「いるよ、いる」

亭主が答えると、それきり黙る。

しかししばらく作業をしていると、また、

「そこにいますか」

「いるよ、いる」

そのようなことがえんえんと続いた。

昼夜を問わず、問答は繰り返された。亭主もすっかり参ってしまった。

奥の間からは異臭が漂い、虫が飛び、見に行くことも憚られるようになっていた。

「ソコニイマスカ」

「・・・いるよ、いる」

ある日、鏡研ぎがやって来た。亭主は鏡を持ち出し、

「おう、これを研いでくれ」

と言って招き入れ、しばらく様子を見ていたが、

「あのな」

と言って口を寄せた。

「俺がちょっと隣まで行って来る間、病人の相手をしてやってくれないか」

鏡研ぎは怪訝な顔をした。

「いや難しいことじゃない、奥の間から「そこにいますか」と聞いてきたら、「いるよ、いる」と答えてほしいんだ」

「ああ、そういうことですか。いいですよ、行ってらっしゃい」

亭主は荷物を抱えると、後も振り返らず足早に去った。鏡研ぎは作業に没頭した。

亭主はそのまま帰らなかった。

鏡研ぎが縁先で作業を続けていると、奥から、

「ソコニイマスカ」

と声が聞こえる。

「いるよ、いる」

と返したけれども、しばらくするとまた、

「ソコニイマスカ」

と問いかけてくる。

「いるよ、いる」

何度も何度も繰り返した。
余りのうるささに作業がはかどらない。鏡研ぎは腹に据えかねて、

「いると言うのに、うるさい人だなあ!」



大声を張り上げた。すると奥で何かが動く気配がした。襖の間から、うわん、と蠅が一塊飛び去った。
何かが這いずる音がして、黒い汁が染み出る。

「・・・恨めしい。私がこのような姿になってしまったというのに」
「もううるさくお思いなの」

がたん、がた。がたがたっ

襖がこちらへ向けて倒れた。

ずるっ。

ずるっ。

白装束より枯木のような灰色の両腕を突き立て、汚れた長い髪の半分かかる蛆だらけの顔で鏡研ぎをにらむ、妻が現れた。

うわっ!

鏡研ぎは一目見るなり飛び上がって逃げ出した。

「冗談じゃない!」

妻は立ち上がり、鏡研ぎの後を追う。

何故かおもてには誰もおらず、西日が家々にかかって長い影を落とすのみ。鏡研ぎは必死で走るが、足がもつれたようでなかなか進まない。妻はどこまでも追ってくる。やがて川に出た。

小船が一艘捨て置かれていたので乗り込むと、後ろも振り返らず漕ぎ出した。

ざあ、ざあ

妻も水に入り船を追う。

水の音に混じって声が聞こえる。

「ソコニイマスカ」

鏡研ぎは必死で漕ぐ。

「ソコニイマスカ」

必死で漕ぐうちに対岸が近くなってくる。

「ソコニイマスカ」

妻は波間に徐々に沈み、声は徐々に弱くなっていく。

「ソコニイマスカ」

「ソコニイマスカ」

ごぷっ

対岸に着いた鏡研ぎが、荒い息を吐きながら振り返ると、そこにはもう妻の姿はなかった。

~「近代百物語」、参考、「模文画今怪談」
(mixiサルベージ)
画談では真言により成仏することになっている。原話は振り切って終わるようだ。落語の「いるいる」に転用されており(ここでは「いるいる」では滑稽で不自然なので「いるよ、いる」にした)、やりようによっては滑稽な話になるし、新耳袋に転用されたさいはただ返事をしないと怪が現れるとなっていた。言うまでもなく神話が底本にある話。

by r_o_k | 2017-07-19 14:01 | 不思議 | Comments(0)
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