揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

江戸怪談 千人の幽霊

安永七年。とある武士が足を悪くして熱海に湯治に行ったさい、奇妙な噂を聞きつけてきた。
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「7月16日、箱根の二子山を昼の八ツ時(2時)頃、幽霊が千人ばかり幡や天蓋をかざし通ったそうです。峠にいた者たちも皆これを見たと、駕籠かき達が話していました。」

この報告を受けた上司、なんとなく気にかかっていたが、数年後の丁度7月に京都へ行くついでがあった。箱根で雇った人足に昔、清水へ出張へ行ったさいにも雇った者がいて、

「あの時は一回も雨に降られませんでしたねえ、いや暑かった。途中の茶屋で団子をいただきやした、ありがとうございます。団子は味噌と餡でございました。へえ、蜻蛉が多くございましたな。ひとつ赤黒いのが急須に停まって、熱かないかと思いました」

これが非常に物覚えが良い様子。休憩中、昔のことを色々と聞いているうちに、二子山の噂を思い出した。

「一つ尋ねたいことがある。あそこに見える二子山に、先年幽霊がたくさん出たということがあったろうか」

「ああ、あの年」
「地震がありましてね、往来の道が互い違って別の道に通じたり、湖の水が乾くなど、色々と怪しいことがございました。7月16日昼の八ツ時、確かにあまたの人数の幽霊が、二子山から出ることもありましたね」

「幽霊は夜出るものと決まっておるし、二人として伴って出るとも聞かない。そんなことがあるだろうか」

「まだ出ますよ」
「7月16日、真っ昼間の八ツ時になるとあそこからたくさん下りてきます。街道を通って、賽の河原で消えます」

「見たのか」

「あっしは見たことがありませんが、江戸からも見物が来ると聞きましたよ。千人の中に、その年亡くなった新仏が見えるとかで」

「そうか」
「急ぎの用でもない。あと一週も無いから、いっそこのあたりに泊まって見物でもしていこうか」

「物好きですねえ。。。それではあっしはまた別口へと行かしていただきます。」

そういうわけで、侍、供の者と共に箱根にしばらく滞在し、盆の行事など見て過ごすうちに7月16日が来た。
街道筋は人がごった返していたが、この時ばかりは関所の役人も、見てみぬふりをしているようだった。

「来たぞ」

指差す者がいた。振り向くと、快晴の空のもと二子山の上だけ霞がかかったようになり、そこから何やら小さなものがぞろぞろとこちらへ向かって降りてくるのが見えた。やがて街道の向こうが騒々しくなる。人々はまるで潮が引くように道をあける。そこへ、しずしずと、まったく音をたてることなく、大勢の「幽霊らしきもの」が、死に装束ではなくまるで生きていたときのような格好で歩み出てきた。中には高貴な者のように天蓋をたて、または幡をたてている者もあった。はっきりと、生きている人間のように見えた。

見物の皆声をひそめ、厳かな中、行列は続く。見物人の中には指を指したり、拝んだりする者もいる。駆け出そうとして抑えられる者もいた。

「近親者でもいたのだろうか」

まるで幽霊の風情はなく、むしろ婚礼の行列の大きなもののようであった。

「コホン」

侍はびくりとした。目の前の「幽霊らしき老人」が咳をしたのが聞こえた。

行列は長々と続く。少々飽きてきたころ、妙なものが目に入った。

行列の中に見覚えのある顔があった。

それは江戸の居宅で帰りを待っている筈の娘であった。

娘は見知らぬ僧侶に手をひかれ、楽しそうに歩いていた。

「何故だ」

侍は思わず駆け出した。周囲の止めるのもきかず行列の中に突っ込むと、幽霊たちはまるで雲霞のように千切れて道をあけた。まったく感触はなかった。

「千代、何故ここに居るのだ!」

娘の前に行くと横の僧侶はすーっと千切れて消えた。娘は見えてか見えずかにこにこ笑っているが、歩みを止めない。手を伸ばし掴もうとするも、虚空を切るばかり。やがて侍の体をすーっとすり抜けて、先へ行ってしまった。幽霊の生暖かい空気に包まれて、行列の中で立ちすくむ侍は、駆けつけた供の者に懇願され身を引いた。人をかき分け行列を追いかけるが、既に娘の姿はなかった。

不安でいてもたってもいられなくなった侍は、京都の用事を先へのばす旨飛脚を飛ばし、江戸へと戻った。

「帰ったぞ!」

屋敷へ入ると既に異様な雰囲気が感じられた。

「お帰りなさいませ。知らせが届いたのですね!」

妻は不思議なことを言った。

「どういうことだ、知らせなど受け取っておらぬが」

「それでは・・・お上がりになってください、まずは」

侍は旅装を解くと早々に上がり、妻に促されるまま奥の間へ向かった。

そこには娘がいた。

「千代!」

返事は無い。娘は寝床で半身を立ててはいたが、その瞳には何も映っていないかのようで、何を言っても肩を揺すっても、反応せず、ただぼーっと宙を見つめていた。

「盆の終わり頃でございます。庭で一人遊びなどしていて、わたくしは縁側で繕い物などしていたのですが」
「庭の隅に見たことの無いお坊さんが立っておりました。声をかけようと思ったところが、娘のほうへ滑るように近寄ったかと思うと、消えてしまいました。その後でございます、千代がぱたりと倒れて、、、それきりこのような様態に」

よよと泣きながら話を継ぐ。

「お医者様も理由がわからないと。あの怪しき坊主に魂を抜かれてしまったのでしょうか。あなた様がいらっしゃらない間にこのような大変なことに、もうこうなっては私」

「もうよい。」

侍は思案するが、再び旅装を整えると、箱根へ向かった。

「これはお侍様、またこちらへいらっしゃったのですか。大変なことで」

二子山の近くであの人足を見つけると、こう問いただした。

「あの幽霊行列というのは、一体どこから出てくるのだ。山の上の」

「えっ。何でも先の地震で大穴があいて、そこから湧いて出るという話です」

「すまぬが、案内してはくれぬか」

他にも数人人足を雇い、供の者とともに山へ入った。
低い山ゆえ、長くはかからずに頂近くの鞍部に到着した。

「場所を確か、最初に検分されたお役人から聞きました。ええと、こちらのほうになるでしょうか」

草木を掻き分け進むと、大きな窪みが現れた。まるで何かが吹き出したばかりのように赤々と土面をあきらかにし、岩をごろごろさせた窪みの奥に穴がある。

「誰かいますぜ」

窪みの中に小さな影があった。侍はそれを見逃さなかった。

「千代!」

駆け寄ると向こうもこちらをわかったようで、泣きながら抱きついてきたが、すっと侍の体の中へ吸い込まれるように消えた。はっと見ると、穴の中からこちらを睨む怪しい僧侶の姿が見える。

「駄賃は弾む。穴を塞いでくれ」

「あの坊主は何ですかね」

「わからぬ、何かあれば私がなんとかする。構わぬから坊主ごと埋めてしまえ」

人足達が近寄ると、坊主は穴の奥へと去って行った。
小一時間もすると、岩くれですっかり穴は塞がれてしまった。

「よろしい、もういいだろう。ご苦労だった」

麓にて人足に駄賃を渡すと、踵を返して江戸へと戻る。

「戻ったぞ!千代はいるか?」
「お帰りなさいませ。お疲れのご様子、何をなさっていたのでしょう」
「いいから、奥の間か?」

侍は脚絆を脱ぎ捨てるとつかつかと奥の間へ向かった。
出た時と同じように、娘はぼうと空を見つめて寝ていた。

「千代」

侍が身を寄せると、胸から煙のようなものがたち、すーっと娘の口へ吸い込まれて行った。

「父様」

と一言言ったかと思うとわっと泣き出した。
後ろで見ていた妻と供の者は顔を見合わせた。

その年をもって、幽霊千人は現れなくなったという。

~「奇異珍事録」より大幅に脚色

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mixiよりサルベージ2012年06月26日12:56

by r_o_k | 2017-07-19 13:17 | 不思議 | Comments(0)
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