江戸怪談 夢魂本妻を殺す

2013年01月28日
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天保年間、三ツ橋某という人が青森勤番の折、一人の婦人と親密になった。だが妻のある身のため夫婦になるわけにもいかず、とかくするうち任も終わり弘前に帰ったものの、互いの想い絶ちがたく、連絡を取り続けていた。そして明くる年再び勤番となって青森に行き、いよいよ深く契ったが、女も妻のある事を恨みに思うばかりだった。
ある日、この女が住んでいた家主のかかあに語るには、先ほどうたた寝の夢のうちに三ツ橋氏の家に至って見ると、主の妻という人はとても清艶で着物を縫っていた。余りに妬ましく思われて彼女の咽喉に喰いついたら、母と子供が騒いだのでその場を去るところまで見て目を覚ました。今も口の中が気持ち悪く胸はどきどきしている、どういう事だろうと尋ねると、家主のかかあは気持ちの悪いことを言う人だと取り合わず、他人事としてあしらった。

その夜明け近くになり勤番所へ飛脚が来て、三ツ橋氏の妻が頓死したという訃報を伝えた。三橋氏はとても驚き役所に願い出て自宅に帰り、様子を尋ねた。母が言うには、

昨日昼過ぎのことですが何処からきたのか人魂のようなものが飛び来て、嫁が裁縫している部屋へ入ると見るや、すぐにアアと叫ぶ声に驚き駈け入って見ると、無残にも嫁は咽頭が破れて気を失っていました。急いで騒いで薬を施すにも急所に重傷を負ったものだから効果無くそのまま死んでしまいました。

そもそも何の恨みの人魂なのか怪しくも怖ろしいものですと涙ながらに語ったので、三橋氏心当たりがあったけれどもここで言い出すことではないと一人素知らぬ顔で後をねんごろに弔った。これより後、あの女を疎ましく嫌がるようになり、また勤番も終わったので再び会う事無く関係は終わった。

この話は三橋氏の母が折にふれて語り、又かの女の夢の話もいつとなく人に知られて、ひそかに語りあわれるようになった。これは同姓の三ツ橋某という人の話だ。

これに類する話がある。

それは寛政年間、回国修行する二人の尼の話だ。

共に年三十にも足らないほどだったが、板柳村に来たときに一人の尼が暑さにあてられたというので、正休寺という一向宗の寺に泊まって薬を施されたが、院主が彼女らが髪をおろした理由を尋ねると、一人の尼が言うには、

それならば語りましょう。これにはとても奇しき因縁があります。それは辱しい事ですが又々懺悔して罪を無くしましょう。

私はもともと河内の国の者ですが、夫と幼児が一人おりまして共に生業を営んでおりましたが、いかなる因果でしょうか、親子三人で生きていくのが難しくなり、とてもとても難儀に暮らしておりました。ある日夫の言うには、こんなことになるとはこのままでは世に出ることすらままならない。私はしばらく都に出て奉公し少しなりとも商売の元手を持って来よう。お前はそのあいだ辛抱して小児を養育してくれ。時々は金を送って生業を助けようと言って出て行ったのですが、二年たち三年たっても便りの一つも送ってきませんでした。

さては貧しさを嫌がって私と小児を捨てたに違いない。さても恨めしいと嘆いていたものの、なす術がありません。ただ小児の成長だけを頼りにして遂に七年を暮しました。

そんなある日、とてもくたびれてうたた寝をしていた夢の中に、土地は何処かはわかりませんがとても良い家の家の中に、亭主と見えるのは我が夫で、髪結いに髪を結わせている所に、二歳くらいの幼い男児が膝へ這い上がってきたから、女房を呼んで抱き下ろさせ、さも睦ましげに暮らしている様子。いかにも仲が良さそうであったので我ら親子を忘れるも道理だと言いながら、何とまあ憎い仕業よと思わず怨炎燃え立って、髪を結わせている夫の咽頭に喰らいつきました。

家内の者が騒ぐのを見てそのまま夢は覚めましたが、傍らにいる我が子が俄かに泣き出して、

ああ恐ろしい、母は何を喰ってその口元に血が付いている

と喚いたのに驚いて、手で口の辺りを探ると、ぬらぬらとして両頬ともに鮮血に塗れていたので、我ながらあさましくも怖ろしく、呆れて物も言えなくなりました。これは是非無く因果だと、すぐに心を起こして菩提寺へ駆けて行き、和尚にこうこうと懺悔してこれの菩提を弔おうと、ついに髪をおろしてこのように修行に出たのです。

そこでことに不思議なのはこの同伴の尼です。

去年その国でこの尼と同じ宿屋に泊ったのですが、見知ったような顔に思ったので、国所や尼になった理由を尋ねたところ、

私は近江の国の者で早く両親を亡くし、親族の人の世話で河内の国から来たという人を婿にもらい、親の代からの生業をして貧しくない生活を送っていましたが、去年の四月、夫が息子をあやしながら髪を結わせていたときに、女の姿の幻影のようなものが現れて、夫の咽頭に喰いつき喉笛を破ってたちどころに消え去りました。これはこの人の故郷に妻があってその怨念のなせるわざか、又ねんごろになった女の執念か、又生霊か死霊か、何にせよ夫はこのような非業の死を遂げたので、未来の追善を営みたく、またこの女の怨魂をも鎮めたく、心を一つに定めてすぐに髪を剃り、諸国の霊仏を拝しているのです。

と語られたので、聞くごとに心当たりがある、我が身の上も包み隠さず明かして、このように遭遇することの不思議さはひとえに亡夫のなせる業でしょうと共に感じ合いつつ連れ立って廻っているのですと語った。

大変珍しいことであると、この正休寺の住職が私の外祖母である人に語った。折に触れ話していた。

これは余りにも符合しすぎているし、世にある作り話あるいは芝居の狂言に似たような内容なので信じないほうがいいだろうけれど、三橋氏のこともあり奇遇の話もままあることなので、嘘と決めつけ難く、聞いたままに書き載せておく。

(平尾魯遷「谷の響」)

(mixiサルベージ)

by r_o_k | 2017-07-19 12:40 | 不思議

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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