江戸怪談 沼の主の怪いくつか

2013年01月30日

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撮影:出雲

食川村の清助という者の話に、去る天保年間六七月であろうか、暑気を避けようと村はずれのアシケ沼のほとりで遊び、蟹の殻を投げ入れ小魚の跳ね上がる様子を楽しんでいたが、突然水面が大きく揺れて渦を巻いたから、何者だろうかと近く進んで水底を窺い見ると、大きな牛のようなものがいた。全身が白く頭面は牛と同じものだったが、両目も鼻の穴もありありと見てとれたので、これこそ聞き伝えられる沼の主だろうと思ってぞっとして身の毛逆立ち早く逃げようとするその時、沼の中からにわかに潮の打つような音が鳴り響き、大波が逆巻いて岸辺の道に溢れたので、ほうほうのていでようやく帰り着いた。

さて、この沼は往年はとても広大だったといい、慶長の末年頃この村の某なる者が葦毛馬を養っていたが、ある日突然狂い出てこの沼の中に飛び入り、ついにこの場所の主になったと言い伝えられている。五六十年前まではまれに水底を泳ぐところを見ることがあったと聞くが、最近は見たという者もなく、又この沼は小魚が多かったので、里人たちは網を下ろし釣り糸を垂れることがよくあったけれども、怪しい物に遭ったという風説もなければ、このような事のあることは夢にも思わなかったので、今現にこの怪しい事のあることを見て、昔の人の遺した話が証明されたとわかった。誠に二百五十年の今に至るまで、このような怪しいことをなすとは恐ろしいものと語った。



飯詰村の山中に雨池という池があって、旱天の年は里人たちはこの池の畔に葬送の道具や産室の不浄物を運び、あるいは牛馬の骸骨などを投げ入れさまざまな汚らわしい行為を行うと、たちまち大いに雨が降ることは往古からだと言うので雨池と呼ぶという。このようであるので、去る嘉永四年もまた干ばつの災いがあったから、村里の農夫どもはこの池の辺りに群れ集い、種々の汚らわしい物を持ち撒いて、雨乞いの儀式を行った。一人の壮男が手に馬の骨を掲げて忌わしいことを色々言いながら、池の中に飛び入り中の島近くまで泳いだところ、どうしたものか俄かに引っくり返って水底に沈み再び浮かび上がる様子も見えなかったので、同役の男大変怪しみいざ助けて来ようと、同じく池の中に飛び入り波を分けて泳いで行き、ほどなく中の島に近づいたところがこれもまた沈んで姿が見えなくなった。

農夫たちは大いに驚き騒ぎ、皆々で考えて急いで筏を作り池の中をくまなく探して回ったけれど、これと見るべきものはまったく見えなかったので、やるかたなく中止した。そうしてその後五日ばかりも過ぎた頃、この池が理由も無くたいへんざわめき水が溢れて、二人の死骸を水際に揺り着けた。それをかついで持って来て葬ったという。これもこの食川村の清助が語ったことだ。汚穢不浄のものをもって雨乞いをする事は、どこの国にもままある事ながら絶対にやるべきことではない。



金木村に弥六という者がいた。生まれつき豪儀であったが、かねて修験道に学び九字の印呪などを学び得て、世の中に怖いものなしと誇っていた。いつの頃か、大沢平の溜池の樋が壊れて堤防が大きく決壊することがあったが、地元の人たちが言うには、この池の主が出て行ったのだろう、と。弥六は、

池の主であるならば池を護っているべきなのに、わがままに堤防を押し破り、我が友に不要な悩みを抱えさせること、とても憎い奴だ。生かしておくわけにはいかない。いざいざその主を捕えよう

と腰に織縄を括り付け、引いたら曳き揚げろと言って、樋の壊れたところの水が漲り猛る中心に飛び入りしばらく水底にいたが、大変巨大な蝦蟇を捕えて浮かびあがった。その蝦蟇の大きさは身長二尺(60センチ以上)に余り、両の目は金色を帯びてごろごろと咽喉を鳴らし、動きもせず座っているので、やはりこの池の主と思いやられて、見る者皆舌を巻いた。すると弥六はこれを殺そうと斧で立ち向かったので、皆々が後で祟りがあるだろうと言って押しとどめ、その池に放流した。

また、この弥六、ある日二三人と連れ立って金木村の山中、大倉ヶ嶽の渓流で漁をしていたが、はるか水上から白波が高く起こって矢を射るように下ってきて、傍らの淵に至ってその波が開くと見るうちに、一匹の子犬のようなものが現れた。頭の上に二つの角を戴き目は丸くて大変光っていた。毛はみな黄紅で虎のように黒い紋もあった。

それがこちらを睨んでそのまま淵の底に沈んでいった。

他の者たちは恐れをなして逃げ出そうとするが、弥六は平然と物の屑とも思わず、却ってこれを捕獲しようと淵のほとりに座し、印を結んで呪を念じ、そのまま淵の中に飛び入り、しばらくして浮かび出て言うには、

あまねく水中を探したけれどもかけらも無い。さればこの淵より他に住めるような所はないだろうから、日を重ねても捕えるべし

と言って伴侶の者に頼みその家からコメと鍋とを取ってこさせ、自ら炊き食って六日の間家にも帰らず淵の中を窺っていたが、ついに見つけることができずやめたという。これは金木村坂本屋仁三郎という者が語った。

(平尾魯遷「谷の響」)

実見談のない「蟹」の話や河太郎の話は除外しました。

(mixiサルベージ)


by r_o_k | 2017-07-19 09:18 | 不思議

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi