江戸怪談 猫忠死の事

2013年07月29日
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安永・天明の頃か、大坂の農人橋に河内屋惣兵衛という町人がいた。その一人娘の容姿は大変うるわしく、父母の寵愛も並々ならぬものがあった。ところで惣兵衛の家には長年一匹の猫が飼われていた。ぶち猫であった。娘も寵愛するところとなったが、いつからかその娘につきまとい片時も離れることがなく、座っていても寝ていても常にそばにいるようになった。

厠に行き来するときすらもつきまとうに至って、「あの娘は猫に魅入られている」と近所に噂が立った。せっかく縁組を世話しても、「猫の魅入った娘だぞ」と断られるばかりとなった。両親も物憂いことと思い、遠く離れた場所へ猫を捨てに行ったが、間もなく帰ってきた。

「猫とは恐ろしいものだ。せっかく親の代から何年も置いてきたものだけれども、打ち殺して捨てるしかない」と内密に話を決めた。すると猫は自ら姿を消した。「それ見たことか」と惣兵衛は家じゅうで祈祷をあげてもらい魔除け札を貰い受けペタペタと貼りつけ大変用心深く暮らすようになった。

娘は奥座敷に閉じ込められ静かにするように申しつけられた。

ある夜、惣兵衛の夢枕に座る者がある。見ると蒼火のくゆる中にあの猫がうずくまっている。驚嘆して舌を震わせながら、「お前は何で身を隠し、又来たのか」と尋ねると、猫が言うには、

「我が娘子を魅入ったと言って殺されるところだったから、身を隠したのだ。この家に先代より養われてもう四十年ほど厚く恩を受けている身、何で主人のためにならない悪事をする理由があるか。」

「しかし厠にまでついてまわるとは悪い事を考えていると思われても仕方ない。何故娘につきまとったのか」

惣兵衛が問いただすと、猫は微動だにせずじっと目を見あげて答えた。

「我が娘子のそばを離れなかったのは、この家に年を経た妖鼠がいて、あの娘子を魅入って近づこうとするからだ。我は防御のために少しの間も離れず付き守っていた。もちろん鼠を制するは猫の仕事であるが、なかなかこの鼠は一人の力ではどうにもならない。普通の猫であれば二、三匹がかりでも無理であろう。そこで一つ方法がある。島の内の河内屋市兵衛方に逸物の虎猫がいる。これを借りて我と共に制すれば事は成されるであろう」

そう答えると、つと消えた。

行灯に火をともし掲げて探すも、どこにも見当たらなかった。

翌朝、妻も同じ夢を見たという。夫婦で語り合って驚いたが、「夢を真に受けることもない」とその日を過ごした。

娘は変わった様子も無く、奥で寝起きしていた。

すると夜中、またも猫が来て言った。

「疑いなさるな。あの猫さえお借りいただければ災いは取り除きましょう」

これは本当の事に違いない、と翌朝島の内に向かい、料理茶屋ふうの市兵衛方へ立ち寄ってみると、庭に面した縁側に見事な虎猫がさかさまに寝そべって、しかしよくよく見れば惣兵衛をじっと見ている。亭主に逢って内密にとしてこのことを語ったところ、

「あの猫は年久しく飼っているものですが、逸物なんてことは聞いたことがありません」

という。せつに頼んだところ承知といって貸してくれることになった。

翌日、この猫を取りに使いを出したが、虎猫もぶち猫から既に話を聞いていたのか、自ら拒まずに来たという。色々御馳走を出していると、ぶち猫もどこかからか帰ってきて、虎猫に何事か語りかけた。まるで人間の友達が相談し合うかのように身を寄せ合っていた。

そうしてその夜もまたまた亭主夫婦の夢にかのぶち猫が来て、

「明後日あの鼠を倒そうと思う。日が暮れたら我と虎猫を二階へ上げて置いて下され」

と約束した。

その意のままに翌々日は両猫に御馳走を振る舞い、さて夜に入ったところで二階へ上げて置いたところ、夜四つ(午後十時)頃になるかどうかの頃、二階の騒動がすさまじくしばらくの間は地震でも起こったかのようになったが、九つ(0時)に至る頃少し静まったので、あれこれと話した結果、亭主が先に上って行ったところ、猫にも勝る大鼠の咽喉笛へぶち猫が喰い付いていたが、鼠に脳を掻き破られ、鼠と共に死んでいた。あの島の内の虎猫も鼠の背に掻き付いていたが、精根尽き果てまさに死のうとしているところを、色々と療養して助かったため、翌朝厚く礼を述べて市兵衛方へ返すことになり、使いを出した。

「そういえば娘は無事か」

誰彼ともなく声をあげた。奥座敷の襖をあけて見ると、そこには脱ぎ散らかされた衣と、細かい鼠の毛がびっしりと畳一面を埋め尽くしていた。

これはやられた、ぶち猫を追い払ったときに既に入れ替わっていたのか

悲しみにうち震える両親の前に、市兵衛が現れた。その脇には市兵衛の息子に付き添われた、娘の姿があった。

これはどういうことかと問いかけると、

「隠していてすまない、実はもうひと月も前か、夢枕に拙宅の虎猫が座り、ある娘を預けるから、事が済むまで黙って匿ってほしい、といって、翌朝庭に寝着のまま、この娘が寝ておったのです。お宅から虎猫を借りたい、という申し出があったとき、はっとしたのですが、こういうことになっているとは」

一家はぶち猫の忠義心を感じて厚く葬り、一基の墓を建てた。

「娘はその後どうしたのか」

「市兵衛の息子に嫁入りしたそうだよ」

在番中に聞いたと、大御番勤めの某が語った。

~「耳嚢」 巻之十、猫忠死の事

(娘についての記述が原文では最初だけでさっぱり無いため、市兵衛の家に匿われていたことにしました。なお、昭和初期の書物に江戸話として麻布我善坊谷のこととして同様の話が載っています(佐藤隆三「江戸の口碑と伝説」、猫とネズミが逆転している)が、耳袋のほうが原話と思います)
(mixiサルベージ)

by r_o_k | 2017-07-18 19:45 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウの日記☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi