怪物図録<安宅丸の霊(御船蔵現地情報写真追加)、高岩寺小僧、與兵衛狸、加藤狐、もと猫、恐山死霊の湯>

加藤狐
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震災前まで上野の南、旧下谷御徒町小(現在中学校)と公園は加藤子爵の屋敷(上屋敷)だった。御徒町公園東側が庭園で、隅に立派な稲荷(実際は大洲八幡を勧請した八幡社と思われる(このあたり下谷神社の氏子なので稲荷信仰の地だったから混同されたのだろう))があった。今は北側に築山や庭石等遺物とともに移築(関東大震災被災し手放された)されているが、縁の下には狐が棲み大きな抜穴を掘り、土地では酷く恐れられた。明治前期出入りの鳶の長造、仕事中に植込で狐が無心に何かを転がしていることに気づく。わっと入ると狐は逃げ、毬を拾う。毛の塊だったが何なのかよくわからない。夜、戸をほとほと叩く音がする。母親が出ると女が大きなものを片手にボウと立っていて、あれは子育てに必要なものだから返してくれという。返すと大きな鯛を置いて帰った。狐は魚屋からよく魚を盗んだ。まだ空地や畑のあった明治25年頃までは加藤狐は人を化かしたり悪戯をして困らせた。目に余ると町内会で加藤家に掛け合いに行くこともあったとは本屋の主人談。(佐藤隆三「江戸の口碑と伝説」)

御徒町。町名が変わりましたが御徒町二丁目で通ります。二丁目はまるごと加藤屋敷でした。無残に減った大名屋敷の立花など残る(あたりはもう地主でもないところにも当時の池庭が散在しています)明治初期の陸軍地図だと、上記の話どおりこうなっています。

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池の右端が築山に見えます。赤が社でしょうか。庭園として立派です。ちなみに上が東、上野になりますね。

元の地図が二枚に渡るため縮尺違いすいません。



二筋南に行くと旧御徒町二丁目町会の脇にやはり緑の神輿倉があり、大きく鳥居が描かれびっくり。上に梯子でしか上がれないお稲荷さんがあります。距離もあり町も違うので加藤狐ではないでしょう、このあたりは下谷神社の関係だと思います。八幡神社のも旧御徒町二丁目の神輿だと思われますがこちらはどうだろう。僅かに古い雰囲気が。


※矢場稲荷神社と言う名だそうです。

安宅丸の霊
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佐藤隆三氏によれば家康が三浦按針に命じて造らせた巨大洋船は見事で安宅丸と命名。按針再三英国帰国を願い出るも有能故叶わなかったが没後安宅丸、夜な夜な帰りたいと泣き始め秀忠が解体。板金を酒屋が穴蓋としたところ用人に物憑き我安宅なり下民に踏みつけられること耐え難く一々取り殺さんと言うので慌てて除き詫びると抜けた。今は祠に祀られている。また豊臣秀吉が作らせ云々の説については新著聞集によるもので似ている(以前書いた)。藤岡屋日記には後北条が造船した軍船を豊臣が奪い、徳川に渡って寛永十二年下田から江戸へ曳航され改めて装備を整えられたが、天和二年解体され安宅という地名(岡場所)になった、としているようだ。実際は家光が向井将監に命じて作らせた「和船」であり100メートルに及ばんとする巨体、かつ華美でかつ重装備過ぎ実用に供さなかったことから維持費の問題もあり50年で処分の憂き目にあったようである。
2つの安宅稲荷〜
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妙泉寺、安宅丸御玉稲荷堂(江戸川区)安宅丸解体の際、守護神(船玉)を抜いておさめた(ろくに出航しなかったので一度も沈まなかったことから、お札も発行されている)。稲荷を頂き商売の神様となっている。
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屋根に波の意匠がある。
解体されたのは深川沖で、その岸に大規模な幕府の船蔵群がありつながれていた(俗に唸り声をあげ解体後呪った)ことからそちらにも残骸の安宅塚と共に安宅丸稲荷が作られ地名にも江戸話にも出てくる。今は元位置は不明だが移転し小さくて個人所有の模様(江東区新大橋2-5-9)。
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:安宅丸稲荷(左緑青屋根)現在は高い塀により全く中が伺えない。
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:安宅丸繋留地跡(安宅町一丁目あたり、新大橋橋詰近辺)から御船蔵跡
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:御船蔵跡(新大橋橋詰)
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:御船蔵跡(竪川側北辺)
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〜御船蔵と繋がれた軍船(安宅丸の写真とされていたもの、単に大きな軍船を安宅丸と通称していたとする古文書もある。)
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〜大正10-11年「珍奇集」2集収録の御船蔵配置図と同写真。この資料によると「天地丸」だそう。
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尾張版江戸切絵図より(幕末)御船蔵の対岸(一番上)に御舟蔵前町の字が見える。船蔵の間に安宅丸御船塚があったという。
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明治16-17陸軍省地図より(船蔵が埋め立てられ安宅町となった。御舟蔵前町はそのまま。)
〜安宅丸稲荷(安宅町2番地、のち現在地へ移転)や塚は地図上は確認できない。小さかったのだろう。「安宅丸繋留地跡」碑は現地にある。(前掲)
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goo地図より引用。新大橋の稲荷の現在はここ。
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(船蔵の屋根がはっきり出ているもの。橋の位置がずれたことがわかる。)
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:広重「名所江戸百景大はしあたけの夕立」
当時の大橋は現在の新大橋と200mずれている
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:清親(明治九年)
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:「明治の東京写真」より明治初期、上が最古の写真か 橋向こうに櫓がある
ちなみに清親が明治14年に描いた新大橋のポンチ絵。初期作品とも言える前作のセルフパロディ説があります。
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高岩寺小僧
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とげぬき地蔵の巣鴨の高岩寺が高巖寺としてまだ上野(下谷)屏風坂門前(正確には今の岩倉高校の辺り、上野駅入谷口正面)にあった頃、古狸が小僧に化け誑かした。皆恐れをなし小祠をたてたが、お狸様もおかしいと小僧稲荷と名付けた。江戸後期(1805年)不浄に厳しい和尚になつき、躾けられた狸が、和尚の代替りするたびに姿を見せては、境内近所に小便などする者を伸び縮みする三ツ目小僧や明滅する大提灯に化け、門前の大きな溝に落とし怪我などさせ続けた。肝試しで来る若者にも漏れなく祟り、近所の者は早朝必ず境内門前を塵一つなく掃除することが日課だった。上野戦争で山が焼けた頃には狸も姿を消したが、稲荷としておおいに栄え、共に移転し境内に今もある。(佐藤隆三「江戸伝説」)
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(こんな塀があった。桜の名所も維新のゴタゴタと共に潰された)
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明治2年、高岩寺がカタカナで見える。まだ山側にずらり寛永寺末寺が残っていて、塀際を溝が走っている。広小路辺からここに迷い込んだ酔客が化かされ落とされたのだ。
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明治10年代、上野駅によって山側が大きく削られ高岩寺が駅前になっている。これが今も地形として残っている(↓)。青い壁面のビルが元鉄道学校で高岩寺だった場所。正確にはやや手前側か。
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(上:旧高岩寺門前辺(下谷)、下:小僧稲荷(巣鴨、真ん中))

與兵衛狸
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維新前御徒町の屋台蕎麦の與兵衛が郷里古河より連れ来た小狸、大きくなり近所に悪さをするので困り上野の森に捨てた。侍や小僧に化け、よく寛永寺本堂に座っているのを坊主が見かけすぐに見抜いてほっておいた。菓子屋にぼーっと現れ菓子をやると狸に戻り逃げた。ある日山伏姿で来たのでなぜか聞くと、戦争になるから知らせて回っていると。間もなく山は彰義隊の戦争で焼けた。明治24、5年迄出た。菓子屋は千づかといい池の端にあった。予言の時は與兵衛山伏に乞われ饅頭を十四五振る舞ったと。そのように色々不思議な事を触れ歩いた話があったという。浅草寺も小僧稲荷もそうだが明治前期まで狸の話は生々しく語られていた。(佐藤隆三「江戸の口碑と伝説」)
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〜寛永寺根本中堂の焼跡(台東区所蔵)「よみがえる明治の東京」

もと猫
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文政年間。根岸芋坂の元右衛門、隣村の百姓を騙し全財産を脅し取る。百姓は首を吊ったが飼猫、元右衛門に付き纏い右手を噛む。その手が日に日に痛み出し医者に通うも平癒しない。ある晩に帰る途中、高岩寺で狸に溝に落とされた。頭を打ち年内死んだ。家は火事にあい家運傾いて一人娘お元は奉公に出るが、脚気で病付く。すると猫来て布団の上から動かず、母親不吉と見て何度払ってもまた来る。いつになく気分がいいという日、娘自ら捨てに出かけるがそれきり行方不明となった。お元は発見に5日を要した。野良犬が片腕を咥えて来たため大騒ぎとなり、上野の霊廟裏の竹薮で食い散らかされた姿で見つかったのである。「根岸のもと猫」の話。母親のみ残った。芝居掛かっているが古い話でもない。高岩寺の狸は上記の由縁。猫は全得寺の和尚預りの筈だが後知れぬ。(佐藤隆三「江戸伝説」)

恐山死霊の湯
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恐山には薬湯五湯という温泉がある。四湯は泊まらなくても境内の小湯屋で入ることができるが、夕暮れ時、今は男性のみ入浴可能な「古滝の湯」に浸かり窓を見つめながら死んだ人の名を呼んでいると、その人の顔が現れる。通り過ぎるところに決して声を掛けてはならないという(室生忠「都市妖怪物語」)

by r_o_k | 2020-01-23 16:00 | 怪物図録 | Comments(0)

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