京都奈良怪異落穂拾い(4)三輪山周辺、箸墓
2011年 01月 13日

三輪山に登った。大神神社の隣にある狭井神社管理のもと、300円で誰でも上れる(襷を首から下げなければならない。ロッカー有、杖貸し出し可能(あると楽だと思う)。往復2~3時間とされるため入山時間締め切りが3時半と早いので注意)。道が急なのと水を補給することができないため少々難儀したが、行き1時間、下り30分で往復できた。鳥の多い、いかにも日本の低山然とした山で、奇をてらったものは何も無い。イワクラがいくつか、特に中津と奥津(最高点)のイワクラ群は大規模だが、それでも他の山のイワクラと比べて特別大きい岩があるわけでも彫刻や信仰物があるわけでもない。
日本最古の土地神といえよう、神体山三輪山は長く禁足地としてあり近年登山が許されるようになったものの一切の写真撮影、飲食、もちろん草木一本石ころ一個持ち出しは禁止。斧を入れることさえ禁止されているという・・・
・・・しかしわりとハイキング然とした急登の途中、伐採の跡と思われる丸太や切り株をよく見かけた。山は管理が必要であり伐採は悪いことではないけど、斧を入れること禁止、の類の神秘性を求めて行くとこのようにけっこう裏切られる。さほど神さびてはいないのだ。普通。三輪山(蛇神とされる)は商売をする人々の信仰篤く、登山の8割方は白装束でお供えの卵と酒を所持している。頂上ちかくには社殿があるが皆そこは看過して奥のイワクラに捧げるようにしている。上り始めあたりにある水垢離場は新しいものだが、そこで滝に打たれるのが目的の人もまま見られる。
狭井神社は最近テレビで紹介されご神水の社として人々の興味を誘っている。




ペットボトル入りの水を何と社殿で売っている。大神神社もそうなのだが、商売気に不信感を抱く者もいるようだ。私が登山準備しているとき、社務所の人に食って掛かっている人がいた。ただ、、、商売の神様なんだから(注:狭井神社のほうは薬・井戸の神様)商売気あったっていいじゃん。商売しないで商売にご利益、なんて、楽器弾けないで音楽家名乗ってるようなものだ。



遡って大神神社。こちらは三輪山を神体とし、その象徴として重文の三連鳥居を置いているというが、拝殿の奥にあるため見ることは出来ない。三連鳥居は、ここから少し山辺道を北上したところにある美しい桧原神社にて見ることができる。

三輪の鳥居というと三連鳥居だけでなく、このような丸木に注連縄を渡したものも見られる。

またまた遡って大神神社はイワクラで成り立つ三輪山を象徴するがごとく社地周辺にもイワクラらしきものを持っている。夫婦岩。

狭井神社との間にある磐座神社のイワクラ。黒い。。

狭井神社前の展望台からの展望。大和三山が望める。三輪でいちばん展望がいい場所じゃないだろうか。ちなみに三輪山はまったく展望がありません。


大神神社には、兎年なので撫で兎が出てました。江戸時代のものだそうです。

大神神社拝殿を最後にどうぞ。

拝殿前の「巳の神杉」。こちらにも卵と酒を供える人多し。


・・・桧原神社前より見返り三輪山。

2.纒向遺跡周辺の古墳群
桧原神社から西に向かうと日本最古の古墳群に入ります。3世紀後半より遡るかもしれないという、邪馬台国畿内説の根拠地。一昨年にほぼ確定情報の流れた「日本のゆりかご」。

すぐに大きく目に付くのが箸墓。でもその手前のホケノ山古墳にまずは寄る。

なんとなく古い古墳というやつれた感じのする、パンケーキ状の古墳。


コレに比べれば電車を挟んですぐの箸墓はばかでかい。生えてる木々がまた鬱蒼としている。ここは皇室稜に指定されているので調査ができないようだが、こう大木が茂っていてはもともとの姿がよくわからない。さらに、濠を渡してあるとされるのだが、、、水がまったくなくなっていた。渇水なのか。
纒向駅までちょっとややこしい道だが、駅周辺にも立派な古墳が点在している。小学校を目印にいくといい。

纒向石塚古墳。パンケーキ。

これは立派。纒向勝山古墳。ただ、濠が残っているものの、ここも枯れている。

纒向矢塚古墳。伝説があるらしい。古墳群中最古と推定されている一つ。

東田大塚古墳。個人所有のようで上に畑がある・・・
二日目はこのあと奈良(あんな駅になっているとは)に出て奈良国立博物館を見て終了しました。
三日目はやっぱり分けます。京都に戻って、日本最古の都七福神をまわりました。ほんの少しですが不思議ブツあり。
つづく。
>(5)都七福神にて

