京都奈良怪異落穂拾い(1)道成寺の鐘、深泥池

というわけで年始に行って来た訳です。年始には東京の新田神社周辺巡礼というのもやってみたのですが、それはまたの機会に。4年ぶりの京都、4年前にそうとう廻ってしまったあと、点々とあるまだ見たことの無い場所、ちゃんと廻ってなかった場所を落穂拾いのように廻るという趣向。結局かなり疲れたんですが、まあ、それはしょうがない。京都だけではもたないので奈良にも行ってます。

初日は朝一くらいののぞみで京都に降り立ち、すぐ地下鉄に乗り込みます。

1.妙満寺の道成寺の鐘
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なんだかややこしい言い回しだけど、和歌山の道成寺から流れ流れて、京都の妙満寺に伝わったもの。「安珍清姫」の伝説を継承する鐘。寺には烏丸線の国際会館前から歩いて行ける。比叡山の麓とはいっても新興住宅と学校等施設によってひらけた土地で、なおかつ、このお寺自体昭和42年に移転してきたものである。朝のせいもあるが余り人はいない。日蓮宗。
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ここで伝説(物語)について。大宝元年(701年)創建の紀州道成寺は文武天皇の勅願所として知られる。延長元年(928年)8月修験者の安珍という僧、熊野参詣途中に宿を借りた庄司清次の娘・清姫に一目ぼれされた。再び寄ると約束したものの、帰路待ち焦がれる娘を無視して素通りしてしまった。激怒した清姫は後を追ううち蛇身となり、道成寺に逃げ込んだ安珍を追って62段の石段を這い上る。釣鐘に隠れた安珍を見つけると、鐘ごとぐるぐる巻きにし火焔を噴いて焼付け、安珍を黒こげにしてしまった。寺ではその後何度も鐘を作ろうとするが、災厄が相次ぎ完成させることができなかった。400年後にやっと作り直すことができたのだが、完成祝儀の席に一人の白拍子が現れ、舞を舞いながら鐘楼に近づくと鐘を引きずりおろしてしまった。僧たちは清姫の怨霊とばかりに必死に祈念し、鐘は上がったものの、白拍子は蛇となって川に飛び込んで消えた。それがこの鐘である。
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鐘は金象嵌で刻印が浮き立ちよく碑文を読み取れる。古いものだということがわかる。来歴の最初、伝説の部分はともかく、その後戦国時代にいろいろ引き回され一時は埋蔵されたりしたらしい。一部欠けたり磨耗しているのはそのせいだろう。京都で埋蔵されたとき近隣に祟りをなしたため、不審に思った村人たちによって掘り起こされて当時寺町二条にあった妙満寺に持ち込まれたという。そのせいか普段は厨子に入れて線香をあげられている。
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ここから京都一番の怪所である深泥池までは一峠越えてすぐ。

2.深泥池
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東に青山霊園あれば西に深泥池あり。というか各地にある「タクシー幽霊」の話ですが、ここの伝承は根深く、昔は大蛇の潜むという巨大な沼地だったらしい。場所もちょうど北山の奥や比叡に入る分かれ道に近く、異界の境界という役割も持っていたんでしょう。貴船社があるあたりには昔、豆を投げ込むならわしのある塚(穴)があり、北山から洞窟を通ってやってきたという鬼を追いやるための祭りだった模様。今はわりと小さく(ことしはひときわ渇水なのか小さく)浅そうな池になってしまっているけれども、人が近寄らないということは自然の宝庫ということで、多くの池沼植物が繁茂している。それらは天然記念物に指定されている。もっとも、冬枯れの中にはその雰囲気は無い。水鳥もあんまりいない。

ここまでで北山の落穂拾いは終了。初日の11時前には終わってしまった。つぎは東山。

つづきます。>(2)六道の辻、八坂神社
by r_o_k | 2011-01-11 12:12 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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