槌子坂

槌子坂_b0116271_23304861.jpg

金沢城下小姓町の中ほどに槌子坂というなだらかな坂がある。草が茂り水が流れて昼でも何か気味の悪い道である。ことに小雨が降る夜中などたまたま怖いもの知らずの人など通ると、ころころ転がり来るものがある。よくよく見れば碾き臼ほどの大きな横槌だ。しかし真っ黒である。あちらこちらと転がり廻って、視界から消えそうになる刹那、カカと雷のような大声で笑うとぱっと光って消える。この怪を見た者は古くから数多く、いずれも毒気にあたり2,3日病みつくという。そのため槌子坂という名がついた。夜は自然と行き交う人も少なくなる。昔から言い伝えられているから、そうとうに古い妖怪だと思われる。(北国巡杖記)

江戸の随筆には奇談というジャンルがあり、この編著も奇談と銘打ったものである。従って怪しいものや面白いものが好奇心のままに集められており信憑性もそのくらいのものと思っていい。江戸怪談を読む場合、極めて限られた数の類型話に収斂していくことに気づくだろう。人の自由な移動を制限された江戸初期や、土地に封じられる農民の間においては、都市など他所の土地から流れてくる数少ない原話をもとに様々な態様の口伝が分派していったさまが察して取れる。現代においては都市伝説なるものが短いスパンでくるくると生まれては発展し消えていく状況があるけれど、意図的に社会の情報化が抑制されていた江戸時代では、そのスパンが速くなりようがない。しかし結局は同じことである。現代を見れば江戸が見えてくる、そういう側面はあります。

解釈についても同様。現代でも厳密な検証過程を経ずに、机上で怪しげな根拠をもとに「科学的説明」がなされる。「野槌の怪」とでも総称できそうなこのあたりの話は、そこらじゅうを転げまわる、水気が近くにある、毒気にあたって病みつく、光って大音響をあげて消える、という状況証拠をもとに「球電」という説明をつけられることがある。だが、この説明は黒く巨大な筒状の物体という大前提を無視している。宵闇で人間が視認できる範囲は限られているし、針小棒大になりがちということを考えると、転げまわる、というのは狸のような黒っぽい動物が走り回るという説明で十分かもしれない。昔話は、特に話のインパクトが弱い場合、いくつかが合成され再構築される傾向がある。球電でもプラズマでも構わないが、黒くて転げまわるものと、大音響で破裂する光は別物で、どこかの地方で誰かが、同じような場所に起きるこの2つの怪異を合成し、以後各地で再話されるとき、「セット販売」されるようになった、そういうこともあるかなあ、と思いました。長いな。
Commented by kenzjpn at 2009-11-26 16:27
ひとは目とか目のようなものに何か畏怖するものを感じるね。
動物もまぁそうだけど。
なんだろうね。
生き物のDNAに目と言うものに対する何かあるのだろうかね。
やはり目で獲物を確認して襲うってところがあるからだろうか。
深海魚の目はまるで人間のよう。
あれは本当に不気味だね。
魚なのに目だけが人の目だもんなぁ。
あんなのがたまに砂浜に打ちあがっているのを見て、昔の人はいろいろと想像したのかもしれないなぁ。
Commented by r_o_k at 2009-11-26 19:11
大海蛇の正体はリュウグウノツカイみたいなリボンウオの仲間って言われてますし、今でも西欧では誤認報告があがるそうですし。。死んだ魚の目はいかにも人間の死んだ目と同じ感じがあります、生きている目即ち獲物を狙う、闘争する意志が消えたはいいけれど、得体の痴れない何も読み取れない状態という、安全だけど気味が悪い目、自分までそういう目になってしまうのではないかという意味でも、目って安直な恐怖喚起の素材ではあります(;**

烏賊の目が人間に1番近いとか。
by r_o_k | 2009-11-24 23:57 | 怪物図録 | Comments(2)