東方の大魚のお産

東方の大魚のお産_b0116271_0562267.jpg
正和壬子の年4月12日、相模の海水の色が赤くなった。西は伊豆/静岡から、東は関東/房総に至るまで海浜300余里の間、朱い泡波が茫洋として漂う。人みな驚き怪しみ歎いた。虎関禅師が福山にいて、海辺に行って見ると紅色の波が限りなくさざめき、いつもの一滴の碧も見られない。禅師は手で水をすくいよくよく観察すると、紅い粟をしょう水に浸したようにぬめり滑り、粒だっている。魚の卵をにこごりにしたものの、椀底に残ったもののようだった。紙で水を掬うと湿りはするが破れない。携えて帰りいろいろな友に見せてみた。

国家の災いを予告するものではないか?禅師は玄中記にある東方の大魚のせいではないかと考えた。海を行く者、この魚の頭を一日目に見て、七日目にやっと尾を見る。この魚が卵を産むとき、100里の水が血に染まる。恐らくはこれだと。何の災いがあるかと思っていたが、3日後、元の碧い海に還って全てが無事であったという。ほっとしたのもつかの間、元亨、建武の乱が起きた。(南畝秀言)

これは古い話だが、江戸時代、大阪の淀川が真っ赤に染まり、虫眼鏡で覗くと微細な蟹がびっしり見えたという話もある。プランクトン、すなわちどちらも赤潮のことなのだろう。破壊なくとも赤潮は自然に古来起きていた。ただ、こちらはいくらなんでも異常なスケールの話、原書とされる済北集の誇張というなら訳は早いが。。
by r_o_k | 2009-11-23 02:05 | 怪物図録 | Comments(0)