生きながら鬼女となりたる者


生きながら鬼女となりたる者_b0116271_0105142.jpg
享保のはじめ、三河の保飯郡舞木村の新七というものの女房いわというもの、年25。京都から嫁いで来たが、常に心が刺々しくヒステリックで夫、気に病み失踪してしまった。あとを慕い追っているうちに静岡の新井まで来たが関所を通ることができず、仕方なく帰ったものの、日増しに荒んだ心持ち増して、乱心のようになり、折しも隣家に死んだ者があった。田舎の習いで近所の私有林で荼毘に付したが、彼女そこに来行って、生焼けの遺体を引き出し、腹を裂いて臓腑を掴み出し、まるで飯のように器に入れて、素麺を啜るように食っていたところ、施主が火の燃え具合を見に来た。そのさまに大いに驚き村中から棒など持ち寄って追い払う。女は大いに怒り、これほど美味しいもの、汝らも味わうべしと踊り狂い、蝶や鳥のごとく飛び去って行方痴れずになってしまった。

その夜近隣の山寺に入り、いつものように持参した器から臓物を出して喰らう。僧侶大いに驚き騒ぎ早鐘で里へ知らせ、村人たちは飛んで集まった。彼女はこのさまを見てここも騒がしいと背後の山の道なきところを平地を行くかのように駆け登って消えた。生きながら鬼女となったこと、顛末をお上に申し出て、村々にお触れが出たという(諸国里人談)

江戸話にはこのたぐいが多い。都市部の町民にくらべ閉鎖的で制約だらけのかなりのストレス社会だった地方においては、身分を捨ててまで出奔したり、ちょっとしたことで気を違える例が多い。これは誇張を除けば恐らく単なる気狂いだろう。カニバリズムもごく普通に見られる。栄養状態のわるさ、現代とのモラル感覚の違いがあることも確か。仏教社会だったことがそういった本来の姿/性向を隠していた側面が多いのではないか。お上がとても厳しかったから、報告義務があるとはいえ下手をすると連座させられてしまうのだ。妖怪のせいにすればいい。。そこには人間の身分を与えらなかったり剥奪された者たちもいる。。
by r_o_k | 2009-11-19 03:07 | 怪物図録 | Comments(0)