異像

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肥前の佐嘉から西6里の多久というところに四本柱の堂がある。そこにまつられているのは古い木像で、何ともわからないものである。時に見えなくなり、また現れる。村人たちは路傍などで見かけることがあるという。拾って来て自宅の仏壇に入れ2、3日いろいろ供養して貴重な食べ物など供え、お帰りやいなやと言って堂に返す。もし路傍からそのまま堂に持って行くと、直ちに腹痛してはなはだ苦しむという。長崎の吉雄幸左衛門の婿桔梗屋という日連宗の紙屋では、先祖伝来の農神像を汚いと言って盥で磨き洗ったところ三人腹痛してとても苦しんだ。慌てて清水を汲み寄せ加治祈祷したところおさまった、以後おおいに尊賞したと著者は主人より聞いた。

著者自身の体験として、江戸渋谷長谷寺の円通閣の左の木の下に高さ3、4尺ほどの石像があった。形はまるで鬼子のようで、左手に木を杖代わりに突いている。誰もその由来を知る者はおらず、誰彼ともなく願をかけて不思議ありといって、噂が拡がり、程なく流行神となった。堂も寄進され額を奉じる者もいて、日に3、400人を越える参詣客となっていた。誰からともなくこれを野双神と称して天の星なりと言い伝えるようになった。半年もすると参詣客も途絶えた。

著者の父が言うには昔これは某の庭にあったものだが、忽然と亡くなり家の跡形もなくなったところ、別の某に贈ったところが同じく滅びて跡形も無くなった。僅かの間に主人を亡くすこと5~7人にもなり、畏れて寺におさめたのだという。敢えて近づかないようにと言われたとのこと。

麻布桜田町の秋月侯の庭園の後ろに似た石像があり、昔から夜中に時の鐘を打つ者がここを通り掛かったところ人が立っているように見えておおいに驚くことがあった。翌朝見ればこの石像だったのだが、いつの時か刀で斬られ痕が残っている。

銅で異像を作った人の家が突然絶えた、このような異像を入手した者の一家全員に祟りがあったなど枚挙に暇が無い。珍しいといって絶対に求めてはならない。著者の知り合いの家に一つの銅像があったが、甚だおかしな異像で何という物なのか知らない。仏壇に置くと時折唸り声をあげて家中の者を震え上がらせた。著者はこれを貰い鋳潰して印鑑を4つ作った。とても固いもので何度も鋳直さなければならなかった。それを聞いた貰い元の家では気の毒だと思う余りか病んでしまったというが、この頃著者は異像を沢山鋳潰しており何の害も受けなかった。ただ、出来のよい印は一つもできなかった(中陵漫録)

この驚異的な随筆には竹島についての記述なんかもある。既に領土問題でもめていたさまが読んでとれる。
by r_o_k | 2009-11-11 21:16 | 怪物図録 | Comments(0)